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61.二つの発火点――紅蓮の閃光と鋼鉄の狂宴

海洋帝国日本史 第七章:Memorial Day――欧州大戦の勃発


## 第一話:二つの発火点――紅蓮の閃光と鋼鉄の狂宴(1941年12月6日)


### 1.運命の同期シンクロニシティ――世界史の転換点


地球という惑星が、巨大な悲鳴を上げて二つに割れた日。

後世の歴史家たちは、1941年12月6日というこの日を、畏怖と絶望を込めて**「世界史の転換点(Memorial Day)」**と呼ぶことになる。


極東の時間で、12月6日の土曜日・早朝。

アメリカ海軍の機動部隊から放たれた数百機の艦載機が、無線封止の暗闇を抜け、パックス・ジャポニカの心臓部である横須賀軍港と帝都・東京に死の雨を降らせていたまさにその瞬間。


時差によってまだ夜明け前の深い闇に包まれていた地球の裏側、ユーラシア大陸の西端ヨーロッパにおいても、まったく同じように「鋼鉄の狂宴」の幕が切って落とされようとしていた。


アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトと、フランス国家主席ルクレール(新ナポレオン)。

「新枢軸」を形成するこの二人の狂気は、極秘の海底ケーブルを通じて完全に同期していたのである。


ロンドンのホワイトホール、大英帝国首相官邸。

ウィンストン・チャーチルのもとに、ロンドンに拠点を置く極東の同盟国・日本帝国**「将軍府秘密情報部」**と、イギリスの**「MI6」**が共同で傍受・解読した、血の凍るような一本の暗号電報が飛び込んできた。


『……アメリカ軍、横須賀奇襲ニ成功セリ。同盟国フランスヨ、計画通リ作戦ヲ発動セヨ』


「間に合わなかったか……! 太平洋で火の手が上がったぞ!」

チャーチルは、太い葉巻を暖炉に投げ捨て、海軍第一卿と陸軍参謀総長に向かって絶叫した。

「ルクレールの狂犬どもが鎖を引きちぎる! 全軍に最高度の警戒態勢スタンド・トゥを発令しろ! イギリス本国、地中海、中東、すべての国境線でだ!」


しかし、大英帝国が防衛の盾を構えようとしたその時、すでにヨーロッパの大地は、数万門の大砲の轟音によって激しく揺れ始めていた。


### 2.新ナポレオンの咆哮――仏独国境・午前四時


1941年12月6日、午前4時。

フランスとドイツを隔てる国境線。史実においては「まやかしの戦争」と呼ばれたこの地帯は、パックス・ジャポニカの世界線においては、数百万の将兵がスコープ越しに互いの息遣いを感じ合う、極限の緊張地帯であった。


フランス側の難攻不落の要塞群「マジノ線」の背後には、ルクレールが心血を注いで育て上げた**「フランス大陸軍グランダルメ」**の巨大な機械化部隊が、エンジンのアイドリング音を響かせながら獲物を待ち構えていた。


「我がフランスの栄光ある兵士たちよ!」

前線司令部のラジオから、ルクレール国家主席の熱狂的な演説が響き渡る。

「大西洋の向こう側で、我らが盟友アメリカが、忌まわしき日本帝国の首都を火の海に変えた! アングロサクソンと極東の猿どもが支配してきた古い秩序は、今この瞬間、完全に崩壊したのだ!」


塹壕の中で、フランス兵たちは熱に浮かされたように銃を握りしめた。

「ドイツは、イギリスと日本という金ヅルにすがりつく寄生虫に過ぎない。今こそ、ライン川を越え、ベルリンに三色旗トリコロールを打ち立てる時だ! フランスの偉大なる覇権を取り戻せ!」


午前4時15分。

「全砲門、斉射フゥー!!」


ドゴォォォォォォォォォォォン!!!


フランス軍が国境沿いに配置した一万門を超える重砲陣地が、一斉に火を噴いた。

夜明け前の漆黒の空が、炸裂する砲弾の閃光で真昼のように白く染まる。大地が悲鳴を上げ、ドイツ側の防衛線である「ジークフリート線(西壁)」に向けて、一秒間に数千発の鉄の雨が降り注いだ。


