11.維新戦争――鉄の暴風と八咫烏
# 海洋帝国日本史 第2章:近代化と内的葛藤
## 第5話:維新戦争――鉄の暴風と八咫烏(1850〜1860年代前半)
### 1.江戸城・大奥の落日と「八咫烏」
嘉永三年(1850年)冬。
将軍・家慶の死と、芸州徳川斉順の次期執政指名により、江戸城は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
この混乱に乗じ、大奥の女帝・**姉小路**は、御三卿の一つ、**一橋徳川家**に手引きをしていた。
「斉順ごとき傍流に、天下は渡さぬ。一橋慶喜公こそが正統な君主」
姉小路の手引きにより、一橋家の私兵五百名が、闇に紛れて平川門から城内へ侵入しようとしていた。彼らの狙いは、本丸の制圧と、「偽の遺言書」によるクーデターである。
しかし、彼らが門をくぐった瞬間、そこは静寂の処刑場と化した。
待ち受けていたのは、御庭番・村垣範正が組織した精鋭実働部隊、通称**「八咫烏」**である。
「……処理せよ」
隊長の短い合図と共に、闇の中から鈍い発砲音が響く。
オランダ製の短銃と、音もなく喉を掻き切る特殊な短刀。
一橋の兵たちは、誰に撃たれたのかもわからぬまま、次々と石畳に沈んでいった。
大奥の長局に踏み込んだのは、海軍情報部の勝海舟と、八咫烏の女性隊員たちであった。
「姉小路様。時代は変わったのです」
勝は、震える老女に引導を渡した。
「女の園が政治を動かす時代は終わりました。これより大奥は解体、皆様には城を出ていただきます」
一夜にして、江戸城の「膿」は絞り出された。
これは、後の帝国において「内務省特別高等警察局」や「秘密情報部」へと繋がる、公安組織の最初の成功例となった。
### 2.九州戦線――薩摩の「裏切り」
一方、西国では巨大な軍勢が動いていた。
**「薩摩軍、三万。北上を開始」**
この報は、反幕府連合同盟(列藩同盟)を狂喜させた。
肥前(佐賀)の鍋島家、筑前(福岡)の黒田家は、薩摩の挙兵を信じ、共に兵を挙げて幕府側で芸州徳川家に姫を出している熊本城を制圧し、九州一円を支配する計画を立てていた(長崎は島津と合流してからの計画だった)。
「島津殿が動いたぞ! これで西日本は我らのものだ!」
彼らの目の前には、幕府への忠誠を貫く**熊本藩・細川家**が立ちはだかっている。鍋島・黒田軍は、薩摩軍が背後から熊本を挟撃してくれるものと信じていた。
しかし、戦場に到着した薩摩軍が銃口を向けたのは、熊本城ではなかった。
薩摩軍総司令官・**西郷吉之助**は、困惑する鍋島・黒田の両軍に対し、冷徹に告げた。
「これより先、一兵たりとも通すわけにはいかん」
「なっ、島津殿は裏切るのか!?」
「裏切りではない。我らは最初から『日本』のために動いている。……古い夢を見るのは終わりになされよ」
薩摩軍は、熊本藩と連携し、九州北部の反乱勢力を完全に封鎖した。
この見事な「蓋」により、西国からの増援は絶望的となり、本州の反乱軍は梯子を外された形となった。
### 3.三菱の暗躍――兵站という名の武器
薩摩軍の迅速な展開を支えたのは、海上に浮かぶ無数の輸送船団であった。
船旗には、三つの菱形。**「土佐商会(後の三菱)」**である。
若き指導者・**岩崎弥太郎**は、戦場ではなく、長崎の事務所でソロバンを弾いていた。
「薩摩の兵三万を、二日で八代へ運ぶ。……とんでもない商売ぜよ」
彼は、幕府(勝海舟)との密約に基づき、反乱軍側の鍋島・黒田家には「嵐で船が出せない」と嘘をつき、輸送を拒否。一方で、薩摩軍には自社の蒸気船をフル稼働させ、弾薬・食料・兵員をピストン輸送していた。
「戦は鉄砲でやるもんじゃない。船と金でやるもんじゃ」
