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71.北の嵐と黄土の分断――ダッチハーバー制圧と南華共和国

# 海洋帝国日本史 第八章:泥濘と狂乱の1942――崩れゆく世界と新たな火種


## 第一話:北の嵐と黄土の分断――ダッチハーバー制圧と南華共和国(1942年4月)


### 1.極北の匕首あいくち――ダッチハーバー制圧(4月12日)


1942年4月12日。

狂乱の第一幕が終わり、世界が重苦しい長期戦の泥沼へと足を踏み入れたこの年の春。

大日本帝国海軍は、太平洋の北の果て、凍てつくベーリング海に浮かぶアリューシャン列島において、アメリカ本土の喉元に冷たい刃を突き立てていた。


「……霧が晴れたぞ。目標、アメリカ海軍ダッチハーバー基地。全砲門、開け」


猛吹雪と濃霧を抜け、アラスカの要衝であるウナラスカ島・ダッチハーバーの沖合に姿を現したのは、帝国海軍・北方部隊(第五艦隊)の重巡洋艦『那智』『多摩』を中心とする水上打撃部隊、そして空母『龍驤』『隼鷹』を擁する機動部隊であった。


ズドゴォォォォォン!!!

20センチ主砲の斉射が、雪に覆われたアメリカ軍の沿岸陣地と飛行場を次々と粉砕していく。同時に、空母から飛び立った零戦と九七式艦攻が、港湾施設に猛烈な爆撃を加えた。


「敵襲! ジャップの艦隊だ!」

ダッチハーバーの守備隊はパニックに陥りながらも対空砲火を撃ち上げたが、彼らを支援すべきアメリカ海軍の姿は、どこにもなかった。


「……太平洋艦隊からの援軍は来ない。ハワイの防衛と建艦に手一杯で、アラスカに回す艦艇など一隻も残っていないのだ」

基地司令官は、燃え盛る燃料タンクを見つめながら絶望の声を漏らした。

先の海戦で太平洋艦隊を粉砕され、さらに大西洋のUボート対策に駆逐艦を吸い取られているアメリカ海軍にとって、この極北の防衛線は完全に「切り捨てられた」場所であった。


午後3時。

激しい艦砲射撃と空爆の末、アメリカ軍の守備隊は白旗を揚げ、ダッチハーバーは帝国海軍陸戦隊によって完全制圧された。


このアリューシャン列島の喪失は、アメリカ合衆国にとって単なる一拠点の陥落にとどまらない、計り知れない恐怖をもたらした。

「アラスカが落ちた! ジャップの爆撃機が、北から直接シアトルや西海岸を空爆しに来るぞ!」

アメリカ国民は「本土直接攻撃」の恐怖に慄き、ルーズベルト大統領への批判がかつてないほど高まり始めていた。帝国海軍は、広大な太平洋の北の扉を完全に打ち破り、アメリカの頭上に「絶対的な脅威の傘」を広げたのである。


### 2.黄土の進軍――蔣介石の誤算(4月18日)


北の海が凍てつく砲火に包まれていた頃。

ユーラシア大陸の東部、広大な黄土が広がる満州国境でも、数百万の命が交錯する巨大な戦火が燃え上がっていた。


中国・重慶政府の指導者、蔣介石。

彼は、世界大戦の勃発以降、この瞬間を虎視眈々と待ち構えていた。


「……大英帝国が中東で危機に陥り、日本はそれを救うために、あの忌まわしき『関東軍』の主力をインド・中東方面へと引き抜いた。今の満州は、もぬけの殻だ!」


蔣介石の読みは、軍事的には半分正解であった。

帝国陸軍は、イギリス救援のためのインド防衛と仏領インドシナ統治のため、満州に駐留していた陸軍師団の一部を南へと移動させていた。中満国境に残されているのは、少数の関東軍部隊と、朝鮮自治政府の治安維持部隊、そして日本軍の「下請け」と見なされていた**『満州王国陸軍』**だけであった。


「失われた東北(満州)を取り戻す! 今こそ、漢民族の誇りを懸けた聖戦の時だ!」

1942年4月上旬。

アメリカから莫大な軍事支援(ソビエト経由のレンドリース)とソビエト軍からの軍事顧問支援を受けた国民党軍の精鋭約六十万が、熱河省および万里の長城方面から、怒涛の勢いで満州国境へと雪崩れ込んだ。


