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103.熱砂の黒い黄金と影の戦争――アラブ特別県の誕生と鷲のパラノイア

# 海洋帝国日本史 第十一章:冷たい方程式と拡散する悪魔の火


## 第一話:熱砂の黒い黄金と影の戦争――アラブ特別県の誕生と鷲のパラノイア(1944年)


### 1.プロローグ――凍りつく世界


1944年。

カレンダーの上では、人類史上最悪の惨禍となった第二次世界大戦は終結を迎えていた。しかし、地球上の誰一人として、真の平和が訪れたとは信じていなかった。


銃声は止んだ。だが、その代わりに世界を支配したのは、息の詰まるような「静寂」と、互いの喉元にナイフを突きつけ合う「猜疑心」であった。

大日本帝国、ドイツ第三帝国、大英帝国といった生き残った列強諸国が、自らの勢力圏ブロックを固めることに汲々とする中。

ユーラシア大陸から南米大陸までを丸呑みした巨大な赤い巨獣――ソビエト連邦(第四インターナショナル)が、不気味な沈黙を保ちながら、次なる獲物を定めてその牙を研いでいたのである。


世界は、終わりのない『冷たい戦争(冷戦)』という名の、新たな地獄の釜の蓋を開けてしまったのだ。


### 2.トラウマと赤き影――アメリカ合衆国のパラノイア


1944年のアメリカ合衆国。

かつて「自由の女神」が輝いていたこの国は、今や「敗戦」という屈辱的なトラウマと、「共産主義」という消えない恐怖に、国家全体が内側から腐り落ちようとしていた。


ワシントンD.C.、ホワイトハウス。

ハリー・S・トルーマン大統領は、深夜の執務室で、精神安定剤の瓶を握り締めながら、絶望的な報告書を睨みつけていた。


「……大統領。メキシコからの報告です。南部のチアパス州やユカタン半島において、ソビエトの工作員によって扇動された左派ゲリラや農民の暴動が、もはや政府軍の手には負えない規模になっています。……メキシコの『赤化』は、時間の問題です」


「……おのれ、スターリンめ! 我が国が世界中から撤退したのをいいことに、自らの足元(裏庭)を完全に真っ赤に染め上げる気か!」


トルーマンは、報告書を叩きつけた。

世界中から数百万の軍隊を呼び戻し、グアテマラ防衛線に釘付けにされている間に。

アメリカが最も信じていたはずの隣国メキシコが、内側から共産主義のウイルスによって崩壊しようとしていた。


「それだけではありません。我が国の植民地である**『キューバ』**でも、南米赤軍の支援を受けた革命運動が激化しています。ハバナの街は爆弾テロで、恐慌状態に陥りつつあります。……このままでは、フロリダのすぐ目の前に、ソビエトの巨大な『赤い不沈空母』が誕生する可能性があります!」


敗戦による国力の低下、海外権益の喪失。そして自らの喉元に突きつけられた、赤いナイフ。

この極限の地政学的ストレスは、アメリカ国民の精神を完全に「パラノイア(被害妄想的恐怖)」へと叩き落とした。


1944年、アメリカ社会を襲ったのは、史上最も苛烈で、最も狂気じみた**『レッドパージ(赤狩り)』**の嵐であった。


「貴様、共産党員だな! いや、共産党の同情者シンパだろ! 正直に言え!」

FBI(連邦捜査局)や、新たに設立された秘密情報機関**『CIA(中央局)』**の尋問官たちが、全米のハリウッド、大学、労働組合、そして政府機関にまで踏み込み、少しでも「左翼的」と見なされた人物を、証拠もなしに次々と逮捕・拘束していった。


「私が共産主義者だと? バカな! 私はこの国を愛するアメリカ人だ!」

「うるさい! 負けた腹いせに国を売った裏切り者め! 地獄へ落ちろ!」


恐怖は恐怖を呼び、密告が奨励され、隣人が隣人を疑う、地獄のような社会。

トルーマンは、この国民の「怒りと恐怖」を、CIAによるソビエトへの「影の戦争(諜報・工作戦)」へと強制的に転換させることで、辛うじて国家の求心力を維持しようとしていた。

アメリカは、自らの民主主義をゴミ箱に捨て、ソビエトを打ち倒すためだけの「冷酷な情報・要塞国家」へと、その姿を変えつつあったのである。


### 3.赤い海軍とソビエトの北米戦略


アメリカが内側から崩壊しかけていたその裏で。

南米大陸を制圧した『南米赤軍』は、モスクワからの莫大な資金と技術支援、そしてチェコやルーマニアの熟練工たちをかき集め、自らの致命的弱点であった**『海軍力』**の爆発的な強化を開始していた。


