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100. After the war Christmas

# 海洋帝国日本史 第十章:第二次世界大戦の終結と赤き新世界


## 第八話:After the war Christmas(1943年12月)


### 1.極東の不夜城――大日本帝国・東京の黄金時代


1943年12月24日。

ユーラシアの東の果て、大日本帝国の帝都・東京。

そこには、かつて1941年12月にアメリカ軍の空襲によって焦土と化した傷跡など、微塵も残されていなかった。


銀座の目抜き通りには、眩いばかりのネオンサインが瞬き、降誕祭クリスマスを祝う華やかな装飾と、蓄音機から流れるジャズや流行歌が、行き交う人々の笑顔を明るく照らし出していた。


「……信じられないな。わずか二年前、この街がヤンキーの爆弾で燃えていたなんて」

「ああ。だが我々大日本帝国は、見事に焼き返し、そして世界に勝ったのだ。将軍家と、散っていった英霊たちに感謝しなければな」


ショーウィンドウの前で語り合う市民たちの顔には、戦争の疲弊など全く見られなかった。それどころか、彼らは『戦後』という言葉すら忘れてしまうほどの、有史以来かつてない**空前の大戦景気(パックス・ジャポニカの繁栄)**の熱狂に包まれていたのである。


大日本帝国は、北中華、南華、満州、そして大韓民国という広大な「絶対安全な防波堤と経済ブロック」を構築した。これにより、帝国本土の莫大な工業力は、軍需から一気に「民需」へと巨大なシフトを開始していた。


「軍の機密指定が解除されたぞ! 航空機のジュラルミン加工技術を、自動車や家電に転用しろ!」

日系メーカー(三菱、トヨタ、日立など)の技術者たちは、血眼になって次世代の民生品開発に没頭していた。軍用エンジンの技術は高性能な国産乗用車を生み出し、レーダー技術は新たな通信機器や家電へと姿を変えようとしている。

国民は豊かな給料を手にし、デパートには商品が溢れ、帝国臣民としての絶対的な誇りと忠誠心は、この黄金の繁栄によって完璧なまでに固定化されていた。


しかし。

ネオンが輝く帝都の地下深く、あるいは霞が関の将軍府の奥底では、決して光の当たらない「冷酷な次なる戦争」の準備が、音もなく進められていた。


「……民衆には、クリスマスを楽しませておけ。だが、我々は立ち止まるわけにはいかない」

帝国軍首脳陣、そして帝国理工院の最高頭脳たちは、分厚い防空壕の中で、一つの巨大な黒板を見つめていた。そこには、複雑な物理学の数式と、『ウラン235』という文字が記されていた。


「アメリカは自国に引きこもり、ソビエトはユーラシアを真っ赤に染め上げた。次の戦争(冷戦)は、歩兵の数や戦艦の主砲では決まらない。……国家を一瞬で消滅させる、**『戦略兵器(核)』**を持つ者だけが、真の覇権を握るのだ」


クリスマス・イヴの夜。

大日本帝国は、華やかな黄金時代の絶頂を謳歌しながらも、その心臓の最も深い部分において、悪魔の兵器を生み出すための「次なる深淵」へと、静かに足を踏み入れていたのである。


### 2.誇り高き傷獅子――大英帝国・ロンドンの聖夜


同じ頃、ヨーロッパの西の果て。

大英帝国の首都ロンドンにも、二年ぶりとなる静かな雪が降り積もっていた。


「……空襲警報の鳴らない夜というものが、これほどまでに美しかったとはな」

外套の襟を立てたロンドン市民たちは、雪化粧をしたセント・ポール大聖堂を見上げ、静かに十字を切った。


街のあちこちには、フランス空軍やアメリカ陸軍航空軍による猛烈な爆撃ザ・ブリッツによって崩れ落ちた瓦礫の山が、いまだに手付かずのまま残されていた。配給制も続いており、決して華やかなクリスマスとは言えなかった。

