56.激突の空――日米航空決戦
# 海洋帝国日本史 第六章:太平洋の業火と狂乱の連鎖
## 第六話:激突の空――日米航空決戦(開戦六日目)
### 1.運命の正午――開戦六日目、中央太平洋
1941年(昭和16年)12月12日。
ルーズベルトの狂気による帝都(東京・横須賀)へのテロリズム的空襲と、それに続く「後追いの宣戦布告」。そして、南洋の絶対防波堤・虎玖島における地獄の地上戦が始まってから、ちょうど6日目の昼頃であった。
中央太平洋、赤道直下の広大な海域。
真夏の太陽がジリジリと照りつける群青の海を挟み、二つの巨大な鋼鉄の群れが、ついに互いの喉元に刃が届く距離(約350海里)へと接近していた。
東からは、ハワイ方面から南下してきた**アメリカ海軍・第16および第17任務部隊**。空母『エンタープライズ』『ホーネット』『ヨークタウン』等を中核とする、大西洋艦隊からも空母をかき集めた虎の子の全機動戦力である。
西と南からは、呉を出撃した山本五十六率いる**第一連合艦隊**(『大和』『加賀』『翔鶴』等)と、豪州・南鷹および羊州・櫻港から北上してきた**臨時第二連合艦隊**(『長門』『桜雅』等)。
「敵機動部隊、発見! 我ガ前衛ヨリ方位〇八〇、距離三五〇!」
第一連合艦隊旗艦『大和』の電信室に、先行していた索敵機からの暗号無電が飛び込んだ。
「ついに見つけたぞ……!」
大和の艦橋に、張り詰めた歓喜と殺気が走る。
ほぼ同時刻。アメリカ側の旗艦『エンタープライズ』のレーダー室でも、西から接近する巨大な大編隊の影を捉え、ハルゼー提督のもとに緊急報告が上げられていた。
日米両軍の司令官は、互いの位置を完全に把握した。
もはや、小細工も奇襲も存在しない。互いの持てる航空戦力のすべてを空へ放ち、相手の飛行甲板を血と炎で染め上げた方が勝つ。人類史上初となる「機動部隊同士の真っ向勝負」の火蓋が、切って落とされようとしていた。
### 2.白き鷲の出撃――「帝都を焼いた誇りを胸に」
アメリカ機動部隊、旗艦エンタープライズ。
飛行甲板には、F4Fワイルドキャット戦闘機、SBDドーントレス急降下爆撃機、TBFアベンジャー雷撃機が、隙間なくびっしりと並べられていた。
巨大な星のマークが描かれた機体の前で、パイロットたちが真剣な面持ちで整列している。
艦内放送のマイクを握ったハルゼー提督の声が、甲板のスピーカーから響き渡った。
『諸君。我々は6日前、ジャップの薄汚い首都を焼き払い、奴らの将軍を震え上がらせた。我々こそが、アメリカの誇りだ!』
提督のダミ声に、パイロットたちの血が沸き立つ。
『だが、ジャップの主力艦隊はまだ生きている。虎玖の海岸では、海兵隊の兄弟たちが今この瞬間も泥にまみれて血を流しているのだ。……兄弟を救う道はただ一つ。西から来るジャップの空母を、一隻残らず海の底へ沈めることだ! 我らがアメリカ合衆国の正義を見せてやれ! 全機、発艦(Launch all planes)!!』
「ウラァァァッ!」
パイロットたちは雄叫びを上げ、愛機へと飛び乗った。
キュルルル……ボボボボボッ!
