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107.悪魔のクラブと老帝の癇癪――拡散する炎と早期NPT

# 海洋帝国日本史 第十一章:冷たい方程式と拡散する悪魔の火


## 第五話:悪魔のクラブと老帝の癇癪――拡散する炎と早期NPT(1947年〜1951年)


### 1.偽りの平穏と復興の槌音(1947年〜1949年)


イルクーツクの氷点下での「一触即発の誤射事件」が、首の皮一枚で回避された1946年末。

核戦争という究極の破滅の淵を覗き込んだ世界は、その極限の恐怖の反動からか、1947年からの数年間、奇妙なほどに静かで「平穏な時代」を迎えることとなった。


荒廃したヨーロッパや中東では、大国間のイデオロギー対立を逆手に取った、したたかな戦後復興が進められていた。

その筆頭が、中東の要衝**トルコ社会主義共和国**である。

「……今こそトルコ復活の時。大戦では負けたが我々は死んではいない。」

トルコ政府は、自国が「イタリアの地中海進出を塞ぐ巨大な防波堤であり、ソビエトの地中海へ出る唯一の海峡を保有している」ことを最大限に利用した。彼らは第四インターナショナル内での経済利権をむしり取り、見事に焼け野原からの経済復活を遂げたのである。


同時に、ドイツの完全な庇護下に入ったフランスをはじめ、ヨーロッパの経済も息を吹き返しつつあった。大日本帝国の「パックス・ジャポニカ」は相変わらずの空前の繁栄を謳歌し、人々の生活には自動車や新しい家電といった豊かさが浸透し始めていた。


しかし、この平穏はあくまで「ユーラシア」に限られたものであった。

海の向こう、**アメリカ合衆国**では、狂気じみた『レッドパージ(赤狩り)』が依然として猛威を振るい続けていた。

「……隣の家の主人が、夜中にロシア語のラジオを聴いていたぞ!」

CIAとFBIによる監視網は市民の寝室にまで及び、メキシコを焼き尽くした罪悪感と、迫り来る南米赤軍の恐怖が、アメリカ社会の精神を内側から重く、暗く蝕み続けていたのである。


平和と繁栄を謳歌する旧世界と、猜疑心に苛まれる新世界。

だが、このかりそめの静寂は、1950年の訪れと共に、大地を揺るがす「二つの巨大な咆哮」によって完全に打ち破られることとなる。


### 2.獅子の咆哮とヒグマの覚醒(1950年)


1950年。

世界を震撼させる凶報が、相次いでワシントンと東京の将軍府に飛び込んできた。


「……ソビエト連邦が、セミパラチンスクの実験場において、独自の核爆発実験に成功。……スターリンが、ついに悪魔の火を手に入れました」

「それだけではありません! ほぼ同時期にインド洋の英国領岩礁において、大英帝国も核実験を成功させたと公式声明を発表しました!」


**ソビエト連邦**と、**大英帝国**。

二つの巨大な帝国が、ついに核保有国ニュークリア・クラブの仲間入りを果たしたのである。


ソビエトの成功は、KGBの凄まじい諜報活動によってアメリカのマンハッタン計画のデータを盗み出した結果であった。スターリンはモスクワの赤の広場で、「我が第四インターナショナルは、もはやヤンキーの核の恫喝には屈しない!」と、勝ち誇ったように宣言した。


一方、大英帝国の成功は、誇り高き「王立アカデミー」の執念の結晶であった。

オックスフォード、ケンブリッジ、そして香港王立大学から集められた最高の頭脳たち。さらにその裏には、大日本帝国からの「非公式な技術的助言(計算データの共有)」という暗躍があった。

「……イギリスには、ヨーロッパと中東、アジアを安定させるための『強い獅子』でいてもらわねば困るからな」

東京の将軍府は、自国の極東の安全を確固たるものにするため、同盟国であるイギリスの核保有を裏から支援し、世界のバランスを極めて冷酷にコントロールしていたのである。


### 3.黄金の老狐の奇跡(1951年)


米、日、独に続き、ソビエトとイギリスが核を手に入れた。

これで大国のパワーバランスは固定化されるかに見えた。しかし翌1951年、世界中の諜報機関の度肝を抜く「大番狂わせ」が起きる。


「……馬鹿な! **スペイン**だと!?」

マドリードの独裁者、フランコ将軍が、スペイン科学アカデミーによる核開発の成功を、世界に向けて堂々と発表したのである。


大戦を無傷で乗り切ったとはいえ、スペインの基礎科学力で核兵器を開発するなど、通常であれば数十年は不可能なはずであった。

しかし、フランコには「時代の強運」と「圧倒的な資金力」が味方していた。


「……南米の赤化(メキシコからアルゼンチンに至る共産革命)は、我々スペインにとって最大の福音であった」

フランコは、ワイングラスを傾けながら老獪に笑った。


南米大陸が南米赤軍によって真っ赤に染め上げられた際、命の危険を感じた南米諸国の「莫大な資産を持つ資本家」や「優秀な科学者・技術者」たちは、言語と血脈を同じくする旧宗主国・スペインへと、雪崩を打って亡命してきていたのである。

彼らが持ち込んだ天文学的な逃避資金と、アメリカの大学で学んだ優秀な頭脳の数々。フランコはこれらをすべて「スペインの核開発」へと全振りした。


南米から逃げ延びた亡命者たちの怨念と資金が、イベリア半島に巨大な悪魔の火を灯し、スペインを名実共に「世界第六の超大国」へと押し上げたのである。


### 4.ローマの癇癪――崩れ去る帝国の幻影(1951年)


スペインの核実験成功のニュースは、ヨーロッパのもう一つの「自称・超大国」の首都において、文字通りの大爆発(物理的な破壊)を引き起こしていた。


ガシャァァァァァァン!!!


