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127.目覚める野竜と紅の終焉――鄧小平の奇襲と中華の再編

# 海洋帝国日本史 第十三章:崩壊の足音と双頭の鷲の落日


## 第六話:目覚める野竜と紅の終焉――鄧小平の奇襲と中華の再編(1988年〜1991年)


### 1.雌伏の竜――南華共和国と鄧小平の野心(1988年)


ユーラシアの西側でソビエト連邦が末期的な経済の病に苦しんでいた頃。

極東の中国大陸南部、長江を境にして繁栄を謳歌する資本主義国家・**南華共和国(広州・上海政府)**において、一人の極めて老獪で、冷徹な現実主義者が国家の最高権力(大統領)の座に就いた。


1988年。**鄧小平とう しょうへい**である。


「……現在の中華は、北の『北中華連邦』、中部の『中華人民共和国』、そして我々『南華共和国』の三つに引き裂かれている。これは、数千年の歴史を持つ中華民族にとって、耐え難い屈辱である」


鄧小平は、大統領府の奥深くで、大陸の地図を睨みつけながら静かに野心を燃やしていた。

表向きの彼は、大日本帝国やイギリス(香港資本)に対して愛想よく振る舞い、「我々は列強の経済圏に従順な、平和的な貿易国家です」というポーズを完璧に崩さなかった。

1975年以降、完全な自由主義経済路線をひた走る南華共和国は、欧米経済の好景気と日本からの技術移転の波に乗り、上海や広州を中心に凄まじい「高度経済成長」を達成。今や、アジア屈指の巨大な経済力と、近代化された強力な軍隊を保有するまでに至っていた。


「……カネの力は素晴らしい。だが、列強の言いなりになって経済成長だけを追い求めるのは、ただの『よく肥えた豚』になることと同じだ。我々は竜でなければならない」

彼は、文化大革命の嵐とソビエトの衰退によって荒れ果てた隣国・中華人民共和国(北)の惨状を憂い、同時にそれを「中華統一のための最大の餌」として冷ややかに値踏みしていたのである。


### 2.腐り落ちた紅の偶像――中華人民共和国の末路


一方、鄧小平が狙いを定める**中華人民共和国(北)**は、建国の父である毛沢東がこの世を去った後、完全に国家としての体をなしていなかった。


史実通りに吹き荒れた『文化大革命』の狂気は、国内の知識人や伝統文化を徹底的に破壊し尽くした。さらに、最大のパトロンであったソビエト連邦がアフガン侵攻と経済崩壊で泥沼に陥ったことで、モスクワからの資金と食糧の供給は完全にストップ。

カリスマ的なリーダーも現れず、党の幹部たちは保身と派閥争いに明け暮れ、人民は極度のインフレと飢餓のどん底に突き落とされていたのである。


「……腹が減った。南(南華)の連中は、毎日肉を食ってカラーテレビを見ているというのに……」

国境の長江越しに見える、南華の煌びやかなネオンの光。

中華人民共和国の人民たちの心は、とっくの昔に「共産主義の赤い偶像」から離れ、南の豊かな資本主義の光へと完全に魅了されていた。


### 3.震源地の死角――運命の電撃作戦(1991年3月)


そして、歴史が動く。

1991年3月21日。モスクワでゴルバチョフが暗殺され、ソビエト連邦と第四インターナショナルが完全に崩壊した、あの運命の日である。


世界中の五大列強(日米英独西)の首脳たちが、パニック状態でチューリヒの国連安保理に集結し、ロシア全土の「数万発の核兵器の流出阻止」という人類滅亡の危機への対応に全能力を注ぎ込んでいた、まさにその時。


鄧小平は、列強の視線が極東から完全に外れたこの『歴史的死角(空白の瞬間)』を、絶対に見逃さなかった。


**「……時が来た。中華の歴史を、我々の手に取り戻す!!」**


ソビエト崩壊からわずか3日後。1991年3月24日。

南華共和国軍は、中華人民共和国に対して**『宣戦布告なしの電撃的な統一作戦』**を突如として開始した。


長江を一斉に渡河した南華の最新鋭機甲師団と攻撃ヘリ部隊に対し、北の人民解放軍は、文字通り「一発の銃弾」も撃ち返すことができなかった。

給料も食糧も配給されない北の将軍たちは、事前に南華の香港資本からばら撒かれていた「莫大な裏金(黄金の弾丸)」によってすでに買収されており、次々と部隊ごと南華軍に投降したのである。


「南の軍隊が来てくれたぞ! 我々にパンと自由をくれる軍隊だ!」

中華人民共和国の市民たちは、侵略者であるはずの南華軍を、五星紅旗を焼き捨て、熱狂的な歓声と拍手をもって迎え入れた。


イデオロギーの壁は、圧倒的な経済格差の前に無意味であった。

かつて数百万の血が流れた中華代理戦争の舞台は、わずか**『1週間』**という信じられないスピードで南華共和国によって完全制圧され、中華人民共和国は地図上から消滅したのである。


### 4.どさくさの領土拡張と、縛られた列強


鄧小平の野心は、単なる北の吸収だけには留まらなかった。

「……大国どもはロシアの核の処理で身動きが取れない。今なら、どこまでやっても『既成事実』にできる!」


南華共和国軍は、制圧の勢いをそのまま西と北へ向けた。

彼らは、これまでソビエトの強力な庇護下にあった**『青海省(直轄領)』**へ軍を進め、指揮系統を失って混乱する現地の親ソ政権を瞬く間に制圧。

さらに、どさくさに紛れて、**内モンゴル南部**の漢民族が多く住む地域を強引に切り取り、独立の混乱に沸く**ウイグル領土の一部**にまで軍事介入を行って領土を不法に拡張したのである。


