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16.帝国のエンジン

# 海洋帝国日本史 第三章:覇権への鉄路


## 第三話:帝国のエンジン(1870年代後半〜1880年代)


### 1.鬼の棲む霞が関――内務卿・土方歳三


明治十年(1877年)。

東京・霞が関。赤レンガ造りの重厚な庁舎が完成していた。

その正門には「内務省」の看板が掲げられ、黒い制服にサーベルを吊った警邏隊ポリスが直立不動で警備に当たっている。


内務卿執務室。

ここには、常に冷気のような張り詰めた空気が漂っていた。

書類の山を前に、一人の男がペンを走らせている。洋装のフロックコートを着ているが、その背筋は日本刀のように伸び、眼光は鋭い。



初代内務卿、**土方歳三**である。


「……遅い」

土方が低く呟くと、控えていた局長たちが震え上がった。

「電信線の敷設工事だ。東京から下関まで、予定より三日遅れている。現場監督は誰だ? 切腹させろとは言わんが、明日から北海道の開墾へ回せ」


土方にとって、国家建設は「いくさ」であった。

彼は、かつて新選組で培った鉄の規律(局中法度)を、巨大官庁である内務省に持ち込んだ。

『一、職務怠慢ナル者ハ罷免』

『一、賄賂ヲ受ケ取リシ者ハ厳罰』

『一、民ヲ不当ニ扱ウ者ハ処分』


彼の号令一下、内務省建設局は不眠不休で道路を切り開き、橋を架けた。

「道は血管だ。血が流れねば、国という体は動かん」

土方の指揮は、単なる強権的なものではなかった。彼は現場を愛した。泥まみれになって働く工夫たちには自ら酒を振る舞い、逆にふんぞり返る役人には容赦なく雷を落とした。

国民は、この怖くて頼もしい内務卿を**「霞が関の鬼」**と呼び、畏敬した。


### 2.からくり儀右衛門と東芝の挑戦


土方が「血管(道路)」を作れば、「神経(通信)」を作る男たちがいた。

東京・芝浦。

ここに、幕府の全面支援を受けた巨大工場**「東京芝浦製作所(後の東芝)」**が産声を上げていた。


所長を務めるのは、御年80に手が届こうかという老発明家、**田中久重(通称:からくり儀右衛門)**である。

彼は、政府からの特命を受けていた。

『欧州と南洋を繋ぐ、独自の電信機を開発せよ』


当時、電信技術は英国の独壇場であり、日本も高額な英国製を輸入していた。しかし、外務卿の岩瀬忠震は、これに異を唱えた。

「通信を他国に握られるのは、喉元を預けるに等しい。多少不格好でもよい。国産で作れ」


田中久重は、幕府理工研究所(後の国防技術研究所)の若き技術者たちを率いて、不眠不休の研究を続けた。

そして明治十二年(1879年)、ついに**「田中式一号電信機」**が完成する。

それは、英国製のコピーではない。漢字とカタカナを効率よく送信できる、日本独自のドラム式送信機であった。


「動いた……! 文字が、飛んだぞ!」

実験室での成功を見届けた久重は、シワだらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。

「これで、江戸の将軍様の声が、瞬きする間にシドニーへ届くわい」


東芝はその後、電話機、発電機、そして軍用の無線機へと事業を拡大し、帝国の「技術的独立」を象徴する企業へと成長していく。


### 3.鉄の動脈――渋沢栄一と帝国国営鉄道(帝鉄)


陸の移動革命もまた、凄まじい速度で進行していた。

これを指揮したのは、かつて一橋家の家臣であり、今は大蔵省を経て実業界の父となった**渋沢栄一**である。


彼は、政府と民間が出資する特殊法人**「帝国国営鉄道(帝鉄)」**の初代総裁に就任していた。

渋沢の目の前にある地図は、日本列島だけではない。

豪州大陸オーストラリアの広大な荒野が含まれていた。


「豪州の羊毛と鉄鉱石を、港まで運ぶのに馬車では日が暮れる。……大陸横断鉄道を敷く」

それは、国家予算の数倍にも及ぶ壮大なプロジェクトであった。

渋沢は、持ち前の「合本主義(資本を広く集める思想)」に基づき、三井、三菱、そして英国の投資家から資金を調達した。


**「大豪州縦貫鉄道(Great Australian Railway)」**。

北湾ダーウィンから内陸の砂漠を突き抜け、南岸の西寧パース志度新シドニーへと至る鉄路。

建設現場は過酷を極めた。50度を超える熱波、砂嵐。

しかし、日本の鉄道工夫たち(多くは失職した元武士や、一攫千金を夢見る次男坊)は、黙々とレールを敷き続けた。


明治十五年(1882年)、ついに全線開通。

一番列車が、赤い大地を切り裂いて走った時、渋沢はロンドンの投資家に向けて電報を打った。

『帝国の血流、ここに完成せり。投資への配当は、期待されたし』


これにより、豪州内陸部の資源開発が一気に加速し、日本帝国の工業力は飛躍的に増大した。


### 4.六大財閥――世界を飲み込む「商社」たち


1880年代に入ると、政府の保護の下で成長した政商たちは、巨大なコンツェルン(財閥)へと変貌を遂げていた。

彼らはそれぞれの得意分野を持ち、帝国の経済を分割支配していた。


1. **徳川財閥(旧・徳川興産):**

* **得意分野:** 軍需、航空(気球・飛行船)、先端科学。

* **特徴:** 将軍家の威光を背負う最大手。国家機密に関わる兵器生産を一手に担う「影の政府」。



2. **三井財閥:**

* **得意分野:** 商業、物流、金融。

* **特徴:** 「三井物産」は世界中に支店を持ち、南洋の砂糖から欧州の機械まで、あらゆるものを扱う。



