72.欺瞞の同盟と中東の着火――米国の欧州参戦と暴走
# 海洋帝国日本史 第八章:泥濘と狂乱の1942――崩れゆく世界と新たな火種
## 第二話:欺瞞の同盟と中東の着火――米国の欧州参戦と暴走(1942年5月)
### 1.星条旗の蹂躙――アメリカ陸軍、欧州上陸(1942年5月上旬)
1942年5月上旬。
大西洋において、ドイツ海軍のUボートによる無制限潜水艦作戦が猛威を振るい、フランスへの兵站が完全に首を絞められていたその海域を、信じられない規模の「鋼鉄の浮島」が横断していた。
「……見渡す限り、星条旗を掲げた船だ。なんて数だ……」
海中のUボートの潜望鏡からその光景を覗き込んだドイツの艦長は、冷や汗を拭いながら呻いた。
ルーズベルト大統領の狂乱の命令により、アメリカ海軍は太平洋艦隊の再建に必要なはずの駆逐艦を大量に引き抜き、大西洋に展開。数百隻の輸送船団を数十隻の駆逐艦と哨戒機でガチガチに固めた『重警護船団』を編成し、強引にUボートの網を食い破ったのである。
そして、フランスの西海岸に吐き出されたのは、単なる物資ではなかった。
「ヤンキーの到着だ! ナポレオンの兄弟たち、お待たせしたな!」
M4シャーマン戦車、M3ハーフトラック、そして無尽蔵の弾薬と共に、完全武装した数十万の**アメリカ陸軍**の主力部隊が、ついにヨーロッパ大陸へとその巨大な軍靴を踏み下ろしたのである。
彼らは上陸するや否や、膠着状態に陥っていた仏独国境――マジノ線の北側へと猛烈な速度で直行した。
「アメリカ軍が来ました! その数、およそ三個装甲師団と数十の歩兵師団!」
ドイツの前線司令部で、青ざめた参謀が報告する。
「……ついに来たか。無尽蔵の工業力が」
ドイツ軍の前線指揮官たちは、双眼鏡越しに、地平線を埋め尽くすカーキ色の軍団と、空を覆うアメリカ陸軍航空軍のB-17爆撃機の大群を見つめた。
5月5日。
アメリカ軍は、フランス軍が流血の末に一歩も進めなかったドイツ軍の防衛線に対し、狂気とも言える「圧倒的な物量の津波」を叩きつけた。
ズドゴォォォォォォォォン!!!
数千門のアメリカ軍の105ミリ榴弾砲が、ドイツ軍の塹壕を文字通り「地形が変わるまで」耕し尽くす。
そして、砲撃の煙が晴れる前に、大量のM4シャーマン戦車が、エンジンの唸りを上げて雪崩れ込んできた。
「撃て! 8.8センチ砲の水平射撃だ!」
ドイツ軍は決死の抵抗を試みた。アハト・アハトの徹甲弾は確かにシャーマンの装甲を貫通し、次々と火だるまに変えていった。しかし、アメリカ軍は一両の戦車がやられれば、すぐ背後から三両の真新しい戦車が湧き出してくるという、物理法則を無視したような物量作戦を展開した。
「駄目です! 弾薬が追いつきません! 敵の数が多すぎます!」
「……後退しろ。ここで全滅する意味はない。戦線を整理するのだ」
ドイツ軍は、合理的な判断を下した。
無駄な出血を避けるため、彼らは整然と遅滞戦闘を行いながら後退。その結果、アメリカ・フランス連合軍は、かつて普仏戦争で血を流して奪い合った因縁の地、**『アルザス=ロレーヌ地方』**を2か月でドイツ軍から完全に奪還することに成功したのである。
「見たか、これがアメリカの力だ!」
アメリカ陸軍の将軍たちは、奪い返したアルザスの地で葉巻をくゆらせ、勝利の高笑いを上げた。
### 2.狂乱の隣人――カナダ保障占領(1942年5月上旬)
しかし、アメリカがヨーロッパで「解放者(あるいは侵略者)」として振る舞っていた同じ頃、彼らの足元である北米大陸では、民主主義国家とは思えないほどの暴挙が行われていた。
ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
大統領執務室のルーズベルトは、北の海から届いた報告に、恐怖と怒りで完全に理性を失っていた。
「ダッチハーバー(アラスカ)がジャップに奪われただと!? シアトルや西海岸が直接爆撃される距離ではないか!」
帝国海軍の北方部隊による電撃的なダッチハーバー制圧は、アメリカ国民に「本土決戦」のパニックを引き起こし、ルーズベルトの支持率は急落していた。
「……大統領、このままでは北の国境が危険です。ジャップがアラスカから南下してくれば、我が国は陸続きで侵略を受けます」
統合参謀本部の進言に対し、ルーズベルトは目を血走らせて地図の「北」を指差した。
