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25.火薬庫の欧州

海洋帝国日本史 

第四章:世界大戦と双頭の鷲(1900〜1918)


第四話:火薬庫の欧州(1910年代前半)

1.帝都ロンドンの日章旗――欧州の最前線拠点

1910年代初頭。霧の都・ロンドン。

世界の富の半分を支配すると豪語した大英帝国の首都は、ヴィクトリア朝からエドワード朝へと移行し、その栄華の絶頂にあった。

その金融の中心地「シティ」には、英国のロスチャイルドやベアリングスといった名門銀行と肩を並べるように、近代的な石造りの巨大ビルがいくつもそびえ立っていた。

玄関には、三つの菱形や、丸に井桁のマークが金文字で刻まれている。

三菱商事、三井物産、横浜正金銀行のロンドン欧州総局である。

「ミスター・イワサキ。この南アフリカの金鉱山の権益ですが、貴社と我々で折半というのはいかがかな」

「悪くないお話です、サー・エドワード。しかし、極東への輸送保険は我が東京海上にかけていただきますよ」

高級クラブの葉巻の煙の中で、英国の資本家と日本の財閥幹部たちが、チェスを打つように世界の富を分割していた。

日本帝国は、欧州の拠点をかつての恩師であるオランダ(アムステルダム)ではなく、同盟国であるイギリス(ロンドン)に集約していた。オランダとは長年の友好関係を維持し、東インド(インドネシア)の石油権益などを通じて互恵関係にあったが、世界の情報を吸い上げる「ハブ」としては、やはり大英帝国の中枢が最適だったのである。

ロンドンに集結した日系企業は、英国企業と激しく競り合いながらも、技術提携を通じて次々と技術革新を起こしていた。

英国の蒸気タービン技術と、日本の軽量な特殊鋼が組み合わさり、より高速な船舶が生まれる。この「競争と協調」こそが、第二次日英同盟の真の果実であった。

ロンドンの日本帝国大使館。

特命全権大使は、窓からシティの街並みを見下ろしながら、情報総局から派遣された駐在武官に語りかけた。

「英国は豊かだ。だが、その豊かさは中国(清朝)の阿片貿易や、インドの搾取という『細い糸』の上に成り立っている。……彼らは、海の向こうから迫る新しい影に酷く怯えている」



2.鉄と血の新興帝国――ドイツの野望

英国が怯える影。それは、北海を挟んだ対岸で不気味に膨張を続けるドイツ帝国であった。

ベルリンの宮殿。

カイザー(皇帝)ヴィルヘルム2世は、軍服の胸に輝く無数の勲章を誇らしげに鳴らしながら、巨大な世界地図を見上げていた。

「我がドイツは、陸では最強だ。しかし、世界を見渡せば、美味しい土地はすべてイギリスとフランス、そして日本に食い荒らされている。我々にも『太陽の当たる場所』が必要なのだ!」

ドイツは、ビスマルク時代に蓄積した工業力と科学力(化学や重工業)を背景に、強烈な拡張主義(世界政策)へと転換していた。

彼らは巨大な戦艦を次々と建造し、英国の制海権を脅かした。さらに、中東への「3B政策(ベルリン・ビザンチウム・バグダード鉄道)」を推し進め、英国の「3C政策」と真っ向から衝突していた。

そして、ドイツの触手は極東にも伸びていた。

「清朝の**袁世凱えんせいがい**に、クルップ砲と軍事顧問団を送れ。イギリスや日本が中国を完全に飲み込む前に、我がドイツの勢力圏(青島などを拠点とした利権)を死守するのだ」

