表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/136

89.ギリシャの悲哀と沈みゆく落日――迫る赤き恐怖と東西の防波堤

# 海洋帝国日本史 第九章:赤きヒグマの台頭と新枢軸の崩壊


## 第七話:ギリシャの悲哀と沈みゆく落日――迫る赤き恐怖と東西の防波堤(1943年4月後半)


### 1.血塗られた三日月――アナトリアの泥沼(1943年4月中旬)


1943年4月中旬。ユーラシア大陸を分断する中東の玄関口、トルコ・アナトリア半島。

シワスで奇跡的な防衛を見せたトルコ陸軍であったが、国力と兵器の絶対的な「生産力の差」は、彼らの勇気と血を無慈悲にすり潰し続けていた。


「ウラー!! オスマンの残党どもを黒海に沈めろ!」

雪解けの泥濘を押し渡ってくる、ソビエト赤軍の果てしないT-34戦車の波。

カフカス方面とイスタンブール方面の二面から挟み撃ちにされているトルコは、国家の全土が巨大な「塹壕と泥の肉挽き機」と化していた。


「……一歩も引くな! ここを抜かれれば、我が祖国は完全にアカの手に落ちるぞ!」

トルコ兵たちは、泥水の中で凍えながら、必死に機関銃のトリガーを引き続けた。

彼らがこの絶望的な戦線をかろうじて維持できていた唯一の理由は、地中海を通じてアメリカ合衆国から運び込まれる「命綱レンドリース」の存在であった。


アメリカは、アルゼンチンの赤化でパニックに陥りながらも、中東の石油利権を守るため、トルコを「対ソビエトの捨て石(防波堤)」として徹底的に利用していたのである。

「ヤンキーの弾薬箱が届いたぞ! 撃ち続けろ!」

トルコは、アメリカの弾薬を喰らい、自らの血を流し続けることで、辛うじてソビエトという巨大なヒグマの牙をアナトリアの台地で食い止めていた。


しかし、そのトルコの悲壮な決意とは裏腹に、彼らのすぐ西のバルカン半島では、大国のエゴによる極めて醜悪な「見捨ての連鎖」が起きていたのである。


### 2.見捨てられた神々の国――イタリアの撤退(1943年4月8日)


マケドニア国境。

ソビエト赤軍の圧倒的な物量と激突したイタリア陸軍は、わずかな期間で数万の死傷者を出し、完全に恐慌状態に陥っていた。


「駄目だ! 赤軍の数が多すぎる! 我々新ローマ帝国の軍隊が、こんなバルカンの泥沼で全滅してなるものか!」

ローマのムッソリーニは、バルカンの最前線で血を流すことをあっさりと放棄した。彼は、自国の安全だけを確保するため、極めて利己的で冷酷な「防衛線の後退」を命じた。


「……全軍、マケドニアから後退せよ。セルビア南部のニーシ、マケドニアのスコピエ、そしてアルバニアのティラーナを結ぶ線に、新たな要塞線を構築して引きこもるのだ!」


1943年4月8日。

さらに、マケドニア撤退に伴いイタリア軍は、自らが強引に支配下に置いていたバルカン南部の小国**『ギリシャ』**から、一切の予告もなしに全軍を撤退させた。


「な、なんだと!? イタリア軍が逃げていくぞ! 我々を置いていく気か!」

アテネのギリシャ政府は、パニックに陥った。

つい先日まで「バルカンの支配は我々が守る」と豪語していたイタリア軍のトラックと装甲車が、土煙を上げて北西へと逃げ去っていく。その後ろ姿を見送るギリシャ兵たちの目には、怒りよりも深い絶望が宿っていた。