「カナダだ。……イギリスの属国であるカナダの広大な領土を、ジャップの侵攻ルートとして使われるわけにはいかん」
1942年5月上旬。
ヨーロッパへ軍隊を送る一方で、アメリカ合衆国は、同盟国イギリスの自治領であり、隣国でもある**カナダ**に対し、突如として20万の軍隊を越境させた。
「アメリカ大陸の防衛と、我が国の安全保障のため、カナダ全土を『保障占領』する!」
それは、保護という名目を被った完全な侵略であった。
「我々は独立国だ! なぜアメリカ軍が我が国の首都を無断で歩き回っているのだ!」
カナダ政府は猛烈に抗議したが、圧倒的な武力を前にどうすることもできなかった。イギリス本国もまた、本土防衛と中東・インドにかかりきりであり、遠く離れたカナダを助ける余裕はなかったのである。
アメリカは、自らの恐怖を拭い去るためだけに、隣国を力で蹂躙した。
「民主主義の兵器廠」を自称する国家の、そのあまりにも身勝手で覇権主義的な振る舞いは、枢軸同盟の内部にすら冷たい不信感を植え付けることになる。
### 3.バルカンの裏取引――イタリアとギリシャの密約(5月18日)
アメリカが欧州と北米で暴れ回っていた頃、地中海を「我らが海」と豪語するイタリアの独裁者ムッソリーニは、自らの野望をさらに東へと拡大させるための策を練っていた。
「エジプトを制圧し、スエズを手に入れた。次は、中東の石油とトルコだ。……だが、我が軍が東へ向かっている最中に、バルカン半島の背後を突かれるのはご免だ」
オーストリア・アルプスでの凄惨な敗北と流血のトラウマから、ムッソリーニは北(中欧)への進軍を完全に諦めていた。その代わり、彼の目はバルカン半島と中東に釘付けになっていたのである。
1942年5月18日。
イタリア政府の特使が、バルカン半島南端の小国・**ギリシャ**の首都アテネを極秘裏に訪れた。
ギリシャは、枢軸の脅威から身を守るため、裏では日本と結託して地中海に潜水艦基地を提供しているという、極めて危険な綱渡りをしている国であった。
「……ギリシャ政府よ。我々イタリアは、貴国に侵攻する意思はない。その代わり、我々がバルカン半島の覇者であることを認め、我が軍の東進(対トルコ戦)を黙認しろ」
イタリアの提示した『バルカン支配の承認と不可侵条約』。
ギリシャ政府は、内心でイタリアの傲慢さを嘲笑いながらも、表向きは恭しくその密約に署名した。
「承知いたしました。偉大なる新ローマ帝国の東進を、我が国は静観いたしましょう」
(背後の港で、日本の潜水艦にイタリアの輸送船を沈めるための魚雷を積み込ませながら。)
この密約により、「背後の安全」を完全に確保したと錯覚したムッソリーニは、ついに自らの欲望のままに、暴走の引き金を引いたのである。
### 4.狂犬の暴走――イスタンブール砲撃とパレスチナの激突(5月22日)
1942年5月22日。
地中海東部、ボスポラス海峡。
アジアとヨーロッパを隔てるこの歴史的な海峡の入り口に、突如としてイタリア海軍の戦艦部隊が姿を現した。
「目標、トルコの首都イスタンブール! ……オスマンの末裔どもに、新ローマの恐ろしさを教えてやれ!」
ドゴォォォォォォォン!!!
宣戦布告なき、完全な奇襲砲撃。
イタリアの誇る新鋭戦艦『リットリオ』の38センチ砲弾が、美しいイスタンブールの市街地と港湾施設に降り注いだ。
モスクの尖塔が崩れ落ち、市民の悲鳴が古都に響き渡る。
「イタリア海軍の砲撃だ! 奴ら、同じ枢軸陣営の我々を裏切ったぞ!」
トルコ政府は激怒し、沿岸砲台から反撃を開始したが、イタリアの暴走は海だけでは終わらなかった。
はるか南、中東の**パレスチナ地域(現在のイスラエル・シリア国境付近)**。
エジプトからスエズを越え、中東の奥深くへと進軍していたイタリア陸軍の主力部隊が、あろうことか、そこで睨み合っていた**トルコ陸軍**に対して全面的な攻撃を開始したのである。
「進め! アラビア半島の石油も、地中海の覇権も、すべて我らイタリアのものだ!」
イタリアの戦車部隊と歩兵が、砂煙を上げてトルコ軍の陣地へと突撃する。
「マカロニ野郎どもめ、我々トルコの戦士を舐めるな!」
トルコ陸軍もまた、オスマン帝国の誇りを胸に猛烈な反撃に出た。彼らは第一次世界大戦のガリポリの戦いで大英帝国を跳ね返した、極めて粘り強く頑強な軍隊であった。
ズガァァァン! タタタタタタタッ!
