第6話 異端の共闘
学院最大の試練が、彼らを待ち受けている。
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第6話 異端の共闘 ― 闇の森再現試験 ―
王都学院の地下区画――“黒檀の円環”。
そこは、魔法によって作られた幻影空間だった。
講師が手にする紋章石が光を放つと、教室の床が軋み、視界が一瞬にして暗闇に変わる。
気がつけば、そこは鬱蒼とした森の中――枝葉が重なり、空が見えない。
湿った土の匂い、風の唸り、そして遠くで鳴く獣の声。
訓練ではなく、まるで“本物の森”そのものだった。
「これが……再現試験、か」
リクは低く呟いた。
足元に転がる小石が、彼の呼吸と同調するように微かに震えている。
森の精気――彼の熊加護は、この空間の“自然”を敏感に感じ取っていた。
講師の声が響く。
「今回の課題は“連携”。各班三名で幻影魔獣を討伐せよ。
制限時間は一時間、死を模した損傷を受けた場合は失格とする」
その言葉に、ざわめきが広がった。
学生たちは互いの加護を見合い、組む相手を選び始める。
だが――リクの周囲だけが静まり返っていた。
「……俺と組む奴はいないのか」
誰も目を合わせようとしない。
熊の加護――獣化、暴走、制御不能。
その二つ名は学院内で恐れと差別の象徴となっていた。
「獣と組むと死ぬって噂だぜ」「試験で共倒れとか嫌だしな」
そんな声が、わざと聞こえるように投げられる。
リクは唇を噛み、拳を握りしめた。だが、怒りではなく――悔しさだった。
そのとき、小さな声が背後からした。
「私、あなたと組む」
振り向けば、淡い銀髪の少女――ユリシアが立っていた。
加護は“月霊”。
心を癒し、影を視る希少な治癒加護の持ち主だ。
「ユリシア……いいのか? 俺とじゃ不利だぞ」
「不利かどうかは、やってみなきゃ分からないでしょ。
それに……あなたが暴走するなら、私が止める」
その言葉に、リクの胸が一瞬熱くなった。
誰かが「信じる」と言ってくれたのは、いつ以来だろうか。
「もう一人足りないな」
低い声が割って入る。
振り返ると、金髪の青年――エルヴァンが立っていた。
先日の実戦試験でリクと激突した王族の少年だ。
「俺も入る。熊と月、そして光……悪くない組み合わせだろう?」
「お前が? まさか俺を監視するつもりか」
「監視でもいい。……お前の加護、気になってるんだよ。あのとき、光の矢を押し返しただろう。あれは“神格級”の反応だ」
ユリシアが目を丸くする。
エルヴァンの加護は王家直系、“太陽光”――上位の加護。
その光を押し返すなど、本来ありえない。
「行こう。時間は有限だ」
三人の班が決まり、試験が開始された。
森の奥へと踏み込むと、空気が変わる。
霧が濃くなり、地面の根が生き物のように蠢いた。
そして――
ズゥゥゥン――!
地を震わせる咆哮。
現れたのは、高さ三メートルを超える幻影魔獣。
黒く光る毛並み、血のような瞳。
まるでリク自身の“熊加護”が具現化したかのようだった。
「皮肉なもんだな……熊が熊を狩るなんて」
リクは苦笑し、手の甲に刻まれた“熊の紋”を押さえた。
瞬間、彼の周囲に大地の波紋が広がり、肩口から黒い毛が浮かび上がる。
筋肉が膨張し、瞳が金色に輝く。
「暴走するなよ!」
「分かってる……俺はもう、あの頃とは違う!」
エルヴァンが光の槍を放つ。
ユリシアが回復の光で二人の周囲を守る。
そしてリクは、熊の咆哮で地を揺るがす。
衝撃波が走り、巨体の魔獣を怯ませた。
「今だ、行け!」
「ソル・ランス――照破!」
「ガァァァァァッ!!」
光と咆哮がぶつかり合う。
エルヴァンの光槍が魔獣の胸を貫き、リクの熊爪が影を切り裂いた。
幻影の森が崩れ、霧が晴れていく。
試験の終了を告げる鐘が鳴った。
「……やったのか?」
リクが息を吐く。
エルヴァンは槍を下ろし、疲れ切った表情で笑った。
「まさか、こんなにも強いとはな。熊の加護、化け物級だ」
「お前の光もな。まぶしすぎて、目が焼けそうだった」
二人はふっと笑い合う。
そしてユリシアがそっと言った。
「ねぇ、見た? 森の奥……最後に、熊が一頭、消えていったの」
「……ああ。まるで、見届けてたみたいだったな」
リクの胸の奥が温かくなった。
あの幻の熊は、自分の“加護”の本体――つまり、神熊そのものだったのかもしれない。
守護者は彼を試し、仲間と“共に戦う意味”を見せようとしたのだ。
孤独だった熊の加護が、初めて仲間と息を合わせた日。
それは、リクにとって真の「加護覚醒」の第一歩だった。
学院の中で“異端”と呼ばれた三人――熊、月、光。
彼らの絆は、やがて王都全体を巻き込む戦乱の種火へと変わっていく。




