79.大西洋の狩人たち――アイルランド沖海戦と落日の同盟
# 海洋帝国日本史 第八章:泥濘と狂乱の1942――崩れゆく世界と新たな火種
## 第八話:大西洋の狩人たち――アイルランド沖海戦と落日の同盟(1942年10月)
### 1.傷だらけの雀蜂と新鋭の双璧――アメリカ大西洋艦隊の出撃(1942年10月上旬)
1942年10月上旬。
アメリカ陸軍が中立国アイルランドを強襲上陸で蹂躙し、イギリス本島の背後に「星条旗の不沈空母」を築き上げてから一ヶ月。ヨーロッパに展開する数十万のアメリカ兵を支えるためには、大西洋を横断する「血のシーレーン(補給線)」を何としても維持し続けねばならなかった。
「……ドイツのUボート部隊だけではない。ブレスト軍港を手に入れたドイツ海軍の水上打撃部隊が、アイルランドの補給線を直接断ち切りに来るぞ」
アメリカ海軍首脳部は、大西洋における最悪のシナリオを危惧していた。
太平洋のハワイ沖海空戦において、アメリカ海軍は保有する航空母艦のほぼすべてを喪失するという破滅的な大敗北を喫した。しかし、あの一日の地獄の中で、奇跡的に「小破」に留まり、生き残った一隻の空母が存在した。
歴戦の正規空母**『ワスプ』**である。
真珠湾から西海岸へ退避し、突貫工事で飛行甲板と船体を修理された『ワスプ』は、パナマ運河を大急ぎで抜け、大西洋側へと強行回航されてきていた。
「ハワイで散っていったヨークタウンやレキシントンの無念は、大西洋で晴らす……! 我々が、アメリカ最後の翼だ」
飛行甲板には、補充されたばかりのF4FワイルドキャットとSBDドーントレスが所狭しと並べられていた。
そして、『ワスプ』を中核として編成された**アメリカ大西洋艦隊**の陣容は、まさにアメリカの巨大な工業力の「最後の結晶」と呼ぶにふさわしい威容を誇っていた。
艦隊の先頭を進むのは、就役したばかりのアメリカ海軍最強にして最速の最新鋭戦艦**『アイオワ』**。そして、そのすぐ後ろにピタリと続くのは、アイオワ級二番艦、新鋭戦艦**『ニュージャージー』**である。
さらに、16インチ砲を持つ強力な戦艦**『ノースカロライナ』**。そして、ハワイへの配置を免れ、大西洋側の防衛を担っていた重装甲の旧式戦艦**『テネシー』**と**『カリフォルニア』**。
「空母ワスプの航空支援と、アイオワ、ニュージャージー、ノースカロライナの16インチ砲があれば、ドイツの戦艦など海の底へ叩き込める。……我々がアイルランドの海を守り抜くのだ!」
合計五隻の戦艦と一隻の空母。
星条旗を誇り高く掲げたアメリカ最後の希望は、アイルランド沖の濃霧の海へと猛然と突入していった。
### 2.欧州の盾――英独連合艦隊の抜錨
アイルランド沖の海域に、アメリカ大西洋艦隊が接近しつつあるという情報は、大英帝国の誇る諜報網(MI6)と、ドイツ軍の高性能な哨戒網によって完全に筒抜けとなっていた。
ロンドンの地下司令部と、ベルリンの総統大本営は、極めて迅速かつ冷徹な決断を下した。
「……ヤンキーの巨大な戦艦群が、たった一隻の空母を護衛につけてやってくるだと? 舐められたものだ」
チャーチル首相とヒトラー総統は、互いの国のプライドを懸け、最強の艦隊をアイルランド沖へと差し向けることで合意した。
北海の軍港と、スコットランドの泊地から、分厚い雲の下を割って、信じられない規模の鋼鉄の巨獣たちが次々と姿を現す。
かつて海を二分した「ヨーロッパの二つの覇権国家」が完全に融合した、人類史上最も恐るべき『連合艦隊』である。
**ドイツ海軍**からは、超弩級戦艦**『ビスマルク』**と、その姉妹艦である**『ティルピッツ』**。
さらに、俊足を誇る巡洋戦艦**『シャルンホルスト』**と**『グナイゼナウ』**。
そして、彼らの頭上を守るために就役を急がせた、ドイツ唯一の航空母艦**『グラーフ・ツェッペリン』**。
