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37.大地動く――帝都要塞化計画

海洋帝国日本史 

第五章:沈みゆく鷲と赤い星(1920〜1941)


第四話:大地動く――帝都要塞化計画(1923)

1.運命の九月一日――帝都の崩壊

1923年(大正12年)9月1日、午前11時58分。

相模湾を震源とするマグニチュード7.9の巨大な地殻変動が、繁栄の絶頂にあった帝都・東京を底立たせた。

ドゴォォォォォン!!

地鳴りという生易しいものではない。地球そのものが真っ二つに割れるような絶望的な轟音と共に、立っていられないほどの激しい縦揺れと横揺れが数分間にわたって続いた。

**「関東大震災」**の発生である。

昼食の準備で各家庭がかまどに火を入れていた時間帯であったことが、悲劇を決定的なものとした。

古き良き江戸の風情を色濃く残していた下町――浅草、本所、深川といった木造家屋の密集地帯は、地震のショックで家屋が倒壊した直後、あちこちから火の手が上がった。

「火事だ! 逃げろ!」

折からの強風に煽られ、火は瞬く間に合流して「火災旋風(炎の竜巻)」を生み出した。

浅草のシンボルであった赤レンガの展望塔「凌雲閣(十二階)」も、中腹からポッキリと折れて崩落した。逃げ惑う何十万という庶民たちは、迫り来る劫火の壁に四方を囲まれ、次々と火の海に飲み込まれていった。

帝都の東半分は、まさにこの世の地獄と化したのである。


2.屹立する鋼鉄の森――生き残ったコア(中枢)

しかし、帝国の心臓部は「死んで」はいなかった。

下町が業火に焼かれる中、帝都の中心に位置する霞が関、大手町、丸の内、八重洲、そして銀座のエリアは、奇跡的な光景を呈していた。

「……持ちこたえたぞ! ビルは倒れていない!」

丸の内の三菱財閥本社ビルから飛び出してきたエリート社員たちは、周囲を見渡して息を呑んだ。

江戸時代からの大火の教訓と、西洋の最新建築技術、そして帝国理工院の耐震工学が結集して作られた「鋼鉄とコンクリート、赤レンガの摩天楼群」は、未曾有の激震を完全に吸収し、一本のビルも倒壊することなく威風堂々と屹立していたのである。

銀座の石造りのデパートも、大手町の徳川財閥の重厚な本社群も、窓ガラスこそ割れたものの、その骨格はビクともしていなかった。

さらに、これらの近代ビル群はそれ自体が巨大な**「防火壁」**として機能した。東から迫る下町の炎は、丸の内の巨大な石壁と広い大通りに阻まれ、皇居(将軍府)や官庁街へと延焼することを完全に食い止められたのである。

「帝国の頭脳は無傷だ。……直ちに反撃を開始する」

地下深くの耐震シェルター(統合参謀本部作戦室)で、将軍・徳川家正は、揺れが収まるや否や、冷徹極まりない声で指令を発した。

「全軍に戒厳令を敷け。これは大自然による帝都への『奇襲攻撃』である。陸海軍の全ロジスティクスを解放し、国民の救難および治安の維持に当たれ!」


3.帝国の反撃――無慈悲なまでの「秩序維持」

地震発生からわずか数時間後。

燃え盛る帝都に、カーキ色の軍服を着た帝国陸軍の数万の将兵が、完全武装でなだれ込んできた。

しかし、彼らの任務は敵と戦うことではない。「国家の血流」を強制的に再起動させることであった。

「工兵隊、爆薬で延焼ルートの建物を吹き飛ばせ! 防火帯を作るのだ!」

「輜重兵(輸送部隊)は、横須賀と木更津から海路で食糧と医療物資を運び込め! ペニシリンと包帯を出し惜しむな!」

スペイン風邪のパンデミックで鍛え上げられた陸軍の兵站ロジスティクス能力と野戦病院の設営ノウハウが、ここでも完璧に機能した。上野公園や日比谷公園には、数時間で巨大なテント村(避難所)が出現し、軍医たちによる迅速なトリアージ(負傷者の選別)と治療が開始された。

同時に、最も恐るべき事態――「パニックと暴動」を防ぐため、内務省・特別高等警察局(特高)と憲兵隊が、帝都中に冷酷な監視網を敷いた。

史実の関東大震災においては、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れた」といった流言飛語が飛び交い、自警団による凄惨な虐殺事件が起きた。

しかし、この世界線のパックス・ジャポニカにおいて、大衆の暴走による「私刑リンチ」は、帝国政府の権威に対する最大の冒涜と見なされた。

「デマを流す者、刃物を持って集う自警団は、反逆者と見なす。その場で射殺せよ」

内務卿・後藤新平の特命を受けた憲兵隊は、竹槍や日本刀を持って朝鮮人や台湾からの中国人労働者を襲おうとした暴徒(自警団)を見つけるや否や、問答無用で威嚇射撃を行い、首謀者を即座に逮捕・拘束した。

