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15.狼たちの食卓

# 海洋帝国日本史 第三章:覇権への鉄路


## 第二話:狼たちの食卓(1870年代前半)


### 1.大英帝国ロンドン――女王陛下の「番犬」にして「金庫番」


1872年、霧の都ロンドン。

世界の富の半分が集まると言われた金融街「シティ」は、空前の好景気に沸いていた。

その中心にあるイングランド銀行の特別応接室で、二人の男が葉巻を燻らせていた。

時の英国首相、**ベンジャミン・ディズレーリ**。そして、ロスチャイルド家の当主である。


「男爵。今、シティで最も信用のある債券は何かね?」

ディズレーリの問いに、金融王は即答した。

「コンソル公債(英国債)。……と言いたいところですが、利回りを考えれば『日本帝国鉄道債』、そして『南洋羊毛証券』でしょうな」


ヴィクトリア朝の絶頂期にある大英帝国にとって、極東の同盟国・日本は、もはや単なる「アジアの友人」という枠を超えていた。

英国の繊維産業を支えているのは、日本の領土である豪州(Goushu)と羊州(Yoshu)から運ばれる最高品質の羊毛である。

そして、インドから香港へ至る「帝国の生命線シーレーン」は、シンガポール以東において、日本海軍のフリゲート艦隊によって護衛されている。


ホワイトホール(官庁街)の外務省執務室。

グランヴィル外相は、極東から届いた報告書に目を通し、満足げに頷いた。


「『東洋のブリテン』か。よく言ったものだ」


報告書には、日本が朝鮮半島へ介入し、ロシアの南下を牽制している様子が記されていた。

英国にとって最大の懸念は、中央アジアにおけるロシアとの「グレート・ゲーム」である。アフガニスタン国境でロシア熊と対峙する英国にとって、極東の背後からロシアを脅かしてくれる日本の存在は、何物にも代えがたい戦略的資産であった。


「しかし、閣下」

若き事務次官が懸念を口にする。

「日本の成長は早すぎます。彼らは蒸気機関を自作し、アームストロング砲すら改良してしまった。いずれ、飼い主の手を噛むのでは?」


グランヴィルは、壁の世界地図を見上げた。

そこには、大西洋を支配するユニオンジャックと、太平洋を支配する日章旗が、地球を二分するように描かれている。


「噛むかもしれん。だが、今はまだその時ではない。ロシアという共通の獲物がいる限り、日本は最高の番犬だ。それに……」

外相はニヤリと笑った。

「彼らの財布(金融)はシティが握っている(思ってるだけの部分もあるし、一部の企業は英国の資本で成り立っている側面もある。)。日本が軍艦を作れば作るほど、ロンドンの銀行家が儲かる仕組みだ。この『金の鎖』は、鉄の鎖よりも強い」


