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68.泥濘の国境線と雪山の死闘――軋む狂気と極東工廠

# 海洋帝国日本史 第七章:Memorial Day――欧州大戦の勃発


## 第八話:泥濘の国境線と雪山の死闘――軋む狂気と極東の工廠(1941年12月末〜1942年3月)


### 1.凍てつく泥濘――マジノ線の消耗とルフトヴァッフェの支配


1941年12月末。

クリスマスにベルギーがドイツ軍によって解放されたという事実は、ルクレール国家主席率いるフランス大陸軍に、かつてないほどの心理的ダメージを与えた。


「パリへの道を開けさせるな! ベルギー国境へ予備兵力を回せ!」

マジノ線(フランス側)からジークフリート線(ドイツ側)へと押し寄せていたフランス軍の主力は、北からのドイツ機甲部隊の脅威に対応するため、攻勢を完全に停止せざるを得なくなった。


そして年が明け、1942年の1月。

仏独国境は、ヨーロッパ特有の凍てつく冬将軍と、果てしなく続く砲撃によって耕された「絶対的な泥沼」へと変貌していた。


「……前進できない。戦車が泥に沈み、歩兵は塹壕の汚水の中で凍え死んでいく」

フランス軍の前線指揮官は、スコープ越しにドイツ軍の鉄壁の陣地を見つめ、絶望的な報告を司令部へ上げ続けた。

フランスの誇る重装甲戦車『ルノーB1bis』も、泥濘に足を取られればただの巨大な鉄の的でしかない。ドイツ軍は高射砲の水平射撃と無数の対戦車地雷で、フランス軍の出血を冷酷に強要し続けた。


さらに、フランス軍を真の絶望へと突き落としたのは「空」であった。


敵機アハトゥンク、スツーカだ! 伏せろ!」

空を切り裂くサイレンの絶叫と共に、ドイツ空軍ルフトヴァッフェの『Ju87スツーカ』と、主力戦闘機『メッサーシュミットBf109』の大群が、身動きの取れないフランス軍の頭上へ死の雨を降らせる。


「我が空軍アルメ・ド・レールは何をしている! なぜ迎撃に来ない!」

地上部隊の悲鳴は虚しく響いた。

フランス空軍は、ドーバー海峡とイギリス本土への上陸支援バトル・オブ・ブリテンに戦力を割きすぎた結果、仏独国境での制空権を完全にドイツに奪われていたのである。


しかも、フランス軍の「継戦能力」そのものが、内側から音を立てて崩れ始めていた。

「……閣下。前線の戦車部隊から、燃料と予備部品の枯渇を訴える報告が相次いでおります」

パリのエリゼ宮で、補給担当の将校が震えながらルクレールに報告した。


「アメリカからのレンドリース(軍事物資)を前線へ回せと言っているだろうが!」

「そ、それが……大西洋と地中海において、ドイツのUボートおよび正体不明の潜水艦(日本の巡潜乙型)による無制限潜水艦作戦が猛威を振るっており、アメリカからの輸送船団の6割が海の底です。我が国の港に届く物資は、開戦前のわずか4割にまで落ち込んでいます!これでは全軍の分を賄えません!」


アメリカの莫大な工業力に依存し、湯水のように物資を消費する前提で組まれていたフランス軍の電撃戦は、日独の「深海の群狼」たちによって完全に兵糧攻めにされ、凍てつく泥濘の中で緩やかな餓死を待つ状態へと追い込まれていたのである。


### 2.パックス・ジャポニカの工廠――日系メーカーの決断(1942年1月)


フランスが物資不足に喘ぐ一方で、イギリス本土とドイツ国内では、大日本帝国の「真の恐るべき力」が猛烈な勢いで稼働し始めていた。


イギリス中部、バーミンガムの工業地帯。

フランス・スペイン連合軍が南西部のプリマスに上陸し、本土決戦の危機が迫る中、イギリスの兵器増産は国家の存亡を懸けた急務であった。しかし、連日のフランス空軍の爆撃により、イギリスの国営軍需工場は多大な被害を受けていた。


その危機を救ったのは、大英帝国の同盟国であり、平時からヨーロッパ市場で莫大な利益を上げていた「極東の民間企業」たちであった。


「……ミスター・チャーチルから直々の要請だ。我が社の工場を、すべて大英帝国軍の兵器生産ラインに切り替える」


バーミンガム郊外に巨大な自動車・機械工場を構える**『三菱重工業』**および**『欧州豊田トヨタ』『欧州徳川トクガワ』**など、日系メーカーの現地責任者たちが、工場のイギリス人労働者たちを前に力強く宣言した。


