5.黄金のビーチと鋼の音
# 海洋帝国日本史 第一章:帝国の選択
## 第五話:黄金のビーチと鋼の音(1750〜1780)
### 1.二つの「日本」――元禄と南洋
宝暦から明和年間(1750〜1770年代)。
徳川の治世は盤石であり、帝国は「二つの心臓」を持つに至っていた。
一つは、伝統と格式の都市、江戸。
ここでは浮世絵、歌舞伎、そして洗練された町人文化が花開いていた。杉田玄白らが『解体新書』を翻訳し、蘭学が静かなブームとなっていたが、あくまでそれは「知識人の趣味」の領域を出なかった。
もう一つは、灼熱と欲望の都市、**志度新**である。
ここでは、江戸の身分制度など無きに等しかった。
「金を持つ者が偉い。土地を切り拓いた者が強い」
街路樹としてジャカランダが植えられ、白壁に青い瓦(南洋の強い日差しを反射するための工夫)を葺いた「南洋建築」が立ち並ぶ。
人々は、風通しの良い麻の筒袖(後の「南洋シャツ」の原型)を着て、サトウキビから作った蒸留酒「南洋焼酎」を煽る。
江戸の武士たちは、南洋帰りの者たちを「南蛮かぶれ」と眉をひそめたが、彼らが持ち帰る莫大な富――砂糖、羊毛、鯨油、そして真珠――なしには、もはや幕府財政は一日たりとも回らなかった。
### 2.田沼意次の「南洋荘園」構想
この「二つの日本」を巧みに操縦したのが、老中・**田沼意次**である。
彼は賄賂政治家として悪名高いが、この世界線における評価は「帝国資本主義の父」である。
「米で武士を養う時代は終わった。これからは、外洋の富で国を富ませるのだ」
田沼は、これまで厳しく制限されていた大名の南洋進出に対し、画期的な緩和策を打ち出した。
**『南洋荘園令』**である。
**一、譜代・親藩大名は、幕府の許可を得て外洋に「荘園」を持つことを許す。**
**一、外様大名(薩摩・長州など)も、幕府への運上金(税)を倍額納め、かつ「幕府海軍による臨検」を受け入れるならば、商館の設置を認める。**
これにより、彦根の井伊家は羊州(NZ)に巨大な牧場を持ち、信州真田家は陽州で綿花栽培を始めた。
一方、薩摩の島津家は、大南島沿岸でのサトウキビ栽培に活路を見出したが、田沼は「隠密目付」を薩摩船に同乗させ、彼らが武力を蓄えないよう徹底的に監視した。
「外様には金は稼がせる。だが、牙は研がせない」
これが田沼の、そして帝国の絶妙なバランス感覚であった。
### 3.大陸の沈黙――豪州先住民の運命
帝国の繁栄の裏で、豪州大陸では静かなるジェノサイドが進行していた。
銃声によるものではない。「見えざる軍隊」――天然痘、麻疹、インフルエンザによる殺戮である。
1750年代、内陸部の探検が進むにつれ、日本人は奇妙な事実に気づく。
「集落がある。焚き火の跡もある。だが、人がいない」
免疫を持たないアボリジニたちは、日本人が到達するよりも早く、交易ルートを通じて伝播した病原菌によって壊滅していたのだ。沿岸部の部族は数年で9割が死滅し、生き残った者たちも、恐怖から「死の風」が吹かない内陸の砂漠地帯へと逃げ込んだ。
帝国政府は、彼らを積極的に虐殺したわけではない。むしろ、労働力として組み込みたかった。しかし、結果として大陸は「無人の野」となった。
生き残った人々は、大陸中央部に聳える巨大な赤い岩――彼らの聖地「ウルル」周辺、日本名**「赤岩保護区」**へと追いやられた。
後に帝国議会で「先住民保護法」が制定されるまで、彼らの歴史は「沈黙の世紀」を迎えることになる。日本人は、空っぽになった肥沃な大地に、牛や羊を放ち、小麦を植えた。
それは、帝国にとって都合の好すぎる、残酷な神の采配であった。
### 4.羊州の盟約――マオリとの共生
一方、羊州の運命は異なっていた。
