第9話 神熊の夢
リクは王都の陰謀に翻弄され、神熊の加護とともに捕らわれの身となる。
孤独と不安に揺れる彼の前に、神熊の“夢”—森に眠る古の記憶—が現れる。
かつて森を守り、人と自然の境界を見守った熊たちの魂。その声は、リクに自身の使命と加護の本質を問いかける。
今回の章では、森の描写や神熊の奥深い力、過去の加護者とのつながりを通じて、リクが新たな覚悟を得る過程を描く。
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第9話「神熊の夢 ― 森に還る魂 ―」
王都の牢に押し込まれたリクは、冷たい石の床に座り込む。鉄格子の隙間から差し込む光は細く、外の空を思わせるほどに遠く、孤独と不安が胸を締めつけた。体は自由を奪われ、意志は試される。だが、脳裏にはあの大きな熊の温かさが浮かぶ――神熊の加護である。
「リク……」
低く、けれど確かに響く声。耳を澄ませると、牢の中にいるはずの神熊が静かに目の前に立っていた。だが、その姿は現実のものではなく、夢のように揺らめいている。深い森の奥、光と影の中で、熊は無言のままリクの目を見つめる。その瞳はただの動物のものではなく、何千年もの加護者の記憶を宿していた。
「これは……夢か?」リクは囁く。体は牢に縛られ、自由に動かせないが、心だけは森の中に漂っていた。目の前の熊が一歩近づくたび、周囲の景色が変わる。木々が生い茂り、風が葉を揺らし、川のせせらぎが耳をくすぐる。そこは王都から遠く離れた、命と加護が共存する森の核心であった。
熊の身体が光に包まれると、森の奥深く、古の加護者たちの魂が浮かび上がる。大地を守った熊、天を駆けた熊、人と森を結ぶ架け橋となった熊たち。それらの魂はリクに語りかける。言葉ではない――加護を通じて伝わる想いだ。
「人よ、加護の本質を知る者よ。我らの力は争いのためではなく、守るためにある。」
リクはその声を心で受け止める。王都の陰謀に翻弄される自身の立場、失われた自由、仲間との距離。それら全てが、加護の力によって新しい意味を持ち始める。神熊の体から発せられる温もりが、冷え切った心と体を包み込むように伝わる。
「俺の使命は……」リクは自分に言い聞かせる。「ただ戦うことじゃない。守るために戦う、加護の意味を背負うために――」
その瞬間、牢の壁が消え、リクの意識は森の奥深くへと滑り込む。木漏れ日が差し込み、鳥の声が響き、風が木の葉を揺らす。そこは、かつて神熊たちが守った自然の世界であり、加護の源そのものだった。
熊の背に立ったリクは、過去の加護者たちの力を感じ取る。目に見えぬ加護の糸が彼の体を駆け巡り、王都での戦いで失った恐怖や迷いを洗い流す。加護は単なる力ではなく、守る意思そのものである。リクはその意味を初めて理解した。
「リク……」再び熊の声が響く。「お前は選ばれし者。加護の責務を背負い、森の魂とともに歩むのだ。」
夢から覚めると、リクは牢の床に横たわっていた。体は冷たく、痛みも残っているが、心はなぜか軽かった。神熊の加護、そして森の魂が彼の中に宿っていることを確信したのだ。
リクは目を閉じ、静かに呼吸する。王都の闇は深い。しかし、加護の力と森の魂が彼と共にある限り、未来はまだ閉ざされてはいない。これから訪れる試練、仲間との戦い、加護の力を試す瞬間――すべてを受け入れ、彼は再び立ち上がる決意を胸に刻むのだった。
捕らわれの中で見た神熊の夢は、リクにとって単なる幻ではなく、加護の源流そのものであった。
森に還る魂の声に触れたことで、リクは自身の使命と向き合う覚悟を固める。
王都の陰謀、封印されし力、そして神熊の真名—物語は次の章で、いよいよ加護の全貌とリクの戦いに焦点を移す。
読者には、自然と加護の関係、そして主人公が背負う運命の重さを感じてもらえる章となる。




