125.双頭の鷲の再生と、狂乱の三日月
# 海洋帝国日本史 第十三章:崩壊の足音と双頭の鷲の落日
## 第四話:双頭の鷲の再生と、狂乱の三日月(1991年)
### 1.凍てつく大地の保護者たち――国連軍と核の保全(1991年春)
1991年3月、ソビエト連邦という巨大な赤い帝国が音を立てて崩壊した直後。ユーラシア大陸の北半球は、まさに無政府状態の暗黒に飲み込まれようとしていた。
しかし、この人類史上の未曾有の危機に対し、これまで冷戦を戦い抜いてきた世界の『五大列強』――大日本帝国、アメリカ合衆国、大英帝国、ドイツ第三帝国、そしてスペインは、かつてないほどの驚異的な結束力とスピードで行動を起こした。
「……イデオロギーの争いなど、もはやどうでもいい。もしソビエトの核ミサイルがテロリストや軍閥の手に落ちれば、地球は明日にも終わりを迎えるのだ!」
チューリヒでの国連安保理決議に基づき、EATOとNATOの陸軍および空軍を中心とする多国籍治安維持部隊(国連軍)が、電撃的にソビエト領内へと展開した。
極東方面からは大日本帝国陸軍の空挺師団が、西からはドイツとイギリスの機甲部隊が、そして海からはアメリカとスペインの海兵隊が雪原へと降り立った。
列強の首脳たちが最も恐れた「核流出」の悪夢は、皮肉にも、かつての敵であった**『ソビエト戦略ロケット軍』**の軍人たちの、血の滲むような矜持によって未然に防がれていた。
「……我々は共産党の犬ではない。誇り高きロシアの軍人だ。悪魔の火だけは、決して誰にも渡さん」
給料も支払われず、国が崩壊してもなお、彼らは極寒のミサイルサイロ(地下発射施設)に立てこもり、指を銃の引き金にかけたまま核弾頭を守り抜いていたのである。
到着した国連軍の部隊は、このソビエト軍残存部隊と固い握手を交わし、共同で核兵器の完全な保全を完了させた。
五大列強の圧倒的な武力と統制による治安維持が敷かれたことで、ロシア全土を覆い尽くそうとしていた略奪と内戦の炎は、ギリギリのところで鎮火されたのである。
### 2.双頭の鷲の帰還――セルゲイ王のモスクワ入城
そして、モスクワのクレムリンから赤い星の旗が引きずり下ろされた数週間後。
混乱と飢えに喘ぐロシア国民の前に、東のシベリアから一筋の強烈な「希望の光」が差し込んだ。
「……ロシアの同胞たちよ。長きにわたる共産主義の悪夢は終わった。我々は再び、一つの偉大なるロシアとして立ち上がるのだ!」
極東ロシア王国の若き王、**セルゲイ・ニコラエヴナ・ロマノヴァ**。
アナスタシア女王の血を引く彼は、極東の豊かな資本主義経済で蓄えられた莫大な資金と食糧(黄金の小麦とシベリア鉄道を埋め尽くす貨物列車)を従え、モスクワへと堂々の入城を果たした。
モスクワ市民は、飢餓から自分たちを救ってくれたこの若くハンサムな王を、熱狂的な歓声と涙で出迎えた。
「王様万歳! ロマノフの血統万歳!」
ソビエト連邦の残存地域(ロシア共和国)は、極東ロシア王国によって平和裏に完全吸収される形で、新たな**『ロシア王国』**として再統一を果たしたのである。
セルゲイ王のカリスマ性は圧倒的であった。
彼は、列強の軍隊に治安維持を任せる一方で、ただちに国内経済の再建に着手した。
「我々には、ソビエト時代のような不格好な戦車も、世界を滅ぼす核ミサイルも必要ない。この広大な大地がもたらす『黄金の麦』と『無限の森』、そして『地下の鉱物』こそが、我々の真の財産である!」
極東の資本と大日本帝国の技術支援を受け、ロシアは広大な農地の近代化(農業)、シベリア開発(林業)、そしてウラル山脈の資源採掘(鉱業)を軸とした、極めて健全で力強い「再生の道」を歩み始めたのである。
### 3.狂乱の三日月――『トルコ連邦共和国』の恫喝
列強の軍隊がロシアの核兵器の保全に忙殺され、セルゲイ王が内政の立て直しに奔走していたこの時期。
ユーラシア大陸の巨大な「力の空白地帯」――中東およびカフカス地方において、第四インターナショナルの皮を脱ぎ捨て、むき出しの覇権主義(ネオ・オスマン主義)を露わにした国家があった。
**社会主義トルコ**である。
「……大国どもはロシアの雪原で核のカウントダウンに怯えている。今こそ、我々が中東とカフカスの新たな絶対的支配者となる千載一遇の好機だ」
イスタンブールの宮殿で、トルコの指導者は冷酷に笑った。
彼らは国号を勝手に**『トルコ連邦共和国』**と改め、ソビエトの崩壊に乗じて独立を果たそうとしていた周辺の小国群――**イラク、シリア**、そしてカフカス地方の**アルメニア、アゼルバイジャン**に対し、極めて恫喝的な外交特使を送りつけた。
「……我々トルコ連邦に加盟しろ。さもなくば、お前たちの脆弱な国境線は、我が軍の戦車部隊によって明日にも踏み躙られることになるだろう」
長年モスクワの支配下で経済が疲弊し、軍隊も持たないに等しかったこれらの新興国にとって、巨大な工業力と近代的な軍事力を持つトルコの恫喝は、死の宣告に等しかった。
