69.軍港の業火と極東の盟友――影の反逆者たち
# 海洋帝国日本史 第七章:Memorial Day――欧州大戦の勃発
## 第九話:軍港の業火と極東の盟友――影の反逆者たち(1942年2月〜3月)
### 1.黒き大陸の蹂躙――フランスのアフリカ制圧
1942年2月。
ヨーロッパの視線が、凍てつく仏独国境のマジノ線や、イギリス・プリマスでの血みどろの市街戦、そしてイタリアとトルコが睨み合うバルカン半島に釘付けになっていた頃。
フランス国家主席ルクレール(新ナポレオン)は、大西洋におけるドイツの無制限潜水艦作戦による「物資不足」という致命的な首絞めを打開するため、冷酷かつ合理的な次の一手を打っていた。
「アメリカからの輸送船が海に沈むなら、陸続きの巨大な資源庫を直接奪い取ればよい。……アフリカ大陸だ」
同盟国であるイタリアが、エジプト(スエズ)やバルカン半島の覇権に目を奪われ、地中海東部に全精力を傾けているその隙を突き。
フランス軍は、自国の広大な北アフリカ植民地を足場とし、防衛が完全に手薄になっていた**「イギリス領アフリカ植民地」**への電撃的な侵攻を開始したのである。
「進め! イギリスの寄生虫どもを黒大陸から追い出せ!」
フランスの装甲車部隊と外人部隊が、砂塵を巻き上げて西アフリカからサハラ砂漠の南へと雪崩れ込む。
イギリス本国が存亡の危機にあり、中東軍もスエズから撤退した今、ナイジェリア、ゴールドコースト、そしてケニアといった広大なイギリス領植民地を守る戦力は、事実上皆無であった。
現地のイギリス守備隊は勇敢に抵抗したが、本国からの支援が絶たれた状態では多勢に無勢である。
「……ケープタウン陥落。アフリカ一帯のイギリス拠点が、完全にフランス軍の手に落ちました」
3月末には、ルクレールはパリで報告を受け、狂喜した。
「素晴らしい。これで莫大な鉱物資源と農産物が、地中海を経由して直接マルセイユへと運び込まれる。……マカロニ野郎が砂漠でヤンキーの機嫌を取っている間に、我々は大英帝国の巨大な肉を骨までしゃぶり尽くしてやるのだ!」
フランスはアフリカ戦線において圧倒的な大勝利を収め、その広大な領土を「新フランス帝国」の版図に塗り替えていった。しかし、彼らが遠く離れたアフリカの資源に歓喜しているその瞬間、地球の裏側では、彼らのもう一つアジアにおける植民地が、想像を絶する暴力によって叩き潰されようとしていた。
### 2.極東の盟友――仏領インドシナ侵攻作戦
1942年3月上旬。アジア・太平洋戦線。
パックス・ジャポニカの心臓たる大日本帝国は、アメリカの太平洋艦隊を中央太平洋(トラック沖およびミッドウェー)で壊滅させた後、その無傷の巨大な陸軍戦力を、いよいよ大陸方面へと向け始めていた。
標的は、ルクレールの資金源の一つであり、東南アジアにおけるフランスの絶対的拠点――**仏領インドシナ(現在のベトナム・ラオス・カンボジア)**である。
「フランスがヨーロッパで大英帝国の本土を踏み躙った。……その報いは、極東において一万倍にして払わせる」
帝国陸軍本省の命令を受け、熊本、広島、満州に駐屯していた帝国陸軍の誇る最精鋭・三個師団が、巨大な輸送船団に乗って南シナ海を南下していた。
しかし、この圧倒的な侵攻部隊の側面に、もう一つの艦隊が合流してきたのである。
「……将軍、香港およびシンガポールから出撃してきた『イギリス極東軍』の艦隊と陸軍部隊です。彼らから『我が大英帝国も、共にフランスに鉄槌を下したい』との共同作戦の申し出が来ております」
旗艦の艦橋で報告を受けた帝国陸軍の司令官は、双眼鏡でイギリスの巡洋艦や輸送船の姿を確認し、フッと笑みを漏らした。
「本国を焼かれ、スエズを追われながらも、極東の部隊を出してくるとはな。さすがは腐っても大英帝国、その意地と誇りは大したものだ」
戦力的には、帝国陸軍の三個師団と帝国海軍の航空支援だけで、仏領インドシナのフランス駐留軍など三日もあれば完全に蹂躙できる。イギリス軍の支援など、軍事的には全く「不要」であった。
だが、司令官は迷うことなく頷いた。
「申し出を受諾せよ。イギリス軍の艦砲射撃と、地上部隊の側面支援を歓迎する、とな」
「よろしいのですか? 我々だけで十分な戦力ですが」
「阿呆。これは損得の計算ではない。……我らと彼らは『同盟国』だ。友が敵の顔を殴りたいと拳を握っているのに、それを止めるのは野暮というものだろう。大英帝国の顔を立て、共に血を流して勝利の美酒を分かち合うのだ」
1942年3月13日。
帝国陸軍の九七式中戦車(チハ改)と一式中戦車が、イギリス極東艦隊の猛烈な艦砲射撃の援護を受けながら、仏領インドシナの海岸線に怒涛の上陸を果たした。
「日英同盟万歳! フランスの豚どもを極東から叩き出せ!」
イギリス軍のグルカ兵やインド軍部隊がジャングルから側面を突き、帝国陸軍の圧倒的な装甲火力が正面からフランス駐留軍の防衛線を粉砕する。
