22.太平洋の境界線
海洋帝国日本史
第四章:世界大戦と双頭の鷲(1898〜1905)
第一話:太平洋の境界線
1.海軍次官の焦燥――1897年、ワシントンD.C.
1897年。アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.。
海軍省の一室で、次官のセオドア・ルーズベルトは、机に広げられた巨大な太平洋の海図を憎々しげに見下ろしていた。
「息が詰まる。我が国は、このままでは北米大陸という檻に閉じ込められたまま窒息死するぞ」
ルーズベルトは、アルフレッド・マハン大佐の著書『海上権力史論』を信奉する熱烈な拡張主義者であった。大国となるためには、強大な海軍力と、それを支える海外の補給拠点(石炭補給港)が不可欠である。
しかし、海図を見れば見るほど、彼の全身から冷や汗が噴き出した。
二年前の1895年。極東において歴史を覆す大事件が起きた。「日露戦争」である。
有色人種の島国である日本帝国が、白人の超大国ロシアをわずか一年で完全に叩き潰したのだ。
海図の西半分――日本列島から台湾、千島、そしてマリアナ諸島(大宮島/グアムを含む)、赤道を越えて広大な豪州に至るまで。そこはすでに「ジャパン・ブルー(濃紺)」に塗りつぶされた、海洋帝国日本の絶対的な縄張り(パックス・ジャポニカ)となっていた。
「ジャップどもめ……。我々が内戦(南北戦争)で身内同士で撃ち合っている間に、太平洋の『飛び石』を全て拾い集めおった。このままでは、アメリカはアジアという巨大市場から完全に締め出される!」
ルーズベルトは机を強く叩いた。
西へ進まなければならない。しかし、海にはすでに巨大な龍がとぐろを巻いている。彼らがこれ以上防衛線を東へ広げる前に、何としてもアメリカの「杭」を太平洋に打ち込まねばならない。
「大統領を説得する。まずは、ハワイだ」
ルーズベルトは、海図の真ん中に浮かぶ諸島を太いペンで丸く囲んだ。
「あの太平洋の十字路を落とさねば、我が国の艦隊は西へ進むことすらできない。何が何でも、我々のものにするのだ」
2.イオラニ宮殿の落日――ハワイの誇り砕け散る時
ルーズベルトの強硬な根回しと、現地のアメリカ系農場主たちの暗躍により、歴史は残酷な速度で動いた。
1898年初頭。ハワイ王国首都ホノルル。
白亜のイオラニ宮殿の奥室で、ハワイ王国最後の君主・リリウオカラニ女王は、窓の外を取り囲むアメリカ海兵隊の銃剣を、静かに、しかし燃えるような瞳で見つめていた。
「女王陛下。もはや決断の時です」
彼女の前に立つのは、サンフォード・ドールをはじめとするアメリカ系移民(砂糖プランテーション農場主)たちで構成された「公安委員会」の面々である。
彼らは、アメリカ合衆国への併合を求め、本国の海兵隊を引き込んでクーデターを起こしたのだ。
「私に、王位を退き、この美しい島々をあなた方の国に売り渡せと?」
リリウオカラニの低く威厳のある声が、部屋に響いた。
「売り渡すのではありません。文明化された偉大なる合衆国の一部となるのです。ハワイの民にとっても、それが幸福というものです」
ドールは白々しく言い放った。
女王は、彼らの言葉の裏にある「貪欲」を正確に見抜いていた。
彼らが欲しいのは、ハワイの民の幸福ではない。莫大な利益を生む砂糖と、太平洋艦隊の拠点となる真珠湾である。
「……あなた方の語る『自由』や『民主主義』からは、酷く甘ったるい血の匂いがします」
女王は立ち上がり、ドールたちを真っ向から見据えた。
「数年前、日本帝国の巡洋艦が親善で訪れた時、彼らの提督は我が国の王統に敬意を払い、対等な友人として接してくれました。あなた方は違う。客として上がり込みながら、主人の喉元にナイフを突き立てている」
