131.狂犬の電撃戦と、同床異夢の防衛線
# 海洋帝国日本史 第十四章:電脳の夜明けと静かなる侵食
## 第三話:狂犬の電撃戦と、同床異夢の防衛線(1996年2月)
### 1.【閑話】帝国放送協会(NHK)臨時ニュース(1996年2月14日)
*ピロロロロン、ピロロロロン……!*
大日本帝国のお茶の間に、数年前のソビエト崩壊の時と同じ、あの心臓を鷲掴みにするような不吉なチャイムが鳴り響いた。
「――番組の途中ですが、緊急の臨時ニュースを申し上げます」
画面に映し出されたアナウンサーの顔は、かつてないほど蒼白であった。
「本日未明……東地中海におけるギリシャ海軍との偶発的衝突を理由に、**トルコ連邦共和国が、ギリシャおよび大英帝国同盟国であるクウェートに対し、大規模な軍事侵攻を開始**した模様です。外務省は先ほど、中東およびバルカン全域に対し、最高危険度である**『レベル4(退避勧告)』**を発令しました」
「さらに、入ってきた情報によりますと……南米大陸でのブラジル・アルゼンチンの交戦、南アフリカによるモザンビーク侵攻。そして、中華民国(旧南華共和国)のチベット侵攻が、ほぼ同時多発的に発生しているとのことです……。政府は、これら全域にも同様の避難勧告を発令する見込みです。……繰り返します、世界各地で同時に……」
ブラウン管の前の帝国民たちは、凍りついた。
数年間の「偽りの平和」は、たった一日のうちに、全世界を巻き込む地獄の業火へと完全に塗り替えられたのである。
### 2.非核最強の暴力――トルコの圧倒的軍事力
この未曾有の世界同時多発紛争において、最大の「震源地」であり「最強の暴力」として暴れ回っていたのは、間違いなく**トルコ連邦共和国**であった。
ソビエト崩壊後、トルコは旧ソ連の最新兵器や技術者を莫大なオイルマネーと工業力で買い漁り、その軍事力を異常なまでに肥大化させていた。
陸軍は旧ソビエト製の重装甲戦車で地平線を埋め尽くし、海軍はソビエトの技術支援を受けて建造された大型ミサイル巡洋艦を中心に、地中海においてスペイン無敵艦隊に匹敵する「大艦隊」を保有。空軍に至っては、崩壊したソビエト空軍の系譜を継ぐ恐るべき大空軍を完成させていた。
『世界軍事力ランキング第7位(五大列強とロシアに次ぐ順位)。ただし、**核兵器保有国以外では堂々の第1位**』
「……五大列強のハイエナどもは、自分たちの裏庭(南米や極東)の火消しに慌てふためいている。今こそ、オスマンの真の版図を武力で取り戻す!」
イスタンブールの宮殿で、トルコの指導者は狂気に満ちた号令を下した。
その進撃速度は、文字通りの『電撃戦』であった。
1996年2月14日の侵攻開始から、わずか**36時間後**。
圧倒的な戦車部隊の波状攻撃を受けた英連邦の要衝**クウェート**は、防衛線を完全に粉砕され、絶望の中で『無条件降伏』へと追い込まれた。
さらに西のバルカン戦線では、侵攻から**48時間後**。
地中海のトルコ大艦隊の艦砲射撃と空挺部隊の降下により、ギリシャ領の**クレタ島**や**サントリーニ島**といった美しい島嶼部が次々と失陥。ギリシャの首都アテネを含む多数の軍事基地が、トルコ空軍の激しい爆撃によって火の海と化した。その戦火は、隣国ブルガリアの国境付近にまで容赦なく拡大していた。
### 3.砂漠の無血開城と、イランのジレンマ
クウェートを瞬殺したトルコ陸軍の刃は、休むことなくさらに南――世界最大の産油国であり、アメリカの強力な友好国である**サウジアラビア**へと向けられた。
「……我々の目的は侵略ではない。腐敗したサウジ王政を打倒し、中東の『民族自決』を果たすため、サウジ国内で蜂起した中東原理主義組織『サウジの再生』を支援するのだ!」
