36.ワシントン軍縮会議と誇り高き同盟
海洋帝国日本史
第五章:沈みゆく鷲と赤い星(1920〜1941)
第三話:ワシントン軍縮会議と誇り高き同盟(1921-1922)
1.ワシントンの野望――成金国家の傲慢
1921年(大正10年)秋。アメリカ合衆国首都、ワシントンD.C.。
第一次世界大戦の惨禍を免れ、空前の好景気(狂騒の20年代)に沸き返るこの新興国は、世界の中心がロンドンから自らの手へと移りつつあると確信していた。
「ヨーロッパの老いぼれどもと、極東の成り上がり(日本)に、我々が世界の新秩序というものを教えてやるのだ」
国務長官チャールズ・エヴァンズ・ヒューズは、大統領ウォレン・ハーディングの密命を受け、壮大な外交的罠を仕掛けていた。
**「ワシントン海軍軍縮会議」**の開催である。
表向きは「際限のない建艦競争を防ぎ、世界平和を維持する」という崇高な理想を掲げていたが、その裏にはアメリカの強烈な焦燥と野望が渦巻いていた。
第一の目的は、自国の莫大な財政負担を減らしつつ、海軍力で世界の頂点に立つこと。
第二の目的は、太平洋において最大の障害となっている**「日英同盟」**を解体し、日本を国際社会から孤立させることであった。
「イギリスは先の戦争で疲弊しきっている。我々が経済的圧力をかければ、必ずや日本との同盟を捨て、我々(アングロサクソン)の陣営にすり寄ってくるはずだ」
ヒューズは、会議の初日に各国代表の度肝を抜く「爆弾提案」を準備し、自信満々に笑みを浮かべていた。
しかし、彼らは根本的な読み違いをしていた。
パックス・ジャポニカの世界線における日本とイギリスの関係は、単なる「利害の一致」を遥かに超越した、血と黄金で結ばれた強靭な鎖であったことを。
2.パン・アメリカン・ビルの会議室――爆弾提案
1921年11月12日。会議初日。
パン・アメリカン連合本部の巨大なホールには、米、英、日、仏、伊、西など、世界の海軍大国の全権代表たちが顔を揃えていた。
日本側全権は、海軍大臣・加藤友三郎大将と、駐米大使・幣原喜重郎。
英国側全権は、元首相にして外交の重鎮・アーサー・バルフォア卿である。
ヒューズ国務長官は議長席に立つと、高らかに宣言した。
「これ以上の無益な建艦競争は、人類への冒涜である! 我が合衆国は、建造中の未完成艦をすべて廃棄する用意がある。そして、各国の主力艦(戦艦・巡洋戦艦)の保有トン数を、**『米5:英5:日3』**の比率に制限することを提案する!」
議場は騒然となった。
それは、日本に対し「アメリカの6割の海軍力で我慢しろ」という、公然たる侮辱であった。
さらにヒューズは、バルフォア卿へ向き直り、決定的な言葉を突きつけた。
「また、太平洋の平和を恒久的なものとするため、特定国同士の排他的な軍事同盟……すなわち**『日英同盟』の発展的解消**と、それに代わる四カ国(米英日仏)の条約締結を強く要求する」
ヒューズは、勝利を確信していた。借金まみれのイギリスが、世界最大の金庫番であるアメリカの要求を跳ね除けられるはずがない、と。
しかし、バルフォア卿は微動だにしなかった。
彼は懐中時計をゆっくりと懐にしまうと、威厳に満ちた足取りで演壇へと歩み寄った。
3.大英帝国の矜持――バルフォアの演説
「ヒューズ長官。合衆国の平和への熱意には、一定の敬意を表しましょう」
