森核決戦
この会は…
森核決戦 ― 紅熊 vs 影王 最終形態
黒い風が森を裂いた。
それは風ではない。影だ。世界の底から滲み出る“存在の否定”そのもの。
アガルナの喉――森の中心部。
そこには、森の生命を束ねる巨大な“緑の核”が脈打っているはずだった。
だが今、核は──濁っていた。
緑と黒が入り混じり、まるで呼吸するように荒れ狂っている。
「……ここが、森の心臓部か」
リクは剣を握り直し、腐った黒の風を見つめた。
その横で、セリアが喉元を押さえる。
「息……苦しい。これ、影王の……圧?」
「いや、違う」
リクの肩に宿る“紅熊の影”が揺れた。
その目は、獣のものではなく、森の守護者としての真剣さに満ちている。
『影王の気配……核と融合しようとしている。放っておけば、森そのものが“影の王国”に変わる』
「最悪じゃねぇか……!」
リクが一歩踏み出した時だった。
――ズンッ。
大地が震えた。
黒の風が一点に集まり、核に吸い込まれる。
「……くるぞ」
リクが構えると同時に、森核が裂けるように光った。
そして、暗闇から“何か”がゆっくりと浮かび上がってきた。
そいつは、もはや“人型”とは呼べなかった。
黒い獣の牙。
四足とも二足でもない、影の流体のような身体。
眼は赤いのに、痛みだけが宿っている。
影王の最終形態――黒獣王。
「……哀れだな」
リクがわずかに呟いた。
その瞬間、影王が反応した。
赤い目がギラリと光り、黒炎が爆発的に噴き上がった。
次の瞬間──
――ドゴォォン!!
黒獣王の牙がリクに迫った。
「リクっ!!」
セリアの叫びが響く。
だがリクは、熊影に身を預け、一歩も引かない。
「紅熊ッ!!」
叫ぶと同時に、紅い炎がリクの全身を包んだ。
影が熊の形を取り、そのままリクに重なる。
――紅熊・完全憑依。
『いくぞ、リク。おまえの命を削る覚悟は……もうできているな?』
「……ああ。とっくにな」
リクの瞳が紅に染まる。
足下の大地が砕けるほどの力が渦を巻く。
黒獣王が咆哮した。
森が震え、空気が歪み、世界が軋む。
「来いよ、影王!!」
リクと黒獣王が激突する。
爆発のような衝撃で森が裂けた。
光と闇がぶつかり、地面がえぐれ、巨大な木々が消し飛ぶ。
セリアは風の盾を張って耐えるが、膝が震えていた。
「……これが、リクの限界を超えた姿……」
だが、戦況は五分ではなかった。
黒獣王は痛みすら快楽に変える呪われた存在。
傷つくほど、力を増す。
リクの攻撃は確かに当たっている。
だが──
「……再生してやがる……!」
黒炎が裂けた肉を埋め、影を凝集して蘇る。
あまりに理不尽な強さ。
『リクよ、手加減はいらん。やつはもう“森の守護者だった王”ではない』
紅熊の声は、悲しみに満ちていた。
『あれは……自らの意志で森を護り続け、やがて壊れた男だ』
「……影王って、そんな存在だったのかよ」
『森が滅ぶ未来を恐れ、影を操って守ろうとした……しかし影に呑まれた』
「じゃあ……もう戻れないのか?」
『ああ。だからこそ、おまえが“最後の守護者”にならねばならない』
「守護者……俺が?」
その会話のわずかな瞬間。
黒獣王は影のワープで背後へ回っていた。
牙が迫る。
――ガッ!!
「う……ぐっ!!」
リクの背中が裂け、紅炎が散る。
「リク!!」
セリアが叫んだ。その声で意識を戻す。
黒獣王が息を吸い込み、森の影をすべて吸収し始めた。
「セリア、下がれ!!」
セリアは風の結界を張りながら距離を取る。
黒獣王が咆哮した。
――世界が、暗転した。
まるで太陽を黒布で覆われたような闇。
リクの視界が揺れ、力が奪われていく。
その時、セリアが叫んだ。
「リク!! 風が教えてくれた……まだ終わってない!!」
彼女の指先に、淡い翠色の光が集まる。
「風の精霊よ……今だけでいい、私の声を聞いて!」
風が渦巻き、セリアの髪を持ち上げる。
「〈風縛歌〉!!!」
透明な鎖のような風が黒獣王の動きを封じた。
その隙にリクが立ち上がる。
『リク、これが最後だ』
「……わかってる」
『“紅核覚醒”を使えば……おまえの寿命は、確実に削れる』
「影王を倒すためなら……構わねぇ」
紅熊が息を呑む。
『……よく言った。人は弱いが……時に、神より強い決意を持つ』
紅炎が膨れ上がる。
リクの体が赤く光り、紅熊の影が彼と完全に融合する。
――紅核覚醒。
空が割れ、森が震え、影王の目が見開かれた。
「終わらせるぞ、影王……!」
リクが地を蹴る。
光速に近い突進。
拳が大気を燃やし、紅い尾を引く。
黒獣王も吠え、影の牙を振りかざす。
すれ違いざま──
リクの拳が影王の胸を貫いた。
一瞬、音が消える。
そして──
――ズガァァァァァン!!!
赤と黒の光柱が天へ立ち昇った。
黒獣王の体に、無数の亀裂が走る。
『……終わり、か』
低く、悲しい声が響いた。
『守ってくれ……森を……』
「……ああ。任せとけ」
影王は、静かに崩れ落ちた。
黒い砂のように風へ舞い、跡形もなく消えた。
リクはその場に膝をつく。
紅核覚醒の代償で、意識が薄れ始めていた。
「リク!! リク!!」
セリアが駆け寄る。
彼女の手は震えていた。
「大丈夫……か……?」
「大丈夫じゃない!! 寿命削ってるんでしょう!? もう喋らないで!!」
涙を堪えながらセリアが抱き寄せる。
紅熊が消え入りそうな声で言った。
『……次で最後だ、リク。最後の選択を……迫られるだろう』
リクはその意味を理解する前に、意識を失った。
森は静かだった。
だが、風だけが優しくリクの頬を撫でていた。
まるで、次の運命を告げるように。
ラスト一回




