134.見えない死神と、鋼鉄の雨降る熱砂
# 海洋帝国日本史 第十四章:電脳の夜明けと静かなる侵食
## 第六話:見えない死神と、鋼鉄の雨降る熱砂(1996年2月21日)
### 1.視界外の殺戮――第5世代の恐怖(2月21日 未明)
1996年2月21日。
中東・ペルシャ湾上空の夜明け前。サウジアラビアの制空権を我が物顔で支配していたトルコ空軍の第4.5世代戦闘機**『TA-13』**の大編隊は、次の標的であるアラブ特別県への爆撃ルートを悠々と飛行していた。
「……前日の空戦で、日本帝国の紫電と疾風(第4世代機)は我々の電子戦能力に手も足も出なかった。今日でアラブ特別県の防空網を完全に沈黙させてやる」
トルコ空軍の編隊長は、自機のフェーズドアレイ・レーダーの画面を見つめながら自信に満ちた笑みを浮かべていた。彼らのレーダーには、迎撃に上がってくるはずの帝国空軍の機影など、一つも映っていなかったからだ。
しかし、それが彼らの「最後の思考」となった。
「――こちら帝国空軍・第1特殊戦術航空隊。目標、完全捕捉。ウェポンベイ、オープン。フォックス3(レーダー誘導ミサイル発射)!」
トルコ軍編隊から遥か数十キロ離れた超高高度。レーダー波を完全に吸収・乱反射する平面的なエイのような漆黒の機体、究極の第5世代ステルス戦闘機**『紫電38型』**が、機体内部の兵装庫を開き、無数の最新鋭・長射程空対空ミサイル(AAM)を解き放った。
「な、なんだ!? レーダー警報受信機(RWR)が突然鳴り出したぞ! どこからロックオンされた!?」
トルコのパイロットたちがパニックに陥った時には、すでに遅かった。
紫電38型が放ったミサイル群は、自機のステルス性を維持したまま、データリンクを通じてトルコ機を正確に捕捉し、音速の数倍の速度で殺到した。
「回避しろ! チャフ、フレ――ッ!!」
ドガァァァァンッ!!!
夜空に、次々と巨大なオレンジ色の火球が咲き誇った。
トルコ空軍の誇る第4.5世代機は、敵の姿を視認することはおろか、レーダーに機影を捉えることすらできないまま、はるか遠方の『視界外(BVR:Beyond Visual Range)』から、一方的かつ完璧にフルボッコにされたのである。
紫電38型という「見えない死神」は、冷戦終結後の航空戦の概念を、この日、完全に根底から覆した。
### 2.誇り高き流星――極限のドッグファイト(2月21日 早朝)
ステルス戦闘機による一方的な視界外殺戮の直後。
生き残ったトルコ空軍の一部と、増援として駆けつけたTA-13の別部隊が、怒り狂ってペルシャ湾上空へと殺到した。
「……レーダーに映らないなら、肉眼で捉えて撃ち落とすまでだ! アラブの空に侵入しろ!」
そこに立ち塞がったのは、インド洋から緊急展開してきた帝国海軍・第6空母機動艦隊の誇る、海軍航空隊のエースたちであった。
「……空軍のステルス坊やたちにばかり、良い格好はさせられんな。野郎ども、海鷲の意地を見せてやれ!」
帝国空母の甲板からカタパルトで次々と射出されたのは、美しい後退翼を持つ艦載用第4.5世代戦闘攻撃機**『流星35型』**の飛行隊であった。
流星35型は、純粋な機体性能と電子戦能力において、トルコのTA-13とほぼ「同等、あるいはほんの少し上」というレベルの機体であった。
ステルス機のような一方的な視界外戦闘はできない。ここから先は、パイロットの腕と肝力、そして機体が軋むほどの重力(G)に耐える**『極限のドッグファイト(格闘戦)』**の世界である。
「ヘッドオン(正面衝突軌道)で来るぞ! 散開!」
朝日に照らされたペルシャ湾上空で、数十機の『流星』と『TA-13』が入り乱れ、狂ったような旋回戦を開始した。
「……ロックオン! もらったぁ!」
トルコ機が流星の背後を取り、短距離ミサイルを放つ。しかし、流星を操る海軍パイロットは、機体を限界ギリギリまで横滑りさせる変態的なマニューバ(機動)でミサイルを回避し、強烈な減速で一瞬にしてトルコ機の後ろへと回り込んだ。
「……馬鹿な、なんという機動だ!」
「海風に揉まれて空母に着艦する俺たちの練度を、砂漠の坊っちゃんたちと一緒にすんな!」
帝国海軍航空隊の練度は、冷戦期の過酷な洋上パトロールで鍛え上げられた、まさに世界最高峰であった。
