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悪役令嬢は現実を認める

 王都の詰所、その面会室にシェルシエラはいた。

 周囲には王都の警邏騎士、背後には従者兼護衛のリックというシェルシエラの安全を第一にした布陣だ。

 勿論この部屋には常に自動展開の防御魔法の陣が仕込まれており、今から面会する囚人にも手枷足枷が付いており当然それにも自由を奪う魔法が組み込まれている。


「…………」

 普段、家や王宮で給されてる物とは格が違う香りの落ちた紅茶を口にする。それに文句を言うほどシェルシエラは暴虐ではない。

 しばらく待ち続け、騎士の規則正しい足音がしてノックののち扉が開かれた。

 騎士に連れられて、柔らかなピンクブロンドの髪を肩口で切りそろえられた16歳ほどの少女が連れられてくる。彼女が囚人である元聖女のアリアレーゼだ。

 囚人はぎこちなく礼をするが、見張りである立場の騎士達と護衛のリックは直立不動で、侯爵令嬢たるシェルシエラは罪人などに礼をとればその身と家名を貶めることになるので椅子からも立ち上がらない。

 それが分かっているのかいないのか、意外にも囚人は誰からも礼を返されなかったことに腹を立てる様子もなくシェルシエラと騎士の許可を得て礼をやめ立ち尽くした。

 シェルシエラとしては別段椅子に座らせても良いのだが、罪人にその処遇はまた面倒なやり取りが発生するのが目に見えていたのでそのまま立たせておく。どうせそう長話になる予定もないし、そこまで足腰も悪くないだろう。


「アリアレーゼ。いえ、元聖女アリアレーゼと呼んだほうがいいのかしら」

「私は既に教会の庇護下とそれに伴う貴族家の庇護より廃されております為、アリアレーゼでも聖女でもなくただのアリアでございます。しかしながら侯爵令嬢様におかれましてはどうぞ、お好きに呼びやすいように呼んでくださいませ。

 聖女であった時も、伯爵家の庇護を得てアリアからアリアレーゼと名が変わった後も、私には些かの変化もなくただ私でありましたので」

 堂々とした態度だった。あるいは不遜ですらあった。

 ただの平民であった時と聖女であり貴族の庇護下にあった時であれば振る舞いも責任も全てが変わる。そうしなければならないとシェルシエラはそう思っている。

 だというのに彼女は平民である時も聖女である時も自分は自分だったと言った。

 そんなんだから排斥されるのだ。とシェルシエラは内心独りごちる。


 シェルシエラはアリアが嫌いだった。

 アリアが排斥され囚人となったのも、その告発は大部分がシェルシエラの人脈でまとめたものだった。

 もっとも、拒まれても拒まれても優良物権と呼ばれるような顔と身分の良い高位貴族の男性にすり寄るアリアは学園の女子生徒のみならず、男子生徒や学園外の貴族各位からも疎まれていたのだけれど。

 

 アリアは元はそれなりの地方都市の平民孤児であったと聞く。

 幼い頃に両親を亡くし、教会併設の孤児院で13まで育った。その後孤児院を卒業し、市場の屋台で働いていた。

 そして15歳になったとき、大陸の各地で発生した瘴気を鎮めることが出来る聖女とお告げが降りて彼女は王都の教会に向かい入れられたのだ。

 教会ではアリアは勤勉でおとなしい少女だったという。猫を被っていた、とでも言うべきか。

 いくつかの瘴気の発生地を浄化した後、アリアはその功績が認められてある伯爵家の後援を得て貴族子息が通う王都の学園に途中入学してきた。


 アリアは元平民の伯爵家後援の子女という立場でありながら、爵位が上で女性から人気のある男子生徒に無遠慮に声をかけていた。

 その有様は不敬としか言いようがなく、周囲はそれを注意することもなく気分の悪い物を見たと言った具合に距離を取り、シェルシエラを筆頭とする何人かが直接声をかけ諌めても、その場ではしおらしくするものの態度が改まることは一向に無かった。


 その不敬が第二王子殿下にまで向かったから、シェルシエラはアリアの排除を決めたのだ。


 第二王子殿下には婚約者はいないものの、公的な婚約者候補は複数いた。そのうちの一人がシェルシエラの友人でもあるメリアメル公爵令嬢だった。

 メリアメルは優しくとも人の上に立つに相応しい人だ。彼女の努力も誇りも踏みにじるような真似をする女を、シェルシエラは許せなかった。

 