列強からすれば「どの口が言うか」という呆れ果てるような大義名分(詭弁)であったが、トルコ軍の戦車は、クウェート・サウジ国境をいとも簡単に突破し、首都リヤドに向けて破竹の勢いで砂漠を爆走し始めた。
なぜ、中東の防衛線はここまで脆かったのか。
最大の理由は、1992年の第三次NPT締結と冷戦終結による「極端な軍縮と油断」にあった。かつて中東に展開していたアメリカ軍やイギリス軍の大半は、財政削減のために本土へと帰還しており、現地には「守備隊レベル」の戦力しか残されていなかったのである。その巨大な隙を、トルコは完璧に突いた。(正確にはクウェート侵攻を英国政府は予期できていなかった。トルコの野望はバルカン方面であるというカモフラージュに引っかかっていたのである。米国政府については、CIAが警告文書を大統領に上げていたが、サウジ政府を信頼していた。)
この状況に、最も冷や汗を流していたのは、大日本帝国の友好国である**イラン**であった。
「……トルコの狂犬がサウジを飲み込めば、次は我々の番だ!」
イラン政府は即座に国家非常事態を宣言し、軍を国境へ展開させた。しかし、彼らは『絶対に先に撃つこと』ができなかった。
トルコ・イラン国境には、トルコの主力部隊が不気味に陣取っており、もしイランから手を出せば、大国(日本やアメリカ)の直接支援がない現状では、圧倒的な兵力差で国ごとすり潰されることが火を見るより明らかだったからである。
### 4.アテネの落日――ギリシャ空軍の死闘(2月17日)
2月17日。
東のサウジ砂漠でトルコ軍が爆走する中、西のバルカン半島でも決定的な破局が訪れた。
「……防衛線が突破されました! トルコの機甲師団が、国境を越えてギリシャ本土に雪崩れ込んできます!」
バルカン同盟の中核であったギリシャ・トルコ国境が、ついに決壊した。
空では、ギリシャを死守しようとするギリシャ空軍と、トルコ空軍による、近代ジェット戦闘機同士の凄絶なドッグファイトが繰り広げられていた。
ギリシャ空軍の主力は、ロシアから購入した名機**『Su-27(フランカー)』**。対するトルコ空軍は、自国の工業力と旧ソ連の技術を融合させて独自開発した、最新鋭の第4.5世代戦闘機**『TA-13』**の大群であった。
「……エーゲ海の空を、オスマンの豚どもに渡してなるものか!!」
ギリシャのパイロットたちは、祖国の誇りを懸けて驚異的な粘りを見せた。Su-27の卓越した機動性を生かし、数機のTA-13をミサイルで撃墜し、エーゲ海の海面へと叩き落とす。
しかし、圧倒的な「数の暴力」と、TA-13の高度な電子戦能力の前に、多勢に無勢のギリシャ空軍は次々と撃ち落とされていった。
「……こちらアルファ・ワン! レーダーに捕捉された、ベイルアウト(脱出)す……!!」
通信が途絶え、アテネの空を護る盾は完全に消滅した。ギリシャ空軍は壊滅し、バルカンの空の制空権は完全にトルコの手に落ちたのである。
### 5.同床異夢の国連安保理(2月16日)
ギリシャ国境突破の前日、2月16日。
スイスのチューリヒにおいて、緊急の**『国連総会および安全保障理事会』**が召集されていた。
しかし、この地球規模の危機を前に、常任理事国(日米英独西、そしてロシア)の足並みは、かつてないほどに最悪な形で乱れきっていた。
会議室は、各国のエゴと怒号で完全に紛糾した。
**アメリカ合衆国(クリントン大統領の特使):**
「トルコの暴走は由々しき事態だが、我が国の最優先事項は、南米の非常事態だ! NAFTAの裏庭が火の海になっているのだぞ、中東に回す空母の余裕はない!」
**大英帝国&ドイツ第三帝国&ロシア王国:**
「正気かアメリカ! 英連邦のクウェートが奪われ、ギリシャが燃えているのだぞ! バルカンがトルコに制圧されれば、ヨーロッパとロシアの安全保障は完全に崩壊する! トルコ対策こそが絶対の最優先だ!」