しかし、彼らの胸の中には、第一次世界大戦の時と同じ、いやそれ以上の「絶対的な戦勝国としてのプライド」が熱く燃えたぎっていた。


「我々は大英帝国だ。ナポレオンの再来ルクレールの狂気にも、ヤンキーの物量にも屈しなかった。我々が、世界を守り抜いたのだ!」

パブで黒ビール(スタウト)のグラスを打ち鳴らす市民たちの顔には、確かな希望が宿っていた。


だが、政府や軍の首脳、そして資本家たちが置かれている「現実(地政学的見地)」は、市民たちの純粋な喜びとは少し異なっていた。

ロンドン条約において、大英帝国はマダガスカルを追加権益として確保したものの、地中海の要衝マルタ、キプロス、さらにはエジプト(スエズ運河の管理権)、ジブラルタルといった「かつての帝国を支えた大動脈(中東・地中海権益の多く)」を、イタリアやスペインの裏切り、あるいは独立運動によって失ってしまっていたのである。


「……我々は勝ったが、帝国は確実に縮小している。もはや、我々単独でパックス・ブリタニカ(七つの海の支配)を維持することは不可能だ」


ロンドンの高級住宅街、メイフェアの豪奢な邸宅。

そこで開かれていたクリスマス・パーティーの光景は、戦後の大英帝国が生き残るための「新たな現実」を如実に物語っていた。


シャンパングラスを傾けるイギリスの貴族や資本家、高級将校たちの輪の中に、かつてはあり得なかったほど多数の『大日本帝国の財閥幹部』や『日本政府の外交官』たちが、極めて自然に、そして最上級の賓客として溶け込んでいたのである。


「……ミスター・ミツイ(三井)、ミスター・ミツビシ(三菱)。我が国の戦災復興には、貴国からの莫大な資本と、最先端の工業技術が不可欠です」

「ええ、ロード(卿)。我々大日本帝国も、大英帝国の歴史ある金融ネットワークと、アフリカにおける強固な基盤を必要としております。……我々は、良きパートナーになれるはずです」


イギリス国内の保守的な国家主義者ナショナリストたちは、日系企業の影響力が戦前よりも遥かに巨大化していることに強い警戒感を抱いていた。

しかし、現実を見据える資本家や政治家たちは完全に理解していた。「大英帝国の繁栄と誇りを維持するためには、東の怪物(大日本帝国)の圧倒的な力と資本に寄り添うしかない」という絶対的な真理を。


「……息子のオックスフォードへの進学が決まりましてね。来年からは、東京帝国大学との『日英交換留学プログラム』にも参加させるつもりです」

「それは素晴らしい。実は我が娘も、日本の華族の御曹司との縁談が進んでおりましてね」


社交界のきらびやかなシャンデリアの下で。

かつての覇権国と、現在の覇権国は、単なる同盟関係を超え、資本と、教育と、そして『血の繋がり』までもを強固に結びつけようとしていた。


傷ついた誇り高きライオンは、極東の黄金の龍に寄り添うことで、瓦礫の中から再び立ち上がり、したたかにその命脈を保とうとしていたのである。


### 3.無傷の狂熱――ドイツ・ベルリンの聖なる夜


そして、イギリス海峡を越えたヨーロッパの心臓部。

ドイツ第三帝国の首都ベルリンは、ロンドンとは対極の、恐ろしいほどの「無傷の威容」を誇っていた。


フランスやアメリカの爆撃機をことごとく叩き落とし、本土への空襲をほぼ完全に防ぎ切ったドイツ。

ウンター・デン・リンデンの大通りには、巨大な鉤十字のフラッグと、モミの木に飾られた美しいイルミネーションが輝き、伝統的なクリスマス・マーケット(ヴァイナハツマルクト)には、グリューワイン(ホットワイン)の甘い香りが漂っていた。


「ハイル・ヒトラー! 総統閣下に栄光あれ!」

「総統が、我々ドイツをどん底から救い出し、フランスの豚どもを再び叩き潰してくださったのだ!」


市民たちの、アドルフ・ヒトラーに対する心酔と狂信は、この「無傷での大勝利(アルザス=ロレーヌの完全奪還と西欧の覇権確立)」によって、もはや宗教的な領域にまで達していた。


この華やかで『ゲルマン的』な降誕祭の光景は、ベルリンだけにとどまらなかった。

友好国(同盟・傀儡)であるオーストリアのウィーン、ハンガリーのブダペスト、ポーランドのワルシャワ。そして、完全にドイツの領土として組み込まれたチェコのプラハ。

中欧一帯を支配する巨大なドイツ帝国の版図では、人々が勝利の美酒に酔いしれ、華麗なワルツを踊り、戦争の終わりを心から祝っていた。


だが。

ベルリンの総統大本営(OKW)の奥深くで、国防軍の将軍たちだけは、決してグラスを傾けることはなかった。

彼らの視線は、西のフランスではなく、常に『東』に向けられていた。


「……市民たちは、西の勝利に酔いしれて、東に控える巨大な怪物の存在を忘れかけている」

マンシュタイン将軍は、壁一面に広がるユーラシア大陸の地図――その半分以上を真っ赤に染め上げている『ソビエト連邦(第四インターナショナル)』の異常な領域を、血の滲むような思いで睨みつけていた。