本国からの支援が完全に絶たれ、旧式装備しか持たないフランス軍は、この世界最強クラスの連合軍の前に文字通り「ひき肉」にされ、サイゴンやハノイといった重要拠点は瞬く間に陥落していった。
大英帝国は、アフリカを失った代わりに、極東の盟友の絶大な「配慮」と力によって、インドシナからフランスの勢力を完全に駆逐するという一矢を報いたのである。
### 3.闇夜のブレスト――巨大なる暗殺計画
極東でフランスの植民地が燃え上がっていたのと同じ頃。
ヨーロッパの戦局を根底から覆すための「真の刃」が、暗黒の大西洋岸で研ぎ澄まされていた。
フランス北西部、ブルターニュ半島に位置する**ブレスト軍港**。
大西洋に面したこの巨大な天然の良港は、フランス海軍の心臓部であり、ドーバー海峡で生き残った戦艦や巡洋艦、そして大西洋の制海権を握るためのUボート対策部隊の根拠地となっていた。
「ここを潰せば、フランスは海軍国としての機能を完全に喪失する。イギリス本土への海上補給も不可能になる」
ロンドンの地下深く。
イギリス情報局秘密情報部(MI6)の長官と、大日本帝国・将軍府直属の**『秘密情報部(通称:御庭番/おにわばん)』**の幹部が、一枚の巨大なブレスト軍港の設計図を囲んでいた。
「空からの爆撃では、強固なUボート・ペン(コンクリート製の潜水艦壕)や乾ドックは破壊できません。内部から、直接大量の爆薬を仕掛けて吹き飛ばす必要があります」
MI6の将校が、冷や汗を拭いながら計画の全容を説明する。
「しかし、ブレストの警備は鉄壁です。機雷原、防潜網、数千の沿岸警備隊。正規軍の強襲では、近づく前に全滅します」
「……だからこそ、我々『影』の出番というわけだ」
黒い軍服に身を包んだ帝国の諜報将校が、薄暗いランプの下で冷たく笑った。
「我が情報部の精鋭(潜入工作員)と、貴国の特殊部隊(コマンド部隊)による合同作戦。……名付けて、**『作戦名・海神の業火』**」
1942年3月、新月の夜。
凍てつく大西洋の荒波を掻き分け、スペイン海軍の旧式駆逐艦を偽装した工作船と、数隻の特殊潜航艇が、ブレスト軍港の沖合数キロにまで音もなく接近していた。
「……これより作戦を開始する。時計を合わせろ」
工作船の甲板で、顔を黒塗りにした日英の特殊部隊員たちが、特殊な防水装備と大量の時限爆弾(吸着機雷)を背負い、冷たい海へと音もなく飛び込んでいった。
### 4.影の浸透――鋼鉄の巨城の内側へ
ブレスト軍港は、探照灯の光が夜空を切り裂き、沿岸砲台が海を睨む、文字通りの「難攻不落の要塞」であった。
しかし、帝国秘密情報部の工作員たちは、近代兵器の網の目を縫う「忍び」の末裔であった。
シュルルル……。
海中を静かに進む彼らは、特注の無気泡酸素潜水器を使用し、水面に一切の泡を立てることなく防潜網へと到達した。
特殊な油圧カッターで極太のワイヤーを音もなく切断し、イギリスのコマンド部隊を内部へと導き入れる。
「……第一関門突破。ドックへ向かう」
ハンドサインだけで意思疎通を図りながら、漆黒の海中を這うように進む黒い影たち。
港内には、ドーバー海戦で生き残ったフランスの巡洋艦や、修理中の駆逐艦、そして巨大な乾ドックが立ち並んでいた。
「目標は、あの第一および第二乾ドックの『巨大な水門』、そして弾薬庫だ。水門を破壊すれば、ドックは二度と使えなくなる」
工作員たちは海面から静かに上陸し、警備のフランス兵の背後へと忍び寄った。
「――ッ!」
わずかな衣擦れの音。次の瞬間、帝国工作員の特殊警棒と、イギリス・コマンド部隊のフェアバーン・サイクス戦闘ナイフが、フランス兵の頸動脈を音もなく掻き切った。血の一滴すら床に落とすことなく、死体を暗がりへと引きずり込む。
「爆薬、設置完了。タイマー、残り三十分」
乾ドックの巨大な水門の基部、そして停泊している巡洋艦の艦底に、数トンにも及ぶ高性能の成形炸薬弾が次々と貼り付けられていく。
彼らは、まるで巨大な鋼鉄の獣の腹の中に、大量の毒を緻密に仕込んでいく寄生虫のようであった。フランス軍の警備兵が異変に気づいた時には、すでに致死量の爆薬が、軍港の心臓部にセットされ終わっていたのである。
### 5.業火の連鎖――フランス海軍の落日
「侵入者だ!! 第四ドックに誰かいるぞ!! 警報を鳴らせ!!」
ついにフランス軍の巡回部隊が、倒れている警備兵の死体を発見し、けたたましいサイレンがブレストの夜空に鳴り響いた。
「見つかった! 撤退する、海へ飛び込め!」
日英の工作員たちは、設置を終えると同時に海へとダイブし、全速力で港外へと泳ぎ始めた。
水面に向けてフランス兵の機関銃が乱れ撃たれ、探照灯が海面を狂ったように照らし出す。数名のコマンド隊員が被弾し、海を血に染めた。
「逃がすな! 爆雷を落とせ!」
フランス軍が防波堤から海へ向けて一斉攻撃を仕掛けようとした、まさにその瞬間。
工作員たちがセットした時限爆弾のタイマーが、一斉に「ゼロ」を迎えた。
ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!!!