「我々日本企業は、この大英帝国とヨーロッパの市場で、車を売り、機械を売り、莫大な利益を得てきた。イギリス政府と市民の協力があったからこそだ」

ワイシャツの腕をまくり上げた日本人工場長が、油にまみれた手で力強く拳を握った。


「今、我々の最大の顧客であり、友人であるイギリスが、ナポレオンの亡霊に家を焼かれようとしている。……商売人として、恩義ある友を見捨てるわけにはいかん! 帝国将軍府からも『全力で英独の戦争経済を支えよ』との特命が下っている!」


彼らは、乗用車やトラックの生産ラインを、わずか数週間で完全に「軍需用」へとコンバート(転換)させるという、神がかり的な工業力を発揮した。

トヨタのプレス機はイギリス陸軍の巡航戦車の装甲板を大量生産し、三菱の精密機械ラインは、イギリス空軍の命綱であるスピットファイアの『ロールス・ロイス・マーリンエンジン』を、本家のイギリス工場すら凌駕する凄まじい精度と速度で量産し始めた。


「日本のエンジニアたちの技術力と生産管理カイゼンは魔法のようだ……! これなら、前線に無限に戦闘機を送り込めるぞ!」

イギリスの軍需大臣は、日系工場から次々と吐き出されるピカピカのエンジンと戦車の履帯を見て、歓喜の涙を流した。


同様の光景は、ドイツのルール工業地帯でも繰り広げられていた。

ドイツに拠点を置く日系重化学工業メーカー(住友化学や三菱化学)は、ドイツ国防軍のティーガー戦車(開発前倒し)や大砲の砲身、Uボートの特殊鋼材などを、ドイツの労働者と肩を並べて不眠不休で生産し続けた。


「日独英の同盟は、軍隊だけの同盟ではない。我々の『経済と工業の血』は完全に一つに繋がっているのだ!」

前線で海援隊や軍隊が血を流す裏側で。

パックス・ジャポニカの強靭な経済力と「モノづくり」の意地が、英独の継戦能力を極限まで引き上げ、物資不足に喘ぐフランスとの間に、決定的な「国力の差」を生み出し始めていたのである。


### 3.白銀の地獄――オーストリア・アルプスの死闘(1942年2月)


1942年2月。

ヨーロッパの戦線は、仏独国境だけでなく、さらに南の「空に最も近い戦場」へと燃え広がっていた。


フランスが泥沼にハマっているのを見たイタリアの独裁者ムッソリーニは、地中海(マルタ陥落)での勝利に気を良くし、枢軸陣営内での自らの発言力を高めるための「独断専行」に出た。


「ドイツ軍はフランスにかかりきりだ。今こそ、我らイタリア軍がアルプスを越え、北のオーストリア王国を蹂躙し、ドイツの南腹を突き破るのだ!」


ムッソリーニの命を受け、イタリア軍の誇る山岳猟兵部隊『アルピーニ』を中心とする大軍が、雪に覆われたアルプス山脈を越えて、オーストリア王国(連合陣営)へと侵攻を開始した。


しかし、彼らを待ち受けていたのは、白銀の地獄であった。


「撃て! マカロニ野郎どもを雪崩の底に沈めてやれ!」

標高3000メートルの極寒の岩山。

そこには、ドイツから派遣された精鋭・山岳猟兵部隊ゲビルクスイェーガーと共に、祖国防衛に燃えるオーストリア軍、そして東から駆けつけた**『ポーランド軍』**と**『ハンガリー軍』**の連合部隊が、完璧なキルゾーンを構築していた。(独ソ不可侵条約のため)


「イタリア軍が山を登ってきます! 数は圧倒的です!」

「構わん。ここは我々の庭だ。一歩も通すな」


タタタタタタタッ!

雪原に擬装したオーストリア・ドイツ連合軍のMG34機関銃が、斜面を登ってくるイタリア兵を容赦なく薙ぎ倒す。

「進め! ローマの栄光のために!」

イタリアのアルピーニ部隊もまた、勇敢であった。彼らは猛吹雪の中で凍傷に指を黒く変色させながらも、岩壁を登り、手榴弾を投げ合って白兵戦を挑んだ。


しかし、装備と山岳戦術の練度において、オーストリア・ドイツの連合軍はイタリア軍を完全に凌駕していた。

さらに、ポーランドの騎兵上がりの精鋭部隊が、スキーを履いて雪原を滑走し、イタリア軍の側面を次々と奇襲する。


ドガァァァン!!