星型エンジンの轟音が重なり合い、飛行甲板は排気ガスの熱気で陽炎に包まれる。
カタパルトから打ち出されるようにして、数百機のアメリカ軍攻撃隊が、真っ青な中央太平洋の空へと舞い上がっていった。彼らは大編隊を組み、太陽を背にして西へと進路を取る。
### 3.巨竜の飛翔――「帝都の血を、血で洗え」
一方。第一連合艦隊、航空母艦『翔鶴』の飛行甲板。
こちらでも、出撃の時を待つ帝国の若き荒鷲たちが、純白のマフラーを風になびかせながら整列していた。
甲板に並ぶのは、帝国航空技術の結晶。
洗練された空力フォルムを持つ最新鋭の空冷式局地戦闘機『紫電改』、そして極限まで洗練された零戦の改良型。その後ろには、液冷から空冷星型エンジンに換装して信頼性を爆発的に高めた艦上爆撃機『彗星』、そして雷撃機『天山』が、日の丸の赤を鮮やかに輝かせている。
旗艦『大和』の山本長官から、全艦隊に宛てて信号旗が掲げられ、同時に艦内放送で出撃の訓示が伝えられた。
『全軍ニ告グ。……六日前、我々ガ平和を謳歌シテイル隙ヲ突キ、米軍ハ帝都・東京ニ爆弾ヲ雨アラレト降ラセタ。無辜ノ市民ガ焼カレ、将軍府ガ炎ニ包マレタ。我々ハ、コノ屈辱ヲ永遠ニ忘レナイ』
スピーカーから響く低い声に、パイロットたちの目に冷たい怒りの炎が灯る。
『本日、我々ハ米艦隊ノ主力ト相見エル。相手ハ数ニオイテ勝ルカモシレナイ。ダガ、我々ニハ帝国の誇リト、世界最高ノ航空機ガアル。……帝都の血は、敵の血で洗うほかない。諸君の双肩に、皇国の興廃が懸かっている。大空の果てに、大和魂の恐ろしさを刻み込んでこい! 出撃!』
「万歳! 帝国海軍万歳!」
搭乗員たちは一斉に敬礼し、愛機のコックピットへ滑り込んだ。
甲板要員の振る緑色のランプを合図に、猛烈な加速で次々と大空へ飛び出していく。
「頼んだぞ! 敵空母を叩き割ってこい!」
見送る整備兵たちが、千切れんばかりに帽子を振る。
空冷式エンジンの軽快かつ力強い咆哮が空を震わせる。第一、第二連合艦隊の計8隻(※赤城は修理中)の空母から発進した帝国軍の大編隊は、雲を突き抜け、東から来るアメリカ軍を迎え撃つべく、完璧な陣形を組んで飛翔した。
### 4.死の交差点――大空の乱戦
午後1時15分。
両軍の攻撃隊は、互いの艦隊の中間地点、高度6000メートルの空域で、ついに鉢合わせた。
日米合わせて600機以上の航空機が、一つの空域で正面衝突したのである。
「敵機発見! 前方、無数! ワイルドキャットだ!」
「突っ込め! 爆撃機を護れ!」
互いの護衛戦闘機部隊が、爆撃機と雷撃機の編隊を守るため、そして敵の編隊を食い破るために、猛然と加速して突撃した。
タタタタタタタッ! ダダダダダッ!
無数の曳光弾が、青空に赤い幾何学模様を描く。
アメリカ軍の主力戦闘機『F4Fワイルドキャット』のパイロットたちは、開戦直後、すぐに致命的な「性能差」という絶望に直面することになった。
「くそっ! ジャップの戦闘機が速すぎる! 追いつけない!」
アメリカ軍のパイロットが無線で叫ぶ。
帝国海軍が投入した戦闘機群は、アメリカの予想を遥かに超えていた。
特に、極限までチューニングされた『空冷式エンジン』を搭載する帝国の戦闘機(紫電改など)は、圧倒的な上昇力と、ワイルドキャットを50キロ以上上回る最高速度を持っていた。
重装甲でずんぐりとしたワイルドキャットが必死に旋回して機銃を向けようとした時には、すでに日本の戦闘機はその背後(六時方向)を取っているのだ。
「後ろにつかれた! 振り切れない!」
ドォォォォン!!
20ミリ機銃の直撃を受けたワイルドキャットが、空中分解して炎の塊となり、青い海へと真っ逆さまに落ちていく。
「一機撃墜! 次、行くぞ!」
日本の若きパイロットたちは、自らの機体の圧倒的な性能(加速と運動性)を完全に掌握し、アメリカの戦闘機を次々と文字通り「撫で斬り」にしていった。空冷式エンジン特有のタフさと、軽量化された機体のバランスが、この大乱戦において無類の強さを発揮していたのである。
### 5.極限の空で産まれる者――撃墜王たちの誕生
しかし、アメリカ軍のパイロットたちも、ただの案山子ではなかった。
圧倒的な性能差という絶望の中で、生き残るための「戦術」を瞬時に編み出し、牙を剥く天才が両軍から産まれようとしていた。
**「サッチ・ウィーブだ! 単機で旋回戦を挑むな! 2機1組で編隊を組み、交差して互いの背後をカバーしろ!」**
アメリカ軍編隊の中で、中隊長を務める歴戦のパイロット、**ジョン・サッチ少佐**(※史実の戦術考案者をモデルとした架空の人物像)が無線で怒鳴った。
サッチ少佐は、自機のワイルドキャットの操縦桿を蹴るように倒し、背後についた紫電改から逃げるのではなく、味方の僚機と「ハサミ(シザーズ)」のように交差する軌道を描いた。
紫電改がサッチの背後を追って機首を向けた瞬間、交差して対向してきた僚機のワイルドキャットの射線に、日本の戦闘機がすっぽりと収まる。
ダダダダダッ!
