104.挟み撃ちの巨将――メキシコ炎上と赤い津波の北進
# 海洋帝国日本史 第十一章:冷たい方程式と拡散する悪魔の火
## 第二話:挟み撃ちの巨将――メキシコ炎上と赤い津波の北進(1945年6月〜7月)
### 1.CIAの敗北――メキシコに落ちる赤い影(1945年6月)
1945年6月。
ヨーロッパやアジアが「冷戦」という名の凍りついた睨み合いに移行し、奇妙な安定期を迎えつつあったその頃。アメリカ合衆国のすぐ足元である中米・メキシコでは、水面下で極めて血生臭く、そして致命的な「影の戦争」が限界を迎えようとしていた。
メキシコシティの裏路地にある、目立たない雑居ビルの一室。
そこは、設立されたばかりのアメリカ中央情報局(CIA)のメキシコ支局であった。部屋の中には、書類を焼く焦げ臭い煙と、エージェントたちの絶望的な怒号が充満していた。
「……駄目だ! チアパス州の協力者(右派の軍人)が、昨夜自宅で暗殺された! ユカタン半島に送り込んだ工作班も、三日前から通信が完全に途絶している!」
支局長は、血走った目で暗号電文を握り潰した。
トルーマン大統領の特命を受けたCIAは、メキシコへの「共産主義ウイルス」の浸透を防ぐため、莫大な工作資金と武器をばら撒き、左派の政治家や労働組合のリーダーを次々と「暗殺・失脚」させる強硬手段に出ていた。
しかし、彼らが相手にしていたのは、ただの南米の農民ゲリラではなかった。
背後で糸を引いていたのは、ロシア革命から第二次世界大戦に至るまで、無数の暗殺と謀略を潜り抜けてきたソビエトKGB(NKVD)の、冷酷極まりない熟練の政治将校たちであった。
「……ヤンキーの情報機関など、出来損ないのボーイスカウトに過ぎん」
KGBの工作員たちは、CIAの動きを完全に先読みしていた。彼らはアメリカの横暴な工作活動をあえてメキシコ国民に暴露することで、「ヤンキーの帝国主義からメキシコを解放せよ」という猛烈な反米ナショナリズムの炎を燃え上がらせたのである。
1945年6月。
CIAの必死の防諜網を食い破り、メキシコ南部(チアパス州やユカタン半島)において、ついに大規模な**『メキシコ赤色革命』**の火蓋が切って落とされた。
貧困に苦しむ数百万の農民と、ソビエトの扇動を受けた一部の左派軍人が一斉に蜂起。メキシコ政府軍の駐屯地は次々と襲撃され、真っ赤な旗が熱帯の空に翻った。
アメリカ合衆国が最も恐れていた「隣国の炎上」が、最悪のタイミングで現実のものとなったのである。
### 2.死の罠――マッカーサーの絶望(1945年6月下旬)
メキシコ南部での革命勃発という事態は、ただ単に隣国が混乱したという生易しい話では済まされなかった。
それは、地政学的に見て、一人の男とその部下たちを「人類史上最悪の死地」へと叩き落とすことを意味していた。
グアテマラ北部のペテン盆地。
強烈な湿気と熱気に包まれたジャングルの奥深くに構築された、アメリカ軍の『絶対防衛線』。
そこに駐留していたのは、アラビアの熱砂から本土防衛のために呼び戻され、南米赤軍の北上を食い止める「巨大な蓋」として配置されていた、**ダグラス・マッカーサー元帥率いるアメリカ陸軍・精鋭20万**であった。
前線司令部の巨大なテント。
マッカーサーは、机の上に広げられた中米の地図を見下ろし、トレードマークのコーンパイプを噛み砕かんばかりの力で握りしめていた。
「……メキシコ南部が、アカの手に落ちただと?」
彼の目の前の地図には、グアテマラ国境の南(ホンジュラス側)に、数百万という規模に膨れ上がった『南米赤軍』の巨大な赤い矢印が向けられている。
そして今、彼の背後であるはずのメキシコ南部(チアパス州)にも、無数の真っ赤な染みが広がり始めていた。
「……閣下。我が軍への物資の補給線(陸路)が、メキシコ南部のゲリラによって完全に切断されました。メキシコ政府軍は国内の鎮圧に精一杯で、我が軍の背後を守る余裕など一切ありません」
参謀が、血の気の引いた青白い顔で報告する。
「……つまり、我々20万の将兵は。南の『南米赤軍』と、北の『メキシコ革命軍』によって、この不毛なジャングルの中で完全に【挟み撃ち】にされたということか」
マッカーサーは、自らが置かれた状況の「絶望的なまでの馬鹿馬鹿しさ」に、低く乾いた笑いを漏らすしかなかった。