 だから、シェルシエラは学園でのアリアへの不満を文書と署名にして取りまとめ、更には被害者の男子生徒にも協力を取り付けてアリアを追い落としたのだ。

 教会と宮廷はそれでも瘴気を取り除けるアリアを庇おうという動きがあったけれど、意外にもアリアは瘴気の浄化という仕事を盾に放棄はせず、粛々と浄化していたようで王国全土の浄化が終わった以上庇う理由も無いと処刑が決まったのだった。


 そして今、あと二日で処刑されるアリアの前にシェルシエラはいる。

「この世界をゲームじゃなくて現実だと理解していれば、あなたも死ななくて済んだのにね?」

 この言葉を言うために。


 シェルシエラは転生者だ。

 日本という国でOLをしていた前世の記憶がある。

 シェルシエラの前世で死の直前まで見ていたアニメが、『君との愛が光になる』通称、愛光だ。

 元は乙女ゲームからコミカライズされた作品で、アニメではメインルートと言われる第二王子マクシミリアンをヒーローに物語は進んでいた。

 ゲームは趣味の範囲外だったのでシェルシエラが見たのは漫画版とアニメ版だけだが、アリアは原作の聖女アリアレーゼとはあまりにも違う。

 アリアレーゼはもっと朗らかで度胸があり、天然だけど嫌味がなく優秀だけど周囲と不和を全くおかさないような立ち回りが上手く軽妙な会話が出来る地頭の良い少女だった。

 そもそも愛光の世界だと分かってシェルシエラは多少の原作悲劇を回避したのだ。それで色々と背景が狂ってしまっている。

 

 シェルシエラの側にいるリックもその一人だ。

 リックは本来なら貴族子息であるのに魔力が低いことを理由に除名されて捨てられる。そして王都で平民として過ごしたのち、原作開始時に学園に入学するアリアレーゼのアドバイス役兼使用人として生家の伯爵家に戻されてアリアレーゼにつけられるのだ。

 攻略対象ではなく、いわゆるゲームのオペレーター役とでも言おうか。

 前世のシェルシエラはリックが最推しだったから、伯爵家から捨てられる際にどうせ要らないのならと周囲を説得して自分の側に置いたのだ。

 元は着るものも入浴も世話されるような貴族家の子息のリックは市井に捨てられたらそれはもう苦労したのが漫画で匂わされていた。アニメ版ではカットされていたが。

 リックは自分を拾ってくれたシェルシエラに感謝して良く仕えてくれている。原作のアリアレーゼに対するものとは少し違うが、心から真心を捧げてくれるのがよく分かりシェルシエラはメロメロだった。

 

 アリアがシェルシエラの側にいるリックを見て、「どうして……?」と呟いたとき、アリアにも前世の記憶があるのだと知った。

 だからといって、アリアがゲーム感覚で攻略対象の貴族子息にすり寄るのは気分が悪かった。

 別にシェルシエラはその貴族子息達が恋愛感情で好きだったわけではない。そうではなくて、この世界で現実に生きた十数年の記憶と経験が、アリアがこの世界をゲームとして扱っていることが我慢ならなかった。


 それでも、アリアが他の男に媚を売っているうちは見逃したが、親友のメリアメルの想い人に手を出したのなら話は別だ。

 そうしてシェルシエラはお花畑のゲーム脳な『アリア』を排除した。

 それでも鬱憤が晴れずに、彼女に現実を直視させてから死なせてやろうと面会しに来たのだ。


「どうして……」

「私達はね、生きて意思があるの「どうしてご存知でしたら私がやる事を邪魔したのですか。この世界はもう滅ぶのに」


 女が、意味の分からない事を言った。


「『君との愛が光になる』では、最後の最後の浄化はヒーローと聖女が真実の愛を捧げあって初めて浄化できるんです。それが出来なければ王国が滅び大陸は人の住めない秘境になってバッドエンド。知っていたんですよね」

 知らない。なんだそれは。

 アニメの最後は、途中から順次浄化の旅に参加していた攻略対象達のなかからマクシミリアンが最後の浄化に苦戦する聖女アリアレーゼを抱きしめて「君を信じている」と告げ、その言葉で聖女の力が増大して最悪の瘴気地は鎮められる。