3. **三菱財閥:**

* **得意分野:** 海運、造船。

* **特徴:** 岩崎弥太郎率いる「海の王者」。日本郵船と三菱重工を擁し、世界最強の商船団を動かす。



4. **住友財閥:**

* **得意分野:** 鉱山、製錬、化学。

* **特徴:** 豪州の銅山・鉄山を支配し、帝国の重工業に素材を供給する。



5. **安田財閥:**

* **得意分野:** 銀行、保険。

* **特徴:** 「安田銀行」は堅実経営で知られ、国家プロジェクトの資金調達(国債引き受け)を担う。



6. **川崎財閥:**

* **得意分野:** 車両、造船、製鉄。

* **特徴:** 神戸を拠点に、鉄道車両や鉄橋を作る。「鉄の川崎」としてインフラ整備に貢献。




そして、これらを調整し、新たな産業(電力・ガス)を育てるのが、**渋沢財閥**(インフラ・公益事業)であった。

彼らは競い合いながらも、対外的には「日の丸」の下で団結し、欧米の資本と激しいシェア争いを繰り広げた。


### 5.知の溶鉱炉――帝国理工院


技術と産業が発展すれば、それを支える「頭脳」が必要になる。

東京・本郷。

かつての幕府天文方や蕃書調所の流れを汲む、最高学府**「帝国理工院(Imperial Institute of Technology)」**が開校した。


ここは、身分を問わない実力主義の牙城であった。

入学試験は過酷を極め、合格者は「国家の宝」として学費免除と生活費の支給が約束された。


「諸君の頭脳は、諸君のものではない。帝国のものだ」

初代院長・**大村益次郎**(陸軍省から転任)は、入学式でそう言い放った。

「詩や和歌を詠む暇があれば、数式を解け。欧米の技術を盗むのではなく、超えるのだ」


ここでは、物理学、化学、工学だけでなく、地政学や暗号学といった軍事に関する講義も行われた。

卒業生たちは「技官」として、各省庁や財閥、軍の研究所へと送り込まれた。

彼らが開発した「下瀬火薬(新型爆薬)」や「伊集院信管」といった技術が、やがて来る戦争で帝国の勝利を決定づけることになる。


### 6.外務卿・岩瀬忠震の「等距離外交」


経済と技術が唸りを上げる中、外交の舵取りを担っていたのは、外務卿・**岩瀬忠震**である。

彼は、横浜の洋館で、各国の公使たちと連日向き合っていた。


岩瀬の外交スタイルは、**「微笑む氷」**と呼ばれた。

流暢な英語とフランス語を操り、常に穏やかな笑みを絶やさないが、国益に関わる部分では一歩も譲らない。


ある夜の舞踏会。

ロシア公使が、岩瀬にグラスを傾けて囁いた。

「閣下。英国との同盟は結構ですが、あまり深入りすると火傷をしますぞ。我が皇帝は、日本のシベリア鉄道への技術協力に期待しているのですが」


岩瀬は、ワインを一口含んでから答えた。

「光栄なお話です。しかし、我が国の鉄道は南(豪州)へ向かっております。北の凍土には、まだ車輪が合いませんな」

やんわりとした拒絶。しかし、その裏には「お前たちの野心は見抜いている」というメッセージが含まれていた。


岩瀬は、英国との同盟を基軸にしつつも、ドイツからは陸軍の教官を、フランスからは法律顧問を、アメリカからは農業技術を導入した。

「特定の国に依存しない。全ての国の良いとこ取りをする」

このしたたかな外交戦略が、帝国の急成長を支えていた。


### 7.歴史の窓:国家資本主義の先駆け


**【歴史の窓】「日本式経営」の源流**


1880年代の日本帝国の経済成長は、後世の経済学者から「奇跡」と呼ばれる。

同時代の英国が「自由放任レッセフェール」、後のソ連が「計画経済」を採用したのに対し、日本はその中間を行く独特なシステムを作り上げた。


**「指導付き資本主義」**。

政府(大蔵省・内務省)が国家戦略として重点産業を定め、そこに財閥の資金と技術を集中させる。

リスクは国家が負い、利益は民間に分配する。

この方式は、本来なら数十年かかる資本の蓄積を、わずか十年で達成することを可能にした。


その成功の鍵は、内務卿・土方歳三による徹底した「汚職排除」と、渋沢栄一による「道徳経済合一説(論語と算盤)」の普及にあった。

「金儲けは卑しくない。しかし、国を売って儲ける金は汚い」

この倫理観が、急激な成長に伴う腐敗を(完全ではないにせよ)最小限に抑え、国民の納得感を生んでいたのである。


### 8.エピローグ――北へ向く羅針盤


明治十八年(1885年)。

帝国理工院の実験室。

一人の若き研究者が、奇妙な装置を調整していた。

**島津源蔵**(蓄電池の発明者)。

彼は、極寒の地でも作動する新型バッテリーの開発に没頭していた。


「源蔵君、それは何に使うのだ?」

教授の問いに、源蔵は目を輝かせて答えた。

「軍からの依頼です。零下30度の満州やシベリアでも、無線機を動かしたいと」


外務省では岩瀬がロシア公使をあしらい、内務省では土方が国内の治安を固め、財閥は武器と食料を増産している。

帝国の巨大なエンジンは、フル回転を始めていた。

そのエネルギーの全てが、やがて一つの方向――北の大陸へと向けられようとしていた。


朝鮮半島では、海軍情報部の工作員たちが、闇に紛れて火種を撒いている。

「南の楽園」を築き上げた日本帝国は、今、自らの生存を賭けて「北の修羅場」へと足を踏み入れる準備を整えたのである。


(第三話 完)



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