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70.ロンドンの業火と1942年春の世界地図――膠着する狂気

# 海洋帝国日本史 第七章:Memorial Day――欧州大戦の勃発


## 第十話:ロンドンの業火と1942年春の世界地図――膠着する狂気(1942年3月末)


### 1.燃える空、砕ける翼――バトル・オブ・ブリテンの帰趨


1942年2月から3月にかけて。

ブレスト軍港を爆破され、大西洋の制海権と継戦能力に致命的な傷を負ったフランス国家主席ルクレール(新ナポレオン)は、その焦燥と怒りのすべてを「空」へと向けた。


「ロンドンを灰にしろ! イギリス国民の戦意を根底から焼き尽くすのだ!」

フランス空軍アルメ・ド・レールの全航空戦力が、連日連夜、ドーバー海峡を越えて大英帝国の首都へと殺到した。


ヒュルルルルル……ドガァァァァァァン!!!

夜空を切り裂く空襲警報のサイレン。ロンドンの街は文字通り「業火」に包まれた。

ビッグ・ベンは黒煙にむせび、セント・ポール大聖堂の周囲は炎の海と化した。テムズ川は燃え盛る油で赤く染まり、数万のロンドン市民が地下鉄の駅に身を寄せ、震えながら夜明けを待った。ロンドンでは5万人以上が死亡し、100万人以上が家を失った。


しかし、大英帝国の心は決して折れなかった。

「フランスの羽虫どもを叩き落とせ! ロンドンの空は我々のものだ!」

イギリス空軍(RAF)の若きパイロットたちは、日系メーカー(欧州三菱や欧州トヨタ)の工場から無限に吐き出される真新しいロールス・ロイス・マーリンエンジンを積んだ『スピットファイア』と『ハリケーン』を駆り、血反吐を吐きながら迎撃に上がり続けた。


ダダダダダッ! バババババッ!

空を覆うフランス空軍の爆撃機編隊に、イギリスの戦闘機が猛禽類のように突っ込む。

フランス軍がロンドンに与えた被害は確かに甚大であった。さらに大量のフランス戦闘機の前に王立空軍の被害は数100機にも及んだ。しかし、フランス空軍が支払った「代償」は、それ以上に致命的であった。


強固なレーダーチェーン・ホームと、日本企業の圧倒的な工業力に支えられたイギリスの防空システムは、フランスの航空戦力を底なし沼のように飲み込み、すり潰していったのである。

「……閣下。我が空軍の戦闘機、爆撃機の損耗率が50%を超えました。熟練パイロットの大半が未帰還です。このままでは、空軍そのものが消滅します!」


3月末。ついにフランス空軍は、単独でのイギリス本土爆撃の継続を断念せざるを得なくなった。

彼らの航空戦力の減退はあまりにも激しく、対ドイツ戦線(仏独国境)の防空すら危うい状況に陥ってしまったのだ。ルクレールは屈辱に顔を歪めながら、同盟国に泣きつくしかなかった。


「……イタリア空軍とスペイン空軍、さらにアメリカ陸軍航空軍に応援を頼む。対独戦線の空をカバーしてくれ」

自らを新ナポレオンと豪語した男が、自国の空を守るために他国の軍用機に依存し始める。それは、フランスの「圧倒的な攻勢」が完全に頓挫したことを世界に知らしめる、決定的な敗北の兆しであった。


### 2.本土の反撃――ブリテン島の泥沼


一方、イギリス本土の南西部(プリマス周辺)では、上陸したフランス・スペイン(仏蛮)連合軍と、イギリス陸軍との間で、一進一退の凄惨な市街地・野戦が繰り広げられていた。


仏蛮連合軍の生命線を支えていたのは、ブレスト軍港壊滅の難を逃れたフランス地中海艦隊の残存艦艇と、スペイン海軍、そして地中海のイギリス軍掃討を終えて応援に駆けつけたイタリア海軍による「海上からの艦砲射撃」であった。彼らは陸軍の進撃を海から援護し、なんとか戦線を維持していた。


しかし、3月に入ると、イギリス側の猛烈な反撃プッシュバックが始まった。

「南部の危機を救え! イングランドの兄弟たちを見捨てるな!」

スコットランドの高地連隊ハイランダーズや、ウェールズの精鋭歩兵連隊がバグパイプの音色と共に続々と南西部へ集結。


さらにその先陣を切って突撃するのは、極東の死神・『坂本財閥・海援隊』である。

「オラオラ! マカロニ野郎も混じってきやがったか! まとめてミンチにしてやるぜ!」

海援隊の放つ対戦車ライフルの猛威と、日系メーカーが現地生産した最新兵器群が、仏蛮連合軍の戦車部隊を次々と鉄くずに変えていく。


海からの支援頼みの仏蛮連合陸軍は、イギリス国民の怒りと極東の武力の前に徐々に押し返され、コンウォール半島の泥濘の中で、一歩も前へ進めない完全な「塹壕戦(膠着状態)」へと陥っていった。


