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27.黒衣の艦隊

海洋帝国日本史 

第四章:世界大戦と双頭の鷲(1900〜1918)


第六話:黒衣の艦隊(1916)

1.モンロー主義の鷲――アメリカの静観

1915年。ヨーロッパが未曾有の殺戮戦に突入して一年が経過した頃。

大西洋の対岸、アメリカ合衆国・ワシントンD.C.のホワイトハウスは、奇妙な静けさに包まれていた。

大統領ウッドロウ・ウィルソンは、「我々は戦争に関与しない。中立こそがアメリカの正義である」と高らかに宣言していた。

いわゆる**モンロー主義(孤立主義)**である。

「欧州の旧弊な王侯貴族どもが、勝手に殺し合っているだけだ。我が国の若者の血を流す理由はない」

ウィルソンの言葉の裏には、冷徹な計算があった。

アメリカの巨大な工業力は、英仏をはじめとする協商国に莫大な兵器と食料を売りつけ、空前の「大戦景気」に沸いていた。ヨーロッパが互いをすり潰せばすり潰すほど、アメリカの金庫は黄金で満たされていく。

「しかし、大統領。太平洋の向こう側では、あの日本帝国が不気味なほど静かです」

側近の言葉に、ウィルソンは眉をひそめた。

「彼らもまた、この戦争で漁夫の利を得ている。だが、いずれ我々が世界の調停者として立つ時、あの極東の帝国が最大の障害となるだろう」

アメリカは、欧州の戦火を対岸の火事として眺めながら、やがて来る「自分たちの時代」に向けて、静かに巨大な筋肉をパンプアップさせていた。



2.ロンドンからのSOS――同盟の真価

一方、大英帝国の首都ロンドンは、悲鳴を上げていた。

西部戦線での泥沼の塹壕戦に加え、海上の生命線がドイツの**Uボート(潜水艦)**によって寸断されつつあったのだ。

さらに、北海にはドイツの主力艦隊「大洋艦隊ホホゼーフロッテ」が鎮座し、いつ英国本土を脅かすともしれない圧力をかけ続けている。

王立海軍ロイヤル・ネイビーの消耗が激しすぎる。このままでは、大英帝国は海から干上がるぞ」

海軍卿は、ついにプライドを捨て、同盟国への正式な増援を要請した。

1915年末。東京・江戸城の黒書院。

将軍・徳川家正の下に、統合参謀本部の将官たちが集結していた。

「英国より、陸軍数個師団の欧州派遣、および艦隊の北海派遣要請が来ております」

首相・大隈重信の報告に、陸軍の首脳陣は即座に首を横に振った。

「断固拒否する。西部戦線の惨状は情報総局から報告を受けている。あのような無意味な肉挽き機に、帝国の若者を放り込むわけにはいかん」

陸軍の判断は冷徹であった。遠い欧州の領土争いに、日本の国益はない。

しかし、海軍大臣・加藤友三郎は異なった見解を示した。

「陸軍の派遣には反対だが、海軍は出すべきだ。英国が制海権を失えば、我が国の欧州貿易も崩壊する。それに……」

加藤は、ニヤリと笑った。

「世界最高峰の海戦を、最前列で『実体験』する絶好の機会だ。対アメリカ戦を控える我々にとって、これほどの演習場はない」

将軍・家正は、扇子で膝を軽く叩いた。

「よかろう。海軍の精鋭を派遣せよ。ただし、条件がある」

家正の目は、底知れぬ深みを帯びていた。

「帝国海軍が世界の海を支配できると、欧米諸国(特にアメリカ)に気づかせてはならん。手柄はすべて英国にくれてやれ。我々はあくまで『黒衣くろこ』に徹するのだ」



3.第二特務艦隊、抜錨

1916年春。

極秘裏に編成された**「第二特務艦隊」が、インド洋を経由して欧州へと向かった。

旗艦は、純国産の超弩級巡洋戦艦「金剛こんごう型」の三番艦「榛名はるな」と四番艦「霧島きりしま」**。

かつて一番艦の設計を英国(ヴィッカース社)に学んだ日本が、それを完全に国内で昇華させ、本家を凌駕する魔改造を施した高速戦艦である。

これに、最新鋭の駆逐艦群(水雷戦隊)が随伴する。

彼らの船体は、北海の濃霧に溶け込むよう、通常より暗い**「濃群青色」**に塗装されていた。

艦隊司令官・秋山真之少将(昇進)は、艦橋で英国から送られてきた海図を睨んでいた。

「我々の任務は、英国艦隊の盾となり、矛となること。ただし、トドメは彼らに刺させる。……芸者より気を使う仕事だな」



4.ユトランド沖海戦――北海の死闘

1916年5月31日。

デンマーク沖の北海、ユトランド半島沖。

人類史上最大規模の艦隊決戦の火蓋が切られた。