バルフォアの英語は、アメリカ人のそれとは異なる、何世紀にもわたる貴族階級の洗練されたクイーンズ・イングリッシュであった。
「しかし、貴国は二つの重大な誤解をしている」
バルフォアは、ヒューズを冷徹な目で見下ろした。
「一つ。大英帝国は、我々がかつて流刑地として扱い、独立を許した『かつての植民地』から、同盟国の選び方について指図を受けるいわれはないということだ」
ヒューズの顔から、血の気が引いた。
「な、何を……我々は最大の債権国として……」
「黙りたまえ」
バルフォアの声が、議場を鋭く切り裂いた。
「二つ。貴国は『借金』と言ったが、先のヨーロッパ大戦において、ロンドンのシティを破綻から救い、我々の戦時国債を最も多く買い支えてくれたのは、他でもない日本帝国である。さらに、ユトランド沖の血みどろの海戦において、我が王立海軍の背中を守り、無敵の艦隊を派遣してくれたのも日本帝国なのだ」
バルフォアは、加藤友三郎に向けて深く一礼した。
「大英帝国は、恩知らずな三流国家ではない。我が国が苦しい時に共に血を流し、黄金を提供してくれた真の友(同盟国)を、成金国家の脅しに屈して売り渡すような恥知らずな真似は、王室と誇り高き英国民が絶対に許さない!」
「日英同盟は、過去も、現在も、そして未来においても、我が帝国の極東・インド洋における不動の『要石』である。これを破棄するなど、断じてあり得ない!」
その圧倒的な威厳と、大帝国の剥き出しの矜持を前に、アメリカ代表団は言葉を失った。
フランス、イタリア、スペインの代表たちは、顔を見合わせてニヤリと笑った。
(見たか、アメリカの成り上がり者どもめ。金で世界の歴史と誇りが買えると思っていたのか)
ヨーロッパの旧大国たちは、アメリカの傲慢な振る舞いに辟易しており、英国のこの痛快な一撃に心の中で大喝采を送っていたのである。
4.加藤友三郎の刃――「帝国の対等」
英国がアメリカの「同盟破棄」を完膚なきまでに叩き潰した後、いよいよ加藤友三郎が重い口を開いた。
痩せこけた体躯の加藤であったが、その眼光はカミソリのように鋭かった。
「バルフォア卿の友情に、我が帝国政府、並びに将軍家を代わり深く感謝申し上げる。……さて、ヒューズ長官。貴国の提示した『5:5:3』という主力艦の比率についてだが」
加藤は、テーブルの上に置かれた書類を指先で弾いた。
「我が帝国は、そのような屈辱的な数字を受け入れることは、未来永劫あり得ない。我が帝国海軍の保有トン数は、**米英と『同等(5:5:5)』**であることが絶対条件である」
「バカな!」アメリカの海軍将官が立ち上がって怒鳴った。「貴国に、我々と同数の巨大戦艦を維持するだけの工業力があるというのか!」
「あるから言っているのだ」
加藤は冷たく言い放った。
「我が国には、南洋の鉄と満州の石炭、そして呉と長崎の世界最高峰のドックがある。やろうと思えば、貴国が一年で作る戦艦を、我が国は半年で作れる。……だが、無益な建艦競争で税金を浪費することが愚かだという点には、同意しよう」
加藤は、幣原喜重郎と目配せをした。ここからが、帝国の「真の外交戦」であった。
「そこで、我が国からの対案だ。主力艦の保有枠は『同等』とする。しかし、今後十年間、我が国も米英と同様に**『新たな主力艦の建造を休止』**することに合意する」
ヒューズは混乱した。
(枠は同等を要求するが、実際には作らないというのか? メンツだけ立ててくれれば、軍縮には応じる?)
