65死守する者たちと森の奇襲――反逆の鎌
# 海洋帝国日本史 第七章:Memorial Day――欧州大戦の勃発
## 第五話:死守する者たちと森の奇襲――反逆の鎌(1941年12月19日)
### 1.泥濘の絶対防衛線――仏独国境の膠着
1941年12月19日。
ヨーロッパ全土を巻き込んだ狂乱の「Memorial Day」から、十日余りが経過していた。
戦線は、フランス国家主席ルクレール(新ナポレオン)が豪語したような「クリスマスまでの電撃的な勝利」とは程遠い、凄惨な泥沼の様相を呈していた。
フランスとドイツを隔てる国境線。
フランス側の難攻不落の要塞「マジノ線」から出撃した『フランス大陸軍』の重装甲部隊は、ドイツ側の防衛線「ジークフリート線(西壁)」に完全に頭を抑え込まれていたのである。
「撃て! フランスの豚どもを鉄条網に釘付けにしろ!」
ドイツ国防軍の機関銃座から、MG34の猛烈な射撃が絶え間なく吐き出される。
分厚い装甲を誇るフランスのルノーB1bis重戦車は、確かに強力であった。しかし、冬の凍てつく泥濘と、ドイツ軍が幾重にも構築した対戦車壕、地雷原、そして竜の歯(コンクリート製の対戦車障害物)に行く手を阻まれ、その機動力を完全に奪われていた。
「装甲が抜けません! ドイツ軍の陣地が深すぎます!」
立ち往生したフランスの重戦車に対し、ドイツ軍は容赦のない鉄槌を下した。
本来は対空用である**「8.8センチ高射砲」**を水平に寝かせ、戦車の分厚い装甲を遠距離からバターのようにぶち抜いたのである。
ドガァァァァン!!
火柱を上げて炎上するフランス戦車。ドイツ軍の歩兵は、その塹壕の深さと圧倒的な防御戦術によって、フランス軍の「暴力の津波」を見事に吸収し、跳ね返し続けていた。
「……ライン川は一歩も渡らせん。我らが祖国の土は、奴らの血で泥濘むだけだ」
ドイツの前線指揮官は、スコープ越しに燃え盛るフランス戦車を見つめ、冷徹に呟いた。
ルクレールが誇る無敵の大陸軍は、ドイツの計算し尽くされた縦深防御の前に、莫大な出血を強いられながら完全に足止めを食らっていたのである。
### 2.プリマスの防人たち――『海援隊』の死闘
一方、ドーバー海峡の囮作戦によってイギリス南西部・プリマスへの上陸を許してしまった大英帝国本土。
十万を超えるフランス・スペイン(仏西)連合軍は、上陸の勢いそのままに、首都ロンドンを目指してコンウォール半島から内陸部へと進撃を開始していた。
「イギリス陸軍の主力はまだ到着しない! このままでは数日で防衛線が崩壊するぞ!」
急遽かき集められたイギリスの郷土防衛隊や残存の陸軍部隊は、圧倒的な火力と数で押し寄せる仏蛮連合軍の前に、絶望的な後退戦を強いられていた。
しかし12月19日。
なだらかな丘陵地帯が続くイギリス南西部の要衝に、突如として「異形の防衛線」が築き上げられた。
「……いいか野郎ども。俺たちの顧客は、今ちょっとばかり懐事情と家の中が火の車だ。だが、貸した金と恩は、きっちり利子をつけて返してもらう。……そのためには、この島をフランス野郎に差し押さえられるわけにはいかねぇんだよ」
塹壕の中で、くわえタバコの煙を吐き出しながら不敵に笑う男たち。
彼らは、イギリスの軍服を着ていない。極東の帝国からやってきた、最新鋭の兵器で完全武装した戦闘のエキスパート。
大日本帝国最大の民間軍事企業、**『坂本財閥・海援隊』**である。
「敵戦車、来ます! フランスのソミュアS35、約三十両! 後続に歩兵多数!」
「引きつけろ。……ヤンキーやマカロニ野郎にはない、サムライの戦い方ってやつを教えてやれ」
地響きを立てて丘を登ってくるフランス軍の戦車部隊。彼らは、前方に布陣する見慣れない軍隊を、急造のイギリス民兵だと侮っていた。
「蹂躙しろ! 止まる必要はない!」
フランスの戦車長がハッチから身を乗り出して叫んだその瞬間。
ズガァァァン!!