「しまった!?」
12.7ミリ重機関銃の弾幕が、紫電改の防弾ガラスを叩き割り、エンジンから黒煙を噴き出させた。
「やったぞ! ジャップの戦闘機も無敵じゃない! 連中のスピードには、装甲とチームワークで対抗しろ!」
サッチ少佐の考案したこの戦術により、一方的だった虐殺に歯止めがかかり、アメリカ軍は執念で日本の戦闘機を撃ち落とし始めた。彼はこの空域だけで瞬く間に5機を撃墜し、アメリカ海軍に**「最初の撃墜王」**を誕生させた。
だが、帝国軍にも、それをさらに凌駕する「空の鬼神」が存在した。
空母『翔鶴』飛行隊の小隊長、**坂井大尉**である。
彼は、サッチ・ウィーブで迎撃してくるワイルドキャットの編隊を冷徹に見下ろすと、機体を極限までロールさせながら垂直降下を仕掛けた。
「2機1組の連携など、当たらなければどうということはない」
坂井の乗る紫電改は、空冷星型エンジンの咆哮と共に、急降下からの恐るべき引き起こしで重力(G)をねじ伏せ、アメリカ軍の編隊の「ど真ん中」に割り込んだ。
「な、なんだあの動きは!? 人間の反射神経じゃない!」
サッチの僚機がパニックを起こし、連携が崩れる。
その一瞬の隙を突き、坂井は20ミリ機銃のトリガーを引いた。たった数十発の正確無比なバースト射撃。
弾丸はワイルドキャットの分厚い装甲の「継ぎ目」やエンジンカウルを的確に撃ち抜き、一瞬で火だるまに変えた。
「一機。……次だ」
坂井は表情一つ変えず、そのままの速度を活かして再び急上昇し、上空から次々と獲物を狙い撃ちにする「一撃離脱」と「巴戦」の完璧なハイブリッドを披露した。
彼はアメリカ軍の編隊を完全に切り裂き、この日だけで単機で8機撃墜という神がかり的な戦果を挙げ、帝国の誇る**「大空の死神」**としてその名を轟かせることとなる。
### 6.死の空域の突破――それぞれの目標へ
高度6000メートルの空は、もはや地獄であった。
黒煙を引いて落ちていく機体。空中で開く白いパラシュート。飛び散るガラスの破片と、パイロットたちの血しぶき。
日米の護衛戦闘機部隊は、互いの撃墜王を中心に、誇りと命を懸けて完全に「泥沼の乱戦」へと突入していた。
「退くな! 爆撃機を絶対に行かせるな!」
「どけえぇっ! ここを突破しなければ、虎玖の兄弟たちが死ぬんだ!」
しかし、この熾烈な戦闘機同士の死闘こそが、本来の主役である「攻撃隊」にとっての活路を開いたのである。
「護衛機が敵の戦闘機を引きつけてくれている! 今だ、雲の隙間を抜けろ!」
アメリカ軍のSBDドーントレス急降下爆撃機の編隊は、分厚い装甲を盾にして、乱戦の空域の「下」を這うようにして突破を図った。彼らは、日本の戦闘機が上に気を取られている一瞬の隙を突き、死の空域を強行突破していく。
全く同じ現象が、帝国軍の攻撃隊にも起きていた。
「坂井大尉たちが道を開いてくれたぞ! 遅れるな、全機最大戦速!」
帝国海軍の『彗星』艦上爆撃機と『天山』艦上攻撃機の編隊は、その圧倒的な「巡航速度の速さ」を活かし、ワイルドキャットの追撃を振り切って、一直線に東の空域へと突き進んだ。
戦闘機同士が互いの血を流し合い、足止めをしている間に。
生き残った爆撃機と雷撃機の大群は、それぞれ交差するようにして、互いの母艦(主力艦隊)が待つ海域へと向かって飛んでいったのである。
### 7.エピローグ――水平線の彼方に見える「城」
午後2時30分。
激しいGと機銃の振動から解放された帝国軍の『彗星』爆撃機の操縦席で、編隊長が風防越しに目を凝らした。
戦闘機の死闘を抜け、青い海だけが広がる空域を飛び続けること数十分。
「……見えたぞ」
編隊長の無線の声が、微かに震えた。
水平線の彼方。
鏡のような太平洋の水面に、幾つもの巨大な白い航跡を引きながら、輪形陣を組んで進む鋼鉄の浮き城たち。
アメリカ海軍の誇る正規空母『エンタープライズ』『ヨークタウン』を中心とする、第16・第17任務部隊の全貌であった。
「全機、突撃準備! 目標、敵航空母艦! ……帝都の恨み、今こそ晴らさん!」
同じ頃。
西へ向かっていたアメリカ軍のドーントレス爆撃機の風防からも、呉と豪州から出撃した帝国連合艦隊の、息を呑むほど巨大で威圧的な大艦隊のシルエットが視認されていた。
「神よ……なんて巨大な艦隊だ。だが、我々がやらねば、祖国が燃える」
アメリカ軍の編隊長もまた、自らの胸に十字を切り、急降下爆撃のダイブブレーキに手をかけた。
互いの胸に、復讐の炎と、祖国防衛の絶対的な使命感を抱いて。
日米の攻撃隊は、ついにお互いの「心臓(機動部隊)」へと、死の刃を振り下ろそうとしていた。
大空の決戦は終わり、海原を火の海に変える「鋼鉄の殺戮」が、今まさに始まろうとしていたのである。
(第六章 第六話 完)
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