### 3.ライン川の向こう側――仏独戦線とアメリカの影


ヨーロッパ大陸の主戦場、仏独国境。

ここでも、戦局はフランスにとって極めて厳しいものとなっていた。


アルデンヌの森を抜け、スダンの大戦車戦を経てベルギーを解放したドイツ軍は、その勢いのまま南下し、かつての普仏戦争の因縁の地である**『アルザス=ロレーヌ地方』**をフランスから奪還(制圧)することに成功していた。


「ドイツ軍が防衛線を押し上げてきたぞ! マジノ線の北側が突破される!」

戦線がフランス領内へと押し込まれたことで、パリの市民はパニックに陥り、ルクレール国家主席の支持率は音を立てて暴落し始めていた。


だが、ここでドイツ軍の進軍もピタリと停止した。

「……これ以上の深追いは避ける。戦線を整理し、強固な防衛線を再構築せよ」

総統ヒトラーとマンシュタイン将軍は、極めて冷静な判断を下していた。その理由は、大西洋の向こう側から現れた「新たな巨大な壁」の存在である。


アメリカ海軍が、Uボートの脅威に対抗するため、大量の駆逐艦による『重警護船団コンボイ』を編成し、フランスへのレンドリースを強引に復活させたのだ。

さらに、太平洋の制海権を失って「本土攻撃の危機はない」と踏んだアメリカ陸軍が、その無尽蔵の兵力とシャーマン戦車を、直接ヨーロッパ戦線フランスへと続々と上陸させ始めたのである。


「ヤンキーの巨大な工業力と兵力が、フランスの背骨を支え始めた。我々も、無駄な出血は避けるべきだ」

ドイツ軍は、ベルギー・オランダ・ルクセンブルク(ベネルクス三国)をフランスの魔の手から完全に解放・守護した状態で戦線を強固に固め、「長期戦」への構えを見せたのである。


### 4.中欧の結束と北欧の盾――連帯する防波堤


ドイツが戦線を整理できた最大の理由は、同盟国たちとの強固な結束にあった。


東と南の同盟国――**ポーランド、オーストリア、ハンガリー**との関係は、この戦争を通じてかつてないほど強固なものとなっていた。彼らはスロバキア地域とチェコ地域における共同支配と防衛体制を確立。

特にオーストリア陸軍は、「アルプスでイタリア軍を撃退した」という勝利の熱狂に包まれ、「祖国防衛戦争」の士気は最高潮に達していた。


「不気味なのは、東のヒグマ(ソビエト)だ」

(独ソ不可侵条約は結ばれているけど、、ソビエトを信頼していなかった。)

ドイツと中欧諸国は、バルカン半島でのブルガリアとルーマニアの対立にソビエトが介入してくる可能性を極度に危惧していた。そのため、ハンガリーおよびスロバキアの東方国境には、東欧諸国への介入を睨んだ「巨大な要塞線」が急ピッチで建設されていた。


さらに北では、**デンマーク**が正式に『北欧連合スウェーデン・ノルウェー・フィンランド』に加盟。

ソビエトを極度に警戒する北欧連合は、日英独との条約に基づき、完璧な「北の盾」として機能した。彼らの精強な北欧海軍が、北大西洋やスコットランド海域の対Uボート・対フランス警備を肩代わりしてくれたおかげで、ドイツ軍は『北方軍』や『東方軍』の精鋭を、西武戦線や中欧に惜しみなく投入することができたのである。


### 5.枢軸の思惑と裏切り――スペインとイタリア


一方の「新枢軸(米仏伊蛮土)」陣営は、各国のエゴと欲望が完全に露呈し、足並みは乱れに乱れていた。


**スペイン(蛮)**の独裁者フランコは、ヨーロッパの血みどろの大戦にこれ以上深くコミットすることを避けた。

「フランスの野心に付き合って、イギリス本土で我が軍の血を流しすぎるのは愚の骨頂だ。我々は、自らの庭を固める」

スペインは、占領したジブラルタルとモロッコの統治を固めると共に、2月中旬、突如として隣国**ポルトガル**に宣戦布告。3月末にはこれを電撃的に占領し、イベリア半島を完全に統一するという自国の利益のみを追求した。


**イタリア**のムッソリーニもまた、極めて身勝手な振る舞いを見せていた。

エジプトとスエズを制圧し、バルカン半島を強引に制圧したイタリア軍であったが、トルコへの牽制(口実)として、あえてギリシャには攻め込まず、裏でギリシャ政府と「不可侵の密約」を結ぶという狡猾さを見せた(※ギリシャはさらに裏で日本と密約を結んでいるという泥沼状態である)。


