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76.エメラルドの島の陥落と花の都の落日――背後の刃とゲルマンの凱旋

# 海洋帝国日本史 第八章:泥濘と狂乱の1942――崩れゆく世界と新たな火種


## 第六話:エメラルドの島の陥落と花の都の落日――背後の刃とゲルマンの凱旋(1942年8月下旬)


### 1.狂乱の飛び火――アイルランド強襲上陸(1942年8月20日)


1942年8月20日。

大日本帝国海軍の潜水艦による「サンフランシスコ砲撃」は、ルーズベルト大統領の精神を完全に狂乱の底へと突き落とした。

三ヶ月後に迫る11月の中間選挙。本土を攻撃されたという事実を覆い隠し、国民の支持を繋ぎ止めるためには、もはや「遠く離れた異国での、目に見える圧倒的な勝利」を大々的に宣伝する以外に道はなかった。


しかし、太平洋のハワイは帝国海軍の襲来を前に極度の緊張状態にあり、ヨーロッパの仏独戦線もアルザス地方で完全に膠着している。


「……大西洋だ。イギリスの喉元に、直接ナイフを突き立てろ!」

ルーズベルトは、地図上のイギリス本島(グレートブリテン島)のすぐ西に浮かぶ、緑豊かな島を指差した。


**アイルランド共和国。**

第一次世界大戦の後にイギリスから独立を果たし、この世界大戦においても「中立」を固く宣言していた、通称エメラルドの島である。


「アイルランドは中立国です! 正当な理由なき侵攻は、国際社会からの決定的な非難を浴びます!」

国務省の側近たちが青ざめて止めるのも聞かず、ルーズベルトは冷酷に言い放った。

「構わん! カナダを保障占領した時と同じだ。『ジャップと結託したイギリスの脅威から、自由主義圏を守るための予防的措置』とでも声明を出しておけ! あそこを落とせば、イギリスを背後から完全に封鎖できる!」


1942年8月20日、未明。

大西洋を渡ってきたアメリカ陸軍の巨大な輸送船団が、中立国アイルランドの西海岸に突如として強襲上陸を敢行した。


「アメリカ軍だ! なぜ我が国に攻めてくるのだ!」

アイルランド防衛軍は完全に不意を突かれた。彼らは勇敢に小銃を握って抵抗したが、圧倒的な装甲火力を誇るシャーマン戦車の大群と、空を覆うアメリカ陸軍航空軍の爆撃の前に、その防衛線は紙切れのように引き裂かれた。


わずか一ヶ月足らず。

悲鳴を上げる間もなく、アイルランド全島は星条旗の支配下に置かれた。

アメリカ合衆国は、自らの恐怖と選挙の焦りを払拭するためだけに、またしても罪なき中立国を軍靴で踏み躙り、イギリスの背後に「不沈空母」という名の絶対的な拠点を築き上げたのである。


### 2.本土奪還の凱歌――コンウォール半島の解放(1942年8月25日)


アメリカがアイルランドで蛮行に及んでいた頃。

その海を隔てたすぐ東、イギリス本土の南西部(コンウォール半島)では、大英帝国の意地と極東の戦闘集団による、輝かしい「逆転劇」が完結の時を迎えていた。


「追い詰めろ! フランスとスペインの豚どもを、海へ叩き落とせ!」

イギリス陸軍の歩兵たちと共に突撃の先頭を走るのは、大日本帝国の民間軍事企業『坂本財閥・海援隊』の荒くれ者たち。そして、彼らを援護するのは、日系メーカーの工場から吐き出された新兵器**『連合新型戦車(クロムウェル改)』**の長砲身砲であった。


「……弾薬がない! 海からの補給も完全に途絶えた!」

半島に上陸していた十五万の米仏連合軍は、完全に孤立無援となっていた。

ブレスト軍港の壊滅によりフランス海軍からの補給線は断たれ、頼みのアメリカ軍はアイルランド侵攻に戦力を回したため、彼らに割く戦力が減衰していたのである。


ズガァァァン! タタタタタタタッ!