ドールは顔をしかめた。
「日本の話など関係ありません。今、この宮殿を取り囲んでいるのは星条旗です。抵抗なされば、陛下の愛する民の血が流れることになりますぞ」
それが、決定的な一言だった。
リリウオカラニは、自身の誇りよりも、ハワイの民の命を選んだ。彼女は、王国の軍隊に武装解除を命じる書類に、震える手で署名した。
「私は退位します。しかし、これは武力による強奪です。合衆国政府の良心が、いつかこの不正を正すことを信じて」
ペンを置いた瞬間、女王の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、カメハメハ大王から続いた誇り高きポリネシアの王国の、事実上の死を意味していた。
ハワイの民は、自らの国歌を歌うことを禁じられ、星条旗の下で二等市民としての扱いを受けることになったのである。
3.義勇騎兵隊と沈みゆく無敵艦隊――米西戦争
ハワイを手に入れたアメリカは、間髪入れずに次なる標的へ牙を剥いた。
斜陽の老帝国・スペインが支配する、カリブ海の「キューバ」と、太平洋の「フィリピン」である。
1898年2月。ハバナ湾に停泊していたアメリカの戦艦「メイン号」が原因不明の爆発を起こし沈没した。
「リメンバー・ザ・メイン! スペインを地獄へ送れ!」
アメリカのイエロー・ジャーナリズム(扇情主義的な新聞)は、これをスペインのテロだと断定し、国民の好戦気分を異常なまでに煽り立てた。
海軍次官という安全なポストを辞し、自ら義勇騎兵隊**「ラフ・ライダーズ(荒くれ騎兵隊)」**を組織したセオドア・ルーズベルトは、陸軍中佐としてキューバの灼熱のジャングルに立っていた。
「突撃だ! 星条旗をあの丘に立てろ!」
サンフアン・ヒルの戦い。
待ち受けるスペイン軍は、旧式とはいえ、優秀な「モーゼル連発銃」を装備し、高台から正確な射撃を浴びせてきた。
バン! バン!
アメリカ兵が次々と倒れる。彼らの多くは、煙の出る旧式の黒色火薬を使用しており、撃つたびに自らの位置を暴露していた。
「怯むな! 数の力で押し潰せ!」
ルーズベルトは、弾雨の中をサーベルを振りかざして突進した。彼の眼鏡は汗で曇り、軍服は泥と血にまみれていたが、その顔には狂気じみた高揚感が浮かんでいた。
スペイン軍は勇敢に戦った。祖国の栄光を守るため、彼らは最後の一兵まで陣地に留まった。
しかし、本国からの補給は絶たれ、弾薬も食料も尽き果てていた。
「これが、我ら帝国の終わりか……」
スペインの将校は、弾切れの銃を握りしめながら、無数の星条旗が丘を駆け上がってくるのを見て絶望し、静かに目を閉じた。
時を同じくして、太平洋・マニラ湾。
アメリカ・アジア艦隊のデューイ提督は、スペイン太平洋艦隊を急襲した。
木造艦主体で、まともな大砲すら積んでいないスペイン艦隊に対し、アメリカの最新鋭鋼鉄巡洋艦群は、まるで標的演習のように砲弾を浴びせた。
スペインのモンテーホ提督は、炎上する旗艦の甲板で立ち尽くしていた。
「我ら無敵艦隊の末裔が、新大陸の成り上がり者どもにこうもあっけなく沈められるとは……」
誇り高きスペインの威信は、カリブの丘とマニラの海で、完全に息の根を止められたのである。
4.パリ条約とルーズベルトの絶望
1898年12月、パリ条約締結。
アメリカはスペインから、プエルトリコとフィリピンを買い取る形で獲得した。(史実でアメリカ領となるグアム島は、この世界線では日本の「大宮島」であるため含まれない)。
「勝った! これで我々も、アジアに橋頭堡を築いたぞ!」