「……ソビエトの戦略は、明確だ。ドイツや英国、日本といった強固な陸海軍を持つ列強とは正面衝突を避け、まずは『敗戦で弱りきっている北米アメリカ』を、海から包囲し、窒息させることだ」


ブエノスアイレスやリオデジャネイロの軍港には、ソビエトの技術協力によって建造された、無数の赤い星を掲げた駆逐艦、潜水艦(Uボートの技術をさらに進化させたもの)、そして小規模ながらも航空母艦が、不気味な威容を誇り始めていた。


スターリンは、自国の地理的条件(氷に閉ざされた北極海、閉ざされたバルト海、内海の黒海)ゆえに、海軍力を軽視し、陸軍と空軍にリソースを集中投資してきた。しかし、南米という広大な太平洋、大西洋、カリブ海に面した橋頭堡を手に入れた今、彼の戦略は完全に『海』へとシフトしたのである。


「南米から、キューバ、そしてメキシコを経由し、アメリカを東西南北すべての海から完全に封鎖する。……ヤンキーどもを、北米大陸という巨大な監獄に閉じ込め、内側からの革命で自滅させるのだ」


このソビエトの赤い海軍力の増強は、世界の大西洋と太平洋の覇権を根底から揺るがす、決定的な脅威であった。


### 4.帝国の盾と櫻港オークランドの艦隊


アメリカが南からの海軍の脅威に発狂していた頃。

ユーラシアの東の果て、大日本帝国もまた、この新たな脅威に対し、冷徹かつ迅速な地政学的対応を下していた。


「……ソビエトの赤い海軍が、南太平洋へと進出してくる。……我が帝国の重要な土地である羊州を、奴らの赤い潜水艦に脅威に晒させるわけにはいかない」


1944年、東京の将軍府は、帝国海軍の戦略的再配置を決定した。


南太平洋、ニュージーランド北島に位置する帝国の巨大な海軍基地、**『櫻港オークランド』**。

ここは、帝国の南の要塞として、無数の対空砲台と、巨大なドック、そして広大な飛行場が整備されていた。


「……本日より、櫻港海軍基地には、帝国連合艦隊の主軸となる**『常時空母艦隊(第一航空艦隊・櫻港派遣部隊)』**を駐勲させる!」


櫻港の軍港には、世界最強を誇る新造空母『三河』級、そして『白鷺』級の正規空母が、数隻の戦艦、巡洋艦、そして無数の駆逐艦を従え、不気味な鋼鉄の城のように錨を下ろしていた。


「ジャップの空母艦隊が、櫻港に常駐しただと!? おのれ……!」

南米の赤い海軍の将軍たちは、櫻港の艦隊の威容に、歯噛みした。

帝国の海軍力は、南米赤軍の脆弱な海軍など、一撃で海の底へ叩き込めるだけの圧倒的な力を、南太平洋に常に展開し始めたのである。


大日本帝国は、一切の血を流すことなく、ソビエトの赤い海軍力を南太平洋の奥深くに封じ込め、自らの安全と繁栄を完璧に守り抜いたのである。


### 5.熱砂の黒い黄金――帝国領アラブ特別県の誕生


そして。

世界が核と海軍力、そして諜報戦の恐怖に凍りつく中。

大日本帝国は、中東のアラビア砂漠において、未来の帝国の絶対的な繁栄を約束する、莫大な果実をもぎ取ろうとしていた。


1944年。

アラビア半島の南東部、ペルシャ湾に面した過酷な砂漠地帯。

そこには、大日本帝国の国旗「旭日旗」が、灼熱の熱風に吹かれながら、オアシスの拠点に掲げられていた。


**『帝国領アラブ特別県』**。

のちにUAE(アラブ首長国連邦)となるドバイやアブダビといった地域。この広大な砂漠の地は、ロンドン条約において、大英帝国から大日本帝国へと完全に割譲されていた。


「……英国よ、なぜこれほどの要衝を、日本に明け渡したのだ」

世界中の外交官たちが驚愕したが、その理由は極めて現実的であり、そして血塗られたものであった。


第一次世界大戦以来、英国はこの地域の石油利権を独占しようと企ててきた。しかし、現地の強力なアラブ部族たちは、英国の傲慢な植民地統治に激しく反発し、終わりのないゲリラ戦とテロを繰り返していたのである。