「撃て! ゲルマンの豚どもをこの世から消し去れ!」

砲撃の轟音と共に、何千両ものルノーB1bis重戦車とソミュアS35騎兵戦車が、地響きを立てて前進を開始する。

それは、第一次世界大戦の泥沼を遥かに凌駕する、圧倒的な火力と装甲による「暴力の津波」であった。


空もまた、瞬く間に地獄と化した。

フランス空軍アルメ・ド・レールのドボワチンD.520戦闘機と無数の爆撃機が、ライン川を越えてドイツ領内の工業地帯へと殺到する。


「敵機襲来! 対空戦闘!」

ドイツ空軍ルフトヴァッフェも即座に反応し、メッサーシュミットBf109の編隊が迎撃に飛び立った。

暗闇の空で曳光弾が交差し、被弾した機体が炎の尾を引いて墜落していく。地上では戦車砲が交錯し、塹壕では火炎放射器と銃剣による凄惨な殺し合いが始まった。


数世紀にわたり血を流し続けてきたヨーロッパの宿業が、日米開戦という「極東からの引火」によって、ついに最悪の形で爆発したのである。


### 3.冷徹なる総統――ベルリン地下壕


しかし、フランス大陸軍の猛攻を受けるドイツ・ベルリンの総統官邸地下壕において、アドルフ・ヒトラーの顔に焦りの色は微塵もなかった。


「……始まったか。ルクレールの奴、アメリカの奇襲成功に酔いしれて、予定通りに動いたな」

ヒトラーは、巨大なヨーロッパ地図の上で、フランス国境に殺到する赤い矢印(フランス軍)のコマを見下ろしながら、冷たく笑った。


史実において、ヒトラーは東西二正面作戦という破滅の道を選んだ。だが、日本の借金肩代わりとインテリジェンスの影響を強く受けたこの世界線のヒトラーは、極めて冷徹なリアリストへと変貌していた。

彼はすでに、東のポーランドと軍事同盟を結び、ソビエトとは英国すら知らない秘密不可侵条約、南にはオーストリア王国を復活させて防波堤としている。ドイツ国防軍ヴェアマハトの背後と腹部は、完璧に守られていたのである。


「総統! フランス軍の砲撃により、ジークフリート線の第一防衛帯が突破されつつあります!」

青ざめた伝令が飛び込んでくるが、ヒトラーは手を振って制した。


「慌てるな。ジークフリート線は、奴らの大軍を『吸収』するためのスポンジだ。ルクレールの重戦車部隊は、マジノ線の要塞砲の射程から離れれば離れるほど、補給線が伸びて脆弱になる。……我々は、防衛線で奴らの血をたっぷりと吸わせながら、西側の『地固め』を行う」


ヒトラーの視線は、激戦が繰り広げられる仏独国境から北へ外れ、北海に面した平坦な低地諸国――**オランダ(ネーデルラント)**へと向けられていた。


「フランス軍が我が国境に全力を注いでいる今こそ、好機だ。……『黄作戦ファル・ゲルプ』の第一段階を発動せよ。オランダを即刻制圧し、北海の防波堤を完成させるのだ!」


### 4.北海の奇襲――オランダへの電撃的進駐


1941年12月6日、午前6時。

仏独国境での砲撃音が遠く響く中、中立を宣言していたオランダ王国の国境を、フィールドグレーの軍服に身を包んだドイツ国防軍の大部隊が、怒涛の勢いで突破した。


「ドイツ軍だ! 国境が突破された!」

オランダの国境警備隊は、突如現れたⅢ号戦車やⅣ号戦車の長大な縦隊と、空を覆い尽くすスツーカ急降下爆撃機の前に、為す術もなく蹂躙されていった。


これは、単なる領土的野心による侵略ではない。

ドイツにとって、そして「連合陣営(日英独)」にとって、オランダの制圧は、戦争を生き抜くための絶対的な地政学的必然であった。


「オランダの沿岸部をアメリカやフランスに奪われれば、我が国の心臓部であるルール工業地帯が直接爆撃の脅威に晒される。さらに、イギリス本土へのアクセスも封じられてしまう」

ドイツ陸軍の参謀総長は、進撃する戦車部隊の報告を聞きながら、冷徹に語った。


ドイツ軍の侵攻は、かつての第一次世界大戦の泥沼とは全く異なる、洗練された**「電撃戦ブリッツクリーグ」**であった。

空軍の爆撃がオランダ軍の通信網と交通網を麻痺させ、空挺部隊(降下猟兵)が橋や要衝を無傷で占拠する。その開かれた道を、機甲師団が最高速度で駆け抜け、オランダの防衛線を内側から切り裂いていく。


「抵抗は無意味だ! 武器を捨てて降伏しろ!」

ドイツ軍は、民間人への被害を最小限に抑えつつ、主要都市を次々と制圧していった。

オランダ政府は中立国を叫んだが、強大なフランス陸軍と正面から殴り合えるよう極限まで鍛え上げられたドイツ国防軍の前に、小国の軍隊はわずか1日で完全に崩壊する運命にあった。世界大戦の前に中立などということは許されなかったのである。


「これで、北海の海岸線は完全に我がドイツのものとなった。大西洋への出口(Uボートの基地)と、ルール工業地帯の防空陣地が確保されたのだ」

ヒトラーの打ったこの冷酷な布石が、のちの「無制限潜水艦作戦」と、アメリカからのレンドリース(支援物資)遮断という、枢軸国(米仏伊)の首を真綿で絞める強烈な一撃へと繋がっていくのである。