ルーマニアが落ち、ブルガリアが寝返り、ギリシャが降伏した。

ドイツの東部国境ポーランドやハンガリーのすぐ向こう側には、数千万のソビエト赤軍と、数万両のT-34戦車が、息を潜めてエンジンを温めているのである。


「総統閣下の偉業を否定する気はない。だが、我々は国家の生存を懸けて、一刻も早く東の守りを固めねばならない!」

ドイツ軍は、クリスマス休暇を返上し、秘密裏に全軍の主力をポーランドおよびハンガリーの国境地帯へと集結させ続けていた。

コンクリートの巨大なトーチカ群、対戦車壕、そして無数の地雷原。

華やかな聖夜の光の裏側で、ドイツ国防軍は、迫り来る「赤い悪魔」からヨーロッパのキリスト教世界を守り抜くため、悲壮な覚悟で『東方防衛線オスト・ヴァル』の構築に血眼になっていたのである。


### 4.勝ち逃げの美酒――イタリア・ローマの栄華


東欧の国境線が極度の緊張状態にある一方で、南ヨーロッパの太陽が降り注ぐ国、イタリアの首都ローマは、有史以来最大の「熱狂的なクリスマス」に沸き返っていた。


「ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ!!」

ヴェネツィア広場を埋め尽くした数十万の群衆が、バルコニーに立つベニート・ムッソリーニに向かって、割れんばかりの歓声を送っていた。


第二次世界大戦において、イタリアは極めて狡猾に、そして見事に『勝ち逃げ』を成功させた。

泥舟と化したフランスやアメリカをあっさりと裏切り、ドイツやイギリス、日本帝国と手を結ぶことで、無傷のまま莫大な領土(リビア、チュニジア、バルカン半島西部、マルタ島)を手に入れたのである。


「見よ、我が親愛なるイタリア国民よ! 我々はついに、古代ローマ帝国の栄光を取り戻し、地中海を『我らがマーレ・ノストルム』としたのだ!」

ムッソリーニの演説に、群衆は熱狂の渦に巻き込まれた。

バチカンのサン・ピエトロ大聖堂では荘厳なクリスマスのミサが執り行われ、ローマの街角ではパスタとワインが振る舞われ、誰もが「戦争が終わったこと」と「戦勝国になれたこと」を心から喜び合っていた。


ムッソリーニの人気と権威は、かつてないほどの絶頂に達していた。

国民にとって彼は、無謀な戦争から国を救い出し、莫大な利益だけをもたらした「偉大なる指導者」として映っていたのである。


しかし、その栄華の足元、バルカン半島の東側国境では、決して心休まることのない現実が横たわっていた。


「……ローマの連中は浮かれているが、ここは地獄の釜の蓋の上だぞ」

セルビア南部のニーシから、マケドニア、アルバニアへと至る、険しい山岳地帯に構築された『バルカン要塞線』。

分厚い雪に覆われた塹壕の中で、イタリア軍の兵士たちは、凍える手でライフルを握り締め、東の暗闇を睨みつけていた。


彼らの目の前、わずか数キロ先のブルガリア国境には、世界最強の悪魔――ソビエト赤軍の巨大な戦車部隊が、サーチライトの光を不気味に交差させながら、イタリアの隙を虎視眈々と窺っていた。


「ギリシャを見捨てたツケが、この極限の睨み合いだ。……いつ赤い雪崩が起きて、俺たちが真っ先に挽肉にされるか分かったもんじゃない」


イタリアは確かに勝ち逃げに成功した。だが、その代償として、自らの喉元に「ソビエト連邦」という絶対的な狂気を直接突きつけられる運命を背負い込んでしまったのである。


ローマの華やかなクリスマスの鐘の音は、前線で震える兵士たちの耳には、全く届いていなかった。


### 5.老狐の祝祭――スペイン・マドリードの黄金の夜


ヨーロッパの南西、イベリア半島のへそに位置するスペインの首都・マドリード。

マヨルカ広場からグラン・ビア通りにかけて、街中がカトリックの厳かで、かつ情熱的な降誕祭ナヴィダードの祝祭ムードに包まれていた。


「ビバ・エスパーニャ! フランコ総統万歳!」


街角のバル(酒場)では、ハモン・セラーノ(生ハム)と極上の赤ワインが振る舞われ、ギターの音色と共にフラメンコのステップが陽気に踏まれている。

マドリードの市民たちが謳歌しているのは、単なる「平和なクリスマス」ではなかった。それは、大航海時代(太陽の沈まぬ国)以来となる、**「大スペイン帝国・新たな黄金時代」**の再来に対する熱狂であった。