並走する**イギリス海軍**からは、ドーバーの死闘を生き抜いた戦艦**『プリンス・オブ・ウェールズ』**。
日系メーカーの工場がフル稼働して兵器増産を支えた結果、予定よりも遥かに早く就役を果たした、新鋭のキング・ジョージ5世級戦艦**『アンソン』**と**『ハウ』**の二隻。
さらに、分厚い装甲飛行甲板を誇る正規空母**『イラストリアス』**が加わっていた。
「見ろ。かつてのトラファルガーとユトランドの宿敵同士が、今、一つの陣形を組んで進んでいる」
ビスマルクの艦橋で、リュッチェンス提督は並走するイギリスの最新鋭艦たちを見つめ、不敵な笑みをこぼした。
「アングロサクソンの誇りと、ゲルマンの鋼鉄。……この『欧州連合艦隊』の空と海の立体的十字砲火の前に、歴史の浅いヤンキーの船など、ただの鉄の棺桶に過ぎん」
総勢七隻の戦艦と二隻の空母。
ヨーロッパの海を守り抜いてきた英独の誇りが、アイルランド沖へと殺到した。
### 3.エメラルドの空の死闘――空母ワスプの孤軍奮闘
1942年10月X日。
アイルランド西方の荒れ狂う大西洋。
視界を遮る濃霧がわずかに晴れた午前7時、両艦隊のレーダーが互いの巨大な艦影を捉えると同時に、海戦は「空の激突」から幕を開けた。
「敵艦隊捕捉! 前方より接近! ……馬鹿な、数が多すぎます! 戦艦が七隻、空母が二隻!?」
アメリカ大西洋艦隊の旗艦『アイオワ』のレーダー室に、絶望的な悲鳴が響き渡った。
「ワスプの全航空機を発艦させろ! 敵の空母の飛行甲板を叩き割るんだ!」
空母『ワスプ』から、F4Fワイルドキャット戦闘機とSBDドーントレス急降下爆撃機が、荒波を蹴って飛び立つ。ハワイを生き延びた熟練パイロットたちは、数の不利を悟りながらも闘志を燃やしていた。
しかし、彼らを迎え撃ったのは、英独の極めて洗練された航空部隊であった。
ドイツ空母『グラーフ・ツェッペリン』からは、極端に旋回性能を高められたメッサーシュミットBf109T戦闘機と、不気味なサイレンを鳴らすJu87スツーカの編隊が飛来。
イギリス空母『イラストリアス』からは、シーファイア(スピットファイアの艦載型)と、雷撃機のソードフィッシュ、アルバコアが分厚い雲海を割って姿を現した。
「ヤンキーの艦爆を落とせ! 母艦には一発も近づけさせるな!」
大西洋の上空で、激しいドッグファイトが展開される。ワイルドキャットは頑丈さでシーファイアに対抗したが、高高度から急降下してくるBf109Tの速度の前には次々と火だるまになって墜落していった。
「味方の直掩機が突破されました! スツーカと雷撃機が来ます!」
ワスプの飛行甲板に、地獄の雨が降り注ぐ。
『アイオワ』や『ニュージャージー』のVT信管付き5インチ両用砲が猛烈な弾幕を張るが、英独のパイロットたちはアメリカの対空砲火を恐れず、機体をねじ込むように突撃してきた。
キュルルルルルル……! ドガァァァァン!!
スツーカの放った500キロ爆弾が、ワスプの中央エレベーターに直撃。さらに海面スレスレから接近したイギリスのソードフィッシュが放った航空魚雷が、ワスプの右舷に致命的な二撃を与えた。
「ワスプ、大破炎上! 飛行甲板使用不能!」
開戦からわずか一時間。アメリカ最後の空母は全身を炎に包まれ、大西洋の冷たい海へとその身を沈めようとしていた。
「……航空戦力は失われた。だが、我々にはまだこの16インチの巨砲がある!」
アイオワの艦橋で、アメリカの提督は血走った目で前方の霧を睨みつけた。
「全艦、突撃! 乱戦に持ち込み、ゲルマンとジョンブルの戦艦を道連れにしてやる!」
### 4.巨獣たちの殴り合い――アイオワ姉妹の猛威
空からの目隠しを失いながらも、アメリカの五隻の戦艦は、世界最高峰のレーダー射撃システムを頼りに、英独連合艦隊の懐へと狂気じみた突進を開始した。
ズドゴォォォォォォォォォォン!!!!!