アメリカ国民は熱狂した。この戦争の英雄となったルーズベルトは、その名声を武器にニューヨーク州知事に当選し、やがて副大統領への階段を駆け上がっていく。
しかし。
戦勝の熱狂から冷め、ワシントンで最新の「太平洋海図」を見つめ直したルーズベルトは、歓喜するどころか、深い絶望と戦慄に襲われていた。
「馬鹿な……。なんだ、この異常な地政学は」
彼の手は小刻みに震えていた。
アメリカはフィリピンを手に入れた。しかし、アメリカ西海岸からハワイを経由し、フィリピン(マニラ)へ至る「補給線」の中間地点には、何もなかった。
その代わり、フィリピンの東側には、小笠原、大宮島、サイパン、テニアン、トラック諸島といった日本の「不沈空母(絶対国防圏)」が無数に点在している。
「飛び石がない! ハワイからマニラまで、五千マイルもの距離を無補給で渡れというのか!? しかも、日本のど真ん中を突っ切って!」
ルーズベルトは、自分たちが手に入れたフィリピンが、日本の広大な版図の中にポツンと取り残された「孤島」であり、有事の際には完全に補給を断たれ、瞬時に日本軍にすり潰される「死地」であることに気づいたのである。
「我々は、自ら虎の檻の中に手を突っ込んでしまったのか……」
ルーズベルトの心に、日本帝国に対する抜き差しならない「恐怖」が刻み込まれた瞬間であった。
5.棍棒外交と大白艦隊
1901年。マッキンリー大統領の暗殺により、副大統領であったルーズベルトが第26代大統領に昇格する。
彼は、アメリカの脆弱な戦略的立場を覆すため、強烈な拡張政策(棍棒外交)に打って出た。
「大西洋の艦隊を、いざという時に太平洋へ即座に回航できねば、我が国は日本に敗れる」
彼はコロンビアからパナマを独立(という名の切り取り)させ、強引に**「パナマ運河」**の建設を開始した。
さらに、国内では「黄禍論」が吹き荒れ、日本人移民への排斥運動が激化していた。
1905年。
ルーズベルトは、アメリカの威信を世界に示し、同時に日本へ強烈な警告を発するため、前代未聞のデモンストレーションを実行する。
最新鋭の戦艦16隻からなる**「大白艦隊」**の世界一周航海である。
白く塗り上げられたこの巨大な艦隊は、「アメリカは世界のどこへでも、最強の暴力を投射できる」というメッセージを帯びて、大西洋から太平洋へと進み始めた。
6.東京の冷徹なる視線――「漸減邀撃」の誕生
1908年(明治四十一年)、秋。
アメリカの大白艦隊は、日本政府の「招待」を受け、横浜港に入港した。
「見事な艦隊ですね。白塗りで、まるで平和の使者のようです」
東京の首相官邸。
第17代将軍・徳川家正は、窓辺でワイングラスを傾けながら、同席した外務大臣・小村寿太郎と、海軍大臣・山本権兵衛に語りかけた。
「上様。あれは平和の使者などではありません。『吠える犬』です」
小村寿太郎は、かつてハルビンでロシアを屈服させた時と同じ、氷のような目で言った。
「アメリカは、我が軍の存在に震え上がっております。あれは、恐怖の裏返しによる威嚇に過ぎません」
山本権兵衛が重々しく頷く。
「その通りです。連中は我が国への寄港を求めましたが、その実、我が帝国の港湾施設や、迎え撃つ海軍の練度を探りに来たのでしょう。……しかし、こちらも同じことです」
横浜港では、日米の親善祝賀会が華やかに開かれ、アメリカの将校たちは日本の芸者や料亭の歓待に酔いしれていた。
だが、その裏で、帝国軍統合参謀本部・諜報総局の海軍将校たちと、帝国理工院の技術官僚たちは、血走った目でアメリカの戦艦群を舐め回すように観察していた。
「主砲の口径は12インチ。装甲の厚さは我が国の『三笠』級と同等か、やや薄い」