「フォックス2!」
流星35型の翼下から放たれたミサイルが、回避運動の限界を超えて失速したTA-13のエンジンノズルに吸い込まれ、爆散する。
空がミサイルの白煙で幾何学模様に染まり、機関砲の曳光弾が空を切り裂く。
機体の性能差がわずかであっても、操縦桿を握る人間の「空間認識能力」と「Gへの耐性」、そして「チームワーク」が勝敗を完全に分けた。
約1時間に及ぶ激しいドッグファイトの末、海に墜ちていくのは、三日月のマークが描かれたトルコ機ばかりであった。
帝国海軍・流星飛行隊は、その圧倒的な練度をもって、トルコ空軍の精鋭部隊を見事に叩き落とし、アラブ特別県の空の防波堤を完全に死守したのである。
### 3.帝国領侵犯――戦車不在の絶望と鋼鉄の雨(2月21日 昼)
しかし、空の勝利とは裏腹に、地上(砂漠)の戦況は帝国の喉元に冷たい刃を突きつけていた。
サウジアラビアの砂漠を迂回して進軍していたトルコ陸軍の重装甲別動隊が、ついに**『サウジと大日本帝国(アラブ特別県)の国境線』**を物理的に突破し、帝国直轄領内へと侵入を開始したのである。
「……敵戦車部隊、推定200両以上! アブダビ市街地まで、距離わずか150キロ!」
前線の帝国海兵隊から、悲痛な報告が司令部へ入る。
アラブ特別県を防衛する帝国陸軍および海兵隊にとって、事態は極めて絶望的であった。
有事の勃発からわずか1週間。遠く離れた日本本土や南洋州から、鈍重な『主力戦車』を輸送艦で大量に運び込む時間は全くなかったのである。海兵隊の強襲揚陸艦で持ち込めたのは、軽装甲の装輪装甲車と、歩兵用の火器のみであった。
「……生身の歩兵と軽装甲車で、200両の戦車群をどうやって止めろというのだ!」
誰もがアブダビの陥落を覚悟した、その時。
「――ご心配なく。空からの『特大のプレゼント』をお届けします」
アブダビの防衛圏上空に、地鳴りのような重低音を響かせて現れたのは、川崎重工業が威信を賭けて開発した巨大な怪鳥、**『8式重爆撃機』**の大編隊であった。
平時は対艦ミサイルを積んで洋上をパトロールするこの巨大な機体は、その強大なペイロード(兵装搭載量)を限界まで活用し、無数の『クラスター爆弾(広域制圧用の子弾散布爆弾)』を腹の底に抱え込んでいた。
「絨毯爆撃、開始!」
ドゴゴゴゴォォォォンッ!!!
アラブ特別県の砂漠が、文字通り「めくれ上がった」。
8式重爆撃機が投下した無数の爆弾が、トルコ軍の戦車部隊の頭上に鋼鉄の雨となって降り注ぎ、戦車の薄い上面装甲を容赦なくブチ抜いて大爆発を連鎖させた。
「ひぃぃっ! 日本軍の爆撃機だ! 散開しろ!」
パニックに陥り、爆撃の範囲から逃れようと散り散りになったトルコ軍の生き残り戦車。そこに待ち受けていたのは、砂漠の塹壕に身を潜めていた**帝国海兵隊の対戦車歩兵(AT部隊)**であった。
「……よく来たな、狂犬ども。ここから先は、帝国の庭だ!」
歩兵たちが肩に担いだ最新鋭の『対戦車ロケット弾(携行ミサイル)』が一斉に火を噴き、這い出てきたトルコ戦車の履帯と装甲を正確に撃ち抜いてスクラップに変えていく。
主力戦車が1両も存在しないという絶望的な防衛戦でありながら、帝国軍は「8式重爆撃機による面の制圧」と「海兵隊による領域防衛(点での待ち伏せ)」を見事に組み合わせ、侵入したトルコ軍に壊滅的な大打撃を与え、アブダビ市街地への進軍を完全に阻止したのである。
### 4.カタールの盾と、サウジの砂上の楼閣(2月21日 夜)
一方、アブダビの隣、ペルシャ湾に突き出た小国**カタール**の国境線でも、イギリス・カタール連合軍による強固な足止めが続いていた。
トルコ空軍の激しい空爆によってカタールの都市部は火の海となっていたものの、イギリス陸軍のチャレンジャー2戦車部隊は一歩も退かず、トルコ陸軍の別動隊を完全に砂漠に釘付けにしていた。
しかし、その堅い盾の背後で、かつて中東の盟主を気取っていた巨大な王国は、あっけない最期を迎えようとしていた。
**サウジアラビア**である。
臨時首都としていた紅海沿岸の巨大都市**『ジッダ』**に、トルコ陸軍の本隊が怒涛の勢いで迫っていた。
