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119.桜花と雪の舞う列島

# 海洋帝国日本史 第十二章:黄金の狂騒と解き放たれる世界


## 閑話:桜花と雪の舞う列島――帝国最高幹部の春の逃避行(1978年)


### 1.無傷の巨城と、鉄板の上の庶民派(大阪)


1978年、春。

大日本帝国の中枢、霞が関と種子島で、日々秒単位のスケジュールに追われる二人の最高幹部が、奇跡的に数日間の「完全な休暇」を確保することに成功した。


**『JAXA(帝国宇宙研究開発機構)宇宙開発局長』**にして、次世代ロケット開発の総責任者、御子柴 龍一。

そして、帝国外務省の裏のトップ**『国際情報統括室長』**として、世界中のKGBやCIAと暗闘を繰り広げる冷徹な女傑、西園寺 小百合。


15歳のクリスマスに出会い、共に帝国の重責を担いながら50代という円熟の年齢を迎えた二人は、今もなお、新婚の若者のように深く熱い愛情で結ばれていた。

「……ロケットの打ち上げ窓も、ソビエトの不穏な動きも、今日から三日間は完全に忘れるとしよう」

「ええ、そうね。部下たちには『緊急時以外は絶対に連絡してこないように』と、きつく言い含めてあるわ」


二人がお忍びの春旅行の最初の目的地に選んだのは、天下の台所、**大阪**であった。


春の陽光の下、二人の目の前に聳え立っていたのは、満開の桜の海に浮かぶような壮麗なる**『大阪城』**である。

史実とは異なり、第二次世界大戦において本土が一切の戦火(大空襲)を免れたこの世界線では、大阪市内の一等地に、江戸時代から続く巨大な木造建築群や、苔むした広大な石垣、そして圧倒的な威容を誇る本丸が「完全な姿」で維持されていた。


「……見事なものね。何百年もの間、一度も焼けることなくこの大都市を見守り続けてきたなんて」

小百合は、春風に舞う桜の花びらを眺めながら、感嘆の息を漏らした。

「ああ。帝国の平和の象徴だよ。……さて、お腹も空いたことだし、城の歴史を堪能した後は、この街の『もう一つの顔』を楽しもうか」


旅の通である二人が向かったのは、高級料亭などではなく、大阪の路地裏にひっそりと暖簾を掲げる、地元民に愛される名店**『お好み焼き屋』**であった。


熱せられた分厚い鉄板の上に、豚肉とキャベツがたっぷりと入った生地が落とされ、ジューッと食欲をそそる音を立てる。

普段は仕立ての良いスーツとドレスに身を包み、国際会議で各国の首脳と渡り合っている二人が、この時ばかりはカジュアルな装いで、小さなヘラ(テコ)を手に持ち、ソースが焦げる香ばしい匂いに顔をほころばせている。


「……ふふっ、局長殿の手さばきも、なかなか堂に入っているじゃない」

「君の諜報活動よりは単純な作業だからね。ほら、熱いうちにどうぞ」

冷えたビールで乾杯し、熱々のお好み焼きを頬張る。それは、肩の荷を下ろした二人が心からリラックスできる、極上の庶民派デートであった。


### 2.百万石の奥座敷と、華族の特権(加賀温泉)


大阪で腹ごしらえを済ませた二人は、大阪駅から特急**『サンダーバード』**のグリーン車に乗り込んだ。

帝国の誇る流線型の特急列車は、春の穏やかな日本海の海岸線を滑るように走り抜け、夕暮れ時、二人は石川県の**加賀温泉郷**へと降り立った。


「加賀百万石の奥座敷」。そう呼ばれるこの地で二人が宿泊するのは、一般の予約サイトや旅行代理店では決して名前が出てこない、限られた特権階級のための**超高級旅館**である。


「……西園寺様、御子柴様。お待ち申し上げておりました。前田侯爵様より、特別室の準備を整えるよう固く仰せつかっております」

玄関で深く頭を下げる女将。


小百合の生家である**『西園寺家』**は、公家をルーツとする誇り高き華族(伯爵位)である。そして、この加賀の地を事実上支配しているのが、加賀藩主・前田利家の血脈を受け継ぐ**『前田侯爵家』**であった。

今回の旅行にあたり、小百合は長年の華族ネットワークを使い、前田家当主に直接連絡を取り、富裕層(特に華族や政府高官)のみに開かれた、離れの特別室を確保していたのである。