マドリード郊外のエル・パルド宮殿。

独裁者フランコ将軍は、暖炉の火を背に、極上の葉巻を燻らせながらスペインの新たな版図が描かれた地図を見下ろしていた。


「……見事なものだ」

彼がニヤリと笑うのも無理はなかった。スペインは、同盟国フランスとアメリカを土壇場で裏切り、一切の自国の血を流すことなく、隣国ポルトガルを併合し、イベリア半島を完全に統一した。さらに、北アフリカ(モロッコ、アルジェリア等)の広大な領土を奪い取ったのである。


何よりもスペインの安全保障を決定づけたのは、地中海の出入り口である**『ジブラルタル海峡』**をイギリスから(どさくさに紛れて)奪還し、完全にその覇権を掌握したことであった。

「ジブラルタルの岩山を我々が押さえている限り、地中海は我々の庭だ。……それに、何より素晴らしいのは、我が国の【地理的条件】だな」


フランコは、地図の東の果て――巨大な赤い染み(ソビエト連邦)を見て冷たく笑った。

「ドイツやイタリアの連中は、国境のすぐ向こうで赤い悪魔が牙を剥いている恐怖に震えながらクリスマスを過ごしている。……だが我がスペインは、ヨーロッパで最もソビエトから遠い。間にドイツとフランスという巨大な『肉の盾』があるのだからな」


全盛期ほどの圧倒的カリスマではないにせよ、国家を破滅から救い出し、無傷のまま莫大な富と領土をもたらしたフランコの老獪なリアリズムは、スペイン国民から熱烈な称賛を浴びていた。

大火傷を負ったヨーロッパの中で、スペインだけが、極めてしたたかに、そして陽気に聖なる夜の美酒に酔いしれていたのである。


### 6.引き裂かれた鷲――アメリカ合衆国・二つの降誕祭


一方、大西洋を隔てた超大国・アメリカ合衆国。

この国の1943年のクリスマスは、都市によって「まるで別の国」かのように、極端に引き裂かれた凄惨な光景を呈していた。


**【ニューヨーク――摩天楼の虚無と恐怖】**

東海岸最大の都市、ニューヨーク。

かつてはタイムズスクエアで華やかなパレードが行われたこの街は、どんよりとした鉛色の空の下、重苦しい「喪章」のような暗い雰囲気に包み込まれていた。


港には、ヨーロッパや中東から完全撤退してきた数十万の帰還兵たちが溢れ返っていた。手足を失い、松葉杖をついた若者たちが、雪の降るマンハッタンの摩天楼を見上げて虚ろな目をしている。


「……俺たちは、一体何のために海を渡ったんだ」

「自由と民主主義のためだと言われて戦った。だが……俺たちは、中立国のアイルランドを力ずくで占領し、隣のカナダを軍靴で踏み躙った。……まるで、俺たち自身がファシストの侵略者じゃないか」


ルーズベルトの強引な覇権主義と、世界を敵に回した「米式民主主義の根幹の揺らぎ」は、帰還兵たちの精神を内側から完全に破壊していた。

『呪われろ、FDRルーズベルト』。

酒場のトイレには、死んだ前大統領を罵る落書きが溢れていた。


さらに、ニューヨークの市民を暗い顔にさせている最大の原因は、南に迫る「赤い波」への絶対的な恐怖であった。

「……中米のグアテマラまで、南米赤軍が来ているんだろ? もし防衛線が突破されれば、テキサスやフロリダが火の海になるぞ……」

敗北の虚無感と、本土決戦の恐怖。ニューヨークのクリスマスには、希望の光など一筋も差し込んではいなかった。


**【デトロイト――狂乱の軍需特需】**

しかし、五大湖の沿岸に位置する巨大な工業都市・デトロイトでは、ニューヨークの暗さなど微塵も感じさせない、全く異質の「アメリカらしい狂乱のクリスマス」が繰り広げられていた。