 でも、それが愛の力なんて、そんなことある? 現実的じゃない。真実の愛笑、なんて、おとぎ話でしか役に立たないはずだ。


「マテリアルからすると、おそらく真実の愛は恋愛感情に限らず相手こそ唯一だという真心であればいいようですが、それ以外にも聖女の相手は高い魔力を持っていないと最後の浄化には後押しが足りないんです。だから相手は彼らでないといけなかった」

「いえ、いいんです。どうせ邪魔をされなくても、元々私は上手くできていなかったんですから、仮に協力をしていただいていてもきっと上手くはいかなかったでしょうね」

「私には神様のお告げがぼんやりとですが分かるんです。だから、これからの悲劇がどんどん近づいてくるのが分かって恐怖で焦ってしまった」

「大陸中が瘴気に覆われるんです。海には大海魔がいますし、移民は数十人が精々でしょうか? 貴族の御方だったらもっと生かせる術を思いつけましょうか、だったらいいんですけれど」


 女の言っていることの意味がわからない。

 困惑しているように見えた私の様子に、「元聖女はずっとこんな主張を続けているんです」と側の騎士が言う。まるで死を目の前に現実逃避する憐れな娘を見るように。

 でも、しかし、彼女は転生者だ。もしも彼女の言うことが本当だったら……?


 ドッと冷や汗が噴き出る。

 シェルシエラが知る原作はアニメと漫画版だけで、詳しい設定資料集やネットの考察記事なども見たことがなかった。

 もしもアリアの言葉が本当なら、話は一気に覆る。

 シェルシエラは転生者アリアの事を俗に言うヒドインだと思っていた。男にチヤホヤされることしか考えてないお花畑女だと。

 だけど、アリアがただ生き延びるために、国を救うために必死だっただけならどうなるのだ。

 

 アリアの処罰はシェルシエラが決めたものではない。

 シェルシエラとしてみれば、アリアは嫌いな人間ではあったが殺したいというわけでもなく、貴族社会から追放されればそれでよかった。だから、そこまではシェルシエラが手を引いた。

 そして、貴族社会から追放され聖女としての役割も果たしたと見なされたアリアはただの平民に戻り、ただの平民が貴族子息に近づいた不敬を遡って死罪を告げられた。


 どうする。どうする?

 思考がぐるぐると回っていくうちに、シェルシエラとアリアの面会は終了時間を告げられた。


「貴女様を恨んではいなかったのですが、そのような心持ちでいらっしゃった事を知り心がざわめきました。どうぞお一人だけ海を渡ることなくこの国で顛末を見届けてくださいませ、侯爵令嬢様」

 改めて不格好な礼をしてアリアが去っていく。

 待って、待ってほしい。

 聖女とヒーローなくしてこの国が滅ぶのならば、これからはどうすればいい。猶予はどれほどある。

 無情にも扉は閉まり、シェルシエラはリックと共に帰路についた。


「あの戯言がそんなに気になるんです? お嬢様」

 リックが気安く問いかけてくる。

 なんて気楽な、と思うもリックや騎士の見解が普通なのだとシェルシエラは思いなおす。

 アリアの評は、『ふしだらで礼儀知らずで厚顔だけど仕事はきちんとやる聖女』なのだ。

 だから、シェルシエラが排斥に動くまで眉をしかめられても聖女としての仕事は真面目に勤勉にこなすとして大人たちからの評判はそこまで悪くはなかった。

 学園では殆どの人間が近づかないほどに避けられていたけれど、それでも瘴気地の近くの領土の人間などには気にかけられていたと思う。


 今まで一度浄化された瘴気地は再発していない。

 定期的に浄化する必要も無いとして、それで死刑が決まったのだから。

 もしも最後の瘴気地が浄化されきっていなかったら?

 誰がそんな疑問を持つだろう。シェルシエラは浄化の現場になど詳しくはないが、少なくとも表面上は浄化が完了したと思われてるからの死刑なのは当然にわかった。


 先の話を誰にすればいい?