通された部屋は、最高級の檜と数寄屋造りの技法がふんだんに使われた、広大な和室であった。

そして何より二人を喜ばせたのは、部屋の縁側の先に設えられた、手入れの行き届いた日本庭園を独り占めできる**『専用の客室露天風呂』**の存在である。


夕食前。

春の宵闇が迫る中、二人は誰の目も気にすることなく、共に湯帷子ゆかたびらを脱ぎ捨て、檜の薫る熱い湯へと身を沈めた。


「……ああっ、極楽だ……。JAXAのデスクワークで凝り固まった背中が溶けていくようだ」

龍一がほうっと息を吐くと、隣に寄り添うように湯に浸かった小百合が、彼のがっしりとした肩にそっと手を置いた。

50代という年齢を感じさせない、若々しく引き締まった肉体を保つ二人は、湯煙の中で、出会った15歳の頃と変わらない熱い視線を交わした。


「……リュウ。こんなにゆっくり二人きりでお湯に浸かるなんて、本当に久しぶりね」

「ああ。息子の龍星も、今はエレナ君とヨーロッパを旅行中だ。……今夜は、誰の邪魔も入らないよ」

小百合の艶やかな濡れ髪に、龍一はそっと口づけを落とした。湯の熱さか、それとも愛する夫の体温か。小百合の白い頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。


その後の夕食は、まさに北陸の海の幸の独壇場であった。

「白身のトロ」と称される、口の中でとろけるような極上の脂を蓄えた**高級魚・のどぐろ**の塩焼き。そして、冬の間にたっぷりとした旨味を蓄え、春先まで極上の味を保つ**氷見のひみ・ぶり**のお造り。

二人は、前田侯爵家から特別に差し入れられた最高級の純米大吟醸を傾けながら、帝国の誇る豊かな食文化に舌鼓を打ったのである。


### 3.歴史と最先端が交差する街(金沢と前田財閥)


翌朝。旅館の黒塗りのハイヤーで、二人は**金沢市**の中心部へと向かった。

人口100万人を誇るこの都市は、大日本帝国の中でも極めて特異な発展を遂げた大都市であった。


金沢経済の絶対的な心臓部。それは、地場華族である前田侯爵家が運営する巨大なコンツェルン、**『前田財閥』**の存在である。

特に、彼らが長年の薬種問屋の歴史を基礎として発展させた**『前田製薬』**は、この1970年代後半において、世界第一位のシェアと最先端の特許技術を誇る、文字通りの巨大多国籍企業へと成長していた。

金沢は、世界中から優秀な研究者が集まる「最先端の医療・製薬メガロポリス」という顔を持っていたのである。


しかし、その一方で。

「……信じられないわね。これほど高度なハイテク産業都市でありながら、街の半分は完全に『江戸時代』のままなんだから」


小百合が驚く通り、金沢市内には、巨大な**金沢城**と、日本三名園の一つである**兼六園**、そして**ひがし茶屋街**から武家屋敷跡へと続く、途方もなく広大な『旧市街』が、大空襲を免れたことにより、江戸時代そのままの姿で保存されていた。

この「加賀百万石と金沢歴史保存地区」は、ユネスコの世界遺産にも登録されており、年間数千万人の観光客を集める帝国のドル箱観光地であった。


二人は、老舗の呉服屋で最高級の加賀友禅(小百合)と、大島紬の粋な着流し(龍一)に着替え、春爛漫の旧市街へと足を踏み入れた。

兼六園の霞ヶ池のほとりで、満開の桜を背景に写真(国産の最新型一眼レフカメラ)を撮り合い、ひがし茶屋街の石畳を歩きながら、格子戸の奥から聞こえる三味線の音色に耳を傾ける。


「……南洋(オーストラリア地方)の、あの突き抜けるような青空と近代的なビル群も素晴らしいけれど。やはり、こうした古き良き『武士の文化』と『静寂の美』こそが、我々日本人の精神の故郷だな」