後に「海運王」と呼ばれる男は、この内戦で莫大な富と、帝国政府への強力なコネクションを確立する。
外様大名たちは、自分たちが雇っていたはずの商人に、首輪を締め上げられていたことに気づくのが遅すぎた。
### 4.奥州街道の悪夢――伊達軍の進撃
西の裏切りを知らぬまま、東国では最大の悲劇が始まろうとしていた。
仙台藩主・**伊達慶邦**率いる「奥羽越列藩同盟」五万の軍勢が、白河の関を越え、関東平野へとなだれ込んだのである。
「尾張殿(徳川慶勝)と合流し、江戸を火の海にする!」
彼らの士気は高かった。伊達家の兵は精強で知られ、装備もそれなりに近代化されていた(と彼らは思っていた)。
対する幕府陸軍は、宇都宮城より少し北の鬼怒川で防衛線を敷いた。
指揮官は、フランス軍事顧問団の指導を受けた、**大村益次郎**(史実の長州藩士だが、ここでは芸州徳川家にスカウトされて幕府陸軍の参謀)。
「敵は密集して突撃してくる。……良い的です」
大村は、表情一つ変えずに命令を下した。
伊達軍の騎馬隊が、土煙を上げて突撃を開始する。
「進めぇ! 徳川の臆病者どもを蹴散らせ!」
その時、政府軍の陣地から、奇妙な音が響いた。
ガラガラガラ……という、豆を挽くような回転音。
次の瞬間、伊達軍の前衛が、見えざる鎌で薙ぎ払われたかのように、血飛沫を上げて倒れ伏した。
**「ガトリング砲」**である。
米国での南北戦争(この世界線でも同時期に発生)で使われた殺戮兵器を、芸州家はすでに輸入し、ライセンス生産を始めていた。
毎分200発の鉛玉は、武士の勇気も、名刀の輝きも、すべてを無慈悲に粉砕した。
### 5.加賀の静観――百万石の計算
北陸の雄、加賀百万石・前田家。
当主・前田斉泰の元には、早馬が次々と飛び込んでいた。
『薩摩、熊本と合流し反乱軍を封鎖』
『伊達軍、宇都宮にて壊滅的打撃を受く』
家老たちが「殿、いかがなされますか!?」と詰め寄る中、斉泰は静かに筆を置き、茶を啜った。
「……動かぬ」
「しかし、それでは列藩同盟への義理が!」
「義理で国が守れるか。見ろ、この戦力差を。薩摩と幕府は最初からグルだ。我々は踊らされていただけなのだ」
斉泰は、加賀藩の全軍に「領国警備」を命じ、一歩も外へ出さなかった。
これにより、反乱軍の最大戦力である加賀が脱落。
尾張徳川家と水戸家は、完全に孤立した。
東からは帝国政府軍、海からは帝国海軍の艦砲射撃。
御三家の誇りは、近代兵器の前に灰燼に帰した。
### 6.帝国の夜明け――「日本帝国」の宣言
慶応四年(1868年)、春。
内戦は、帝国政府軍の圧倒的勝利で幕を閉じた。
江戸城・大広間。
新たな主となった第13代執政(将軍)・**徳川斉順**は、集められた諸大名を見下ろしていた。
斉順は、古式ゆかしい狩衣ではなく、西洋式の軍服(フロックコート型)を身に纏っていた。
彼は、一枚の布告書を読み上げた。
**「本日をもって、『幕府』という呼称を廃止する」**
どよめきが広がる中、斉順は続けた。
**「これより、我が国号を『日本帝国(Empire of Japan)』と称し、天皇陛下を戴く統一国家とする」**
**「全ての藩を廃止し、『県』を置く。大名は東京(江戸を改称)へ移住し、華族としてその地位を保障するが、領地と兵権は帝へ返上せよ」**
反論できる者は、誰もいなかった。
逆らえばどうなるか、宇都宮の惨状と、東京湾に浮かぶ蒸気艦隊が雄弁に物語っていたからだ。
伊達慶邦は、震える手で平伏した。
島津斉彬は、満足げに微笑んだ。
そして、中立を保った前田斉泰は、安堵の溜息をついた。
ここに、封建国家・日本は死に、**「海洋帝国・日本」**が誕生した。
それは、革命による破壊ではなく、徳川という巨大なシステムが、自らの殻を破って脱皮した瞬間であった。




