126.悪魔の火の縮小と、三日月の見えない侵略
# 海洋帝国日本史 第十三章:崩壊の足音と双頭の鷲の落日
## 第五話:悪魔の火の縮小と、三日月の見えない侵略(1991年〜1992年)
### 1.闇夜の攻防――MI6とRSHAの冷徹なる眼(1991年末)
1991年末。ユーラシアの激動の裏側で、ウクライナ南部の漆黒の森の中、音のない死闘が繰り広げられていた。
独立の混乱に乗じ、旧ソビエト軍のミサイルサイロから核弾頭を奪取すべく潜入した**社会主義トルコ**の特殊部隊。彼らはウクライナ防衛部隊との小競り合いを抜け、いよいよ地下施設への最終アクセス・コードを破ろうとしていた。
「……あと少しだ。この『特別な槍』さえ手に入れれば、我がトルコ連邦共和国は列強と肩を並べる真の覇権国家となる」
トルコの指揮官が暗視ゴーグル越しに笑みを浮かべた、その時である。
バババババババッ!!!
突如として、上空から鼓膜を破るようなローター音が鳴り響き、漆黒の森が強烈なサーチライトによって真昼のように照らし出された。
「な、なんだ!? ウクライナ軍の増援か!?」
「違います! あのヘリのシルエット……黒十字(ドイツ軍)と、星条旗です!!」
トルコの暗躍を事前に完全に察知していたのは、世界最強のインテリジェンスを誇る二つの情報機関――**大英帝国の『MI6(秘密情報部)』**と、**ドイツ第三帝国の『RSHA(国家保安本部)保安情報部』**であった。
彼らは、トルコ軍の暗号通信を完全に解読し、国連軍の最高司令部に対して「ただちに最高レベルの戦力をウクライナのサイロへ投入せよ」と警告を発していたのである。
ヘリからファストロープで降下してきたのは、国連軍の中でも最強の武闘派として知られる**『ドイツ国防軍第1師団』**の重装甲歩兵たちと、闇夜の戦闘のエキスパートである**『アメリカ海兵隊Navy SEALs』**であった。
「……こちら国連軍。これより本施設は我々の完全な管理下に置かれる。武器を捨てて投降しろ。さもなくば、お前たちの存在そのものをこの森から消し去る」
圧倒的な火力とレーザーサイトの赤い光点を無数に浴びせられ、トルコの特殊部隊は完全に身動きが取れなくなった。
イスタンブールのトルコ政府は、作戦の完全な露見と列強のガチすぎる介入に歯噛みした。
「……おのれ、西側のハイエナどもめ! 今ここでアメリカやドイツの正規軍と撃ち合えば、我が国は国連軍全体を敵に回すことになる」
トルコの指導者は、血の滲むような屈辱を飲み込み、特殊部隊に即時撤退を命じた。
核による一発逆転の覇権拡大を諦めたトルコは、一旦戦線を整理し、より「狡猾で陰湿な戦術」へとその戦略を大きくシフトさせていくことになる。
### 2.悪魔の火の清算――第三次核拡散防止条約(1992年)
トルコの核強奪未遂事件は、世界の五大列強(日米英独西)に、極めて現実的で冷酷な「ある事実」を突きつけた。
「……ソビエトが崩壊した今、数万発もの核弾頭を世界中に配備し続けることは、テロリストやならず者国家に標的を提供するリスクでしかない」
「さらに言えば、核ミサイルの維持・管理費は、国家財政を圧迫する巨大な『金食い虫』だ。ソビエトが経済崩壊した原因の一つもそれだ。我々も、無駄な弾頭はさっさと処分して身軽になるべきだ」
1992年。
スイスのジュネーブにおいて、大日本帝国、アメリカ、イギリス、ドイツ、スペイン、そして新たにソビエトの負の遺産を継承した『ロシア王国(旧極東ロシア)』の代表が集まり、歴史的な**『第三次核拡散防止条約(NPT)』**の調印会議が開催された。
セルゲイ王を戴く新たなロシア王国は、国際社会への復帰と経済支援の担保として、極めて賢明な譲歩を見せた。