龍一の言葉に、小百合も深く頷いた。近代化と伝統が全く矛盾することなく同居するこの国は、まさに奇跡の結晶であった。


### 4.祈りの回廊(長野・善光寺)


金沢でのタイムスリップのような時間を楽しんだ後、二人は金沢駅から開業したばかりの**『北陸新幹線』**に乗り込み、信州の山々を貫いて**長野駅**へと向かった。


長野は、古くは信州の雄・真田家が治めた**松代城**の城下町であり、そして何より、日本最古の仏像を祀る**善光寺**の門前町として栄えた信仰の都市である。

二人は着物から動きやすい服装に着替え、善光寺の巨大な本堂へと足を運んだ。


「遠くとも 一度は参れ 善光寺、か」

荘厳な本堂に漂う、数百年間絶えることのない線香の香り。二人は静かに手を合わせ、これまでの国の平穏と、遠くヨーロッパを旅している息子の安全を祈った。


その後、二人は本堂の地下に広がる真っ暗な回廊を歩く『お戒壇巡り』を体験した。

一寸先も見えない絶対的な暗闇の中、小百合は思わず龍一の手を強く握りしめた。

「……怖い?」

「いいえ。あなたが傍にいてくれるから」

暗闇の中で、極楽浄土への錠前(極楽の錠前)を探り当てた二人は、仏教文化の持つ深い精神性と、互いの存在の大きさを、静かな感動と共に噛み締めていた。


### 5.終わらない冬を追いかけて(白馬の雪)


長野での祈りを終えた二人は、いよいよこの旅の「もう一つのメインイベント」を堪能すべく、帝国最大のアルパイン・リゾート、**白馬はくば**へと車を走らせた。


春の麓では桜が舞っていたというのに、標高の高い白馬の山々には、まだたっぷりと極上の雪が残っていた。

この時代の大日本帝国において、スノースポーツ(スキー)は、国民的な大ブームを超えて、もはや「帝国民のライフスタイル」の一部として完全に定着していた。


その理由は、帝国の巨大な領土が「北半球と南半球の両方」にまたがっているという、圧倒的な地理的優位性にあった。


「……よし、ワックスの乗りも完璧だ」

山頂のゲレンデで、龍一は愛用のスキー板のビンディングをカチリと鳴らした。

「今年の年末は、久しぶりに羊州(史実のニュージーランド)に行きましょうか。星都テカポの星空山脈帯もいいけれど、私は水川クイーンズタウンの南洋系スキー場が好きだわ」

ゴーグル越しに微笑む小百合。


帝国のアクティブな富裕層や若者たちは、冬から春にかけては北海道の**ニセコ**や、長野の**白馬・志賀高原**といった「本土系スキー場」で極上のパウダースノーを楽しみ。

そして本土が夏を迎える7月から10月にかけては、南半球の**帝国領羊州ニュージーランド**へと飛び、南アルプス山脈に連なる雄大な「南洋系スキー場」でシュプールを描く。

彼らは、北と南を行き来することで、一年中「終わらない冬(雪)」を追いかけ続けることができる、世界で最も贅沢なスキーヤーたちだったのである。


「さあ、競争よ、リュウ!」

小百合がストックを突き、風を切って急斜面を滑り出す。

「おい、フライングだぞ!」

龍一も笑いながら、見事なパラレルターンで妻の背中を追いかけた。


抜けるような青空と、白馬の雄大な雪景色。

春の雪を滑らかに切り裂きながら、二人の間には、外交の重圧も、宇宙開発の重責も存在しなかった。あるのは、ただ純粋な雪の感触と、隣で笑う愛する人の存在だけである。


### 6.帰還――再び、帝国の舵取りへ


数日間の、夢のような逃避行が終わった。

大阪の歴史と庶民の味、加賀の極上の湯と海の幸、金沢の武家文化と最先端技術、長野の仏教の祈り、そして白馬の雪。

それは、南洋の近代的なメガロポリスとはまた違う、大日本帝国の「古き良き伝統と、豊かな自然の恵み」を凝縮した、極上の大人旅であった。


帰りの新幹線の車内。

疲れ果てて龍一の肩に寄りかかって眠る小百合の寝顔を、龍一は愛おしそうに見つめていた。


「……さて。英気を養った分、また明日から、あの果てしない宇宙ソラの計算と、世界の裏側での化かし合いに戻らなければな」


窓の外には、夕暮れに染まる美しい日本の風景が流れていく。

この平和で豊かな列島を守り、さらに高みへと導くために。帝国の最高頭脳カップルは、互いの愛を絶対の力に変え、再び霞が関とJAXAの「戦場」へと戻っていくのである。


(閑話 完)


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