英国は、冷徹な計算の上で日本を愛した。

日本と共に歩むことが、大英帝国の覇権維持コストを劇的に下げる魔法の杖であることを知っていたからである。


### 2.ロシア帝国サンクトペテルブルク――凍れる巨人の焦燥


一方、北の大地。ロシア帝国の首都サンクトペテルブルク。

ネヴァ川のほとりに佇む冬宮殿エルミタージュは、重苦しい沈黙に包まれていた。


皇帝ツァーリ、**アレクサンドル2世**。

彼は執務室の巨大な机に広げられた地図を、憎々しげに見つめていた。


「またしても、出口がない」


ロシア帝国の悲願は「不凍港」である。

クリミア戦争(1853-56)で英仏に敗れ、黒海の出口を塞がれたロシアは、東へと活路を求めた。

シベリアを越え、アムール川を下り、ようやくたどり着いた太平洋。

しかし、そこで彼らを待ち受けていたのは、絶望的な光景だった。


地図上のオホーツク海から日本海にかけて、日本帝国の領土が「鉄の鎖」のように連なっている。

千島列島、北海道、本州、そして朝鮮半島への影響力。

さらに南には、日本が支配する広大な太平洋の島々。


「ウラジオストク(東方を支配せよ)と名付けたが……これでは『袋のネズミ』ではないか」

外相**ゴルチャコフ**が、沈痛な面持ちで進言した。

「陛下。日本は単なる島国ではありません。豪州という大陸を背後に持ち、英国と同盟を結ぶ、海洋の怪物です。極東艦隊の増強だけでは、彼らの海軍には太刀打ちできません」


「では、どうする? このまま氷に閉ざされて死ねと言うのか」


「陸です。海がダメなら、陸を行くのです」

ゴルチャコフは、一本の線を地図に引いた。

モスクワから、シベリアの原野を貫き、満州を通り、旅順、そして朝鮮へと至る線。


**「シベリア鉄道」**。

まだ構想段階に過ぎないこの鉄路こそが、海洋帝国日本に対抗しうる唯一の手段であった。

「英国と日本は、船でしか動けません。我々は、鉄の馬で兵を運ぶのです。数十万の陸軍を極東へ送り込めば、小賢しい猿どもなど踏み潰せます」


アレクサンドル2世の目に、野望の火が灯った。

「よかろう。鉄道を敷け。……だが、それまでの間、日本を刺激するな。奴らの目を南(清国や東南アジア)に向けさせろ」


ロシアは、表面上は日本との友好を保ちつつ(樺太雑居条約など)、その裏で着々とナイフを研ぎ始めていた。

彼らの諜報機関「オフラーナ」は、朝鮮半島北部や満州に浸透し、現地の馬賊や不平分子を金で買収し始めていた。

「冬は必ず終わる。その時こそ、黄色い猿の喉笛を食いちぎってやる」


### 3.フランス共和国(パリ/サイゴン)――傷ついた鷲のプライド


1870年代のフランスは、屈辱の中にあった。

普仏戦争(1870-71)での惨敗。皇帝ナポレオン3世の捕虜化、パリ・コミューンの混乱、そしてアルザス・ロレーヌの喪失。

新生「第三共和政」フランスにとって、失われた国家の威信を取り戻す場所は、海外にしかなかった。


パリ、オルセー河岸の外務省。

大統領**ティエール**は、海軍大臣と地図を囲んでいた。

「ドイツに奪われたライン川の分を、メコン川で取り戻すのだ」


フランスの標的は、インドシナ(ベトナム・カンボジア・ラオス)。

しかし、ここでも彼らは「日本の影」を意識せざるを得なかった。


「日本帝国海軍の動きは?」

「活発です。彼らは台湾を足場に、南シナ海全域に睨みを利かせています。フィリピン海域では、日本の巡洋艦が我が国の商船を頻繁に臨検しております」


フランスにとって、日本は「不可解な巨人」だった。

アロー戦争で共闘した時は、礼儀正しく勇敢なパートナーだった。

しかし、ひとたび海に出れば、彼らは英国以上に厳格に「縄張り」を主張する。


現地サイゴン(現在のホーチミン)。フランス総督府。

駐インドシナ総督は、本国への報告書にこう記している。

『日本人は、太平洋を自国の内庭と考えている。彼らと海で争うのは得策ではない。我々は、大陸(インドシナ半島)へ深く入り込むべきだ』


フランスは、日本との間に暗黙の「棲み分け」を求めた。

**「海は日本、インドシナはフランス」**

フランスは、日本が朝鮮や台湾に注力している隙に、ベトナムへの支配を強め、清国の南淵を脅かそうとしていた。


同時に、フランスの文化人や芸術家たちは、日本の急速な近代化と、失われない伝統美に魅了されていた。

パリ万博に出品された日本の陶磁器や浮世絵は「ジャポニスム」ブームを巻き起こしていた。

「野蛮でありながら洗練されている。サムライとは、東洋の騎士なのだ」