さらに、フランスから「中央ヨーロッパ(オーストリア・ドイツ南腹)へ攻め込め」と再三の要求を受けていたが、イタリア軍は完全に無視を決め込んでいた。

「冗談ではない。あのアルプスの雪山で、我が軍がどれほどの血を流したと思っているのだ! 二度とあんな場所には行かん!」

オーストリアアルプスでの凄惨な流血は、イタリア軍の心に深いトラウマを植え付けており、彼らはドイツ軍との直接戦闘を徹底的に回避する方針を固めていたのである。


### 6.砂漠の亀裂と不気味なヒグマ――中東・ソビエト情勢


中東方面では、イタリア・アメリカ連合陸軍が、エジプトからシリア・イラク方面へと進軍を開始していた。

しかし、ここで彼らは、同じ枢軸陣営のはずの**トルコ陸軍**と正面からぶつかり合う事態となった。

「中東は我々オスマンの正当な領土だ! マカロニとヤンキーはすっこんでろ!」

フランスが必死に両者の調停に入ったが、領土的野心がぶつかり合う砂漠では、本格的な戦闘の予感が濃厚に漂い始めていた。


さらに、この中東の混乱を警戒した**イラン政府**は、「中東の平和を損ねる米伊連合軍」を敵視し、あえて対立するトルコとの協調姿勢を見せ始めた。

そのイランの背後には、イギリス撤退後のインドに駐留する**『大日本帝国陸軍(インド洋派遣軍)』**が、莫大な資金と兵器を裏から支援し、対アメリカ用の巨大な防波堤(罠)を構築しているという、恐るべき極東のインテリジェンスが働いていた。


そして、世界が最も恐れる北の巨人――**ソビエト連邦**。

スターリンは、ヨーロッパの大戦には一切介入せず、自国の軍事力を温存したまま、虎視眈々と「漁夫の利」を狙っていた。

彼らの視線は、かつてクリミア戦争で失われた領土(黒海沿岸)と、イギリスが去った中央アジアに向けられていた。しかし、イギリスの核心的利益であり、帝国陸軍が睨みを利かせる「インド」にはあえて手を出さず、アフガニスタンへの進駐と、中国共産党を支援して中国大陸の奥深くに触手を伸ばすという、極めて不気味で計算高い火事場泥棒の準備を進めていた。


### 7.太平洋の静寂と建艦競争――大日本帝国とアメリカ


1942年3月末。

血に染まったヨーロッパや中東とは対照的に、広大な太平洋には、不気味なほどの「静寂」が訪れていた。


3月の仏領インドシナへの電撃的な進駐を終えた**大日本帝国**は、それ以上の急激な領土拡張(南方作戦の深追い)を停止した。

彼らは、手に入れたばかりのミッドウェー島を「要塞化(不沈空母化)」する作業に全力を注ぐと共に、内地(呉や横須賀)のドックにおいて、アメリカとの次なる決戦に備えた『未曾有の大建艦計画(空母・戦艦の量産)』を異常なスピードで開始していた。


一方の**アメリカ合衆国**。

彼らもまた、太平洋において急な進軍を行う力は残されていなかった。ハワイの徹底的な要塞化を急ぎつつ、壊滅した『太平洋艦隊』の復活に向けた建艦競争に狂奔していた。

先の海戦において、大西洋艦隊から戦力を引き抜いてまで投入した結果の大敗北は、アメリカの海軍力に深刻な機能不全をもたらしていた。


さらにアメリカ海軍を悩ませていたのは、同盟国フランスからの「悲鳴」であった。

「ドイツのUボートを何とかしろ! 駆逐艦を寄越せ!」

アメリカ海軍は、自国の太平洋艦隊再建のための虎の子の駆逐艦を、大西洋の対Uボート戦闘(レンドリースの護衛)に多数割かざるを得なくなり、太平洋側での反撃準備は大幅な遅延を余儀なくされていたのである。


### 8.エピローグ――狂騒の果て、長期戦の泥濘へ


1941年12月7日(Memorial Day)から始まった、全世界を巻き込む狂乱の第一幕。


開戦から四ヶ月が経過した1942年の春。

イギリス本土、仏独国境、アルプス、中東、そして太平洋。

地球上のあらゆる場所で数百万の血が流された結果、各国は「一撃必殺の短期決戦」の妄想を完全に打ち砕かれた。


圧倒的な軍事力で押し切ろうとしたフランスもアメリカも。

それに耐え抜き、痛烈な反撃を食らわせた大英帝国と日本帝国も、そしてドイツも。


これ以上の急激な進軍は不可能であることを悟り、全国家が息を潜め、傷を舐め合いながら、来るべき「総力戦(血と生産力の削り合い)」に向けた準備を始めたのである。


戦線は固定され、泥濘と鉄条網が世界を分断する。

終わりの見えない狂気。数千万の命がすり潰される、重く苦しい「長期戦争」という名の地獄の第二幕が、今、不気味な静寂と共に幕を開けようとしていた。


(第七章 第十話 完)



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