そこへ現れたのが、第二次世界大戦において、英国の同盟国としてアラビア半島奪還作戦を主導した大日本帝国であった。


「我々大英帝国は、インドの防衛とヨーロッパの復興で手一杯だ。……このアラブの熱砂で、これ以上現地の部族と血を流す気力も兵力も、我が国には残されていない」

英国は、自らの統治失敗の贖罪と、日本の戦争貢献への感謝、そして何より「日本なら、この過酷な土地を制御(内地化)し、対ソビエトの盾として機能させてくれる」という冷酷な期待を込め、この地域を日本に譲渡したのである。


1944年、この帝国領アラブ特別県の熱砂の上に、日系石油会社(帝国石油、三菱石油、住友石油鉱山)や商社の、泥と汗にまみれた「山師」たちが、次々と降り立った。


### 6.帝国式統治と、アラブの開拓者たち


彼らが目指したのは、英国のような「高圧的な植民地支配」ではなかった。

東京の将軍府が下した指令は、極めて野心的で、そして日本的なものであった。


『――アラブを植民地にするな。帝国の【内地(本土)】の一部とせよ。……現地の部族と血を分かち、富を共有し、彼ら自身が【帝国臣民】としての誇りを持てるように統治するのだ』


日系の石油技術者や商社員たちは、スーツを脱ぎ捨て、現地の部族と同じアラブの衣装トーブを纏い、ラクダの肉を食らい、灼熱のテントの中でアラブの部族長シェイクたちと、膝を突き合わせて語り合った。


「シェイク。我々大日本帝国は、貴方たちの土地を奪いに来たのではない。……この砂漠の地下に眠る【黒い黄金(石油)】を、共に汲み上げ、共に富を分かち合い、貴方たちの国を、世界で最も豊かで、最も進んだ国にするために来たのだ」


日本の技術者たちは、石油掘削の現場に多くのアラブ人を雇用し、彼らに日本の最新の工業技術と、そして「日本武道(柔道)」を徹底的に教え込んだ。


「……ジャップの連中は、英国人とは違う。俺たちを『未開人』と見下さず、汗を流して一緒に穴を掘り、畳の上で一緒に汗を流してくれる」

現地のアラブ人労働者たちの間には、大日本帝国に対する、これまでにない深い尊敬と、そして「自分たちも、この巨大な無敵の帝国の一部である」という強烈な誇りが芽生え始めていた。


そして、この帝国式統治(協調戦略)は、石油探査において、決定的な成果をもたらすことになる。


### 7.熱狂――石油発見(1944年11月)


1944年11月。

アラブ特別県の奥深く、見渡す限りの巨大な砂丘地帯。

そこには、日系の石油会社とアラブ人労働者たちが、数ヶ月にわたって昼夜を問わず、巨大な掘削櫓デリックのエンジン音を響かせていた。


「……ダメか。今日も、砂と水しか出ねえ」

日本の技術者が、油まみれの顔で溜息を吐いた。


「シェイク、もう諦めましょう。ここは、英国人も諦めた場所です……」

日本の商社員が部族長に弱音を吐いた、その時。


「……待て。俺のじいさんの、そのまたじいさんの代から、この砂漠のこの場所には、奇妙な『黒い泉』の伝説が伝わっている」

掘削現場を見守っていたアラブ人労働者のリーダー、**アブドラ**(30代、柔道黒帯のアラブ人臣民)が、日本の技術者の腕を掴み、地面を指差した。


「……英国人は、俺たちの伝説を『未開人どもの迷信』だと笑った。……だが、ジャップ(帝国)の技術と、俺たちアラブの『土地の記憶』が合わされば、奇跡は起きる。……もう一度だけ、俺を信じて、あの数メートル隣を掘らせてくれ」


アブドラの瞳には、かつての植民地労働者にはなかった、強烈な「当事者意識(誇り)」と、科学技術への絶対的な信頼が燃えていた。


「……よし。アブドラ、君を信じよう。総員、最後の一回だ! アブドラの指示する場所へ掘削櫓を移動しろ!」


ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ……!!


1944年11月X日、午後3時。

アブドラが指差した場所を掘り進めて、わずか数十メートル。

地下深くから、これまでとは違う、地鳴りのような重低音が響き渡った。


次の瞬間。


ドォォォォォォォォォォン!!!!!


