第5話 熊の加護 vs 王族系の加護
王都の学院――そこは、加護を持つ者だけが通える選ばれた場所だった。
けれど、リクにとってそれは「異端の檻」に過ぎない。
森の神熊の加護を背負い、獣の力と共に生きる彼を、貴族や王族の生徒たちは恐れ、嘲笑した。
そして迎えた“初の加護実戦試験”。
相手はよりによって、王族の血を継ぐ少年――光の加護の象徴、エルヴァン・ルミナード。
森の咆哮と王の光がぶつかり合うとき、リクは“加護”という言葉の意味を初めて問うことになる。
⸻
第5話 熊の加護 vs 王族系の加護
――学院の中央演習場。
円形の石舞台に立つ少年リクの掌には、熊の痣が光っていた。
大地を踏むたび、重く鈍い音が響く。その体躯が異様に膨れ上がっていく。筋繊維がきしみ、骨が軋む。
森の神熊の加護――それは「圧倒的な肉体と、原始の生命力」を宿す獣の祝福だった。
対峙するのは金髪の少年、エルヴァン・ルミナード。
王族に連なる血筋、学院の象徴とも呼ばれる少年であり、“光の加護”を持つ。
彼の背には白金の紋章が輝き、衣の裾が風に揺れるたびに光の粒が舞う。
周囲の生徒たちは彼を讃え、同時にリクを“森から来た野蛮な加護者”と侮った。
「始め!」
審判の合図と同時に、リクは地を蹴った。
――轟、と音が鳴る。
踏み込んだ一歩が、地面を陥没させる。大地が軋み、砂が爆ぜる。
彼の拳が、熊の咆哮とともに突き出された。
だが光が壁となって立ちはだかる。
エルヴァンが片手を掲げた瞬間、眩い光盾が展開し、衝撃を受け止めた。
リクの拳がめり込み、石舞台が震えるが、盾は割れない。
――王族系の加護は“防御の祝福”でもあった。
「ふん。野生の力だけでは、王の光には届かん。」
エルヴァンが笑みを浮かべると、掌から放たれた光弾が連続してリクを撃ち抜く。
白い閃光が舞い、リクの体を焼いた。
だが――煙の中から、低い唸り声。
「……甘い。」
リクの皮膚が黒く変じ、毛が生える。熊の加護が暴走するように全身を覆い、炎を吸収するように再生が始まる。
破れた服の下から、再生した筋肉が脈打つ。
それは人の域を超えた「生命の暴力」だった。
「お前の光……ぬるい。」
次の瞬間、リクが跳んだ。
熊の脚力で数メートルを一瞬で踏破し、エルヴァンの懐へ肉薄する。
光盾を粉砕し、拳がその胸へ――届く寸前、エルヴァンの瞳が輝く。
「ルミナス・フィールド!」
周囲一帯が眩い白で塗り潰された。
観客席の生徒たちが思わず目を覆う。
光はあらゆる影を消し去り、熊の影すらも飲み込もうとする。
――だが、リクは止まらなかった。
彼の加護は、“光を恐れぬ闇の生命”でもあった。
森の深淵、陽の届かぬ洞穴。その静寂の中で生き抜く獣の強靭さが、リクの肉体に宿っていた。
白光の中から現れた拳。
エルヴァンの頬を掠め、地を叩く。
その一撃だけで、地面が裂け、観客たちがどよめいた。
「やはり……ただの田舎者ではないな。」
エルヴァンの声に、わずかな焦りが混じる。
彼は背中から光の翼を展開し、宙へ浮かぶ。
空に描かれる光の輪――“王族加護の真骨頂”だ。
光槍が五本、宙に生成され、リクへ向けて放たれる。
リクは咆哮し、地を蹴る。
槍の一撃を両腕で受け止め、肉が裂けるが再生が追いつく。
もう一本、避けきれず腹部に刺さる。血が噴き出す。
それでも倒れず、彼は腕を振り上げる。
「――熊圧。」
リクが低く呟くと、足元の大地が震動した。
目に見えぬ重圧が空気を押し潰し、エルヴァンの光翼が歪む。
まるで大熊が空から敵を引きずり落とすように、重力そのものが変化していた。
「な、なに……これは……!?」
「熊の加護は、“支配”だ。大地の上じゃ、熊が王だ。」
エルヴァンが膝をつく。
光が軋み、翼が砕ける。
リクは血にまみれながら、拳を構えた。
――だが、その拳は止まった。
彼の目に映ったのは、苦痛に歪む相手の顔ではなく、かつての自分――弱く、森で生き延びるしかなかった少年の姿だった。
「……負けを認めろ。これ以上は……誰も得しねえ。」
リクが拳を下ろす。
その瞬間、エルヴァンの光が静かに消えた。
観客の中で、ざわめきが止む。
沈黙のあと――拍手が起こった。
その音は、リクにとって初めての「称賛」だった。
試験後、リクが外のベンチで休んでいると、傷を癒やす少女が近づく。
彼女の名はユリシア。獣人族の少女で、彼と同じく“異端の加護者”だった。
「……あなた、すごかった。熊の加護って、あんなに強いんだね。」
「強いだけだ。人を傷つける力だ。」
「でも……誰かを守るために使えるなら、それは祝福だよ。」
リクは言葉を失った。
初めて、“加護を呪わずに話す”者と出会った気がした。
学院の塔の上では、教師たちが静かに戦闘記録を眺めていた。
「熊の加護――あれは危険だ。制御を誤れば学院を壊す。」
「しかし、あの少年……自分を抑えた。あれが本能でなく意志なら――」
「使える。戦場の王になり得る。」
そう囁かれた未来を、リクはまだ知らない。
夕陽の中、熊の紋が微かに光る。
それは、森の獣が再び王都の中心で息づき始めた証だった。
光と闇の決闘――それは、単なる勝敗ではなかった。
リクにとって初めて「自分の加護を恐れずに使った」瞬間であり、同時に「力を制御できた」初めての経験でもあった。
そして、ユリシアとの出会い。
彼女の言葉は、リクの心に微かな灯をともす。
誰かを傷つけるための力ではなく、誰かを守るための力。
森で孤独に生きていた少年の加護は、ようやく“誰かのため”に目を覚まし始める――。
次章、第6話「異端の共闘 ― 闇の森再現試験 ―」。
学院最大の試練が、彼らを待ち受けている。