前方に巨大な敵の正規軍。背後には補給線を断ち切る無数のゲリラ。海からの補給も、ソビエトが南米で急速に強化している潜水艦部隊によって脅かされつつある。
中米の細い回廊に配置されたアメリカ最強の陸軍は、アメリカ本国を守るための「絶対の盾」から、一瞬にして、逃げ場のない「巨大なネズミ捕り」に閉じ込められた生贄へと転落したのである。
### 3.発狂する鷲――アメリカ合衆国・非常事態宣言
マッカーサー軍20万の孤立と、メキシコ革命の報せは、ワシントンD.C.のトルーマン政権に「完全なるパニック(発狂)」を引き起こした。
「……メキシコが落ちれば、我々の国境(テキサス、ニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア)が、直接ソビエトの軍門に接することになるのだぞ! 19世紀の米英戦争以来、本土が直接の危機に晒されるなど、合衆国の歴史上あってはならないことだ!」
トルーマン大統領は、ホワイトハウスの大統領執務室で、かつてないほどの怒声と悲鳴を上げていた。
ヨーロッパの泥沼から軍隊を撤退させたのも、すべては「この本土の絶対安全」を守るためであった。しかし、その防衛線の要であったメキシコが内側から崩壊しつつある今、合衆国の心臓には、氷のように冷たく鋭い刃が突き立てられようとしていた。
「……直ちに、アメリカ南部全域に『国家非常事態宣言』を発令せよ! 州兵を総動員し、国内に残存するすべての陸軍部隊をメキシコ国境(リオグランデ川沿い)に集結させるのだ!」
アメリカ全土に、空襲警報に似た不気味なサイレンが鳴り響いた。
ラジオからは、大統領の悲痛な演説が繰り返し流される。南部諸州のハイウェイには、徴兵されたばかりの若者たちを乗せた軍用トラックの車列が、土煙を上げて南へと急行していた。
「アカの軍隊が、メキシコを越えてやってくるぞ!」
テキサスやカリフォルニアの市民たちは、ライフルやショットガンを買い占め、家の窓に板を打ち付け始めた。
海の向こうの戦争で無敵を誇っていたはずのアメリカ合衆国は、建国以来の「本土が戦場になる」という未曾有の恐怖に、国家全体が完全にヒステリー状態へと陥っていたのである。
### 4.赤い津波の北進――グアテマラ殲滅戦(1945年7月)
そして、アメリカがパニックに陥り、背後のメキシコが炎上しているこの「究極の好機」を、南米赤軍を裏で操るソビエトの将軍たちが見逃すはずがなかった。
「……ヤンキーどもは完全に浮き足立っている。今だ。一気にグアテマラの防衛線を食い破り、マッカーサーの首をメキシコ湾に沈めろ!」
1945年7月。
中米の息詰まるような睨み合いは、ついに破られた。
ホンジュラス方面から、ソビエトの強烈なイデオロギーに洗脳された数十万の『南米赤軍』が、怒涛の勢いでグアテマラの密林へと北進を開始したのである。
「敵襲ゥゥゥ!! アカの大群が来るぞ!!」
前線のアメリカ兵たちの目に映ったのは、想像を絶する「悪夢のような光景」であった。
ジャングルの木々をなぎ倒して進んでくるのは、ソビエトから供与された無数の『T-34戦車』のコピー(あるいはライセンス生産品)の群れ。さらにその後方からは、不気味な金属音を響かせる『カチューシャ・ロケット砲』が、空を覆い尽くすほどのロケット弾を放ってきた。
ドガァァァァァァン!!!
アメリカ軍の陣地が、凄まじい爆炎と土砂に吹き飛ばされる。
「撃て! 一歩も退くな! ここを抜かれれば、俺たちの故郷が火の海になるんだぞ!!」
マッカーサーの兵士たちは、前後に敵を抱える絶望の中でも、決して士気を崩さなかった。彼らは、アメリカの圧倒的な工業力が生み出した「最新鋭の兵器」を惜しみなく投入し、押し寄せる赤い波に対して壮絶な【殲滅戦】を展開した。
「パーシングを前に出せ! T-34の装甲を90ミリ砲でぶち抜け!」
配備されたばかりの新型重戦車『M26パーシング』が、その分厚い装甲でソビエト製戦車の砲弾を弾き返し、正確無比な射撃で敵戦車を次々と炎のスクラップに変えていく。
さらに空からは、P-51ムスタング戦闘機とA-26インベーダー攻撃機の編隊が飛来。彼らがジャングルに投下したのは、ナパーム弾、そして新たに開発された恐るべき広域制圧兵器――**『奮進弾(クラスター・ロケット弾)』**であった。
シュルルルルル……! ズドドドドドドォォォォン!!!