 お父様? いや、父は瘴気の専門家でもなければ教会に伝手も無く王宮での地位も鶴の一声というほどには強くないだろう。

 メリアメルは? 駄目だ。メリアメルはお優しいから初めはアリアを庇う側に立っていた。聖女としてお務めを果たしているのだから、と。それを排斥に動くように進言したのは当のシェルシエラだ。メリアメルは優しいが上に立つものとして容易く前言撤回などしない。

 メリアメルが敵としたものを許したことは一度としてない。それは知り合ってからの数年も、アニメで知るメリアメルもそうだった。

 第二王子殿下のマクシミリアン様。そもそも、シェルシエラはあくまでもメリアメルの友人であって第二王子殿下の知り合いではない。

 メリアメルを通さず話したことすら無いし、その権利もまた無い。


 八方塞がりだ。処刑まではたった二日しかない。

 どうして、どうすれば。

 そう思っているうちに、元聖女アリアの処刑は執行された。

 火炙りの刑で、苦悶に満ちた死に顔だったという。




 アリアの処刑から二ヶ月が過ぎて、最後の瘴気地だった地方都市では謎の伝染病が流行っていた。

 薬は治すどころか痛み止めすら効かず、庶民も貴族も例外無しに倒れていった。

 魔力の少ない庶民は早死にし、魔力の強いものが激痛に襲われながらもまだ死に猶予があるその症状は瘴気に侵された者の症状に似ていた。

 巷では『聖女アリアレーゼの呪い』だと噂されているが、シェルシエラは違うと確信していた。

 アリアの言っていたことは真実だったのだ。

 

 最後の瘴気地は浄化しきれていなかった。

 だから瘴気がまた溜まって吹き出してきた。

 瘴気は元の瘴気地からどんどん広まっていく。王国全土に広まるのも時間の問題だ。

 だからといって国外に出ても、アリアが浄化したのは王国内だけなのだから近隣諸国では王国よりも薄いながらも瘴気はすっかり広まっている。

 海を隔てては無事かもしれないが、別大陸に行くまでの大海には大海魔が複数存在し、船は百艘出して一艘届けばいい方な塩梅だ。


 教会はどうか新たなる聖女をと祈っているらしい。

 でも、新しい聖女なんて現れるのだろうか。

 だって国外ですら聖女は現れなかった。聖女はこの大陸でアリア一人だった。


 アリアを真っ先に排斥したシェルシエラは、貴族社会で針の筵だった。

 だけど、そんなこと気にならなくなるくらい自分で自分を責めていた。


 どうすればよかったのだろう。

 アニメのアリアレーゼとはまるで違ったアリア。人の心のうちに入り込んで笑顔にすることがてんでできていなかったアリア。

 アリアが転生者ではなくてそのままのアリアレーゼでさえあればよかったのに。

 そうでなくても、シェルシエラがアリアを嫌わずもっと早く転生者だと打ち明けていればアリアは目的を明かしてくれていただろうに。

 シェルシエラは後悔していた。

 自身だってシェルシエラに成り代わったにも関わらず、大好きなアリアレーゼに成り代わったアリアが酷く醜悪に見えたのだ。

 アリアレーゼではないアリアが受け入れられなくて、どこかで見たテンプレの悪役を当てはめて攻撃していいのだとレッテルを貼っていた。


 アリアが主人公である以上、役目があるなんて全く思いもしなかった。


 シェルシエラは療養という名目で自宅に謹慎させられている。

 側には今でもリックが居てくれて、「俺はいつまでもお嬢様の味方ですよ」と手を握ってくれている。

 魔力の殆どないリックは、瘴気に侵されたらすぐに死んでしまうだろう。

 その未来が遠くないことが、シェルシエラには何よりも悲しかった。


 

 

 

 

 

最後の瘴気地の瘴気は二週間強くらいで徐々に復活してきます。スピード処刑

一度は強い強風で吹き飛ばした毒ガスも発生源を何とかしないと意味ないみたいな。

最悪の瘴気地以外は発生源から浄化出来てるので誰もまた瘴気が発生するなんて思ってませんでした。


国外瘴気を浄化しなかったのは、国のヤバ傲慢部分とシェルシエラに焚き付けられたメリアメルがアリアをすぐに処刑しろと手回ししたせい


原作悪役令嬢はシェルシエラ。メリアメルは原作ではマクシミリアンとは良くも悪くもそこまで深い関係を築けなかったのでサブキャラ。妨害もしてこない。


シェルシエラは別に逆ハーレムとかを築いてるわけでもなくリック一筋だし、リック以外の攻略対象やメイン登場人物からは別に特別な交流もない。

顔と名前と公言してる趣味が一致する程度。

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― 新着の感想 ―
知識有の転生者が余計なことして、本人だけじゃ無くて大多数に被害甚大な話が好きなので、この話は面白いと思いました しかもやらかした本人(この場合シェルシエラ)が後悔していると言うのも良かったです 大抵の…
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