「メリー・クリスマス! 乾杯だ!!」

巨大な自動車工場(フォードやGM)の工員たちや、軍需産業の資本家たちは、高級なシャンパンを浴びるように飲み、ジャズの生演奏で夜通し踊り狂っていた。


彼らにとって、戦争の敗北など「どうでもいい些末な事」であった。

なぜなら、デトロイトの街はヨーロッパや日本の爆撃機から完全に安全な内陸にあり、戦火で一棟の工場も焼かれていなかったからである。


「……負けて兵士が死んだのは気の毒だがね。我々『軍産複合体』にとっては、南米が真っ赤に染まってくれたことこそが、最高のクリスマス・プレゼントだよ!」

資本家が太い葉巻をくわえ、下品な笑い声を上げた。


「もし戦争が完全に終わって平和になっていれば、我々の工場は倒産していた。だが、トルーマン大統領は『グアテマラ防衛ライン』の構築と、本土決戦の準備のために、これまで以上の莫大な予算で戦車と爆撃機の発注を寄越してきている!」


南からのソビエトの脅威(冷戦と赤化の波)が継続する限り、アメリカの軍需産業には、半永久的に国家予算が流れ込み続ける。

彼らは、国家の敗北という悲劇を「次なる巨大ビジネス(冷戦)」の土台として完全に割り切り、札束の舞う狂乱の聖夜を謳歌していた。

合衆国は、敗北の痛みすらも資本主義の胃袋で消化し、いびつな巨大兵器廠としてその姿を変えつつあったのである。


### 7.瓦礫の底の諦観――フランス・パリの第四共和制


かつて「花の都」と謳われ、世界の芸術と文化の中心であったフランスの首都・パリ。

この街の1943年のクリスマスは、文字通り「絶望と瓦礫」の中に埋もれていた。


「……急げ、瓦礫の撤去が終わらなければ、今日の配給パンは出ないぞ」

氷点下の冷たい風が吹きすさぶシャンゼリゼ通り。

イルミネーションの代わりに街を照らしているのは、巡回するドイツ軍の装甲車の冷たいヘッドライトだけであった。


ルクレールの無謀な戦争と、ドイツ軍の猛烈な市街戦、そしてアメリカ・イギリスによる爆撃によって、パリの美しい市街地は『3割以上が完全に破壊』されていた。

エッフェル塔の足元にも瓦礫が山のように積まれ、セーヌ川の橋はへし折られ、街角には焦げた建物の骨組みが墓標のように立ち並んでいる。


クリスマスを祝う余裕など、誰にもなかった。

フランスの若者たちは、ドイツ軍の監視の下で「戦災復興(という名の強制労働)」に駆り出され、泥と埃にまみれてレンガを運んでいた。


「……新しい政府(第四共和制)ができたらしいな」

「どうせ、ドイツの言いなりの傀儡政権だろう。誰がトップになろうと、我々の生活は変わらないさ」


ルクレールが惨めに生け捕りにされた後、フランスには『第四共和制』が樹立されたが、それは名ばかりのものであった。軍隊を解体され、外交権を縛られ、ドイツの経済圏に完全に組み込まれた「三流国」への転落。

しかし、フランス国民の心の中には、もはや怒りも、革命の炎も残っていなかった。


「……ナポレオンの夢には、もう懲り懲りだ。ドイツの言いなりでもいい。這いつくばってでも、ただ明日のパンがあり、爆弾が降ってこない日々が続けば、それでいいんだ……」


栄光グロワールを求めすぎた代償。

誇り高き大フランス帝国は、巨大な疲労と諦観の中で、ドイツの軍靴の音に怯えながら、ただ無言で聖なる夜の寒さに耐え忍んでいたのである。


### 8.赤い十字架と王の歓喜――モスクワとソフィア


そして、世界を真っ二つに引き裂いたもう一つの超大国、ソビエト連邦。

首都モスクワの赤の広場には、純白の雪が降り積もっていたが、その雰囲気はパリの暗さとは対極にある、恐ろしいほどの「巨大な高揚感」に包まれていた。


「……同志スターリン万歳! 偉大なる祖国、万歳!」

広場を埋め尽くしたモスクワ市民たちは、巨大なモミの木の下でウォッカの小瓶を掲げ、熱狂的に歌を歌っていた。


驚くべきことに、無神論を掲げるはずのソビエト連邦の首都で、この夜、聖ワシリイ大聖堂をはじめとするロシア正教会の美しい鐘の音が、高らかに鳴り響いていたのである。


クレムリンの窓からその光景を見下ろしながら、スターリンは満足げにパイプの煙を吐き出した。

「……民衆の『ガス抜き』には、宗教という古いアヘンも、時には役に立つものだ」


スターリンは、苛烈な大粛清と戦争の恐怖で疲弊しきっていたソビエト国民の不満を逸らすため、極めて打算的な計算の下で『ロシア正教会』の活動を(自らの完全な管理下において)一部復活させることを決定していた。