彼らは、かつてのような貧弱な軍隊ではなかった。アメリカ製のM3軽戦車やトラック、最新の重砲を多数装備した、完全な近代化部隊である。

「日本軍の主力がいない満州軍など、ただのカカシだ! 一気に新京(首都)まで攻め上れ!」


国民党軍は、緒戦で国境線の陣地を次々と突破し、破竹の勢いで北上を続けた。

誰もが、満州国の崩壊は時間の問題だと疑わなかった。


しかし。

蔣介石は、一つの「致命的な計算違い」をしていた。


### 3.祖国防衛の意地――第二次満州防衛戦


4月18日。

満州国南部の要衝、奉天ムクデン郊外の広大な平原。

国民党軍の戦車部隊と歩兵の大群の前に立ちはだかったのは、逃げ散るはずの烏合の衆ではなく、見渡す限りの強固な塹壕線と、大砲の砲列であった。


「……撃て。我らが祖国の土を、一歩たりとも踏ませるな」


五色旗(満州国旗)を掲げた最前線の塹壕で、号令を下したのは日本軍の将校ではない。満州人、漢人、モンゴル人などで構成された、**満州王国陸軍**の指揮官たちである。


ズドゴォォォォォン!!!


偽装された陣地から、満州陸軍の野砲と対戦車砲が一斉に火を噴き、国民党軍の先頭を進んでいたアメリカ製戦車が次々と火柱を上げて擱座した。


「な、なんだ!? 満州軍が逃げないぞ! 凄まじい抵抗だ!」

国民党軍の将兵はパニックに陥った。彼らは、日本の庇護を失った満州軍などすぐに寝返るか、逃げ出すものとばかり思っていた。


しかし、満州建国から十年の歳月は、この地に確かに「国家としての誇り」を根付かせていたのである。

「俺たちは日本の操り人形じゃない! ここは俺たちの国だ! 家族の住む土地を、重慶の腐敗した連中に渡してなるものか!」


満州陸軍の兵士たちは、泥と血にまみれながら、押し寄せる国民党軍に対して文字通りの死闘を展開した。

圧倒的な物量を前に、満州軍の被害も甚大なものとなった。前線の師団は半数以上の死傷者を出し、塹壕は文字通りの血の海と化した。


しかし、彼らは一歩も引かなかった。この戦争は彼らにとって、日本のための戦争ではなく、自らの手で国を守り抜く**『祖国防衛戦争』**だったからだ。


「……よく耐えた、満州の兄弟たちよ。あとは我々に任せろ」


満州軍が莫大な出血と引き換えに国民党軍の進撃を完全に足止めした、その時。

後方で力を温存していた**『関東軍』**が、空と陸から容赦のない鉄槌を下した。


「重砲陣地、斉射! 航空隊、敵の退路を絶て!」

帝国陸軍の放つ猛烈な砲撃と、九七式重爆撃機の雨あられの爆撃が、足止めを食らっていた国民党軍の頭上に降り注ぐ。

満州陸軍が「盾」となり、関東軍が「矛」となる完璧な連携。


「退け! 満州軍の抵抗が強すぎる! 挟み撃ちにされるぞ!」

大損害を出した国民党軍の精鋭部隊は、完全に戦意を喪失し、武器を捨てて算を乱して敗走を始めた。


第二次満州防衛戦。

この戦いは、満州王国が自らの血を流して主権と国土を守り抜いた「真の独立戦争」となり、逆に六十万の精鋭をすり潰された蔣介石の威信は、泥にまみれて完全に失墜することとなったのである。