「治安を維持するのは帝国政府と軍である! 貴様ら愚民が勝手に法を執行することは許さん! 武器を捨てて配給の列に並べ!」

特高と憲兵隊による、血も凍るような「鉄の規律」。

それは一見すると無慈悲な強権発動であったが、結果としてマイノリティへの虐殺を防ぎ、帝都が文字通りの無政府状態アナーキーに陥ることを完璧に阻止したのである。


4.後藤新平の狂気――帝都要塞化計画

震災から一週間後。

火災がようやく鎮火し、焦土と化した下町を見下ろす霞が関の内務卿執務室。

「帝都の東半分が、綺麗に焼け野原になりましたな」

後藤新平は、葉巻を燻らせながら、窓の外の焼け跡を指差して笑った。その顔には、悲壮感など微塵もなかった。

傍らに立つ若き官僚たちは、狂気にも似た後藤の瞳に震え上がった。

「泣いている暇はない。江戸時代から続く、あの狭くて燃えやすい木造のゴミ溜め(下町)が、神の力によって一掃されたのだ。これは帝国にとって、千載一遇の好機である!(民衆に知られたら首切られるのは間違いなし)」

後藤新平は、机の上に巨大な図面を広げた。

それは、震災の復興計画などという生易しいものではなかった。

「帝都完全不燃化・要塞化計画」。

「焼け跡に、元の木造バラックを建てることは一切まかり成らん。これより帝都の全域を、コンクリートと鋼鉄で再構築する」

後藤のペンが、図面の上を暴力的な速度で走る。

「第一に、道幅だ。火災旋風を防ぎ、かつ有事の際に軍の装甲車やトラックが迅速に展開できるよう、幅員五十メートルの巨大な『大通り(シンボルロード)』を碁盤の目状に敷き詰める。第二に、延焼を防ぐための巨大な『公園グリーンベルト』を各区に配置する」

後藤は、図面の中心(丸の内・霞が関)を囲むように、幾重もの防御線を書き込んだ。

「第三に、すべての新たな建造物を鉄筋コンクリート造とする。……いずれ太平洋の向こうから、アメリカの重爆撃機が飛んでくる時代が来る。地震の火災に耐えられない都市が、空からの焼夷弾に耐えられるはずがないだろう!」

後藤の復興計画は、自然災害への対策という枠を完全に超え、来るべき「対アメリカ総力戦」を見据えた、帝都そのものの軍事要塞化であった。

5.財閥の資本と、驚異の復興

「計画は立派ですが、後藤閣下。そのための莫大な予算はどうされるおつもりですか? 議会が承認しませんぞ」

大蔵省の官僚が懸念を示すと、後藤は鼻で笑った。

「議会など待つか。金は、財閥に出させる」

後藤は、丸の内に無傷で残った三菱や、大手町の徳川財閥のトップたちを次々と霞が関へ呼び出し、半ば脅迫に近い形で莫大な「帝都復興債」を引き受けさせた。

「貴様らのビルが焼けずに済んだのは、誰のおかげだ? この帝国が守ってやったからだろう。ならば、その莫大な内部留保を吐き出し、新たな帝都のインフラに投資しろ。損はさせん。コンクリートも鉄も、すべて貴様らの工場で作らせてやる」

政府の強権と、財閥の無尽蔵の資本。

この二つが完全に噛み合った時、パックス・ジャポニカの真の恐ろしさが発揮された。

焼け野原となった下町には、わずか数ヶ月で巨大なブルドーザーと起重機クレーンが投入され、昼夜違わず復興工事が進められた。

狭い路地は強制的に買収・区画整理され、幾何学的に美しい、幅の広いアスファルトの道路が次々と引かれていく。

木造の長屋に代わり、庶民の新たな住み処として、頑丈な鉄筋コンクリート造の**「同潤会どうじゅんかいアパート」**と呼ばれる近代的な集合住宅が、雨後の筍のように建設された。

震災からわずか数年。

かつて木造の迷宮であった東京の下町は、パリのシャンゼリゼ通りのような広い並木道と、ニューヨークを思わせるコンクリートの近代建築が連なる、世界一火災に強い「不燃の超近代都市」へと生まれ変わったのである。


6.エピローグ――見つめる鷲の恐怖

1928年(昭和3年)。

「帝都復興祭」が華やかに執り行われ、東京は完全に蘇ったことを世界に宣言した。

アメリカ大使館。

五年前に赴任してきた外交官は、窓の外に広がる全く新しい東京の姿を見て、冷や汗を拭っていた。

「信じられない。あれほど完全に破壊された都市が、たった五年で、以前よりも遥かに強固で巨大な摩天楼の森に進化している……」

アメリカ政府は、関東大震災の一報を聞いた時、密かにほくそ笑んでいた。

「これで日本の国力は十年は後退する。ワシントン軍縮会議で抑え込めなかった彼らの建艦ペースも、復興予算に食われて完全にストップするだろう」と。

しかし、現実は全く逆であった。

帝国は、震災のダメージを「古いシステムを破壊し、新しいシステム(要塞都市)に作り直す絶好のチャンス(スクラップ・アンド・ビルド)」として利用したのだ。

しかも、復興のさなかであっても、横須賀や呉の造船所のハンマーの音が止むことは一日たりともなかった。

「大統領に報告せよ」

外交官は、震える手で本国への暗号電報を起草した。

「『日本帝国は、大地震ごときではビクともしない怪物である。彼らの国家統制力と、国民の狂気じみた規律は、我々の想像を絶している。……近い将来、彼らが太平洋で我々に牙を剥いた時、我々はこの不死身の帝国を相手に、いかにして戦うべきか』、と」

大自然の猛威すらも糧として、自らの筋肉インフラを超回復させた海洋帝国日本。

「狂騒の20年代」が終わりを告げ、世界恐慌という足音がヒタヒタと迫る中、太平洋を挟んだ日米の国力の天秤は、ゆっくりと、しかし決定的に傾き始めていた。

(第五章 第四話 完)




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