イギリスの「大艦隊グランド・フリート」と、ドイツの「大洋艦隊ホホゼーフロッテ」、合わせて250隻以上の鋼鉄の巨城が、冷たい海上で激突した。

序盤の巡洋戦艦同士の撃ち合い(ビーティー提督 vs ヒッパー提督)は、ドイツ軍に軍配が上がった。

英国の巡洋戦艦「インディファティガブル」や「クイーン・メリー」が、装甲の薄さを突かれて弾薬庫に被弾し、次々と大爆発を起こして轟沈したのだ。

「まずいぞ! このままでは我が方の前衛艦隊が全滅する!」

イギリス艦隊の旗艦「アイアン・デューク」のジェリコー提督は、焦燥に駆られた。

ドイツの砲術は極めて正確であり、英国の誇る無敵艦隊は、今まさに崩壊の危機に瀕していた。

その時である。

戦場の東側、濃い霧の中から、突如として巨大な砲弾の雨がドイツ艦隊の側面に降り注いだ。

ドォォォォン!!

ドイツの巡洋戦艦「リュッツォウ」の甲板が、凄まじい爆発と共に吹き飛ぶ。

「敵艦発見!? いや、所属不明! 黒い軍艦だ!」



5.見えざる刃――「下瀬火薬」と「酸素魚雷」の片鱗

霧の中から姿を現したのは、日本の巡洋戦艦「榛名」と「霧島」であった。

彼らは、帝国情報総局の最新鋭「無線電信傍受」によってドイツ艦隊の正確な位置をいち早く割り出し、アウトレンジ(敵の射程外)からの正確無比な一斉射撃を浴びせたのだ。

「撃て! 英国のメンツを潰さぬ程度にな!」

秋山の指示の下、日本艦隊は**「丁字戦法」**の陣形を敷き、ドイツ艦隊の頭を押さえた。

放たれるのは、強烈な高熱を発する改良型・下瀬火薬。ドイツ艦の分厚い装甲さえも、容赦なく焼き尽くしていく。

「馬鹿な……イギリス軍にこんな正確な砲術と、高速の戦艦があったか!?」

ドイツ艦隊のシェーア提督は混乱した。

さらに夜間。

戦闘が膠着状態に陥った北海の闇夜を、日本の水雷戦隊が音もなく滑るように進んでいた。

彼らが装備していたのは、まだ試作段階であった**「無航跡魚雷(後の酸素魚雷の原型)」**である。

泡を出さずに高速で突き進む雷跡は、ドイツ軍のサーチライト網を完全にすり抜けた。

ドゴォォォン!!

ドイツの旧式戦艦「ポンメルン」が、突然の腹部への一撃で真っ二つに折れ、轟沈する。

「暗闇から魚雷が!? どこから撃ってきた!」

パニックに陥ったドイツ艦隊は、これ以上の夜戦は艦隊の全滅を招くと判断し、無秩序な撤退を開始した。

「深追いはするな。我々の仕事はここまでだ」

秋山真之は、闇に紛れて撤退していくドイツ艦隊を見送りながら、全艦に静かな反転命令を下した。



6.エピローグ――「影の功労者」への負債

翌日。

イギリスの新聞は、**「王立海軍、ユトランド沖にてドイツ大洋艦隊を撃退! 制海権を死守!」**という大見出しで埋め尽くされた。

表向きには、大英帝国が単独でドイツを退けたことになっていた。ドイツ艦隊は二度と外洋へ出ることはなく、事実上、北海の制海権は完全に英国のものとして確定した。

しかし、イギリス海軍の中枢アドミラルティは、冷や汗と共に真実を理解していた。

あのまま戦い続けていれば、負けていたのは自分たちであったかもしれない。極東から来た「黒衣の艦隊」が、完璧なタイミングで側背を突き、夜間雷撃で敵をパニックに陥れてくれなければ、この勝利はなかった。

ロンドンの海軍省。

第一海軍卿は、秘密裏に訪れた日本大使に対し、深く頭を下げた。

「大英帝国は、貴国に対し、決して忘れることのできない『借り』を作りました。この恩は、戦後の世界秩序を再編する際、必ずやお返しいたします」

大使は、微笑を浮かべて頷いた。

「帝国は、同盟の義務を果たしたまでです。今後とも、良きパートナーでありましょう」

東京・統合参謀本部。

戦果の報告を受けた将軍たちは、満足げに頷いていた。

「アメリカには、我々が本気を出したことはバレておるまいな?」

「はい。アメリカの観戦武官は、すべて英国の功績だと報告しております」

帝国は、自らの真の力(アウトレンジ砲撃、夜間雷撃、情報戦の優位)を世界に隠し通したまま、最大の同盟国に「天文学的な恩」を売ることに成功した。

一方、泥沼の欧州戦線とは無縁の極東(中国大陸)では、長きにわたって君臨した清朝が崩壊し、新たな戦乱の時代が幕を開けようとしていた。

帝国政府は、この混乱に乗じて、自らの「絶対的防波堤(満州)」を盤石なものにするための次なる一手を打ち始める。

(第四章 第六話 完)


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