ドイツは、オーストリア=ハンガリー帝国、イタリア王国と共に**「三国同盟」**を形成し、ヨーロッパの中央に巨大な鉄の楔を打ち込んでいた。



3.復讐のパリと、地中海の夢

ドイツの膨張を最も恐れ、そして憎悪していたのは、隣国フランスであった。

パリ、オルセー河岸の外務省。

フランスの政治家たちは、普仏戦争(1870-1871)で奪われたアルザス・ロレーヌ地方の喪失を一日たりとも忘れたことはなかった。

「憎きドイツを東西から挟み撃ちにするのだ」

フランスは、かつての敵であるイギリス、そしてロシア帝国と手を結び、**「三国協商」**という包囲網を完成させた。

しかし、彼らの軍備は「防御」ではなく「エラン・ヴィタール(生命の飛躍/精神力による銃剣突撃)」という前時代的な攻撃思想に支配されており、それが後に凄惨な塹壕戦の悲劇を生むことになる。

一方、南ヨーロッパ。

イタリア王国は、三国同盟に加わりながらも、オーストリアとの間に「未回収のイタリア」という領土問題を抱え、日見見ひよりみの態度をとっていた。

「古代ローマのように、地中海を再び我々のマーレ・ノストルムにするのだ」という夢想を抱きながら、勝馬に乗る機会を窺っている。

そしてスペインは、アメリカとの戦争(米西戦争)でキューバやフィリピンを失い、完全に帝国主義のレースから脱落していた。マドリードの宮廷では、かつて中南米からガレオン船で金銀を運んでいた栄光の時代を懐かしむばかりで、国際社会への影響力は皆無に等しかった。



4.凍れる巨人の内憂――ロマノフ朝の黄昏

日本帝国にとって最大の仮想敵国であったロシア帝国は、外に向かって吠える余裕を失っていた。

サンクトペテルブルクの冬宮。

皇帝ニコライ2世は、重度の疲労と心労に苛まれていた。

日露戦争での敗北は、単に極東の領土(樺太や満州の権益)を失っただけでなく、皇帝の「神聖なる権威」を根底から破壊していた。

「陛下。各地で労働者のストライキが頻発しております。ボリシェヴィキ(共産主義者)どもが、密かに武器を集めているとの報告も」

秘密警察オフラーナの長官が報告するが、ニコライ2世の耳には入っていなかった。

彼の関心は、血友病を患う皇太子アレクセイの命と、その治療にあたる怪僧グリゴリー・ラスプーチンの神がかり的な言葉にのみ向けられていた。

「ラスプーチンは言った。戦争をしてはならない、と。ロシアが再び戦争に巻き込まれれば、ロマノフ家は滅びる、と……」

宮廷は腐敗し、貴族たちは陰謀に明け暮れている。

このロシアの惨状を、ロンドンの日本大使館経由で最も正確に把握していたのが、秘密情報部であった。

「ロシアの屋台骨はシロアリに食い尽くされている。外部から一撃を加えれば、必ず倒壊する」

秘密情報部は、ロシア国内の反政府組織にパイプを維持しつつ、いつでもシベリアへ介入できるよう、緻密な内情調査コンティンジェンシープランを進めていた。



5.双頭の鷲の苦悩――オーストリア=ハンガリー帝国

ヨーロッパの中心、ウィーン。

オーストリア=ハンガリー帝国は、かつての神聖ローマ帝国の系譜を継ぐ、美しくも老いた大国であった。

ハプスブルク家の老帝フランツ・ヨーゼフ1世は、広大だが「多民族」という爆弾を抱えた帝国を、彼個人の威信だけで辛うじて一つにまとめ上げていた。

ドイツ系、ハンガリー系、チェコ系、クロアチア系……。

「我が帝国は、諸民族のモザイクだ。一つでも石が欠ければ、全てが崩れ去る」

実は、日本帝国とオーストリア皇室の関係は、意外なほど良好であった。

日本が近代化の過程で、西洋の音楽や医学を積極的に導入した際、ウィーンの宮廷は数多くの指導者を日本へ派遣していた。また、老帝フランツ・ヨーゼフは、極東でロシアを打ち破り、君主制を強固に保つ日本の「将軍」と「天皇」のシステムに深い敬意を抱いていた。