「石炭の積載量とボイラーの効率は悪くないが、太平洋を無補給で横断する能力はないな」
「ダメージコントロール(防火区画)の設計が甘い。榴弾を撃ち込めば容易に炎上するぞ」
アメリカ軍の将校たちが良い気分で酔っ払っている間に、彼らの最新鋭艦の弱点は丸裸にされ、東京の海軍省へと送られていた。
大白艦隊が日本を去った後。
海軍省の地下深く、軍令部作戦室。
山本権兵衛、そして実務のトップである秋山真之が、巨大な太平洋の海図を前に立っていた。
「アメリカは、我々を恐れている」
秋山は、静かに言った。
「だからこそ、あのような派手な艦隊を見せつけに来たのです。しかし、国力(工業力)の差は認めざるを得ません。現在の鉄の生産量は、すでに我が国を上回りつつあります。二十年後、彼らが本気で建艦競争を挑んできた場合、どうなるか」
秋山は、海図上のハワイとフィリピンを指差した。
「時間を稼ぐしかありません。彼らが太平洋を渡ってくるには、ハワイからフィリピンへの長大な補給線が必要です。我々は、南洋のマリアナやトラックの島々を『不沈空母(要塞化された拠点)』とし、アメリカ艦隊を太平洋の真ん中で待ち伏せ、削り取る戦術を完成させる必要があります」
これが、後に太平洋戦争の基本ドクトリンとなる**「漸減邀撃戦」**の誕生であった。
「太平洋は、二つの巨竜が泳ぐには狭すぎる」
7.【歴史の窓】明白なる運命 vs パックス・ジャポニカ
19世紀から20世紀にかけて、太平洋を挟んで対峙した二つの大国には、根本的な「思想の対立」があった。
アメリカ合衆国の**「明白なる運命」**。
彼らは自らを「神に選ばれた特別な国家」と信じ、自分たちの文明(民主主義とプロテスタント的価値観)を他国へ押し付けることが「善」であると疑わなかった。ハワイの併合やフィリピンの占領も、彼らに言わせれば「未開の民への教化」であった。
一方、日本帝国の**「パックス・ジャポニカ」**。
帝国は、他国を自国の思想で染め上げようという宗教的・イデオロギー的な使命感を持っていなかった。あるのは、冷徹なまでの「秩序の維持」と「国益の最大化」である。
将軍と天皇という絶対的な権威を戴きつつも、統治においては現地の文化や宗教を許容し、インフラと経済を整備して「帝国に益する共栄圏」を築く。
「お節介な偽善者」と、「冷徹な覇王(日本)」。
この二つの原理は、太平洋という一つの海を共有するには、あまりにも水と油であった。
8.エピローグ――十九世紀の落日と、新世紀の足音
1900年代。人類は、一つの巨大な時代の境界線を越えようとしていた。
「石炭と鉄」、そして「蒸気」が支配した19世紀は終わりを告げ、「石油と電気」、そして「総力戦」という未知の化け物が目を覚ます20世紀が幕を開けたのである。
アメリカの白き艦隊が日本を去った後。
太平洋には、束の間の、しかしひどく張り詰めた静寂が訪れた。
ワシントンでは、ルーズベルトの後を継いだ指導者たちが、対日戦争計画**「オレンジ計画」**の策定に本格的に着手し始めた。
東京では、帝国政府がアメリカを第一仮想敵国と定め、八八艦隊(戦艦8隻、巡洋戦艦8隻)の巨大建艦計画をスタートさせた。
大西洋の覇者である大英帝国が、ヨーロッパの覇権争い(対ドイツ)に釘付けになる中。
極東と新大陸の緊張が高まり、世界の火薬庫は、全く別の場所――ヨーロッパのバルカン半島で、静かに、そして確実に臨界点に達しようとしていた。
誰もが予想しなかった、人類史上最悪の殺戮の連鎖。
**「第一次世界大戦」**の足音が、そこまで迫っていたのである。
(第四章 第一話 完)