爆発音と共に、掘削櫓の先端から、真っ黒で、濃厚で、灼熱のアラビアの太陽を浴びて黄金色に輝く**『黒い黄金(石油)』**が、数十メートルの高さまで、力強く噴い上がったのである。


「……出たァッ!! 石油だァッ!!」

「アブドラ! やったぞ、貴様の言う通りだ!」


日本の技術者とアラブ人労働者たちが、油まみれになりながら抱き合い、砂漠の上を転げ回って歓喜の叫びを上げた。

アブドラは、噴い上がる石油を見上げながら、その顔に油と涙を流し、高らかに叫んだ。


「見ろ、英国人どもよ! 我々アラブと大日本帝国は、ついに、この熱砂の砂漠をも制したのだ! ……帝国臣民、万歳!!」


1944年。大日本帝国は、熱砂の砂漠において、未来の帝国の絶対的な繁栄を約束する、莫大な石油資源の「噴出(熱狂)」をもぎ取ったのである。

この発見は、帝国の経済を、それまでの「大戦景気」から、完全に『石油エネルギー』に基づく、終わりのない黄金の繁栄へと移行させる、決定的な歴史の転換点となった。


### 8.宇宙への眼差し――日英独協力の始まり


そして。

世界が核と石油、そして諜報戦の恐怖と熱狂に渦巻いていた、この1944年の終わり。

大日本帝国の空軍の工廠や、帝国理工院の秘密研究施設では、殺伐とした地政学とは全く無関係に見える、しかし国家の未来を決定づける『新たな領域』への挑戦が始まっていた。


「……我々は、海を制し、陸を制し、そして空を制した。……次なる覇権の戦場は、あの『星々の彼方』だ」


東京の将軍府は、太平洋艦隊の縮小と陸軍の戦時強化によって、海軍力や陸軍力に向けられていたリソースの多くを、一気に**『空軍(および宇宙開発)』**へとシフトすることを決定した。


そして、その宇宙開発の基礎研究において、帝国は、ロンドン条約で確固たる協力関係を築いた**『大英帝国』**、そしてユーラシアの同盟国**『ドイツ第三帝国』**との、前代未聞の共同プロジェクトを立ち上げたのである。


「……英国の最先端の空気力学(ジェットエンジン技術)、ドイツのV2ロケットの弾道理論、そして我が大日本帝国の圧倒的な工業力と資金。……この三国が手を組めば、ヤンキーやアカの連中が追いつく前に、我々が重力のくびきを脱し、宇宙の覇者となれる」


1944年末。

日本の富士山麓にある秘密のロケット実験場では、日英独の科学者たちが集まり、V2ロケットをベースにした次世代の「多段式宇宙ロケット」の、エンジンの燃焼実験が行われていた。


キュルルルルル……! ズドゴォォォォォォォォォォン!!!


灼熱の炎と白い煙を吐き出し、大地を揺るがす巨大な振動。

この音こそが、20世紀後半を彩る『宇宙開発競争スペース・レース』の、栄光と狂気に満ちた開幕を告げる、銅鑼の音であった。


大日本帝国、ドイツ、イギリスの「三大帝国ブロック」は、核開発と同時進行で、宇宙という『究極の絶対国防圏』を目指し、その巨大な科学技術の槍を、蒼天へと突き立てようとしていたのである。


### 9.エピローグ――終わりの始まり


1944年が終わろうとしている。


アメリカ合衆国は、敗戦の虚無とレッドパージの恐怖の中で自らを要塞化し、CIAによる「影の戦争」へと突入した。

南米赤軍はソビエトの支援で海軍を強化し、アメリカを東西の海から包囲する構えを見せる。

大日本帝国は、櫻港に空母艦隊を常駐させて南太平洋を制圧し。

アラブの熱砂でアラブ人と共に『黒い黄金』を噴出させ、未来の繁栄を確約した。

そして、日英独協力による宇宙開発が、重力を超えるための轟音を上げ始めた。


熱戦が終わり、平和の鐘が鳴ることはなかった。

世界はただ、より冷酷で、より陰湿で、そして核と宇宙という「終わりのない終末への恐怖」が支配する、**『冷戦』**という名の巨大な方程式の中へと、完全に閉じ込められたのである。


人類の歴史上、最も暗く、最も冷たく、しかし、科学技術の熱狂だけが蒼天へと突き抜ける、新たな狂乱の時代が、1945年の夜明けと共に、静かに、そして重々しく幕を開けるのである。


(第十一章 第一話 完)


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この世界のこの油田の名前はアブドラでいい
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