「……あの鄧小平のタヌキ親父め! ソビエト崩壊の混乱に乗じて、大中華帝国を復活させる気か!」

東京の将軍府や、ロンドンのダウニング街は、この極東での突然の「巨大国家の誕生と暴走」に激怒した。


しかし、彼らにはどうすることもできなかった。

帝国陸軍の空挺部隊も、イギリスの機甲部隊も、すべてが「ロシアの核ミサイルサイロの警備」という、人類の存亡を賭けた任務のためにシベリアの雪原に釘付けにされていたからである。

鄧小平は、列強が「絶対に動けないタイミング」を完璧に計算し尽くし、世界秩序の隙間を縫って巨大な果実を掠め取ったのである。


### 5.ウォール街の歓喜と、CIAの警告


この南華共和国による「大中華の事実上の統一」に対し、最も複雑で引き裂かれた反応を示したのは、アメリカ合衆国であった。


「……素晴らしい! 人口10億人を超える、資本主義の巨大な統一市場が誕生したぞ!」

ニューヨークの**ウォール街(米国資本)**や巨大多国籍企業たちは、新たな巨大市場の誕生に狂喜乱舞した。彼らは、南華が北を吸収したことで生まれる莫大なインフラ投資や消費の爆発を「世紀のビジネスチャンス」と捉え、投資の準備を急いだ。


しかし、ワシントンD.C.の地下深く、**CIA(中央情報局)**の長官室では、全く異なる極めて冷徹な分析が下されていた。

「……資本家どもは目先のカネに目が眩んでいる。鄧小平という男は、アメリカの忠実な犬になるつもりなど毛頭ない。彼らは欧米の資本を利用して国力を極限まで高め、いずれ『世界秩序を根底から覆す、最強の挑戦者』として我々の前に立ちはだかるだろう」

CIAは、この南華の拡大を「パックス・ジャポニカとアメリカの覇権に対する、未来の最大の脅威」として、ホワイトハウスに強烈な警告のレポートを提出し続けていたのである。


### 6.北洋民族の誕生――拒絶する北中華連邦


南華共和国が「大中華の復活」を掲げて膨張していく中。

かつて魏煌ぎこうによって建国され、大日本帝国の強固な同盟国として発展を続けてきた**北中華連邦(北京政府)**は、この南の動きに対して極めて冷ややかで、強烈な警戒心を露わにしていた。


「……南の連中は、我々にも『同じ漢民族として、偉大なる統一中華に合流せよ』と呼びかけてきている。だが、冗談ではない」

北中華連邦の指導層は、南華からの統一の誘いを一蹴した。


彼らには、もはや「中華大陸で一つの国になる」という必然性も、感情的な繋がりも、完全に消滅していたのである。


1990年代初頭の北中華連邦は、EATO(極東条約機構)という巨大な経済・安全保障ブロックの中で、**「普遍的で不可欠な地位」**をすでに確立していた。

かつて経済悪化に苦しんだ北の**満州国**も、EATOの強大な内需と、大日本帝国が開拓したインドシナやインドネシア各国といった巨大な消費地へアクセスすることで、見事に不況を乗り越え、重厚長大産業の拠点として完全復活を遂げていた。


北中華連邦の市民たちは、国境を越えて大日本帝国(東京や大阪)へ留学し、満州の技術者とハイテク産業を立ち上げ、韓国の企業と合弁会社を作り、日常的にEATO圏内を自由に行き来する活発な「人流」の中に生きていた。


「我々は、もはや大陸の内陸部に縛られた古い『漢民族』ではない。大日本帝国、韓国、満州と共に、豊かで自由な太平洋と日本海を囲む**『北洋民族ほくようみんぞく』**なのだ」


経済的な繁栄と、海を通じた自由な交流。数十年にわたるパックス・ジャポニカの恩恵は、北中華の人々のアイデンティティを根本から書き換えていたのである。

彼らにとって、強権的で覇権主義の匂いを漂わせる南華共和国との統一など、自分たちが築き上げた「自由と繁栄(EATO圏内での特権)」をドブに捨てる自殺行為でしかなかった。


### 7.エピローグ――極東の新たな断層


1991年が暮れる頃。

ソビエト崩壊の余波は、極東アジアの勢力図を完全に、そして後戻りできない形で塗り替えていた。


列強の死角を突き、資本主義の衣をまとったまま「大中華の復活」という野心をむき出しにし始めた、巨大な怪物・**南華共和国**。

そして、その呼びかけを完全に拒絶し、大日本帝国と共に『北洋民族』としての新たなアイデンティティと繁栄の道を確固たるものにした**北中華連邦**および**満州国**。


「……鄧小平の野心は、これで終わりではない。彼らはいずれ、我々の太平洋の覇権に挑戦状を叩きつけてくるだろう」

東京の将軍府は、ロシアの核処理に一定の目処をつけた後、南で不気味に膨張を続けるこの「新たな野竜」に対し、極めて厳しい警戒の視線を向け始めていた。


冷戦という東西の対立が終わった世界で。

今度は、極東アジアそのものを真っ二つに引き裂く、新たな『海洋勢力(EATO)』と『大陸勢力(南華)』の、息詰まるような巨大な地政学の断層が生まれようとしていたのである。


(第十三章 第六話 完)


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