シリアやアゼルバイジャンなどは、トルコの圧倒的な武力の前に震え上がり、屈辱の涙を飲みながら「連邦への加盟(事実上の属国化)」を強要されていった。
### 4.ジョージアの悲劇と、ウクライナの暗闘
しかし、このトルコの強引な覇権拡大に対し、誇り高く「NO」を突きつけた国があった。
カフカス山脈の麓に位置する小国、**ジョージア**である。
「我々はソビエトの赤い鎖を断ち切ったのだ! トルコの新たな奴隷になるために独立したのではない!」
ジョージア政府は、連邦への加盟要求を完全に拒絶した。
だが、この勇敢な決断に対するトルコの報復は、あまりにも迅速で、そして無慈悲であった。
「……見せしめだ。逆らう者には死あるのみということを、中東全域に教えてやれ」
トルコ連邦軍の完全武装した機甲師団と攻撃ヘリ部隊が、ジョージアの国境を容赦なく突破した。圧倒的な火力の前になす術のないジョージア軍は瞬く間に壊滅し、美しい首都トビリシの街並みは、トルコ軍の爆撃によって黒煙に包まれたのである。
さらに、トルコの狂気はそれだけには留まらなかった。
彼らの視線は、カフカスの北――ソビエト軍の第5集団軍が寝返って独立を果たした巨大な新興国、**ウクライナ**へと向けられていた。
「……ウクライナの領内には、ソビエトが残した『核弾頭』がまだ手付かずのまま放置されているサイロがあるはずだ。国連軍が到着する前に、なんとしてもそれを奪い取れ」
トルコの情報機関は、特殊部隊を密かにウクライナ領内へと潜入させた。彼らの目的は、独立の混乱に乗じて旧ソビエトの『悪魔の火』を強奪し、トルコを真の核保有国(列強)へと押し上げることである。
深夜のウクライナ南部の森林地帯。
トルコの特殊部隊と、それを察知したウクライナの防衛部隊(旧ソビエト赤軍の精鋭)との間で、激しい銃撃戦が勃発した。
「……トルコのハイエナどもめ! 我々の土地から盗みを働く気か!」
暗闇の中、曳光弾が飛び交い、森が燃え上がる。
ウクライナ軍の決死の防衛により、トルコの特殊部隊は核施設への侵入を阻止され、多数の死傷者を出して撤退を余儀なくされた。しかし、この『ウクライナ領内での武力衝突』は、トルコという国家がもはや常軌を逸した「狂犬」と化していることを、世界中に知らしめる決定的な事件となったのである。
### 5.鉄の結束――バルカン同盟の成立
ジョージアの無惨な蹂躙と、ウクライナでの核強奪未遂事件。
これらトルコ連邦共和国の暴走を目の当たりにし、最も震え上がったのは、バルカン半島に位置する国々であった。
「……トルコの狂犬どもは、本気でオスマン帝国の版図を復活させる気だ。ジョージアの次は、間違いなく我々の喉首に食らいついてくるぞ!」
首都ソフィアで、**ブルガリア王国**の指導層は恐怖に顔を青ざめさせていた。彼らは、ソビエト崩壊の直前にMTOを脱退し、西側へ擦り寄ろうとしていたが、目前に迫るトルコの軍事的脅威は、もはや一国の外交努力で防ぎきれるレベルを超えていた。
「……生き残るためには、過去の遺恨を捨てて手を結ぶしかない」
1991年末。
かつては互いに領土を奪い合い、民族対立の血を流してきたバルカンの国々が、トルコという「巨大すぎる共通の敵」を前に、歴史的な歩み寄りを見せた。
ブルガリア王国政府の強力な呼びかけにより、南の大日本帝国の息がかかった**ギリシャ王国政府**、そしてバルカン最強の陸軍力を持つ**セルビア共和国政府**の三カ国が、首都アテネにおいて極秘の会談を実施したのである。
「……我々スラブ人とギリシャ人が、トルコの軍靴に踏み躙られることだけは絶対に阻止せねばならない」
「ああ。イスタンブールの狂人どもを、ボスポラス海峡の向こう側に封じ込めるための『鉄の盾』が必要だ」
ここに、ブルガリア、ギリシャ、セルビアを中核とする強固な軍事・安全保障ネットワーク**『バルカン同盟』**が正式に結成された。
### 6.エピローグ――新たなる火薬庫の完成
1991年が暮れようとしている。
ユーラシアの北半球では、列強による核の封じ込めと、セルゲイ王の治世のもとで、巨大なロシア王国が静かな再生の春を迎えようとしていた。
しかし、その足元――黒海から地中海、そしてカフカスへと至る「ユーラシアの腹」の部分には、ソビエトの崩壊によって解き放たれた「新たなる巨大な火薬庫」が、今にも爆発しそうな熱を帯びて完成しつつあった。
恫喝と侵略によってネオ・オスマン帝国の野望を突き進む、狂乱の『トルコ連邦共和国』。
そして、その狂犬の牙から自らの生存を守るべく、背水の陣で結成された『バルカン同盟』。
冷戦という絶対的な重石が取り払われた世界は、純粋な領土的野心と民族の生存権が真っ向から激突する、極めてプリミティブ(原始的)で血生臭い「混沌の1990年代」へと、完全にその歩みを進めてしまったのである。
(第十三章 第四話 完)
---