ブレスト軍港の第一、第二乾ドックの巨大な鋼鉄の水門が、内部からの凄まじい爆発によって完全に粉砕された。
「うわぁぁぁっ!!」
水門を失ったドック内に、数万トンの海水が津波となって濁流のごとく雪崩れ込む。修理中であったフランスの艦艇が、海水の暴力的な力によって盤木から叩き落とされ、ドックの壁に激突して次々と横転していく。
さらに、爆発はそれだけでは終わらなかった。
「弾薬庫に引火したぞ!! 退避ィィッ!!」
ズガァァァァァァァン!!!
港の奥に位置していた巨大な地下弾薬庫が、誘爆の連鎖を引き起こした。
爆発は、小規模な火山噴火に匹敵するほどの絶望的なエネルギーを放出した。ブレスト市街の窓ガラスがすべて粉砕され、巨大な火柱が夜空を真昼のように赤く染め上げた。
停泊していた数隻の巡洋艦と駆逐艦が、腹を割られて次々と沈没していく。
港湾施設、起重機、燃料タンク。フランス海軍が大西洋の覇権を握るためのすべてのインフラが、この一夜にして、巨大な火の海と化し、完全に崩壊したのである。
「……作戦成功。海神は、フランスに天罰を下した」
沖合で待機していた工作船に無事帰還した日英の工作員たちは、水平線の彼方で天を焦がすブレストの業火を見つめながら、血と海水にまみれた顔で、互いの健闘を讃え合う熱い握手を交わした。
### 6.エピローグ――折られた牙と、空の戦場へ
翌朝。
パリのエリゼ宮で、ブレスト軍港壊滅の一報を受けたルクレール国家主席は、あまりの衝撃に言葉を失い、その場に崩れ落ちた。
「……乾ドックが全壊……弾薬庫喪失……大西洋艦隊の残存艦、大半が行動不能……」
海軍大臣が読み上げる被害報告は、フランスの大国としての死刑宣告に等しかった。
「馬鹿な……。たった一夜で、我が国の海軍が……消滅したというのか!?」
ルクレールは、頭を抱えて絶叫した。
ブレスト軍港の喪失は、フランスが「海」での継戦能力を完全に失ったことを意味した。もはやイギリス本土への大規模な海上補給も、大西洋の制海権維持も不可能である。
イギリス南西部のプリマスに上陸している十五万の仏蛮連合陸軍は、背後の海からの補給線を事実上断たれ、イギリスという巨大な孤島の中に「取り残された」状態となってしまったのだ。
「……イギリスめ、日本め! 姑息なネズミどもが!!」
ルクレールの狂気は、行き場を失い、暴走を始めた。
「海が駄目なら、空だ! 空からロンドンを灰塵に帰し、イギリス国民の戦意を根底からへし折ってやる! 空軍の全戦力をドーバーに集結させよ! ロンドンの空を、フランスの爆撃機で埋め尽くすのだ!」
フランスは、海での敗北を補うため、その残された力のすべてを「空の戦い」へと注ぎ込む決断を下した。
陸の泥沼、海の業火を経て。
世界大戦の焦点は、大英帝国の心臓部・ロンドンの上空で繰り広げられる人類史上最大の航空防衛戦、**「バトル・オブ・ブリテン」**の最終局面に完全に移行しようとしていた。
大英帝国は、極東の盟友と共に放った「起死回生の一撃(インテリジェンスの勝利)」によって、ついに反撃の狼煙を上げたのである。
(第七章 第九話 完)
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