ついに、海上での大艦巨砲の殴り合いが始まった。
ドイツの『ビスマルク』『ティルピッツ』の38センチ砲。イギリスの『プリンス・オブ・ウェールズ』『アンソン』『ハウ』の14インチ砲。
対するアメリカは、『アイオワ』『ニュージャージー』『ノースカロライナ』の16インチ砲と、旧式艦の14インチ砲。
大西洋の空は、数十門の大口径砲から放たれた砲弾の交差によって完全に真っ赤に染め上げられた。
「アイオワ、ニュージャージー! 目標、敵旗艦ビスマルクおよびティルピッツ! 16インチの恐ろしさを教えてやれ!」
アメリカの最新鋭戦艦二隻が、最大速力33ノットで海面を滑るように機動しながら、正確無比な一斉射撃を放つ。
ドガァァァン!!
『ニュージャージー』の放った重量級の徹甲弾が、ドイツの超弩級戦艦『ティルピッツ』の前部甲板を直撃した。ドイツの強固な装甲を紙のように貫通し、内部で炸裂。
「ティルピッツ被弾! 第一砲塔が沈黙しました!」
さらに『アイオワ』の猛射がティルピッツのバイタルパートを深く抉り、艦内に大火災を発生させる。
「ヤンキーの新鋭艦め、なんという火力と精度だ……!」
ビスマルクのリュッチェンス提督は歯噛みした。
一方、その背後では、アメリカの新鋭戦艦『ノースカロライナ』が、イギリスのキング・ジョージ5世級戦艦三隻(PoW、アンソン、ハウ)をたった一隻で引きつけ、獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。
「囲まれても構わん! プリンス・オブ・ウェールズに狙いを絞れ!」
ノースカロライナは、イギリス艦隊からの十字砲火を浴びて上部構造物をハチの巣にされながらも、執念の16インチ砲を撃ち返し続けた。
ガァァァァァァン!!!
ノースカロライナの最後の一斉射撃が、『プリンス・オブ・ウェールズ』の喫水線下と弾薬庫の至近を正確に打ち抜いた。
「プリンス・オブ・ウェールズ、致命傷! 浸水止まりません!」
イギリス艦隊の誇る歴戦の戦艦は、大きく艦体を傾斜させ、アイルランド沖の波間にその巨体を沈め始めた。
しかし、同時に『アンソン』と『ハウ』の猛烈な報復射撃を受けたノースカロライナもまた、大爆発を起こして轟沈した。
### 5.意地の相討ち――アメリカ大西洋艦隊の落日
「ノースカロライナが沈んだ! だが、プリンス・オブ・ウェールズを道連れにしたぞ!」
乱戦は、文字通りの「血みどろの相討ち」の様相を呈していた。
鈍足の旧式戦艦『テネシー』と『カリフォルニア』には、ドイツの俊足巡洋戦艦『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』が狼のように群がっていた。
「遅い獲物だ! 魚雷で腹を割いてやれ!」
ドイツ艦が至近距離まで肉薄する。しかし、アメリカの旧式戦艦の乗組員たちは、ハワイへの配置を免れ、ここで祖国のために死ぬことを覚悟していた。
「ゲルマンの小娘どもめ、舐めるな! 我々を沈めるには、その細い首を差し出せ!」
『テネシー』と『カリフォルニア』の14インチ主砲が、至近距離から『シャルンホルスト』の側面を乱れ撃ちにする。
ドゴォォォォン!!
シャルンホルストの薄い装甲は、至近距離からの14インチ砲弾に耐えきれず、機関室と弾薬庫が次々と誘爆。ドイツの誇る美しい巡洋戦艦は、真っ二つにへし折れて海底へと消えた。
だが、シャルンホルストが死に際に放った無数の魚雷が、『テネシー』と『カリフォルニア』の横腹を完全に食い破り、アメリカの旧式戦艦二隻もまた、断末魔の爆発と共に深海へと引きずり込まれた。
午後2時。
残されたのは、アメリカの『アイオワ』『ニュージャージー』と、ドイツの『ビスマルク』、そして致命傷を負いながらも砲撃を続ける『ティルピッツ』の四隻のみであった。
「……信じられん。我々の戦艦部隊が、ここまで削られるとは」
ドイツの提督は、燃え盛る残骸の海を見つめて戦慄した。
「ティルピッツ、もう限界です! 総員退艦の命令を……!」
『ニュージャージー』の執拗な猛射を浴び続けていた『ティルピッツ』が、ついに力尽き、横転して沈没していく。
「ティルピッツが沈んだ……! だが、ヤンキーの化け物二隻も、すでに満身創痍だ!」
『アイオワ』と『ニュージャージー』は、これまでの戦闘でイギリス戦艦の砲撃も浴びており、レーダーは破壊され、主砲の半分は沈黙し、艦体は大きく傾斜していた。
そこに、再装填を終えたドイツの『グラーフ・ツェッペリン』とイギリスの『イラストリアス』から、第二次攻撃隊(雷撃機と爆撃機)の巨大な編隊が襲い掛かった。
空からの十字砲火と、無傷に近い『ビスマルク』、『アンソン』、『ハウ』からの猛烈な水平射撃。
圧倒的な数の暴力の前に、いかにアメリカ最強の新鋭戦艦といえども、もはや耐え切ることは不可能であった。
ドガァァァァァァン!!!