### 4.這い寄る赤き影――中国共産党の伸長


蔣介石の国民党軍が満州国境で壊滅的な敗北を喫し、這々の体で重慶へと逃げ帰っていくその道中。

彼らが手薄にした中国内陸部の農村地帯では、不気味な「赤い影」が急速にその勢力を広げていた。


「……国民党は敗れた。蔣介石は腐敗し、アメリカの犬になり下がった。真に中国の人民を救うのは、我々だ」

延安を拠点とする**中国共産党(毛沢東)**である。


彼らは、国民党軍と満州・日本軍が正面から激突して互いに血を流している隙を突き、巧妙に戦火を避けながら、農民たちの不満を吸収して回っていた。

「地主を打倒せよ! 土地を人民の手に!」


北方のソビエト連邦スターリンからの秘密裏の資金と武器援助を受け、八路軍(共産党軍)は、国民党の支配が及ばなくなった農村を次々と解放して飲み込んでいった。


蔣介石の軍事的な大失敗は、図らずも中国大陸の奥深くに「共産主義の巨大な牙城」を築かせる最悪の土壌を提供してしまったのである。


### 5.南洋の陰謀――南華共和国の誕生(4月25日)


そして、国民党の敗北と威信失墜は、中国大陸の南の果てでも、もう一つの巨大な地殻変動を引き起こしていた。


中国南部、広東省の中心都市・広州カントン

ここには、かつて国民党内で蔣介石と対立し、追放された軍閥の将軍や有力な政治家たちが多数身を潜めていた。彼らは、満州での蔣介石の惨敗報を聞き、ついに立ち上がった。


「蔣介石の時代は終わった! 奴の無謀な戦争が、中国を滅ぼそうとしている!」

1942年4月25日。

広州の有力者たちは、重慶政府からの離脱と、新たな独立国家の樹立を全世界に向けて宣言した。


**『南華共和国(Republic of Nanhua)』の成立である。**


中国南部沿岸の広東・広西一帯を支配下に置くこの新国家の背後には、二つの巨大な帝国の「強烈な後押し(陰謀)」が存在していた。


広州の迎賓館。

新大統領の就任祝賀会の裏側で、葉巻をくゆらす二人の白人紳士と、日本帝国の特使が密かにグラスを交わしていた。


「……見事な手際でしたな、総督閣下」

日本の特使が笑いかけると、イギリスの**香港総督**と**シンガポール総督**は、満足げに頷いた。


「大英帝国はヨーロッパで苦境に立たされているが、アジアにおける権益(香港とシンガポール)を手放す気は毛頭ない。……蔣介石のようなアメリカの傀儡に中国全土を握られるのは、我々にとっても日本にとっても極めて不都合だからな」


南華共和国は、イギリス(香港・シンガポール)からの莫大な資金援助と、日本軍からの武器供与を取り付けた「親英・親日国家」であった。

イギリスと日本は、この南華共和国を「盾」として中国南部に配置することで、重慶の国民党軍が香港や東南アジアへ南下してくるのを物理的に遮断したのである。


「これで中国大陸は、完全に分割されましたな」


特使の言う通りであった。

北の**『満州王国(親日)』**。

四川を拠点でアメリカの支援にすがる**『国民党政府』**。(元々は上海に拠点があったが、第一次満州攻撃の際に帝国海軍の攻撃を恐れ、重慶に遷都していた。)

農村部を浸食する**『中国共産党(親ソ)』**。

そして、南の海岸線を支配する**『南華共和国(親英・親日)』**。


かつて広大な一つの帝国であった中国大陸は、列強の思惑と軍閥の野望が複雑に絡み合う、四つ巴の「永遠の分裂状態」へと完全に叩き割られたのである。


### 6.エピローグ――次なる火種


1942年4月末。

アリューシャン列島から中国大陸にかけての激動は、アメリカと国民党陣営に深刻なダメージを与えた。


しかし、戦火のドミノは、太平洋やアジアだけで止まることはない。

アメリカ合衆国ルーズベルト大統領は、ダッチハーバー失陥の恐怖と、中国での蔣介石の惨敗という屈辱を前に、さらなる狂乱の決断を下すことになる。


「……太平洋とアジアが駄目なら、ヨーロッパだ。全陸軍戦力を、大西洋を越えてフランスと中東の戦線へ投入しろ! イギリスとドイツの息の根を止め、アメリカの強さを世界に証明するのだ!」


そして時を同じくして、地中海と中東でも、枢軸の盟友であるはずのイタリアとトルコが、自らの欲望のために牙を剥き出しにして睨み合い始めていた。


1942年の春。

世界は泥沼の長期戦に沈みながらも、各国のエゴと謀略が新たな火薬庫を次々と生み出し、戦火はさらに予測不能な混沌へと突き進んでいく。


アメリカ陸軍の本格的なヨーロッパ参戦と、中東での新たな内ゲバ。

血塗られた5月の幕が、今静かに上がろうとしていた。


(第八章 第一話 完)


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