半島の最西端、ランズ・エンド岬。

断崖絶壁を背にした仏蛮連合軍の残存部隊は、海援隊の容赦のない浸透戦術と、イギリス軍の猛烈な砲撃の前に完全に戦意を喪失した。


1942年8月25日。

「……降伏する。撃つのをやめてくれ」

泥と血にまみれたフランス軍の将校が、白い布を掲げて塹壕から姿を現した。


「大英帝国万歳(God Save the King)!!」

イギリス兵たちは、涙を流して抱き合い、自らの祖国の土を奪還した歓喜に沸き返った。海援隊の男たちも、血塗られた軍用刀を鞘に納め、タバコに火をつけて笑い合った。


しかし、彼らが勝利の喜びに浸りながら西の海(アイリッシュ海)を眺めた時。

その海の向こう側には、新たにアイルランドを占領し、巨大な牙を剥き出しにしてイギリス本島を睨みつける「アメリカ陸軍」という、かつてないほどの巨大な悪魔が陣取っていた。


陸の危機は去ったが、イギリスは西のアイルランド(アメリカ)と東のヨーロッパ大陸フランスに挟撃される、極めて危険な死地に立たされ続けていたのである。


### 3.シャンゼリゼの靴音――花の都の落日


イギリスが自国の土を奪還した数日後。

ヨーロッパ大陸の心臓部において、世界大戦の歴史に永遠に刻まれる「象徴的な瞬間」が訪れていた。


「……パリ市内の防衛隊は完全に沈黙しました。臨時政府はすでに南部へと脱出しております」

指揮装甲車の中で報告を受けたドイツ軍のハインツ・グデーリアン大将(あるいはそれに相当する機甲部隊指揮官)は、満足げに頷いた。


1942年8月下旬。

フランドル地方(北部)の防衛線を粉砕し、怒涛の勢いで南下したドイツ国防軍の機甲師団は、ついにフランスの首都・**パリ**を完全に包囲、陥落させた。


キュルルルルル……ガシャッ、ガシャッ。

夏の終わりの乾いた風が吹く、パリの中心部。

かつて世界で最も美しいと讃えられたシャンゼリゼ通りを、バルティック・クロス(鉄十字)を描いたドイツ軍のⅣ号戦車と、フィールドグレーの軍服に身を包んだ数万のドイツ兵が、地響きを立てて行進していく。


エッフェル塔の頂上に、そして凱旋門のアーチの下に、鉤十字ハーケンクロイツの巨大な旗が翻る。

普仏戦争以来の因縁、そして第一次世界大戦の泥沼の復讐。ドイツにとって、この花の都への凱旋は、国家の誇りを完全に回復する歴史的偉業であった。


「……泣き叫ぶ市民や、火炎瓶を投げてくるレジスタンスがいるかと思ったが、拍子抜けだな」

戦車のハッチから身を乗り出したドイツの若い戦車長が、沿道を見渡して不思議そうに呟いた。


彼の言う通りであった。

パリの沿道を埋め尽くす市民たちの瞳に、怒りや憎しみ、愛国心の炎は宿っていなかった。

彼らの目は落ち窪み、まるで魂が抜け落ちたかのように、ただ無気力に、黙々とドイツ軍のパレードを眺めているだけであった。


ルクレール国家主席の狂気。

「新ナポレオン」を自称し、イギリスへ上陸し、世界を支配するという肥大化した妄想。そのツケを払わされたのは、他でもないフランスの一般市民であった。


大西洋におけるUボートの無制限潜水艦作戦により、フランスの海外からの食糧輸入は完全にストップしていた。パリ市民は連日の飢餓に苦しみ、配給所の前で暴動が起きる寸前であった。