「我がロシア王国は、国家防衛に必要最低限な『500発』の核弾頭のみを保有し、残る数万発の旧ソビエト製核兵器を、国連軍の監視下で完全に解体・廃棄することを約束する」
このセルゲイ王の英断を機に、世界的な「大軍縮時代」の幕が開けた。
経済成長を優先する大日本帝国、アメリカ、ドイツの三大国は、それぞれ保有上限を**『700発』**へと大幅に削減。
そして、ヨーロッパの海洋国家である大英帝国とスペインも、それぞれ上限を**『300発』**へと削減することに合意したのである。
かつて、米ソ冷戦のピーク時には地球を数十回も灰にできる「数万発」が存在していた悪魔の火は、この1992年の条約により、全世界で合計**『3200発』**にまで劇的に減少することとなった。
人類は、自らの首を絞めていた破滅の縄を、ようやく自らの理性と「経済的な合理性」によって緩めることに成功したのである。
### 3.三日月の見えない侵略――バルカンの選挙工作
しかし、核の恐怖が後退した世界で、トルコ連邦共和国の「ネオ・オスマン主義」の野望が消え去ったわけではなかった。
武力による核の強奪を諦めた彼らは、列強の直接的な軍事介入を避けるため、極めて現代的で陰湿な兵器――すなわち**『マネーとプロパガンダによる選挙工作』**をバルカン半島で展開し始めた。
「……民主主義の弱点を突け。銃弾で国境を越えれば国連軍が飛んでくるが、彼ら自身の『選挙』で親トルコ政権を選ばせれば、誰も文句は言えまい」
トルコの情報機関は、豊富なオイルマネーと工業資金をバックに、バルカン半島のイスラム系住民が多い地域に対して、猛烈な政治工作を開始した。
親トルコ派の政治家に莫大な裏金を渡し、メディアを買収し、「トルコ経済圏に入れば、豊かな生活が待っている」という甘いプロパガンダを連日流し続けたのである。
その結果は、劇的であり、そして致命的であった。
**コソボ**、**アルバニア**、そして複雑な民族構成を持つ**ボスニア・ヘルツェゴビナ**における総選挙において、トルコの息がかかった『親トルコ系政党』が次々と大躍進を遂げ、政権を奪取してしまったのである。
「……我々は、偉大なるトルコ連邦共和国との歴史的・経済的な絆を深め、共に歩むことを宣言する!」
選挙で選ばれた彼らの首相がそう宣言した瞬間、これらの国々は、一発の銃弾も撃ち込まれることなく、事実上トルコの『属国(衛星国)』へと完全に絡め取られてしまった。
### 4.悲鳴を上げるバルカンと、新たな傘(1992年後半)
このトルコの「見えない侵略」を目の当たりにし、防波堤として結成されていた**『バルカン同盟(ブルガリア、ギリシャ、セルビア)』**の首脳たちは、背筋に氷を当てられたような危機感を露わにした。
「……馬鹿な。昨日まで共にイタリアと戦った隣国が、今日にはトルコの傀儡に成り下がっているだと!」
「奴らは、我々を内側から食い破る気だ。バルカン同盟の結束をさらに強めなければ、我々も選挙工作で飲み込まれるぞ!」
バルカン半島の小国たちは、この恐怖のドミノ倒しから逃れるため、血眼になって「新たな傘(同盟)」を探し求めた。
小国**モンテネグロ**と**マケドニア**は、大急ぎでバルカン同盟への加盟申請を行い、ギリシャやセルビアの軍事的庇護を求めた。
一方、カトリック教徒が多く、セルビア(正教会)やトルコ(イスラム教)の両方に強い警戒感を持つ**クロアチア**は、より強大で安全なパトロンを見つけ出した。
「……同じカトリックの兄弟として、どうか我々をお守りください!」
クロアチア政府は、地中海の西の覇者であり、立憲君主制として絶頂期にある**スペイン**に対して同盟と経済支援を懇願し、スペイン同盟(イスパニダード連合)の安全保障の傘の下へと滑り込んだ。
