ヒロイン聖女はゲームに失敗する
死刑そのものの描写はありませんが死刑の苦痛に思いを馳せる描写がありますのでご注意ください。
『どうしてこうなっちゃったんだろうなあ』
薄暗い牢屋で、アリアは鬱々とそう懐古した。
アリアはとある山の麓町の孤児だった。
街道が通ってそれなりに豊かな街には人が多い分孤児もそれなりにいて、幼くして両親を亡くしたアリアは叔父叔母が引き取れないと教会の孤児院に預け金を払ってくれて孤児院の子になったのだ。
孤児院のマザーは優しかったし、時折来る神官様はよく教えや社会での生き方を教えてくれた。
実は別世界で大学生まで生きた記憶のあるアリアは上手く同年代や異世界の街に馴染めず苦労したが、マザーやシスター、神父様は根気強く付き合ってくれ、孤児院を卒業する頃にはなんとか市場の果物売りの仕事にありつけた。
前世の経験で簡単な四則演算は周りの人より速いので会計がスムーズに出来ることを評価してもらえたらしく、仕事は上手いこといっていた。
もうすぐ15歳になるある日、神官様に呼ばれてアリアは急遽仕事を休んで教会に向かった。
そうしたら王都からの使者だと言う方が、どうしても王都に来て欲しいと告げてきたのだ。
拒否権も無いらしく取るものもとりあえずどころか着の身着のままで馬車に乗り、王都まで運ばれた。
道中に説明を受けることには、この大陸に瘴気が所々に発生してそれを浄化出来るのはアリアだけなのだという。
他にも色々と詳しい話を質問を交えながら時に強行軍に具合を悪くしながらも王都まで付き教会でまた勉強修行。
そうしてしばらく経ったあと、この世界は乙女ゲーム『君との愛が光になる』の世界ではないのか? と思ったのだ。
だって、儀式の後に毎晩降りてくる神様のお告げとかそっくりだし。
乙女ゲーム『君との愛が光になる』は、キャラの能力値を高める育成シミュレーションと選択肢好感度システムの合わせ技のよくあるタイプの乙女ゲームだった。中古で2000円するかどうかくらい。
にわかだけど、設定資料集やアニメも追っかけるくらいのファンだった。
美麗なイラストに重苦しいストーリー、それをより際立たせ華になる優しくて明るい主人公。
そんなゲームの主人公のアリアレーゼに、自分は転生してしまった。
目の前が真っ暗になる。
愛光はシミュレーションとしてはそれなりに難易度が低いが、好感度が難しかった。
というより、アリアは元からコミュニケーションが苦手なのだ。同性の友人も異性の友人も前世から多くない。
彼氏だって、高校生の頃に一人だけ3、4ヶ月ほど付き合っただけで恋愛経験は多くない。
そんなアリアが攻略対象に真実の愛を捧げてもらえるとは思えなかった。
愛光は、特定の能力値『教養』や『学問』を修めてないと好感度アップアイテムも受け取って貰えない。
どころか、そのステータスを上げたうえで更に正解の会話選択肢を選ばないとアイテムでの好感度アップは出来ないのだ。
しかも、能力値『教養』『学問』などは浄化には役に立たない。浄化するスキルは別でステータス修行の枠を取らねばならないのだ。
目眩がする。アリアにそんな器用なことができるのだろうか。この世界には目印になるステータスの数値化もない。
アリアは別に攻略対象と恋愛がしたいのではない。愛光は、ヒーローを攻略出来ないと国が破滅するゲームシナリオなのだ。
最も強い瘴気地はどんなに浄化のステータスを上げても聖女アリアレーゼ一人では浄化しきれない。
一定好感度のヒーローが聖女たるアリアレーゼに真実の愛を捧げて初めてアリアレーゼの力が爆発して最悪の瘴気地を浄化出来るというシナリオなのだ。
一度目でそれが出来たら完全無欠のハッピーエンドでありトゥルーエンド。
好感度も浄化ステータスも足りていなければアリアレーゼが瘴気地に飲み込まれて王国滅亡バッドエンド。
好感度が微妙に足りていなくとも浄化ステータスが高ければ、瘴気地を定期的に浄化し続ける聖女アリアレーゼの姿に攻略対象が真実の愛を見いだしてノーマルエンド。