先住民マオリは、病に対しても一定の抵抗力を持ち、何よりも勇猛果敢な戦士であった。
彼らは「ハカ」を踊り、幕府の陸戦隊に対し、塹壕戦術を用いて頑強に抵抗した。
現地の奉行は、田沼意次にこう報告している。
『彼らは未開の蛮族にあらず。武士に似た誇り高き精神を持つ。力でねじ伏せれば、沼地のような泥仕合となりましょう』
田沼は即断した。
「ならば、彼らを『武士』として遇せよ」
明和五年(1768年)、**「ワイタンギの盟約(和以旦宜の盟約)」**が結ばれる。
幕府は、マオリの有力首長を「藩主」に準ずる地位として認め、彼らの土地所有権を保障した。その代わり、首長たちは幕府に忠誠を誓い、**「マオリ義勇兵」**を差し出すことが義務付けられた。
これ以降、顔に刺青を施したマオリの戦士たちは、帝国軍の「最強の突撃部隊」として、大南島のジャングル戦や、後の対外戦争で畏怖される存在となっていく。
羊州は、日本人入植者とマオリが混住し、羊毛産業で共に富を築く、帝国でも稀有な「多民族共存地域」となった。
### 5.平賀源内と「火輪機」
そして、時代を画する最大の事件は、江戸の片隅で起きた。
奇才・**平賀源内**である。
彼は長崎遊学中、壊れたオランダ製のニューコメン式揚水機を手に入れた。
普通の日本人なら「珍妙なからくり」で終わらせるところを、源内は違った。彼は、志度新の住友鉱山から来ていた技術者から、「深い坑道を掘ると地下水が出て困っている」という話を聞いていたのだ。
「水を汲み出すのに、人足はいらぬ。火を焚けばよいのだ」
安永五年(1776年)、神田の屋敷。
田沼意次や諸大名が見守る中、源内は巨大な鉄の釜に火をくべた。
シューッという蒸気の音と共に、ピストンが動き、ポンプが猛烈な勢いで水を汲み上げ始めた。
「名付けて、**『火輪機』**にございます」
史実のジェームズ・ワットの蒸気機関改良とほぼ同時期である。
源内の発明は、単なる揚水機に留まらなかった。彼は田沼に対し、熱っぽく語った。
「殿、これを船に積めば、風がなくとも海を渡れます。車に積めば、馬がなくとも道を走れます。火が、帝国の新たな心臓となるのです」
田沼はその可能性を即座に理解した。
彼は幕府の金蔵を開き、源内を所長とする**「幕府理工研究所(後の帝国理工院)」**を設立。
場所は、埋め立てが進む江戸・月島。
ここから、帝国の産業革命が爆発的に進行することになる。
### 6.外洋の完成と迫りくる影
1780年を迎える頃、海洋帝国日本の「第一形態」は完成の域に達していた。
* **北:** 蝦夷地と千島列島。
* **南:** 大南島沿岸と、虎玖・茉莉亜那の要塞群。
* **東:** 太平洋の日付変更線付近までの島々。
* **豪州・羊州:** 世界最大の羊毛・小麦・鉱物資源の供給地。
人口は、本土三千三百万に対し、外洋人口は二百万人に迫っていた。
「西寧」や「北湾」といった辺境の拠点にも、冒険心に溢れた若者たちが次々と入植していった。
しかし、繁栄は長くは続かない。
オランダ商館長がついにもたらした凶報が、田沼と幕閣を震撼させる。
「イギリスのクックなる船長が、太平洋を探索している。彼らは正確なクロノメーター(経度測定器)を持ち、貴国の『隠された大陸』の存在に気づき始めている」
さらに、南米からはスペインの影が、北からはロシアの影が忍び寄っていた。
平賀源内が発明した「火輪機」が、実用的な軍艦に搭載されるのが先か、それとも列強の黒船が来るのが先か。
帝国は、1600年以来の「平和な独占」の終わりを予感しながら、緊張の時代(第6話)へと突入していく。
評価ありがとうございます!
これを見ると小説の構想を練る気力が生まれます笑
geminiに課金したことで、記憶能力は改善し始めました。まだまだ頑張ります!