サウジ陸軍は序盤こそ最新兵器(米国製)で粘りを見せたものの、リヤド陥落のショックと、トルコ軍の情け容赦ない火力(ボコボコにされるほどの砲撃)の前に、その士気は完全に崩壊していた。(製品は良くても人がね、、)
「……なぜ、我々が血を流さなければならない? 国王一家は、とっくに安全な海外へ逃げ出しているというのに!」
もともと、サウジアラビアは20世紀に入ってから部族統合によって「出来立てホヤホヤ」で作られた、歴史の浅い王国である。莫大なオイルマネーで国民を養ってはいたものの、国民の間に「命を懸けてこの国(王室)を守る」という強烈なアイデンティティや誇りは育っていなかった。
2月21日、夜。
指揮官が逃亡し、兵士たちが武器を捨てて砂漠へ散っていく中、臨時首都ジッダはトルコ陸軍によって完全占領された。
中東最大の産油国であり、アメリカの強力な友好国であったサウジアラビアは、砂に描かれた楼閣のように、あっけなく地図上から(事実上)消滅したのである。
### 5.打算の欧州と、バルカン反攻(2月21日)
サウジが陥落した同じ日。ヨーロッパのバルカン戦線では、全く異なる「大人の打算」にまみれた反攻作戦が展開されていた。
ブルガリア国境まで押し寄せていたトルコ軍に対し、**ドイツ軍を中心とした欧州国連軍(EU・NATO軍)**が、本格的な軍事介入を開始したのである。
しかし、その作戦は極めて「特異」であった。
「……ドイツ陸軍(戦車部隊)の前進は、ブルガリアの国境線まででストップさせろ。トルコ領内へ無茶な進撃をする必要はない」
ベルリンの総統府で、ドイツの指導部は極めて冷静に計算していた。
「この戦争でトルコを完全に占領したところで、我々には何の『旨味』もない。泥沼のゲリラ戦に付き合わされるだけだ」
ドイツ軍の真の狙いは、**『空軍を中心とした大量の兵器・弾薬の消費』**であった。
「……トルコ軍の拠点を、空から徹底的に爆撃しろ。ミサイルも誘導爆弾も、倉庫が空になるまで撃ち尽くして構わん。……そうすれば、ラインメタル社やクルップ社(ドイツ軍需産業)の工場がフル稼働し、冷戦終結で停滞していた『国内経済』が再び熱狂的に回り始めるからな」
ドイツ軍は、味方の陸軍に出血を強いることなく、空からの圧倒的な火力(爆弾の雨)だけで、ブルガリア国境のトルコ軍を無慈悲に粉砕し、撤退へと追い込んだのである。
さらに、壊滅したギリシャの救援のために、北から**イタリア陸軍、フランス陸軍、オーストリア陸軍**といったヨーロッパ各国の精鋭部隊が、次々とバルカン半島を南下し、ギリシャの防衛線に強固な壁を築きつつあった。
### 6.カフカス暗躍と、ペルシャの猛虎(2月21日〜)
最後に、トルコの北と東の戦線である。
東では、長年の宿敵である**イラン陸軍**が、トルコの東部国境に対して猛烈な波状攻撃を仕掛けていた。
イラン軍は、最新兵器こそ少なかったものの、革命防衛隊の強烈な狂信性と数の暴力によって、トルコ陸軍の主力(数十万規模)を東部戦線に完全に「引き付ける(釘付けにする)」という、極めて重要な役割を果たしていた。
そして、そのイランがトルコの脚を引っ張っている間に、北から巨大なヒグマが静かに南下を開始した。
「……トルコがイランに気を取られている今だ! カフカスを取り戻せ!」
新生**ロシア王国軍(陸軍)**が、カフカス山脈を越えて、トルコの支配下に置かれていたカフカス三国(アルメニア、アゼルバイジャンなど)へ怒涛の侵攻を開始したのである。
さらに、このカフカスの混乱の中で、大英帝国の悪魔の頭脳**『MI6』**が、持ち前の陰湿で完璧な暗躍を行っていた。
「……ロシア軍が来る前に、我々の息のかかった『独立派』を焚きつけろ。カフカスを、トルコとロシアの緩衝地帯(イギリスの傀儡)にするのだ」
MI6のばら撒いた裏金と武器によって、カフカスの各地で親英の独立派が武装蜂起。ロシア軍が到着する前に、いくつかの地域で親西側の「独立政府」をでっち上げることに成功していた。
サウジを制圧し、狂喜乱舞したはずのトルコ連邦共和国。
しかし彼らは、自らが「大日本帝国、イギリス、ドイツ、ロシア、イラン」という、ユーラシア大陸のすべての巨大な獣たちから、逃げ場のない鉄の網(包囲網)に完全に絡め取られていることに、まだ気づいていなかったのであった。
(第十四章 第六話 完)
---