キリスト教的価値観と「大祖国ロシア」のナショナリズムを融合させることで、民衆の熱狂を冷めさせず、第四インターナショナルの絶対的な精神的支柱を創り上げたのである。

モスクワのクリスマスは、独裁者の完璧なコントロールの下で、極めて華やかに、そして熱狂的に演出されていた。


一方。

このソビエトの赤いブロック(第四インターナショナル)の中で、ある意味で「最も幸せなクリスマス」を迎えていた特異な国が存在した。

バルカン半島の小国、**ブルガリア王国**の首都ソフィアである。


「ボリス国王陛下、万歳! 我らの賢明なるツァーリ(王)に神の祝福を!」

ソフィアの街中はお祭り騒ぎであった。色とりどりの伝統衣装を着た市民たちが、豊富な食糧とワインをテーブルに並べ、夜通し踊り明かしている。


ブルガリアは、ルーマニアが崩壊した瞬間にイタリアやトルコの要請を蹴り飛ばし、一発の銃弾も撃たずにソビエトに無血で降伏した。

その結果、彼らは「国土を1ミリも戦火で焼かれることなく」、さらには王家(ボリス3世)の存続すらもソビエトに認めさせた『特殊な赤色王国』としての地位を確立したのである。


さらに驚くべきことに、無傷の生産設備と農業基盤を温存したブルガリアは、焦土と化した東ヨーロッパやソビエト本国に向けて食糧と軽工業品を独占的に輸出し始め、気がつけばソビエト連邦に次ぐ『第四インターナショナル内、第2位の経済大国』にまで急成長を遂げていた。


「戦争に負けたふりをして、世界で一番得をしたのは我々ブルガリアだ! 王家の決断は正しかった!」

イデオロギーの狂信よりも、ただ生き残ること、そして豊かになることを選んだ小国の、極めて現実的で幸せなクリスマス。

大国が血を流して自滅する中、ブルガリアの市民たちは、世界で最も無邪気な笑顔で聖夜の鐘の音を聞いていた。


### 9.エピローグ――終わりの始まり(1943年12月31日)


1943年12月31日。大晦日の夜。


大日本帝国の圧倒的な大戦景気。

ロンドンの誇りと日英の融合。

ベルリンの狂熱と東方への恐怖。

ローマの勝ち逃げとバルカンの地獄。

マドリードの老狐の高笑い。

アメリカの摩天楼の虚無と、デトロイトの軍需の狂気。

パリの瓦礫と諦観。

モスクワの計算された熱狂と、ブルガリアの幸せな赤色王国。


世界中のすべての国家が、それぞれの傷跡と、野望と、恐怖を抱えたまま、この狂乱の数年間に終止符を打つ「静かな夜」を越えようとしていた。


数千万の命が失われ、地球の地図は強引に引き直された。

しかし、この第二次世界大戦の結末は、決して「永遠の平和」の訪れではなかった。


大日本帝国の地下で進む核開発。

グアテマラの密林で睨み合うアメリカ軍と南米赤軍。

中国大陸で三等分された龍の怨念。

そして、地球の半分を赤く染め上げたスターリンの第四インターナショナル。


銃声は止んだ。

しかし、人類の歴史上、最も暗く、最も冷酷で、最も巨大な『絶望のゲーム』――。

資本主義と共産主義が、核兵器のボタンに指をかけながら地球を舞台に繰り広げる**『冷戦コールド・ウォー』**の幕が、1944年の夜明けと共に、静かに、そして重々しく切って落とされるのである。


(第十章 第八話 完)

(第十章 第二次世界大戦の終結と赤き新世界 完)


---


これで100話。

ここから40話程度でペースを上げて、現代へと突き進みます。

この話は重量級。少し重たいですが、ぜひこれからもお楽しみください。

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