政治的には警戒しつつも、文化的には熱狂する。このアンビバレントな感情が、フランスの対日観の特徴であった。


### 4.ドイツ帝国ベルリン――鉄血宰相の冷徹なまなざし


1871年に誕生した新興国、ドイツ帝国。

ベルリンの参謀本部では、老将**モルトケ**が、東洋から帰国したばかりの観戦武官から報告を受けていた。


「して、日本の軍隊はどうであったか?」

「はッ。海軍は英国式ですが、陸軍は……驚くべきことに、急速に我らプロイセン式を取り入れようとしております」


明治初期、日本陸軍はフランス式を採用していたが、普仏戦争でのプロイセンの勝利を見て、いち早くドイツ式への転換を模索していた(史実通り)。

この「変わり身の早さ」と「実力主義」は、ドイツ人にとって好感の持てるものであった。


宰相官邸。

**オットー・フォン・ビスマルク**は、パイプを片手に、地球儀を回していた。

彼の視線は、欧州のバランス・オブ・パワー(勢力均衡)に釘付けだったが、極東の島国にも重要な役割を見出していた。


「日本は、東洋のプロイセンだ」

ビスマルクはそう評した。

遅れてきた近代国家。強力な君主権。軍事優先の富国強兵。

ドイツと日本は、境遇が似すぎていた。


「英国は日本を番犬だと思っているが、あの犬は狼だ。いずれ飼い主の手を噛む。……その時こそ、我らドイツの出番だ」


ビスマルクの戦略は「誠実なる仲介者」を演じつつ、英露の対立、日露の対立を煽り、ドイツの安全を確保することにあった。

「日本にクルップの大砲を売れ。モーゼルの小銃を売れ。彼らを強くすればするほど、ロシアは東に釘付けになり、欧州正面(ドイツ国境)の圧力は減る」


ドイツは、日本に対して積極的に軍事顧問団を派遣し、医学・法学の知識を提供した。

それは善意ではない。

日本を「対ロシア防波堤」として利用し、あわよくば将来、英国の覇権を崩すためのパートナーとして育成するという、遠大な「リアル・ポリティクス(現実政治)」の一環であった。


### 5.黄昏の小国たち(オランダ・スペイン・ポルトガル)


巨象たちが踊る足元で、かつての海洋覇権国たちは震えていた。


**オランダ(ハーグ/バタヴィア):**

かつての師匠であるオランダは、今や日本の慈悲にすがる存在だった。

「東インド(インドネシア)の石油とゴム。これを日本に優先的に供給する限り、彼らは我々の領土を奪わないだろう」

オランダ商館長は、ジャカルタで日本の南洋総督府からの「要望書(事実上の命令書)」を受け取るたびに、胃を痛めていた。日本がその気になれば、ジャワ島など一週間で制圧できることを、彼らは誰よりも知っていた。


**スペイン(マドリード/マニラ):**

フィリピンを支配するスペインの凋落は明らかだった。

マニラの総督府からは、毎日のように不穏な報告が届く。

「反乱軍の手に、日本製の村田銃が渡っているようです」

日本政府は公式には関与を否定している。しかし、民間の「大陸浪人」ならぬ「南洋浪人」たちが、フィリピン独立運動家ホセ・リサールらと接触しているのは公然の秘密だった。

「日本という太陽が近づきすぎて、我々の蝋の翼は溶けそうだ」


### 6.総括:1870年代の世界地図


こうして、1870年代の世界は、日本帝国を一つの「定数」として組み込んだシステムへと移行していた。


* **英国:** 「最強のパートナー」として利用し、共にロシアを封じ込める。

* **ロシア:** 「不倶戴天の敵」として憎悪し、陸路(鉄道)での逆転を狙う。

* **フランス:** 「棲み分け」を図り、大陸インドシナでの利権確保に走る。

* **ドイツ:** 「将来のジョーカー」として期待し、軍事的に育成する。


東京・霞が関の外務省。

外務卿・岩瀬忠震は、各国からの公電の山に埋もれながら、初代内閣総理大臣・小栗忠順に語った。


「総理。世界中が我々を見ています。友として、敵として、あるいは餌として」

小栗は、冷徹な目で窓の外、建設中のレンガ街を見下ろした。

「構わん。利用できるものは利用し、排除すべきものは排除する。……狼たちの食卓に座る以上、羊肉になるわけにはいかんのだ。我々自身が、最も獰猛な狼であらねばな」


帝国は知っていた。

この平和で華やかな外交ダンスの裏側で、次の戦争の火種――シベリアの鉄路、朝鮮の飢餓、満州の権益――が、チリチリと燃え始めていることを。


(第二話 完)


欧州の現状です。大枠には変化ないですが日英同盟や日本の存在感で少しだけ影響が及んでいます。

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