エピソード0
ここからはじまった
**『異世界ライフ加護が熊
〜転生したら神の熊がついてきた〜』
エピソード0「神熊は見ていた」**
夜の森は静かだった。
――いや、“静かなようで、静かではない”と言ったほうが正しい。
木々は風のないのに揺れ、
足元の落ち葉は誰も踏んでいないのに沈む。
そして、そのすべてを見下ろすように、
一頭の巨大な影が月を背負って佇んでいた。
神熊――《クマル=オルド》。
世界がまだ若く、
精霊と獣と神が混ざり合って生きていたころから存在する、
この大陸最古の守護獣。
彼は何千年にも渡り、
この森、この大地、この空を見てきた。
だがその目は、
ただの獣のものではない。
**“選ぶ者の目”**だった。
「……また、ひとつ魂が落ちてきおったか」
白い息が月明かりに溶ける。
神熊は、森の上空に漂う小さな光点をじっと見つめていた。
まだ形を持たぬ魂――
ひどく疲れて、ボロボロに擦り切れた魂だ。
まるで、長い長い人生を終えた直後のように。
――その魂には、何かがあった。
諦め、憔悴、後悔。
それでもなお、最後の瞬間にかすかな願いを抱いた痕跡。
「ふむ……“もう一度やり直したい”とな」
神熊は静かにうなった。
滅多にないことだ。
異世界から落ちてくる魂のほとんどは、
自れを失った欠片のようなもの。
だが、この魂は違う。
意志がある。
忘れまいと足掻く、強い芯がある。
そして何より――
「この匂い。面白い。獣とも精霊とも違う。人とも違う……」
神熊はその魂に前足を伸ばし、
まるで優しく抱き上げるように触れた。
光が神熊の爪に吸い込まれる。
その瞬間、森中に圧が走った。
――祝福(加護)の授与。
「我が名を与える。
クマル=オルドの加護を持つ者よ。
次の生で、己の道を見つけるがいい」
だが神熊は知っていた。
この加護は、
“人の村では忌み嫌われる”。
粗暴、蛮勇、巨大な力。
熊加護は危険を呼ぶとされ、
時に村から追放される者もいた。
しかし――それでも与えた。
「強い力ほど、扱う者の心を映す。
この魂ならば、いずれ正しく振るえる」
神熊は背を向けながら、
ふと思い出した。
この魂の最後の記憶――
疲れ果てた会社員、42歳。
名は「ユウ」。
誰にも頼られず、誰も守れなかった人生。
だが、それでも捨てきれない優しさを抱えた男。
「次は、守りたいものを守るがよい」
そう呟いた時、
神熊の足元に小さな風が渦を巻いた。
魂が消え、新たな旅へ出たのだ。
神熊は最後に一度だけ空を見上げた。
「……また、会うことになりそうだな。ユウよ」
ココカラ
ハジマッタでアルYO!!