さらに、勝ち目のない戦いに若者たちを無謀に投入し続けたルクレール政府への不満は、すでに限界を通り越していた。


「……これで、ようやく戦争が終わるのかもしれない。ルクレールの狂った演説も、空襲のサイレンも、もう聞かなくて済む」

あるパリの老人は、歩道に座り込みながら、諦念に満ちた声で呟いた。


フランスの民衆は、祖国が占領される悲しみよりも、飢餓と狂気から解放される安堵感(あるいは完全な無気力)に支配されていた。

パリの陥落は、激しい市街戦による炎上ではなく、冷え切った諦めの静寂の中で、あっけなくその幕を下ろしたのである。


### 4.東の盾と西の波――防衛線の再編とゲルマンの西進


首都パリを放棄したルクレールは、南部の港町・**マルセイユ**に臨時首都を移し、ラジオを通じて狂気じみた徹底抗戦を叫び続けていた。


「パリは譲ったが、フランスの魂は屈しない! 東部戦線のアルザス地方には、まだ我がフランスの主力と、アメリカ陸軍の大軍が健在である!」


事実、パリの東側およそ100キロの地点(マルヌ川やシャンパーニュ地方付近)には、フランス軍が急遽構築した「一時的な防衛線」が引かれていた。

彼らの目的は、アルザス=ロレーヌ地方(東部)に進出しているアメリカ軍・フランス軍の連合部隊が、ドイツ軍のパリ占領によって背後を突かれ、完全包囲されるのを防ぐことであった。米仏連合軍は戦線後退をせざるを得ない状況に追い込まれていた。

「……パリの東に、フランス軍が新たな盾を構えました。さらにそのアルザスには、アメリカ軍の強力な機甲師団が控えております」

パリの司令部で、マンシュタイン将軍とロンメルは、巨大な作戦地図を見下ろして冷徹に分析した。


「ヤンキーと正面から殴り合うのは、今は得策ではない。パリの維持と占領地の治安回復を優先し、東部の米仏連合軍への攻撃は一旦保留とする」

ドイツ軍は、パリ周辺の守りをガチガチに固め、アメリカ軍の圧倒的な物量との無用な消耗戦を巧みに避けた。


「その代わり、手薄になった『西の海岸線』をすべていただく。大西洋の扉を、フランスから完全に奪い取るのだ」

マンシュタインの号令により、パリに入城したドイツ軍の一部は、休む間もなくその進路を**「西」**へと向けた。


キュルルルルル……!

ノルマンディーやブルターニュ地方の平原を、ドイツの装甲部隊が疾風のごとく駆け抜ける。

フランス軍はすでに東の防衛に全力を注いでおり、西海岸の都市を守る兵力は残されていなかった。


ルアーブル、カーン、レンヌ。

フランス北西部の主要都市が、次々とドイツ軍の軍門に降る。

そして8月末、ドイツ軍の先鋒は、かつて日英の特殊部隊(MI6と御庭番)が爆破工作によって壊滅させたフランス最大の軍港――**ブレスト**の廃墟へと到達した。


「……凄まじい破壊の跡だ。イギリスと日本のインテリジェンスの恐ろしさがよく分かる」

爆破され、瓦礫の山と化した巨大な乾ドックを見下ろし、ドイツの将校は畏怖の念を抱いた。

この西進作戦により、ドイツ軍はフランスの北および西の海岸線を完全に支配下に置くことに成功したのである。


### 5.エピローグ――二つに割れたヨーロッパ


1942年8月末。

Memorial Dayから始まった狂乱の戦争は、ヨーロッパの地図を根本から書き換えてしまった。


フランスは、首都パリと北部・西部の豊かな海岸線をすべてドイツに奪われ、国土の半分以上を喪失。ルクレールの臨時政府は南部のマルセイユに逃げ込み、かろうじてアメリカ軍の庇護の下で東部戦線アルザスを維持しているに過ぎない、完全な「半身不随」の状態へと陥った。


イギリスは、南西部の領土を奪還し、本土防衛の歓喜に沸いたのも束の間。すぐ西の中立国アイルランドがアメリカに占領されたことで、今度は「星条旗の強烈な重圧」を背中から受け続けることになった。


勝利の凱歌を上げるドイツとアメリカ。

国土を焼き尽くされ、泥沼に沈むフランス。

そして、アイルランドの米軍を睨むイギリス。


各国のエゴと謀略が極限まで張り詰めた、1942年の秋。

ヨーロッパの戦線が巨大な膠着状態(にらみ合い)へと移行していく中、世界大戦の焦点は、いよいよ地球の裏側――太平洋のど真ん中に浮かぶ常夏の島へと、完全に移ろうとしていた。


大日本帝国の巨大な機動部隊と、アメリカ合衆国の太平洋艦隊。

人類史上最大にして最悪の海空戦、**『ハワイ沖海戦』**の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていたのである。


(第八章 第六話 完)


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