73.鋼鉄の逆襲と独裁者の苛立ち――新戦車の咆哮と裏切りの半島
# 海洋帝国日本史 第八章:泥濘と狂乱の1942――崩れゆく世界と新たな火種
## 第三話:鋼鉄の逆襲と独裁者の苛立ち――新戦車の咆哮と裏切りの半島(1942年6月)
### 1.深海の死神、再び――無制限潜水艦作戦の再動(1942年6月上旬)
1942年6月上旬。
アメリカ陸軍の膨大な物量によってアルザス=ロレーヌ地方を奪還し、意気揚々とドイツ領内への進軍を企てていたフランス・アメリカ連合軍であったが、その巨大な軍靴は泥濘の中でピタリと停止していた。
「……また輸送船団がやられただと!? 護衛の駆逐艦を何十隻もつけているというのに!」
ワシントンD.C.の統合参謀本部で、アメリカ海軍の提督が顔面を蒼白にして叫んだ。
大西洋の深海。
アメリカの大量の駆逐艦投入によって一時的に沈静化していたかに見えたドイツ海軍と帝国海軍(派遣潜水艦部隊)は、決して狩りをやめたわけではなかった。彼らは新たな群狼陣形の戦術を練り直し、さらに無慈悲な**『第二次・無制限潜水艦作戦』**を再発動したのである。
「ヤンキーの駆逐艦には構うな。目標はただ一つ、膨れ上がった腹を抱える巨大な輸送船のみだ。大西洋の底を、アメリカの兵器の巨大な墓場にしてやれ」
シュルルルルル……ドガァァァァァン!!!
北大西洋の冷たい海で、アメリカからヨーロッパへと向かっていた数万トン級のリバティ船(輸送船)が、航跡のない酸素魚雷の直撃を受けて次々と真っ二つにへし折れていく。
「駄目です! レンドリース(軍事物資)を積んだ船団の被害が、3割を超えました! このままでは、ヨーロッパに展開した我が陸軍の弾薬と燃料が底を突きます!」
アメリカ軍は苛立ちを隠せなかった。
無尽蔵の工業力で戦車や大砲を生産しても、それを大西洋の向こう側に届けることができなければ、ただの鉄くずと同義である。
仏独国境に大軍を送り込んだアメリカ陸軍は、後続の物資と増援部隊の到着が絶望的なまでに遅延した結果、ドイツ軍の強固な防衛線を前にして「弾薬節約」を強いられ、完全な作戦停止(停滞)へと追い込まれていた。
### 2.鋼鉄のキメラ――日英独・連合新型戦車の咆哮(1942年6月中旬)
一方、ヨーロッパのもう一つの激戦地であるイギリス本土・南西部(コンウォール半島)。
フランス・スペイン(仏蛮)連合軍が上陸して以来、泥沼の市街戦と塹壕戦が続いていたこの地に、アメリカ陸軍の大規模な増援部隊が到着していた。
「フランスとスペインの連中はすっこんでな。イギリスの田舎町は、俺たちのシャーマン戦車が綺麗に更地にしてやるぜ」
意気揚々と前線に立ったアメリカ戦車兵たちは、疲弊しきっていた仏西連合軍と前線を交代し、大攻勢の準備を整えた。
彼らは自らの乗るM4シャーマン戦車の75ミリ砲と分厚い装甲が、イギリスの旧式な戦車や歩兵の陣地を容易く粉砕できると信じて疑わなかった。
しかし、1942年6月20日。
朝靄に包まれたコンウォール半島の平原に、アメリカ軍がこれまで見たこともない、異様なシルエットを持つ「鋼鉄の獣」の群れが姿を現した。
「……なんだ、あの戦車は? シャーマンより車高が低く、砲身が異常に長いぞ!」
アメリカの戦車長が双眼鏡を覗き込んだ瞬間。
ズドォォォォォォン!!!