『ニュージャージー』の艦橋が吹き飛び、続いて『アイオワ』の弾薬庫に爆弾が直撃する。
「……ここまでか。だが、ヤンキーの意地は、ゲルマンとジョンブルの記憶に永遠に刻み込んでやったぞ」
アイオワの提督は、血まみれの艦橋で崩れ落ちながら、誇り高く目を閉じた。
星条旗を掲げた巨大な二隻の戦艦は、大西洋の冷たい海へと、その美しい姿を永遠に没した。
アイルランド沖海戦。
アメリカ大西洋艦隊は、『アイオワ』『ニュージャージー』『ノースカロライナ』『テネシー』『カリフォルニア』、そして空母『ワスプ』という**「出撃したすべての主力艦」を喪失し、完全に壊滅した。**
しかし、英独連合艦隊が支払った代償もまた、決して安いものではなかった。
イギリスの『プリンス・オブ・ウェールズ』、ドイツの『ティルピッツ』『シャルンホルスト』が轟沈。
アメリカの意地と狂気が、圧倒的有利だったはずの英独連合艦隊から、三隻もの貴重な戦艦を道連れにして地獄へと引きずり込んだのである。
### 6.崩れ落ちる西の防波堤――ナント陥落と絶望の仏米同盟(1942年10月下旬)
海の上でアメリカ大西洋艦隊が死に絶えたという事実は、ヨーロッパ大陸の地上戦に、即座に致命的かつ絶望的な影響を及ぼした。
フランス中部の都市、大西洋岸の要衝である**『ナント』**。
ルクレールがパリを放棄した後に構築した「新防衛線」の西の要であり、アメリカ軍からの補給を受け取るための唯一の港湾都市であった。
「……大西洋艦隊が全滅しただと? ヤンキーの戦艦が、すべて海の底へ……!?」
南仏マルセイユの臨時政府で、報告を受けたルクレール国家主席は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
大西洋の制海権を完全に英独に奪われたことで、アメリカからの輸送船団は完全に途絶。ナントを守備するフランス軍の弾薬と燃料は、文字通り「一発も残されていない状態」に陥った。
そこに襲い掛かったのは、パリから西進を続けてきたドイツ国防軍の精鋭・装甲師団であった。
「フランスの息の根を止めろ! 海への逃げ道を完全に塞ぐのだ!」
補給の途絶えたフランス軍の陣地など、ドイツのⅣ号戦車と突撃砲の前には、ただの土の塊に過ぎなかった。ドイツ軍は圧倒的な火力と機動力でナントの防衛線を蹂躙し、市街地へと雪崩れ込んだ。
1942年10月下旬。
ナントは完全に陥落。フランスの西の防衛線は崩壊し、大西洋岸の港湾はすべてドイツの手に落ちた。
同じ頃、アルザス=ロレーヌ地方でドイツ軍と対峙していたアメリカ陸軍の前線司令部でも、恐慌状態が巻き起こっていた。
「大西洋艦隊が壊滅し、ナントも落ちただと!? ふざけるな、我々はどうやって本国から弾薬や食糧を受け取ればいいのだ!」
海軍を失い、港を失い。
アメリカとフランスの連合陸軍は、広大なヨーロッパ大陸の中で完全に孤立した「巨大な袋のネズミ」へと転落したのである。(米駆逐艦隊(戦時量産タイプ)による散発的なレンドリースや米軍への補給はボルドー経由で続けられたが、米艦隊は空母や戦艦を中心とした艦隊決戦はもう挑めなくなってしまった。次に挑めるのは1943年後半以降である。)
「……このままでは、冬を越えられない。弾薬はおろか、兵士たちの食うパンすら無くなるぞ」
アメリカ軍の将軍たちは、忍び寄る「飢えと全滅」の恐怖に顔を青ざめさせた。
ルーズベルトとルクレールが描いた「力による世界支配」の妄想は、アイルランド沖の暗い海底と、ナントの瓦礫の下で、完全にその息の根を止められたのである。
ヨーロッパの戦局は、ドイツ・イギリスの「完全なる反撃のターン」へと移行した。
世界大戦のシーソーは、絶望的な摩擦音を立てながら、次なる狂乱の秋へと傾き始めていく。
(第八章 第八話 改訂版 完)
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