先頭を走っていたソミュア戦車のキャタピラが、突如として爆発し、擱座した。
「地雷か!? いや、違う! 側面からの狙撃だ!」
海援隊が使用していたのは、帝国陸軍の技術をベースに坂本財閥が独自改良を加えた**『九七式自動砲(対戦車ライフル)』の徹甲榴弾**であった。
草むらや塹壕の影に完全に擬装した海援隊の対戦車狙撃兵たちが、装甲の薄い側面やキャタピラの起動輪を正確無比に撃ち抜いたのである。
「混乱するな! 撃ち返せ!」
フランス軍の歩兵が展開しようとしたところへ、今度は凄まじい発射速度の弾幕が襲い掛かった。
ダダダダダダダッ!!
海援隊の主力兵器、**『一〇〇式機関短銃』**である。
塹壕戦と近接戦闘(CQB)において、彼らの練度は当時のヨーロッパの常識を完全に超えていた。音もなく塹壕を這い回り、フランス兵の側面や背後に神出鬼没に現れては、弾倉を撃ち尽くし、手榴弾(成形炸薬弾)を戦車のハッチに放り込んでいく。
「な、なんだこいつらは!? イギリス兵じゃない! 動きが人間離れしているぞ!」
パニックに陥るフランス・スペインの連合兵。
弾薬が尽きれば、海援隊の兵士たちは背中に負った『軍用刀』を引き抜き、恐るべき白兵戦を挑んだ。
「チェストォォォッ!!」
「ギャアアァァァッ!」
銃剣で応戦しようとしたスペイン兵の小銃ごと、肉体を袈裟懸けに両断する。
それは、近代兵器の火力と、極東の戦闘術が完璧に融合した、極めて洗練された「殺戮の芸術」であった。
「す、すげえ……。あいつら、本当に人間か?」
後方で震えていたイギリスの郷土防衛隊の兵士たちは、海援隊の鬼神のごとき戦いぶりに度肝を抜かれた。
「見とれている暇はないぞ、ジョンブルの兄弟たち!」
海援隊の部隊長が、血まみれの軍用刀を振りかざしてイギリス兵に怒鳴った。
「てめぇらの国だろうが! 俺たちが道を作ってやる、気合い入れてついてきな!」
「お、おおぉぉっ!! 大英帝国万歳!!」
海援隊の異常なまでの士気と戦闘力に感化され、イギリス陸軍も本来の粘り強さを取り戻した。
彼らは海援隊を中核とする強固な防衛線を構築し、プリマスからロンドンへと通じる幹線道路を完全に封鎖。圧倒的な数と火力を誇ったはずのフランス・スペイン連合軍は、イギリスの泥濘と「極東の民間軍事会社」という規格外の存在の前に、一歩も前に進めなくなってしまったのである。
### 3.エリゼ宮の苛立ち――新ナポレオンの焦燥
同日、夜。フランス・パリ、エリゼ宮。
豪華なシャンデリアが照らす大統領執務室に、高価なワイングラスが床に叩きつけられ、粉々に砕け散る音が響いた。
「どういうことだ!! なぜ進まん!!」
ルクレール国家主席の顔は、激しい怒りと焦燥で歪んでいた。
彼の目の前に並ぶ将軍たちは、青ざめた顔で直立不動のまま震えている。
「ドーバーの囮作戦は完璧に決まったはずだ! プリマスに十万の兵を上陸させておきながら、なぜイギリスの田舎町で足止めを食らっているのだ!」
「は、閣下……。イギリス南西部に、正体不明の戦闘集団が展開しており、我が軍の戦車部隊が多大な損害を……。極東の帝国兵のようにも見えますが、正規軍の軍服ではありません……」
「言い訳をするな!! ゲルマンの蛮族との国境戦も膠着状態ではないか! マジノ線からあれほどの大軍を押し出しておいて、なぜジークフリート線の一つも抜けんのだ!」
ルクレールは、世界を自らの足元にひれ伏させる「新ナポレオン」としての自負に満ち溢れていた。
しかし現実の戦況は、彼の傲慢なシナリオを冷酷に裏切っていた。イギリスの本土防衛は想像以上に強固であり、ドイツの防衛線は鉄壁であった。(別にフランス軍が弱いわけでもないし、ドイツ軍に大きな被害を出している。でも結果がついてないだけ。)
さらに、頼みの綱であるアメリカからの莫大な資金援助とレンドリース(軍事物資)も、太平洋での大敗北の影響で、大西洋を渡る船団の数が目に見えて減り始めていた。
「……予備兵力をすべて国境へ回せ。ベルギー方面に展開している部隊も、すべてジークフリート線の突破に注ぎ込むのだ! 何としてでもライン川を越えろ!」
「閣下! しかし、それでは我が国の北部、アルデンヌの森周辺の防衛が手薄になります!」