距離2000メートルという、当時の常識では命中すら覚束ないはずの超遠距離から放たれた一撃が、先頭のシャーマン戦車の正面装甲を、まるでボール紙のようにぶち抜き、砲塔を空の彼方へ吹き飛ばした。
「な、なんだと!? 正面装甲が抜かれた! 敵戦車、性能が違いすぎる!」
それこそが、パックス・ジャポニカの誇る工業力と、欧州の同盟国たちの技術が極限で融合した悪魔のキメラ。
イギリス軍の機動性に優れた巡航戦車『クロムウェル』の車体をベースに、ドイツ軍の精緻なカール・ツァイス製『照準光学機器』を搭載し、さらに大日本帝国の最強の民間企業群(欧州三菱や欧州トヨタ)の生産技術と、帝国陸軍の『一式中戦車』の長砲身47ミリ砲(あるいはボアアップされた新型75ミリ砲)の技術を惜しみなく注ぎ込んだ、**『日英独・連合新型戦車(センチュリオンの原型のような架空戦車)』**であった。
「……よく来たな、ヤンキーども。ここから先は、大英帝国の意地と極東の技術の展示会だ。特等席で味あわせてやる」
連合新型戦車に搭乗するイギリス軍兵士と、歩兵として随伴する『坂本財閥・海援隊』の精鋭たちが、凶暴な笑みを浮かべた。
「撃て! 撃ち返せ!」
パニックに陥ったアメリカ軍のシャーマン戦車が75ミリ砲を乱れ撃つが、連合新型戦車の避弾経始(傾斜装甲)に優れた前面装甲にカーン! と甲高い音を立てて弾き返される。
逆に、連合新型戦車の放つ徹甲弾は、ドイツ製の光学照準器による百発百中の精度で、シャーマン戦車の弾薬庫を正確に射抜いていった。
「退け! 退けェェッ! 化け物だ、あれは戦車じゃない!」
圧倒的な質的優位を手にしたイギリス軍と海援隊の逆襲は、凄惨を極めた。
結局、アメリカ軍とフランス軍(ルクレール命で撤退できず)は膨大な犠牲を出しながら後退を重ね、かつてフランス軍が意気揚々と進軍したコンウォール半島の領土を次々と吐き出し、ついには半島の最先端(ランズ・エンド岬付近)の狭い海沿いへと、完全に追い詰められてしまったのである。
### 3.エリゼ宮の激怒――消えたスペイン軍(1942年6月下旬)
イギリス本土防衛戦におけるアメリカ軍の惨敗、そして仏独国境での進軍停止。
パリのエリゼ宮でその報告を受けたフランス国家主席ルクレール(新ナポレオン)は、顔を真っ赤にして執務室の調度品を破壊し尽くしていた。
「ヤンキーどもは何をやっているのだ! シャーマン戦車がイギリスの新兵器の前にスクラップにされただと!? 無制限潜水艦作戦のせいで燃料が届かんというのか!」
ルクレールは息を荒らげ、巨大なヨーロッパ地図の「イギリス南西部」を拳で叩き割った。
「……待て。そもそも、コンウォール半島でイギリス軍と戦っていた我がフランス軍の同盟国は、どうしたのだ?」
ルクレールは、血走った目で参謀たちを睨みつけた。
「スペインだ! イギリスに一緒に上陸したはずの、フランコのスペイン陸軍は今どこで何をしている!!」
参謀たちは、青ざめた顔で互いに顔を見合わせた後、震える声で報告した。
「……か、閣下。実は……現在イギリス本土で戦闘を行っているのは、我がフランス軍の残存部隊とアメリカ軍のみです。スペイン軍は……兵をすべて自国(イベリア半島)へ引き揚げさせております」(アメリカが前線を変わった際に早々と本土に引き上げていた。)
「なんだと……!?」
「さらに申し上げますと……スペインは最近、海軍の艦艇を地中海や大西洋で動かしてはいるものの、陸軍の兵士を『一ミリも』国外へ派遣しておりません。彼らは我が国の苦境を完全に黙殺し、自国の国境警備に全軍を配置している状態です……!」
ルクレールは、雷に打たれたように立ち尽くした。
スペインの独裁者・フランコ将軍は、フランスと共同でイギリスに上陸し、多大な血を流すことを「途中で完全に放棄」したのである。
「あの老いぼれの裏切り者めがァァァァッ!!」
ルクレールの怒号が、エリゼ宮を震わせた。
「我が大フランスがイギリスとドイツを相手に血反吐を吐いているというのに、高みの見物とは良い度胸だ! 直ちに外交官を呼べ! マドリードに抗議する! フランコの首を刎ねてやる!」
### 4.狡猾なる老狐――実利と戦後秩序(1942年6月末)
数日後。
マドリードのスペイン総統府に、ルクレールからの激しい怒りが込められた親書と、フランス大使の猛烈な抗議が届けられた。