アメリカからすれば、日本が際限なく戦艦を作り続けることこそが悪夢であった。建造休止に合意させられるなら、書類上の枠が「同等」であっても、財政的な目的は達成できる。
「……よかろう。主力艦の建造休止を条件に、枠組みの同等を認める」
ヒューズは渋々ながら妥協した。
こうして、**「主力艦の建造休止と、米英日同等の保有枠」**を盛り込んだワシントン海軍軍縮条約が調印された。
アメリカの新聞は「ヒューズ長官の偉大なる勝利! 日本の戦艦増産をストップさせた!」と大々的に報じたが、それは全くのピエロの戯言であった。
5.裏の暗闘――「量より質」の欺瞞作戦
会議が閉幕した夜。
ワシントンの日本大使館の密室では、加藤友三郎と、随員として参加していた海軍省の若きエリート官僚・山本五十六らが、祝杯を挙げるでもなく、冷徹に海図を見つめていた。
「見事な交渉でした、閣下。アメリカの目を『巨大戦艦(主力艦)』に釘付けにし、同等のメンツを保ちつつ休戦を引き出すとは」
山本が感嘆の声を漏らした。
加藤は、冷たいお茶をすすりながら言った。
「アメリカは、海戦が『大砲の撃ち合い』で決まるという古い時代の思想(大艦巨砲主義)から抜け出せていない。だから、主力艦の数さえ縛れば日本を封じ込められると勘違いしている」
実は、帝国海軍の統合参謀本部は、すでに大艦巨砲主義の限界を見抜いていた。
「これからの海戦は、戦艦の数ではない。**『補助艦艇(巡洋艦、駆逐艦)』の機動力と、『潜水艦』による通商破壊、そして何より空を支配する『航空戦力』**だ」
加藤は、極秘の分厚いファイルを開いた。
そこには、条約で制限されなかった「補助艦艇」の異常なまでの増産計画と、新時代の兵器である**「航空母艦」**の建造計画が詳細に記されていた。
「主力艦の建造が止まり、浮いた莫大な予算と資材を、すべて補助艦艇と潜水艦、そして航空機に回す。条約の抜け穴を最大限に利用し、アメリカが気づいた時には、彼らの太平洋艦隊を海の底へ引きずり込む『目に見えない巨大な網』を完成させておくのだ」
帝国海軍は、「同等」という表のメンツを死守しながら、裏では**「量より質」「非対称戦力(潜水艦・航空機)」**へのパラダイムシフトを、世界のどこよりも早く、かつ劇的に進めようとしていたのである。
6.ヨーロッパの冷笑、そして深まる対立
ワシントン会議の結末は、ヨーロッパの旧大国たちに奇妙な安堵と、アメリカへの嘲笑をもたらした。
フランスのパリ。
外務省の官僚たちは、ワイングラスを傾けながら笑い合っていた。
「見たか、アメリカのヒューズの滑稽な顔を。金で世界を動かせると思い込んだヤンキーが、イギリスの伝統と日本の狡猾さに完全に手玉に取られていたぞ」
イタリアやスペインも同様であった。彼らは、アメリカの「偽善的な平和主義」の裏にある覇権欲を嫌悪しており、日英という強固な同盟が、アメリカの太平洋支配を完璧にブロックしている現状に溜飲を下げていた。
「アメリカはいずれ、自らの孤立と驕りに足元をすくわれるだろう」
一方、アメリカ国内。
会議を終えたヒューズ国務長官は、ホワイトハウスの執務室でハーディング大統領に弁明を行っていた。
「日英同盟の破棄には失敗しましたが、日本の主力艦建造はストップさせました。これで太平洋の脅威は去りました」
しかし、その場に同席していた海軍情報局の将校たちは、全く異なる見解を持っていた。
「大統領。日本は条約を遵守するフリをして、制限外の巡洋艦や潜水艦を異常な速度で建造し始めるはずです。さらに、彼らの背後には依然として大英帝国がついている。……我々は、とんでもない化け物を野放しにしてしまったのかもしれません」
アメリカは、外交の舞台で日本とイギリスの強固な結束を崩せなかったことに、強烈なフラストレーションと「黄禍」への恐怖をさらに募らせていくことになった。
7.エピローグ――不動の「要石」
1922年、冬。
ロンドン、バッキンガム宮殿。
国王ジョージ5世の御前で、日英同盟の**「第三次延長条約」**が厳かに調印された。
「海洋帝国日本と、大英帝国。太陽の沈まない二つの帝国が手を結ぶ限り、世界の海は常に平和と秩序の下にある」
ロンドンのタイムズ紙は、この歴史的な調印を大々的に報じた。
ワシントン軍縮会議という「アメリカの罠」は、結果的に日英の絆をかつてないほど強固なものにし、日本帝国に「次世代の海軍戦略(航空・潜水艦へのシフト)」を悟らせる絶好の触媒となったのである。
帝都・東京。
江戸城(将軍府)の天守閣から、加藤友三郎は冬晴れの空を見上げていた。
「アメリカは、いずれ必ず力で我々を屈服させようと牙を剥く。だが、我々はすでに罠を張り終えた。……来なさい、ヤンキーども。太平洋を貴様らの墓標にしてやろう」
パックス・アメリカーナの驕りと、パックス・ジャポニカの冷徹。
両者の間にある決定的な哲学の溝は、もはや外交のテーブルで埋まるようなものではなくなっていた。
(第五章 第三話 完)