灼熱の砂漠と岩山を舞台に、イタリア軍とトルコ軍による、枢軸陣営同士の血みどろの「内ゲバ」が勃発した。
イタリア軍は数と装備で勝っていたが、トルコ軍の地の利を活かしたゲリラ戦と強固な陣地防御の前に、進軍は数日で完全に停止し、戦線は文字通りの泥沼状態へと陥っていったのである。
### 5.見捨てられた野望――アメリカの冷酷な沈黙(5月28日)
このイタリアの暴走に対し、最も激怒していたのは、他でもない同盟国のアメリカ合衆国であった。
ワシントンD.C.、統合参謀本部。
「……ムッソリーニの馬鹿野郎が! 勝手にトルコに戦争を仕掛けただと!?」
ルーズベルト大統領と将軍たちは、届いた報告書を床に叩きつけた。
実は、このイタリアの攻撃の数日前。
中東に進出してきたアメリカ・イタリア連合軍(特にアメリカ軍の無尽蔵の兵力とシャーマン戦車)の脅威を目の当たりにしたトルコ政府は、水面下でアメリカに対し**「極秘の停戦打診」**を行っていたのである。
『我がトルコは、現在のアメリカ軍の支配ライン(パレスチナ・シリア国境)を認める。これ以上の無益な衝突は避け、現状維持での決着を図りたい』
アメリカにとっても、この提案は非常に都合が良かった。
彼らの真の目標は、トルコと不毛な砂漠で血を流すことではなく、中東の石油利権の心臓部である「アラビア半島の完全制圧」と、イギリス中東軍の残存部隊が逃げ込んだ「ソコトラ島への攻撃」であったからだ。
「トルコとの戦線を凍結し、全軍を南(アラビア・インド洋方面)へ向ける」
アメリカ政府は、トルコの提案を極秘裏に受諾し、中東での戦力を再配置しようとしていた矢先であった。
そこへ、ムッソリーニの自己顕示欲と領土的野心が、すべてをぶち壊したのである。
「……大統領。トルコ政府から『アメリカは約束を破ったのか!』と猛烈な抗議が来ております。イタリア軍の攻撃により、トルコは完全に我が国を敵視し、総動員をかけました」
国務長官の報告に、ルーズベルトは忌々しげに葉巻を噛みちぎった。
「……マカロニ野郎の尻拭いなど、我がアメリカの若者の血を使ってまでやってやる義理はない」
5月28日。
アメリカ政府は、イタリアに対して極めて冷酷な「最後通牒」に近い通達を出した。
『パレスチナ、イラク、シリアにおけるトルコとの国境紛争は、そちらの裁量に任せる。勝った方の領土にすればよい。我がアメリカ陸軍は、これより中東の南下作戦(アラビア半島・ソコトラ島攻略)に専念するため、貴国への支援は一切行わない』
「な、なんだと!? ヤンキーども、我々を見捨てる気か!」
ローマのムッソリーニは絶叫したが、後の祭りであった。
アメリカ陸軍は、イタリア軍をトルコとの泥沼の最前線に置き去りにしたまま、自軍の主力部隊をさっさと南のアラビア半島方面へと転進させてしまったのである。
「おのれヤンキー……! ならば我々だけでトルコを捻り潰してくれる!」
ムッソリーニは意地を張って戦闘の継続を命じたが、アメリカ軍の強力な装甲部隊と航空支援を失ったイタリア陸軍単独では、頑強なトルコ軍の防衛線を突破することなど不可能であった。
### 6.エピローグ――狂気と亀裂の砂漠
1942年5月末。
中東の熱砂の地は、もはや誰が敵で誰が味方なのかもわからない、混沌と裏切りの坩堝と化していた。
イタリアとトルコは、同じ枢軸陣営でありながらパレスチナで果てしない塹壕戦を繰り広げ、互いの兵士の血を砂漠に吸わせ続けている。
それを冷酷に見捨てたアメリカ軍は、アラビア半島を我が物顔で蹂躙し、イギリス軍の喉元(ソコトラ島)へと軍靴を進めている。
一方のヨーロッパでは、アメリカ軍の介入によってアルザスを失ったドイツが、鉄壁の防衛線を敷いて虎視眈々と反撃の機会を窺い、イギリス本土では極東の海援隊が仏西連合軍を血祭りに上げ続けていた。
「同盟」という名の美しい皮を被った、枢軸国(米仏伊西土)の醜い欲望のぶつかり合い。
彼らは、共通の敵(日英独)を倒すという目的よりも、自らの領土とプライドを優先した結果、陣営の内部から致命的な亀裂を生み出し始めていた。
「……奴らは勝手に自壊していく。我々は、その亀裂に『極東の鋼鉄』を流し込むだけでいい」
東京の帝国将軍府で、戦況報告を受けた軍令部の将校たちが、冷たく笑った。
1942年初夏。
世界は泥沼の膠着状態に陥りながらも、水面下では次なる巨大な「決戦」の準備が着々と進められていた。
そして、その決戦の舞台は再び、広大な太平洋の青い海――**ハワイ**へと移ろうとしていたのである。
(第八章 第二話 完)
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