『我が同盟に対する明らかな利敵行為である! 直ちにスペイン陸軍10万をフランス国境経由でイギリス、あるいは仏独戦線へ派遣せよ! さもなくば、我がフランス大陸軍がピレネー山脈を越え、マドリードを火の海にする用意がある!』
フランス大使が顔を真っ赤にして親書を読み上げるのに対し。
スペインの独裁者・フランコ将軍は、豪華な肘掛け椅子に深く腰掛け、極めて退屈そうにあくびを噛み殺した。
「……ルクレール閣下は、ずいぶんと血の気が多いようだな」
フランコは、冷ややかな目でフランス大使を見下ろした。
「我がスペインも、新枢軸の一員として『最大限の努力』をしておる。現に海軍は動かしているではないか。陸軍を派遣しろと言うが、先日ポルトガルを制圧(併合)したばかりで、国内の治安維持に兵力が要るのだ。無い袖は振れんよ」
「言い訳は通用しません! 閣下が本気で我々と戦う気がないことは明白です! ルクレール閣下は、武力行使(スペイン侵攻)も辞さないと……!」
「ほほう、武力行使か」
フランコは、ニヤリと老獪な笑みを浮かべた。
「やってみるがいい。だが、ルクレールに伝えたまえ。……『貴国に、ピレネー山脈を越えるための兵力が、一ミリでも残っているのか?』とな」
フランス大使は、言葉に詰まり、顔面を蒼白にさせた。
図星であった。
フランス軍は、マジノ線の泥沼でドイツ軍と対峙し、イギリス本土で海援隊に削られ、さらにアメリカからの物資も途絶えている。スペインという山岳国家に侵攻するための予備兵力など、ルクレールには「完全にゼロ」であった。
外交的威圧が完全に看破された瞬間である。
フランコは、フランス大使を執務室から追い出すと、傍らの側近に向かって冷酷に言い放った。
「……狂人の船は、すでに沈みかけている。マカロニ野郎もトルコと泥沼の戦争を始め、ヤンキーも大西洋の潜水艦に怯えている。枢軸の連中は、どいつもこいつも自爆していく馬鹿ばかりだ」
フランコは、ヨーロッパ地図の「イベリア半島」と「ジブラルタル」、そして「モロッコ」をペンで丸く囲んだ。
「我がスペインは、すでにジブラルタルを落とし、ポルトガルを併合し、欲しいものはすべて手に入れた。これ以上、フランスの負け戦に付き合って自国の血を流す義理はない」
彼の視線は、すでにこの泥沼の戦争の「勝敗」ではなく、**『戦後秩序』**へと向けられていた。
「我が国が無傷で生き残るためには、泥舟から降りるタイミングを見極める必要がある。……東京(大日本帝国)への密使の件は、どうなっている?」
「はっ。極秘裏に進めております。帝国将軍府との接触の準備が整いつつあります」
「よろしい。フランスが完全に崩壊する前に、我々は実利だけを抱えて、この狂乱の宴から『美しく退場』させてもらうとしよう」
フランコの冷徹な実利主義は、ルクレールの狂気を完全に切り捨てていたのである。
### 5.エピローグ――軋む同盟と、極東の巨竜
1942年6月末。
フランス・パリのエリゼ宮。
スペインからの「我々は最大限努力している(=何もしない)」という木で鼻を括ったような外交返答を受け取ったルクレールは、自らの権力が、内側からボロボロと崩れ落ちていく強烈な焦燥感に苛まれていた。
「……誰も彼もが、私を裏切っていく。イタリアも、スペインも……」
ルクレールは、暗い執務室で一人、ワイングラスを握りつぶした。
「だが、私は負けん。アメリカという巨大な盾がある限り、フランスは……」
しかし、そのルクレールがすがるアメリカ自身もまた、ヨーロッパの泥沼に足を踏み入れたことで、想像以上の疲弊を強いられていた。
無制限潜水艦作戦による大西洋の恐怖、イギリスでの新型戦車による惨敗。
枢軸(米仏伊蛮土)という名の同盟は、もはや互いを助け合う機能を持たず、それぞれの足首を引っ張り合うだけの「呪いの鎖」と化していた。
そして。
ヨーロッパと中東で、枢軸の国々が果てしないエゴと泥沼の消耗戦に喘いでいるその間に。
地球の裏側、太平洋の要衝である大日本帝国の軍港(呉・横須賀)では、アメリカとの「最終決戦」に向けた、信じられない規模の巨大な鋼鉄の怪獣たちが、次々とその産声を上げようとしていた。
大日本帝国の造船所から立ち上る、幾筋もの巨大な黒煙。
失われた戦艦群を補って余りある、新たな「空母」と「超弩級戦艦」の誕生。
1942年の夏。
膠着するヨーロッパの戦火を尻目に、世界の運命を決定づける巨大な天王山――『ハワイ攻略作戦』に向けた、帝国海軍と陸軍の猛烈な胎動が、いよいよ最高潮に達しようとしていたのである。
(第八章 第三話 完)
---