ウィーンの日本大使館では、たびたびオーストリアの貴族たちを招いた夜会が開かれ、ウィンナー・ワルツと日本の絹織物が華やかに交錯していた。

「日本帝国の皆様。願わくば、この古き良きヨーロッパの秩序が、永遠に続くことを祈って乾杯しましょう」

オーストリアの外交官は、シャンパングラスを掲げた。

しかし、彼らの笑顔の裏には、帝国南部――バルカン半島から聞こえてくる不気味な地鳴りへの恐怖が張り付いていた。



6.ヨーロッパの火薬庫――バルカン半島

オーストリアが最も恐れていたもの。

それは、帝国の南に位置するバルカン半島の民族主義であった。

かつてこの地を支配していたオスマン帝国が衰退するにつれ、バルカン半島は「権力の真空地帯」となった。

そこへ、南下政策を諦めきれないロシアが「汎スラブ主義(スラブ民族の団結)」を掲げて介入。

対するオーストリアは、「汎ゲルマン主義」を掲げてドイツと共にこれに対抗した。

特に、ロシアの支援を受けた小国セルビアは、オーストリア領内に住む南スラブボスニアなどの独立を激しく煽り立てていた。

「オーストリアの支配を打ち破れ! 大セルビア王国を建設するのだ!」

セルビアの過激派組織「黒手組ブラック・ハンド」の青年たちは、暗い地下室で暗殺の計画を練っていた。

バルカン半島は、無数の導火線が絡み合った**「火薬庫」**と化していた。

問題は、これらの導火線が、「三国同盟」と「三国協商」という巨大な爆弾に直結していることであった。

セルビアで火が起きれば、ロシアが動く。ロシアが動けば、ドイツが動く。ドイツが動けば、フランスとイギリスが動く。

誰も、世界を巻き込む全面戦争など望んでいなかった。

皆、「局地的な威嚇」で相手が引き下がると信じていた。

その「計算違い」こそが、人類最大の悲劇の幕開けであった。



7.エピローグ――時計の針は止まらない

1914年、初夏。

ロンドンの日本帝国大使館。

情報総局の駐在武官は、ウィーンとサンクトペテルブルクから送られてきた暗号電文を解読し、重い溜息をついた。

「駄目だ。ヨーロッパの連中は、全員が『相手がブレーキを踏む』と思い込んで、アクセルをベタ踏みしている」

特命全権大使は、窓の外の平和なロンドンの街並みを見つめた。

二階建てバスが走り、シルクハットの紳士たちが新聞を片手に歩いている。

この繁栄の頂点にある文明社会が、あと数ヶ月で、泥と血にまみれた地獄に変わるとは、誰も想像すらしていない。

「大使。オーストリアの皇位継承者、フランツ・フェルディナント大公夫妻が、ボスニアの州都サラエボへ視察に向かわれました」

武官の報告に、大使は静かに目を閉じた。

「……立川(統合参謀本部)へ打電しろ」

大使の声は、冷たく、感情を押し殺していた。

「『欧州の火薬庫に、火が放たれるのは時間の問題なり。帝国は、同盟国・英国の参戦に備え、ただちに海軍の出撃準備を整えられたし』……とな」

1914年6月28日。

サラエボの街角に、二発の銃声が鳴り響く。

それは、19世紀という古き良き時代の終焉を告げ、数千万人の命を飲み込む「鉄と嵐の世紀」を起動させる、破滅の号砲であった。

(第四章 第四話 完)



「三国同盟」と「三国協商」という複雑な対立構造、それぞれの国の内情(野望と恐怖)、そして日本の最前線であるロンドンの姿を対比させながら、サラエボ事件という歴史的爆発へのカウントダウンを描き出しました。 by GEMINI

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三国干渉がないのにプロシアが青島に権益を持っている経緯が知りたいです
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