イタリアの撤退により、ギリシャの北の国境は、完全に「無防備な空白地帯」となってしまったのである。


### 3.アテネの落日――ギリシャの悲哀(1943年4月30日)


この無防備な空白地帯を見逃すほど、ソビエト連邦の独裁者は甘くはなかった。


モスクワのクレムリン。

作戦地図を見下ろすスターリンは、冷徹な計算の下に指示を下した。

「……イタリアが防衛線を固めたニーシ〜ティラーナ線を、わざわざ正面から叩く必要はない。我々が欲しいのは、地中海へ抜けるための『不凍港(暖かい海)』だ。……手薄になったギリシャを、一気に飲み込め」


ソビエト赤軍の機甲師団は、泥沼化するトルコ戦線と、要塞化されたイタリア戦線を避け、その巨大な進路を「南のギリシャ」へと鋭く向けた。


「ギリシャの誇りにかけて、アカの侵略者と徹底抗戦せよ! スパルタの血を思い出せ!」

ギリシャ軍は勇敢であった。険しい山岳地帯を利用し、旧式の小銃と大砲で、押し寄せるT-34の群れに決死の抵抗を試みた。

しかし、彼らにはトルコのようにアメリカからの支援もなく、武器も弾薬も絶対的に不足していた。


イタリアに見捨てられ、孤立無援となった神々の国は、近代的な巨大暴力の前に文字通り「蹂躙」された。

美しいエーゲ海の海岸線を赤軍の戦車が走り抜け、古代遺跡の立ち並ぶ丘陵地帯が砲撃によって無惨に吹き飛ばされていく。


1943年4月30日。

イタリアの撤退からわずか三週間あまり。

ソビエト軍の先鋒が、首都**アテネ**へと雪崩れ込んだ。アクロポリスの丘、パルテノン神殿の頭上に、鎌と槌の真っ赤な旗が虚しく翻る。


「……我々は、トルコよりも早く……国を失ったか」

ギリシャ政府は、涙と共に無条件降伏を受け入れた。

大国のエゴに振り回され、盾として使われた挙句に真っ先に見捨てられる。それが、狂乱の世界大戦における「小国の絶対的な悲哀」であった。


### 4.迫る赤き恐怖――ドイツ軍の東方シフト(Ost-Verschiebung)


バルカン半島が次々と赤く染まり、ギリシャまでもが陥落したという事実は、ヨーロッパの覇者である**ドイツ第三帝国**の首脳部に、決定的な「戦術的パラダイムシフト」を引き起こしていた。


ベルリン、総統大本営。

「……ルーマニアが落ち、ブルガリアが寝返り、ギリシャが降伏した。……総統閣下、スターリンの野望はバルカン半島だけにとどまりません。あの赤いヒグマの巨大な顎は、すでに我がドイツの東側国境(プロイセン、ポーランド、ハンガリー)を直接脅かしております!」


マンシュタイン将軍をはじめとする国防軍の首脳陣は、かつてない強烈な危機感を露わにしていた。

彼らはこれまで、西のアルザス地方でアメリカ・フランス連合軍と泥沼の戦闘を繰り広げてきた。しかし、大西洋艦隊を失って補給が途絶え、自国(南米)のパニックで機能不全に陥っているアメリカ陸軍など、もはや「放っておいても勝手に干上がる無能な包囲軍」に過ぎなかった。


「……ヤンキーどもとフランスの豚は、西の泥沼で凍えさせておけ。我々の『真の敵』は、西ではなく、東から来る!」


1943年4月下旬。

ドイツ国防軍は、極秘裏に、しかし極めて大規模な**『東方シフト(オスト・フェアシーブング)』**を開始した。


キュルルルルル……!