### 5.血の泥濘――ジークフリート線の死闘


オランダが電撃的に制圧されていく一方で、仏独国境の主戦場は、両軍の将兵が文字通り「肉の壁」となってすり潰し合う、凄惨極まる泥沼の様相を呈していた。


「一歩も引くな! ここを抜かれれば、ライン川を渡られるぞ!」

ドイツ側の塹壕では、国防軍の歩兵たちが、MG34機関銃の銃身が焼き切れるまで弾幕を張り続けていた。


しかし、フランス軍の「ルノーB1bis」重戦車の分厚い装甲は、ドイツ軍の主力対戦車砲である3.7センチ砲(通称:ドアノッカー)を「カーン!」と嘲笑うかのように弾き返し、塹壕の目の前まで迫り狂う。


「装甲が抜けません! 戦車が塹壕を越えます!」

「対空砲(8.8センチ高射砲)を水平に寝かせろ! あの化け物をカチ割るにはあれしかない!」


ズドン!!

水平射撃の8.8センチ砲が火を噴き、ようやくフランスの重戦車が火柱を上げて停止する。しかし、その背後から無数のフランス歩兵が雪崩れ込み、塹壕内は血みどろの白兵戦へと突入した。


「Vive la France(フランス万歳)!!」

「Gott mit uns(神は我らと共に)!!」


銃剣が腹を突き破り、手榴弾の爆発で四肢が千切れ飛ぶ。

凍てつく12月の泥は、両軍の若い兵士たちの血で赤黒く染まり、無限に続くかと思われる砲弾の雨が、彼らの肉体を土塊つちくれへと変えていった。


フランス大陸軍の猛攻は凄まじく、局地的にジークフリート線を突破し、ドイツ領内へと深く楔を打ち込む箇所も現れ始めた。

「ルクレール閣下! 第3機甲師団がドイツ軍の防衛線を突破! 前進を続けております!」

パリのエリゼ宮で報告を受けたルクレールは、満足げにワイングラスを傾けた。

「素晴らしい。やはりゲルマンの蛮族など、我が大陸軍の敵ではない。このままクリスマスまでにベルリンを陥落させ、我ら『新枢軸(米仏伊蛮)』の完全勝利を世界に宣言するのだ!」


ルクレールは、自らの勝利を少しも疑っていなかった。

圧倒的な火力、無尽蔵のアメリカからの資金援助(※開戦により遅延し始めるが、この時はまだ気付いていない)、そして何より、南の地中海とバルカン半島において、イタリアとスペインが同時にイギリスの喉元に食らいついているという「戦略的優位」が、彼を増長させていた。


### 6.エピローグ――欧州史の転換点


1941年12月6日(Memorial Day)。

この日、ヨーロッパは完全に「修羅の国」へと変貌した。


フランスとドイツが、第一次世界大戦のトラウマを呼び覚ますかのような数百万規模の殺し合いを国境で開始し、北ではドイツがオランダを飲み込んだ。


この日の出来事は、間違いなく**「欧州史の転換点」**であった。

これまでヨーロッパの覇権は、常にイギリスの「光栄ある孤立バランサー」によって保たれてきた。しかし、パックス・ジャポニカの台頭とアメリカの狂乱が引き起こしたこの世界大戦は、大英帝国からそのコントロールする力を完全に奪い去ったのである。


ロンドン・地下司令部(ダウニング街)。

「……フランスとドイツが、ついに国境で全面衝突を開始しました。ドイツ軍はオランダへ進駐」

陸軍参謀総長の報告に、チャーチルは葉巻を噛みちぎりながら、巨大な作戦地図を見上げた。


「ヨーロッパ大陸のことは、もはやドイツとオーストリアに任せるしかない」

チャーチルの目には、大英帝国の指導者としての深い疲労と、迫り来る絶望的な危機への恐怖が宿っていた。

「我が国が直面している真の危機は、ドーバー海峡の向こう側で狂い咲いているフランスではない。……南だ。南の狂犬どもが、ついに我が帝国の生命線を噛みちぎりに来たぞ」


地図の南側。

イベリア半島の**スペイン(蛮)**、そして地中海の**イタリア**。

彼らは、イギリスがヨーロッパ戦線に釘付けになっているこの千載一遇の好機を逃さなかった。


「……スペイン軍が、英領ジブラルタル要塞への総攻撃を開始しました! さらに地中海では、イタリア艦隊が我が東洋艦隊へ襲い掛かっています!」

通信将校の悲鳴が、地下司令部に響き渡る。


「帝国の喉元が……!」

チャーチルは目を閉じた。

太平洋でアメリカ軍の奇襲によって日本帝国が血を流したのと同じ日。大英帝国もまた、かつてない四面楚歌の危機に立たされ、その広大な帝国の版図が、端からボロボロと崩れ落ちようとしていたのである。


世界大戦の業火は、わずか一日のうちに、地球上のすべての大陸を焼き尽くす不可逆の炎となった。

狂乱と殺戮の第一幕が、今ここに開いたのである。


(第七章 第一話 完)


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