山頂に設置されたハンガリー軍の山砲が火を噴き、人為的な雪崩を発生させた。

「うわぁぁぁっ!」

数万トンの雪の壁が、イタリア軍の行軍部隊を丸ごと飲み込み、谷底へと押し流していく。


「……司令官、アルプス越えは不可能です。我が軍の死傷者と凍死者は3万に達し、部隊は壊滅状態です」

ムッソリーニの野望は、アルプスの分厚い雪の壁と、中欧連合(独墺波洪)の強固な結束の前に、無惨に砕け散った。

イタリア軍は莫大な犠牲を出してアルプスから転げ落ち、オーストリアへの侵攻作戦は完全な大失敗に終わったのである。


### 4.枢軸の亀裂――バルカン半島とトルコの怒り(1942年3月)


アルプスでの無惨な敗北は、ムッソリーニのプライドを酷く傷つけた。

「……アルプスが駄目なら、東だ! バルカン半島を制圧し、地中海帝国を完成させるのだ!」


1942年3月。

イタリア軍は、矛先を中欧から南東ヨーロッパへと変え、突如としてギリシャおよびユーゴスラビア(バルカン半島)への侵攻を開始した。

イギリスが地中海から撤退した今、バルカン半島は「力の空白地帯」である。イタリアはそこを火事場泥棒で奪い取ろうとしたのだ。


しかし、この行動は、同じ「枢軸陣営」に属していたある国を激怒させることになった。

ボスポラス海峡の主、**トルコ共和国**である。


「ムッソリーニの馬鹿野郎が! バルカン半島はかつてのオスマン帝国の領土であり、我々トルコの正当な勢力圏だ! イタリアごときがしゃしゃり出てくる場所ではない!」


キプロス島を奪取し、東地中海での発言力を強めていたトルコ政府は、イタリアのギリシャ侵攻を「トルコへの重大な主権侵害」とみなし、即座に軍隊をバルカン国境へと進めた。


エーゲ海とギリシャ国境において、イタリア軍とトルコ軍が睨み合い、小規模な武力衝突(国境紛争)が勃発した。

「バルカンから手を引け、マカロニ野郎!」

「黙れケバブ売り! ここは新ローマ帝国の領土だ!」


この事態に、フランスのルクレールは頭を抱えた。

「やめさせろ! 今、身内同士で争っている場合ではない! ドイツとイギリスを倒すのが先だろうが!」

パリから必死の調停使節が送られたが、狂気と領土的野心だけで結びついた「新枢軸(仏・伊・米・蛮・土)」の同盟は、本質的に極めて脆弱であった。


大英帝国や日本、ドイツが「世界の安定と経済パックス」という確固たる共通理念で結ばれているのに対し。

枢軸側は「既存の秩序を壊して、自分たちの領土を分捕る」という『欲望』だけで寄り集まった烏合の衆に過ぎなかったのである。


イタリアとトルコの対立は、決定的な亀裂となって枢軸国を内側から蝕み始めた。

さらに、ギリシャの秘密基地から出撃する日本海軍の潜水艦部隊が、この混乱に乗じてイタリアとトルコの補給船を無差別に沈めまくり、両者の疑心暗鬼(互いに攻撃されたと勘違いさせる工作)を煽るという、恐るべき諜報戦を展開していたのである。


### 5.エピローグ――反撃の胎動


1942年3月末。

Memorial Dayから始まった世界大戦は、開戦から四ヶ月が経過し、ヨーロッパの地図を血の色に染め上げていた。


イギリス本土・プリマスから進撃したフランス・スペイン軍は、坂本財閥・海援隊とイギリス陸軍の死に物狂いの抵抗により、ロンドンの遥か手前で完全に足止めされていた。

仏独国境のマジノ線は死体の山となり、フランス大陸軍はドイツ空軍とUボートの兵糧攻めによって、その牙を徐々に摩耗させている。


地中海と中東は枢軸側に制圧されたものの、イタリアとトルコが仲間割れを起こし、アルプスでは中欧連合軍が鉄壁の防衛を見せた。


そして何より。

極東の海運企業やメーカーたち(パックス・ジャポニカの民間力)が、大英帝国とドイツの戦争経済を全力で下支えし、連合陣営の力は日を追うごとに強大に、そして強靭になりつつあった。


「……耐え忍ぶ時期は終わった。これより、大英帝国の反撃を開始する」

ロンドンの地下司令部で、チャーチル首相は新しい葉巻に火をつけ、ニヤリと笑った。


イギリス本土の上空では、今もなお、人類史上最大の航空戦「バトル・オブ・ブリテン」が繰り広げられている。

しかし、大英帝国の真の逆襲は、空の上の戦闘機だけではなかった。


「極東の同盟国(日本帝国・将軍府秘密情報部)との共同作戦の準備は整ったか?」

チャーチルが振り返ると、暗がりの中から、イギリス情報局秘密情報部(MI6)の長官が静かに頷いた。


「準備完了です、首相。……フランス海軍の心臓を、内側から吹き飛ばします」


力で押し潰そうとするフランスの狂気に対し、イギリスと日本は、最も冷酷で、最も効果的な「影のインテリジェンス」を抜こうとしていた。

フランス海洋継戦能力を完全に奪い去る、世紀の大破壊工作の決行の時が、目前に迫っていたのである。


(第七章 第八話 完)



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