フランス戦線(アルザス=ロレーヌや中部防衛線)に配備されていた、ドイツ軍が誇る最強の装甲擲弾兵師団やティーガー(虎)重戦車の大部隊が、夜陰に乗じて次々と貨物列車に乗せられ、ライン川を越えて東へと旋回していく。


彼らは、ソビエトとの「避けられない絶対的決戦」に備え、ポーランドやハンガリーの国境地帯に巨大な防衛網(東の壁)を構築し始めたのである。

このドイツの東方シフトにより、西の仏独戦線および英米戦線は、完全に「熱を失った膠着状態(兵力不足による睨み合い)」へと移行した。


そして、このドイツの兵力移動(フランス国境の守りが薄くなったこと)が、のちにスペインの独裁者フランコ将軍に「極上の裏切りのチャンス」を与えることになるのである。


### 5.黄土の剥落――蔣介石の完全なる絶望(1943年4月末)


ヨーロッパが東西の防波堤を巡って巨大な地殻変動を起こしている頃。

ユーラシア大陸の東の果て、中国大陸においても、長きにわたって中華を支配してきた一つの権力が、完全に地図上からむしり取られようとしていた。


四川省・重慶の防空壕。

国民党政府の指導者・蔣介石は、持ち込まれる報告書を前に、もはや怒る気力すら失い、亡霊のように虚空を見つめていた。


「……総統。若き覇王・魏煌の『北中華連邦』の精鋭部隊が黄河を渡り、我が国の要衝である**湖北省(武漢)**を完全に制圧しました。彼らの近代的な電撃戦の前に、我が軍は手も足も出ません」


北からの刃が、蔣介石の喉元深くを抉り取る。

しかし、絶望の報告はそれだけではなかった。


「……南からは、『南華共和国』の軍勢が怒涛の勢いで西進しております。彼らはイギリスの莫大な資金で現地軍閥を寝返らせ、すでに**雲南省(昆明)**と**貴州省(貴陽)**を我が手から奪い去りました!」


南の壁が崩壊し、重慶の背後が完全に塞がれる。

蔣介石に残された数少ない領土が、北の魏煌と、南の親英政府によって、まるでケーキを切り分けるように容赦なく削り取られていく。


だが、彼にとって「最も恐ろしい報告」は、西の彼方からもたらされた。


「……総統! 北西の甘粛省から南下してきた『中国共産党(八路軍)』の巨大な軍勢が、我が軍の防衛線を粉砕し……かつて長安と呼ばれた古都・**西安シーアン**を完全に陥落させました! 西安の街には、今や巨大な真っ赤な旗が掲げられております!」


### 6.エピローグ――すり潰される権力


1943年4月末。

中国大陸の勢力図は、誰の目にも明らかな「凄惨な末路」を提示していた。


湖北を『魏煌』に奪われ。

雲南と貴州を『南華』に奪われ。

そして西安を『共産党』に奪われた。


かつて中国全土を統一し、アメリカの強大なパトロンと共に大日本帝国を大陸から叩き出そうとした男、蔣介石。

彼の手元に残されたのは、周囲を完全に敵に包囲され、外界との連絡線をすべて断ち切られた、ただ一つの盆地――**『四川・重慶』のみ**となってしまったのである。


東の魏煌、南の南華、そして西と北の共産党。

三つの巨大な軍閥と国家の思惑が、蔣介石という「かつての覇者」を、アリ一匹逃げられない完全な万力で包囲し、ギリギリと骨の髄まですり潰そうとしていた。


「……アメリカよ。なぜ、我々を見捨てた……」(そもそもの戦略が無謀であった)

暗い防空壕の底で、蔣介石の血を吐くような呟きだけが虚しく響いた。


大国がパニックに陥り、庇護を失った者たちが次々と地図から姿を消していく1943年の春。

ハワイの完全制圧と、中国大陸の四分五裂。大日本帝国の描いた「極東の絶対防波堤」が完成を見せる中、いよいよ5月。


世界を狂乱の泥沼へと引きずり込んだ「あの大国の指導者」の命の灯火が、音を立てて消え去ろうとしていた。

そしてそれを合図に、ヨーロッパを覆い尽くす『史上最悪の裏切りのドミノ』が、一気に倒れ始めるのである。


(第九章 第七話 完)


---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