イタリアの首都ローマ、ヴェネツィア宮殿の執務室。

「ドゥーチェ(統帥)!」と叫ぶ側近たちの目の前で、ベニート・ムッソリーニは、大理石の床に高級なワイングラスや花瓶を次々と叩きつけ、顔を真っ赤にして怒り狂っていた。


「……なぜだ! なぜ、あのイベリア半島の田舎者フランコにできて、偉大なる新ローマ帝国たる我々イタリアにできないのだ!!」


ムッソリーニの癇癪は、もはや手がつけられない状態に達していた。

第二次世界大戦において、彼はフランスやアメリカを裏切り、リビアやバルカン半島を強奪するという「見事な勝ち逃げ」を収めた。国民からの人気は絶頂に達し、地中海の覇者として君臨しているはずであった。


だからこそ、彼は自国独自の核開発を物理学者たちに厳命していた。アメリカの科学者にハニートラップを仕掛けるなど、CIA顔負けの諜報戦まで展開してデータを集めていたのである。


「……申し訳ありません、総統閣下。理論は完成しつつあるのですが……我が国の重工業の基盤と、ウラン濃縮を行うための莫大な電力網が、ドイツや日本に比べてあまりにも貧弱で……実験施設が何度もメルトダウン寸前になり……」

冷や汗を流す科学者の首根っこを、ムッソリーニは怒りに震える手で掴み上げた。


「言い訳など聞きたくない! ソビエトはバルカンの国境のすぐ向こうで、核の牙を剥いているのだぞ! 我々が丸腰だと知れ渡れば、イタリアの威信は地に堕ちる!」


勝ち逃げの美酒の裏に隠されていた、イタリアという国家の「基礎的な国力(工業力・科学技術力の底の浅さ)」が、核開発という究極の総力戦の前に、無残にも露呈してしまったのである。

ムッソリーニは、自らが築き上げた「強大な帝国の幻影」が、核を持てないという絶対的な現実の前にガラガラと崩れ去っていく焦燥感に、ただわめき散らすことしかできなかった。


### 5.閉ざされる扉――恐怖による秩序(NPTの締結)


1951年末。

米、日、独、ソ、英、西。

六つの国家が「都市を瞬時に消滅させる力」を手に入れたことで、世界の首脳たちは、かつてないほどの強烈な危機感(あるいは既得権益の保護欲)に駆り立てられた。


「……これ以上、核保有国が増えることは、我々大国にとってのリスクでしかない」

「もし、中東の部族や、南米のゲリラ、あるいは小国の独裁者がこの兵器を手に入れれば、世界の秩序は完全に崩壊する」


大国たちの意見は、イデオロギーの壁を越えて完全に一致した。

彼らが大義名分として掲げたのは、アメリカが中米(メキシコ国境)で使用した原爆がもたらした、あまりにも悲惨な「後遺症と放射能の恐怖」であった。


「……メキシコの惨状を見たまえ。我々人類は、これ以上、この悪魔の火を拡散させてはならない。地球を守るためだ」

どの口が言うのかという欺瞞に満ちた言葉であったが、それを語る彼ら自身が圧倒的な暴力(核)を握っている以上、世界中の非核保有国は沈黙するしかなかった。


スイスのジュネーブにおいて、歴史的な**『核拡散防止条約(NPT)』**が、史実よりも遥かに早い段階で締結された。


条約の骨子は極めてシンプルかつ冷酷なものであった。

『アメリカ合衆国、ソビエト連邦、大日本帝国、ドイツ第三帝国、大英帝国、スペイン国の六カ国のみを、合法的な【特権的核保有国】として定義する。これ以外のすべての国家による核兵器の新規開発・保有を、国際法のもとに固く禁ずる』


会議の席上、最も屈辱的な表情を浮かべていたのは、イタリア代表団であった。

ムッソリーニは、「我が国もあと数ヶ月で完成する! 我々を特別枠に入れろ!」と最後まで駄々をこねたが、大国たちは冷ややかな目でそれを一蹴した。


「……完成してから出直したまえ、ドゥーチェ。だが、今日この条約にサインした以上、明日から貴国の核施設には、我々六カ国の厳しい査察団が入ることになるがね」


イタリアは、地中海の覇者という自尊心をズタズタに引き裂かれながらも、ソビエトの脅威から身を守るために、西側諸国の「核の傘」に入らざるを得ず、屈辱の涙を飲んで非核保有国として条約にサインした。


### 6.エピローグ――特権階級のクラブ


1951年が終わろうとしている。


「核拡散防止条約」という名の、分厚く、冷酷な鉄の扉が閉ざされた。

それは、平和を愛する人類の叡智などでは決してなく。六つの「悪魔のクラブ」の会員たちが、自らの絶対的な権力と優位性を未来永劫にわたって独占し、それ以外の国々を永遠に「従属国」として縛り付けるための、極めて傲慢なシステム構築に他ならなかった。


世界は、イデオロギー(資本主義と共産主義)による分割の上に、さらに「核を持つ者」と「持たざる者」という、絶対に覆すことのできない新たな階級ヒエラルキーの支配下へと完全に移行したのである。


大国による恐怖の秩序が完成し、地上の国境線が鉄のカーテンによって完全に固定化された時。

有り余る国力と、行き場を失った科学技術の情熱は、いよいよ地球の重力を振り切り、遥かなる「宇宙」という無重力の戦場へと、その巨大な質量を叩きつけようとしていた。


(第十一章 第五話 完)


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