空中で炸裂した奮進弾から、無数の子弾が広範囲のジャングルに降り注ぐ。
「うぎゃぁぁぁっ!!」
南米赤軍の歩兵部隊は、凄まじい火力の網に捉えられ、文字通り「挽肉」となって熱帯の泥に沈んでいった。
マッカーサーの指揮する防衛戦は、戦術的には「完璧」であった。
アメリカ軍のキルレシオ(撃墜・撃破比率)は、南米赤軍に対して1対10以上に達していた。彼らは最新のVT信管(近接信管)付きの榴弾砲を雨あられと降らせ、赤軍の進撃ルートを死体の山で文字通り埋め尽くしたのである。
### 5.後退する絶対防衛線――泥沼の退却戦
しかし。
いかにアメリカ軍の火力が圧倒的であろうとも、この戦いの「根本的な戦略的絶望」が覆ることはなかった。
「……閣下! 弾薬の消費が激しすぎます! 背後のメキシコ南部が反乱軍に押さえられているため、本国からの補給列車が三日前から一本も到着していません!」
「右翼のメキシコ政府軍が崩壊しました! 南米赤軍の別働隊が、我が軍の側面に回り込もうとしています!」
司令部テントで次々と舞い込む報告に、マッカーサーは目を閉じた。
いくら敵を殺しても、ソビエトの支援を受けた南米赤軍は、まるで湧き出るアリのように無尽蔵の兵士を前線へと送り込んでくる。対するアメリカ軍は、弾を撃てば撃つほど弾薬が減り、前後に敵を抱えた状態では、傷ついた兵士を後送することすらできない。
「……このままでは、弾薬が尽きた時点で、我が軍はジャングルの中で包囲殲滅される」
マッカーサーは、自らのプライドと、部下の命を天秤にかけた。
アラビアの砂漠で、帝国陸軍に一矢報いた後に撤退を命じられた屈辱。
そして今、再び彼は「退却」という苦渋の決断を下さねばならなかった。
「……全軍に命じる。防衛線を放棄し、メキシコ領内へ向けて【遅滞戦闘を行いながらの北上(撤退)】を開始せよ。……メキシコ南部の反乱軍を強行突破し、少しでも補給線(アメリカ国境)に近い場所まで下がるのだ!」
1945年7月下旬。
アメリカ合衆国が「絶対に一歩も引かない」と豪語していたグアテマラの絶対防衛線は、事実上崩壊した。
マッカーサー軍は、重砲や戦車を最後尾に配置し、追撃してくる南米赤軍に猛烈な砲火を浴びせながら、泥濘のジャングルを北(メキシコ方面)へと、血を流しながら後退し始めたのである。
### 6.エピローグ――国境へ迫る悪魔の足音
マッカーサー軍の撤退は、アメリカ本国に「決定的な終末の恐怖」をもたらした。
メキシコ国内の情勢は、すでに完全に制御不能に陥っていた。
アメリカ軍が北へ後退するにつれ、南米赤軍はメキシコ領内へと深く侵入。現地の左派ゲリラと合流し、巨大な「赤い雪崩」となって、アメリカ国境(リオグランデ川)へとその歩みを進めていたのである。
「……マッカーサー軍は、メキシコ中央部まで後退しています。しかし、このままではいずれ国境まで押し込まれ、我が国の南部諸州が直接の戦場になるのは避けられません!」
ペンタゴン(国防総省)の作戦会議室では、将軍たちが頭を抱えていた。
「どうする!? 通常の兵器では、あの無尽蔵の赤い波を止めることはできないぞ! メキシコ国境に集めた州兵の練度では、T-34の群れに蹂躙されるだけだ!」
通常戦力による防衛が限界に達し、国家の心臓(本土)に敵の刃が触れようとしているという、極限の焦燥と恐怖。
「……大統領」
陸軍参謀総長のマーシャルが、震える声でトルーマンに耳打ちした。
「ニューメキシコ州のロスアラモス研究所から、報告が入っております。……例の【マンハッタン計画】ですが、科学者たちが不眠不休で作業を進めた結果、ついに……【実戦投入可能な二つの爆弾】が完成した、と」
その言葉を聞いた瞬間、トルーマンの背筋に、氷のような悪寒と、そして悪魔のような「甘い誘惑」が駆け巡った。
1945年8月が目前に迫っていた。
アメリカの意地と、南米赤軍の圧倒的物量が激突するメキシコの大地。
追い詰められた鷲は、自らの巣を守るため、ついに「人類が絶対に手を出してはならない禁断の火」に、その爪をかけようとしていたのである。
(第十一章 第二話 完)
---