参謀が悲鳴のように進言した。
「アルデンヌは戦車が通行不可能な深い森です。ドイツ軍がそこから来るはずがありません。しかし、念のため兵力を残しておくべきです!」
「黙れ!! 私がナポレオンだ! 私の命令が絶対だ!」
ルクレールは聞く耳を持たなかった。
「アルデンヌの森など、イノシシしか通れんわ! そのような場所に無駄な兵力を置く余裕はない。すべての戦車と大砲を、正面のドイツ軍とイギリス本土へ回せ!」
この瞬間。
ルクレール自らの手によって、フランスという巨大な国家の「最も柔らかい腹」が、完全に無防備な状態へと晒されたのである。
### 4.極寒の森にて――反逆の鎌
フランス軍の全精力がマジノ線方面の正面突破とイギリス上陸に注ぎ込まれていた、まさにその12月19日の深夜。
ルクレールが「イノシシしか通れない」と嘲笑った、フランス・ベルギー国境に広がる深い森――**アルデンヌの森**。
雪がしんしんと降り積もる極寒の針葉樹林の中に、信じられない光景が広がっていた。
キュルルルルル……ガガガガガッ。
ライトを完全に消し、エンジンの排気音を極限まで抑えた、数千両にも及ぶ巨大な鋼鉄の群れ。
ドイツ国防軍の精鋭、**『装甲師団』**である。
「……雪と霧が、我々の進軍を完璧に隠してくれている」
先頭を走る第7装甲師団の指揮装甲車の中で、**エルヴィン・ロンメル少将**(のちの砂漠の狐)が、冷たい風に目を細めながら、ストップウォッチを片手に進軍速度を確認していた。
史実において1940年に行われた、フランスをわずか数週間で降伏に追い込んだ伝説の作戦。
この世界線においては、ルクレールの猛攻をジークフリート線で受け止めている間に、密かに準備が進められていた。
作戦立案者である**エーリッヒ・フォン・マンシュタイン中将**の頭脳から生み出された、フランスの虚を突く一撃必殺の奇襲作戦――**『鎌割り作戦』**の発動である。
「ルクレールの白痴め。奴は正面のジークフリート線を抜くことばかりに気を取られ、自らの腹の底を完全にガラ空きにした」
マンシュタインの読みは完璧に的中していた。
フランス軍は、アルデンヌの森を「大部隊の機械化部隊が通行することは物理的に不可能」と断定し、監視の目を完全に怠っていたのである。
しかし、ドイツ軍の工兵部隊は、数日前から凍てつく森の中に丸太を敷き詰め、密かに戦車が通れる「道」を切り開いていた。
その極細の道を、Ⅲ号戦車、Ⅳ号戦車、そして無数の装甲擲弾兵(歩兵)を乗せたハーフトラックが、一糸乱れぬ規律と驚異的な操縦技術で、蛇のように森をすり抜けていく。
「急げ。夜明けと共に、森を抜けるぞ」
ロンメル少将の瞳に、獲物を狙う猛禽類のような鋭い光が宿った。
「我々第7装甲師団(幽霊師団)が先陣を切る。目標は、フランスの心臓――パリだ!」
### 5.エピローグ――静寂の終わる時
1941年12月19日、未明。
ヨーロッパの戦況は、この日を境に決定的な「反転」を迎えることになる。
イギリス本土では、坂本財閥・海援隊という極東の鬼神たちが、フランス・スペイン連合軍の進撃を完全に泥沼のストリートファイトへと引きずり込んでいた。
仏独国境では、フランスの誇る大陸軍が、ドイツの鉄壁の防御の前に無数の死体の山を築いていた。
そして、世界中がその二つの激戦地に目を奪われている隙に。
アルデンヌの雪降る森の奥深くを、ドイツ国防軍の放った最も鋭く、最も巨大な「反逆の鎌」が、音もなくフランスの喉元へと迫っていた。
数時間後の夜明け。
森を抜けたドイツ装甲師団の群れが、防衛線の全く存在しないフランス北部の平原へと一斉に雪崩れ込む。
それは、自らを新ナポレオンと信じて疑わなかったルクレールにとって、自身の破滅を決定づける、正真正銘の悪夢の始まりであった。
極東の民間企業がイギリスの盾となり、ゲルマンの戦車部隊がフランスの心臓を狙う。
Memorial Dayから始まった狂乱の欧州大戦は、誰も予測し得なかった混沌と逆転のシナリオを紡ぎながら、血みどろの1941年の年末へと突入していくのである。
(第七章 第五話 完)
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