浄化ステータスがいくら高くても好感度が底辺の場合はビターエンドの生涯瘴気の浄化に尽くす終身聖女のエンドだ。
アリアの前世ではハッピーエンドは攻略対象の一人、未来の宮廷魔術師リーゼバッハのルートで何度も繰り返して一度だけだった。
元々セーブ・ロードが好きではなく、攻略サイトを見るのも主義に反している癖ゲーム下手なアリアの前世はこんなもんだった。
そのリーゼバッハのハッピーエンドの選択肢も覚えてはいない。
ノーマルエンドとビターエンドでは、どうしても最悪の瘴気地で死人が出る。
瘴気は魔力の高い人間には激痛は変わらないものの命を落とすまでの抵抗力はあるが、殆どの平民は魔力をほぼ持たないので激痛に襲われたらあっという間に死んでしまう。
瘴気地は市街地ではないので終身聖女ルートだとしても僻地にずっといるわけにはいかない。
聖女とて食事も休憩も必要なのだし、病に倒れたりそれこそ死んでしまう前に解決策を練らねばならない。
「ハッピーエンドを目指すしかない」
その上で、浄化を限界まで磨いて最悪でもビターエンドを勝ち取る。
アリアはそう決意した。
最悪だった。
学園での生活は厳しかった。
アリアは元々頭が良かったり要領が良かったりするわけではない。
毎日最低5時間修行して浄化の腕を磨きながら魔力の高い貴族子息に声をかけていく。
初対面の人間に用も思いつかないのに声をかけるということがまず、アリアには苦痛だった。
仕事ならこの果物が旬で美味しいとか、友人だったら近況はどうだとか尋ねられる。
初対面の男。しかも魔力が高い必然高位貴族。
声をかけても無視されるのは当然。しかし待ちの姿勢でいたらお声がけがある訳もない。
前世のズルで多少のステータスは下駄を履かせてもらっているがマナーやら美しい所作やら政治的会話やらは専門外で学ぶのに苦労した。
その上、所構わず男に声をかけるアリアはふしだらな男好きのレッテルを貼られつつあった。
まあ、これはアリアの立ち回りが悪かった結果なので仕方がないが。
教会に降りたお告げでも聖女には真実の愛が必要だとは遠回しに告げられているようだったが、それに高い魔力も必須だとは伝わってないようだった。
勘弁してくれ。
お陰で、アリアは「真実の愛ならば神官一同捧げております」と男漁りを止めろと釘を刺されていた。
神官達は皆平民出身や食い詰めた下位貴族や捨てられた魔力無し貴族の出なので、その魔力量の真実の愛では意味がないのだ。
アリアはそれを上手く説明して説得出来る話術と提示できる根拠を持っていなかった。
だって、アリアが持っている根拠は前世の設定資料集と今世のふわっとした感覚だったから。
アリアが攻略対象以外の高い魔力の人間が分かるのもまた聖女の能力で神様のお告げでふわっとした感覚だった。
アリアは毎晩夢を見る。
悪夢というには淡々としてまたゆめかわだったが、神様が瘴気の様子を毎晩教えてくれるのだ。
ゲームでは進捗報告として有難かったが、貴重な休息時間が瘴気の現状なのは堪えた。
それでも、アリアはまだしっかり浄化の腕を磨いているから国が滅ぶことは無いのだと思っていた。
アリアは処刑されるのだという。平民でありながら高位貴族に不敬にも媚を売ったという罪で。
こんなことになるなんて思ってなかった。愛光にこんな話は載ってなかった。
でも、それは本物のアリアレーゼだったからかもしれない。
天然で明るくて、誰もが好きになるアリアレーゼ。
私じゃ駄目だった。
せめて終身刑で浄化を続けたかったけど、アリアの言葉では誰も彼も説得出来なかった。
アリアは火炙りに処されるという。
前世に本で読んだ火炙りにされた男のシーンを思い出す。
煙で息ができなくなるのだという、弱い火でじわじわと足裏から炙られていくのだという。
恐怖に震えて、それからきっとアリアが死んだ後に激痛に苛まれて死んでいく街の人たちと王都で優しくしてくれた人達を想ってアリアは静かに泣いた。
薄暗い部屋の中、声がかけられて扉が空いた。そういえば面会があるらしい。
アリアは指先で涙を拭って、手枷を嵌められるために両手を差し出した。