**スペイン王国:**
「我々イスパニダード連合にとっては、南アフリカによるモザンビーク侵攻こそが最大の国難だ! 我々の資源と友好国を守るための派兵が先決である!」
**大日本帝国(特命全権大使):**
「……各国の言い分は分かるが、極東ではあの鄧小平(中華民国)がチベットを飲み込み、狂ったように膨張している。我が国としては、極東のEATO防衛網の維持と、中華民国の牽制に全神経を集中せざるを得ない」
世界同時多発紛争という未曾有の事態は、各国の『優先順位(守るべき庭)』を完全にバラバラに引き裂いていた。
唯一、すべての国が「絶対に放置できない(合致している)」と認識していたのは、クウェートとギリシャを同時に蹂躙する『トルコ対策』であったが、自国の周辺の火消しに忙殺され、誰が主導して大規模な軍隊を中東へ送るのか、全く結論が出ないまま時間は残酷に過ぎていったのである。
### 6.帝国の決断――限界ラインの防衛シフト
各国の利害が衝突し、国連の機能が事実上麻痺している中。
極東の帝都・東京、将軍府の地下・国家安全保障会議(NSC)ルームでは、**帝国首相**と閣僚たちが、胃の痛むようなギリギリの決断を迫られていた。
「……トルコの機甲師団がサウジを南下し続けています。このままでは、ペルシャ湾の対岸、我が国の直轄領である**『アラブ特別県』**にまで火の粉が及ぶのは時間の問題です」
防衛大臣の報告に、首相は奥歯を強く噛み締めた。
「中華民国(チベット侵攻)への警戒レベルは絶対に下げるな。だが、アラブ特別県は帝国のエネルギーの心臓だ。ここをトルコに奪われれば、大日本帝国は干上がるぞ」
首相は、自らに与えられた法的権限の「限界」までカードを切る決断を下した。
「……首相権限による『防衛出動の準備・部隊移動』を発令する! 南洋特別州(オーストラリア方面)で演習中の**帝国海兵隊の主力部隊**を、全速力でアラブ特別県へと移動させよ! さらに、本土の**帝国空軍・第3、第4航空団**をドバイの基地へ緊急増派しろ! 何としても、アラブの国境線でトルコ軍を威圧し、足止めするのだ!」
「はっ!」
命令を受け、南太平洋の海兵隊を乗せた巨大な強襲揚陸艦の艦隊が、舳先をペルシャ湾へと向け、フルスピードで航行を開始した。
「……しかし、総理」
外務大臣が、脂汗を拭いながら低く重い声で言った。
「我々内閣の権限でできるのは、あくまで『部隊の移動と自衛の準備』までです。もしトルコ軍がアラブ特別県に侵攻してきた場合、あるいは我が国からトルコ軍に対して先制の制圧攻撃(報復攻撃)を仕掛けるためには……」
首相は、重々しく頷いた。
大日本帝国憲法の下、国家の命運を懸けた他国への『正規軍による武力攻撃の決断』。それは、選挙で選ばれた文民(首相)だけでは決裁できない、帝国最高の絶対権力による承認が必要であった。
「……分かっている。もしトルコ軍が帝国領の1ミリでも踏み越えれば、私は江戸城**『将軍』**の御所へ参内し、絶対防衛のための『攻撃許可(大命)』を仰ぐ。……それまでは、海兵隊と空軍の威容だけで、狂犬を国境線で押し留めるしかない」
1996年2月。
中東の砂漠は、破竹の勢いで進軍するトルコ軍のキャタピラ音と、それを迎え撃つべく集結し始めた大日本帝国の最強の盾が、極限の緊張状態の中で激突の時を迎えようとしていた。
果たして、アラブの国境線で火蓋は切られるのか。
そして、将軍の「大命」は下るのか。
世界は、息をすることすら忘れて、中東の熱砂の行方を見つめていたのである。
(第十四章 第三話 完)
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