さらに、トルコの目と鼻の先に浮かぶ地中海の島国**キプロス**は、かつての宗主国であった**大英帝国**に泣きつき、イギリス海軍の地中海艦隊を再び島に駐留させることで、トルコの威圧から身を守る道を選んだ。
バルカン半島と東地中海は、トルコの野心と、それに怯える国々の『新たな同盟のパズル』によって、極度に複雑で、一触即発の火薬庫へと完全に変貌を遂げたのである。
### 5.帝国の鉄壁――アラブ特別県の防衛強化(1992年)
そして、この中東・東地中海におけるトルコの不気味な膨張を、極東の将軍府(大日本帝国)も極めて深刻な事態として受け止めていた。
「……トルコの狂犬どもが、いつ狂ってペルシャ湾(帝国の生命線)に牙を剥くか分からない。我々の『アラブ特別県』は、帝国のエネルギーの心臓だ。万が一にも、トルコの工作員や軍隊を近づけさせるわけにはいかない」
1992年。大日本帝国軍は、中東有事の可能性を完全に視野に入れ、これまで「平穏無事な直轄領」であったアラブ地域に対する、大規模な**『防衛力の抜本的強化』**を決定した。
これまで、治安の良すぎるアラブ特別県には、帝国陸軍の『第1001機動連隊』という小規模な歩兵戦力しか駐屯していなかった。
しかし、帝国はこの地に、島嶼防衛と海外展開のスペシャリストである精鋭部隊、**『帝国海兵隊・第137機動旅団』**を新たに常駐させることを決定。完全武装の海兵隊員たちが、砂漠の要衝に睨みを効かせることになった。
さらに、上空の護りも分厚くされる。
アブダビおよびドバイの帝国空軍基地は、これまでの1個航空団から**『2個航空団』**へと格上げされ、最新鋭の国産ジェット戦闘機が24時間体制でペルシャ湾上空のスクランブル網を構築した。
そして海では。
「……帝国の盾の威容を見せつけよ」
ペルシャ湾のドバイ港には、帝国海軍が誇る最新鋭のイージスシステム搭載艦、**『磯風型駆逐艦』**が、常に2隻ローテーションで常駐(事実上の睨み)を開始した。
フェーズドアレイレーダーを四方に備えたその巨大で無機質な灰色の船体は、アラブの青い海において、トルコや周辺国に対する「帝国に手を出せば、国ごと消し飛ばす」という絶対的な無言の圧力(抑止力)として機能し始めたのである。
### 6.鷲の繁栄――アメリカの狙い
大日本帝国がアラブ特別県を要塞化していくのと時を同じくする頃、西の超大国・**アメリカ合衆国**は、中東における自国の絶対的な権益を守るために自らではなく、友好国のサウジアラビアへの支援を決定した。
1990年代に入り、冷戦の終結(軍事費の削減)とIT産業の黎明期を迎えたアメリカ経済は、空前の好景気に沸いていた。
資金に余裕ができたアメリカ政府は、トルコの脅威から自国の裏庭(直轄領)である**『米領パレスチナ』**および**『米領ヨルダン』**を守る必要はあるが、自国の軍隊は余り出したくないことから、サウジアラビアへの支援を決定したということだ。
「……我々の同盟国と領土に指一本でも触れてみろ。砂漠をガラスの平原に変えてやる」
アメリカは、サウジアラビアの砂漠地帯にパトリオット防空ミサイル、米国製戦闘機、米国製戦車をズラリと並べトルコを威嚇した。
かくして、1992年の中東・地中海地域は。
トルコ連邦共和国という「膨張する狂乱の三日月」を中心に。
北には怯えるバルカン同盟とスペイン・イギリスの影。
そして南と東には、一切の妥協を許さない大日本帝国とアメリカ合衆国という『二つの巨大な盾』が、その圧倒的な武力を誇示しながら立ちはだかるという、冷戦時代とは全く異なる、新たな極限の緊張状態へと突入していったのである。
(第十三章 第五話 完)
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