王の血と森の誓い
前回のリクは?
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王の血と森の誓い ― 第一節:緋き根が呼ぶ声 ―
静寂が満ちていた。
だがそれは、温かな眠りの気配ではない。
森全体が、何かを押し殺し、息を潜め、ただ“その時”を待っている――そんな不穏な沈黙だった。
アガルナの喉からの帰還を果たしたリュウとひびきは、まだ胸の奥にざらつく不安を抱えていた。封印核に刻まれた《王の紋》、そして“かつての王族の血を継ぐ者”という衝撃の事実。それはリュウの運命を大きく逸脱させるには十分すぎる。
森の入り口で、影のような黒い霧が揺れていた。
あれは森を覆う瘴気。それとも――。
「リュウ、やっぱりここ……ただ事じゃないよ」
ひびきが腕を掴む。彼女の声には珍しく震えがあった。
「大丈夫だよ。行かないといけない気がするんだ。ここに、何かが……俺を呼んでる」
リュウは胸に手を当てる。
そこには封印核に触れた時に感じた、熱い“脈”がまだ残っていた。
――王の血は森に連なる。
――森は王を試す。
あの声の意味を確かめるため、二人は森の深奥へと踏み込んだ。
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道はすぐに失われた。獣道すらない。
まるで森自体が侵入者を拒むように、木々の幹が重なりあい、枝葉が行く手を塞ぐ。
「森が……動いてる?」
ひびきの呟きに、リュウは自然と警戒を強めた。
「いや、違う。俺たちを導いてる……そんな感じがする」
二人はいつしか一本道へと誘われ、その奥に“古い何か”の気配を感じた。
そして――
白い光の柱が、ゆっくりと森の奥から現れた。
霧を払いながら進むその光は、まるで一本の樹が輝いているかのようだった。
「……聖樹?」
「でも、こんな場所に……?」
近づくにつれ、樹の根元に古代文字が刻まれているのがわかった。
そこに触れた瞬間、リュウの脳裏に声が響いた。
――血脈の継承者よ。
――ここに眠るは“初代王の誓い”。
――森を救うか、森に飲まれるか。おまえの選択で未来は変わる。
視界が白く塗りつぶされ、次の瞬間――
リュウは“森の記憶”を覗き込んでいた。
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はるか昔。
地を割る災厄が王国を滅ぼそうとした時、
初代の王は自らの血を捧げ、森と契約を交わした。
《王は森を守り、森は王を守護する》
その誓いこそが王国の根幹となり、アガルナを封じる力の源となった。
だが、時代を経るにつれ王族の血は薄れ、契約は曖昧となり……
森は再び、王を必要とし始めた。
――そしてリュウが選ばれた。
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「そんな……俺が、王?」
リュウは呆然と呟く。
「リュウ……」
ひびきがそっと背中に手を添えた。
「違うよ。森が求めてるのは“王”じゃない。リュウだからだよ。あなたの優しさと強さを、森は知ってるんだよ」
その言葉に、リュウの迷いが静かに溶けていく。
森の奥――聖樹の根が脈打った。
そしてその中央に、真紅の光を宿した“核”が浮かび上がる。
それは、かつての王が遺した“誓いの欠片”。
触れれば、森の守護者としての力を得る代わりに、莫大な責務を背負うことになる。
「リュウ……選ぶのは、あなた」
ひびきがそっと囁く。
リュウは一歩、光の中へ踏み込んだ。
「俺は……逃げない。王なんて柄じゃないけど……誰かが泣く世界は、もう嫌なんだ。守りたい人がいる。それが理由でも……いいよな?」
森が優しく答えるように揺れた。
そしてリュウは――
真紅の核に手を重ねた。
瞬間、世界が震えた。
光が弾け、森の気配が変わる。
リュウの胸の奥に、新たな力が流れ込む。
同時に森の“声”がはっきりと聞こえた。
――選ばれし継承者よ。
――次なる試練は、すぐそこに。
森の外から、黒い影が迫ってくる気配がした。
影王の軍勢――
アガルナの封印核を奪い、森ごと侵略しようとする者たち。
リュウは拳を握りしめた。
「行こう、ひびき。今度は森が、俺たちを守ってくれる」
「うん。一緒に戦おう。森を、未来を守るために!」
二人は光の柱を背にしながら、迫る闇へと駆けだした。
次回も楽しみに




