第27話 融合覚醒
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第27話 融合覚醒 ― 紅き風、天を裂く ―
影王の咆哮が森を揺らし、黒い衝撃波が地面を抉った。
リクとセリアは同時に吹き飛ばされ、土煙の中でどうにか体勢を立て直す。
「リクっ、大丈夫!?」
「かろうじてな……クソ、あいつ、さっきより力が上がってる」
影王の足元には、三つの影獣の残骸。
つまり――やつは三体を喰らい、さらに強くなった。
「雑魚が何を足掻こうと同じことよ」
影王は爛々と瞳を光らせ、二人を見下ろす。
セリアは唇を噛んだ。
(私……足手纏いじゃない。絶対に……!)
その時だった。
リクの胸の奥で、赤い脈動が鳴る。
セリアの背後では、風と雷の精霊光が震え始める。
二人の視線がぶつかる。
「セリア……お前、今の……」
「リクも、光ってる……!」
赤と蒼の光が激しく脈打つ。
二人の力が、呼び合っていた。
まるで――最初から重なるべきものだったように。
◆紅熊の声
『リク……その少女の魂、風の精霊は……おぬしの魂と“相性”が良い』
低く、神々しく、それでいて優しい声が響く。
「紅熊……俺たち、何が起きてるんだ!?」
『二つの魂の“同期”。
それは神獣が選んだ相方とだけ起こる現象――融合覚醒じゃ』
セリアも風精の声が聞こえていた。
『セリア……恐れるな。
リクの魂はおまえを拒まぬ。寄るのだ、彼の中心へ』
セリアは息を呑んだ。
そして、迷いを捨てて叫ぶ。
「リク、手を!!」
「……ああ!!」
二人が互いの手を取った瞬間――
◆融合
森の空気が一変した。
赤と蒼の魔力が絡み合い、渦を作り、光柱となって天へ伸びる。
影王は思わず後退した。
「な、なんだ……この力は……!?」
リクの背後に、巨大な紅熊の幻影が立ち上がる。
セリアの背には、風の女神のような光の翼が広がる。
二つが重なると――
紅の熊に、蒼の風翼が生まれた。
地鳴りが止まり、森の風が逆流し、あらゆる影が怯えて縮みあがる。
「これが……俺とセリアの力……!」
「行こう、リク。今なら……勝てる!」
◆紅き風・天裂
影王が咆哮し、黒雷の塊を投げ放つ。
「滅べ――!!」
リクとセリアは同時に動いた。
リクの拳に熊の牙のような赤光が集まり、
セリアの風が渦を作り、それを包む。
二つの魔力が重なり――
世界が一閃するほどの輝きが生まれた。
「――紅き風・天裂!!!」
拳が振り下ろされた瞬間、風が唸り、光が爆ぜ、
影王の攻撃は粉砕され、その巨体が地面に叩きつけられる。
黒い霧が散り、影王は驚愕に目を見開いた。
「馬鹿な……この私が……押されている……!?」
リクとセリアは、まだ力の上昇を止めていなかった。
「セリア、まだいけるか!?」
「いけるよ……! リクとなら!」
二人の手は離れない。
魔力も離れない。
影王は悟った。
この二人は――“運命の対”だと。
そして、ここからが本当の戦いだと。
闇に沈む王の瞳が、怒りに燃えた。
「ならば……本気を見せてやろう!!
融合ごときで勝てると思うな――雑魚ども!!!」
森が震え、影王の真形が立ち上がる。
リクとセリアは一歩も引かず、ただ前を見据えた。
次の瞬間――
光と闇がぶつかり合う音が、大地を揺らした。
― 二つの魂、ひとつの光 ―
リクの胸の奥で、激しく脈打つ何かがあった。
怒りでも、憎悪でもない。
それは――セリアの気配。
風の匂い、草木のささやき、小さな祈り。どれもが確かな声となって、リクの心に重なっていく。
「……セリア、聞こえるか?」
返事はなかったが、暖かい風が彼の頬を撫でた。
それだけで十分だった。
対峙する影王の眷属たち――“三つ首の影犬”が、低く唸り声を上げながら円を描くようにリクを囲む。
闇の瘴気が地面を侵し、森の色が奪われていく。
「ふぅん……ひとりで立っていられるのかい、紅熊。
セリアがいないと、何もできない男だと思っていたよ?」
影の使いの嘲笑が響く。
だがリクは微動だにしなかった。
逆に落ち着いていた。
自分の中心に“もう一人”の呼吸を感じているからだ。
――リク、わたしはここにいる。
風が囁いた。
「……やっと、声が届いた」
――あなたひとりを置いていくはずがないでしょう?
胸が締めつけられるほどの安堵。
だがその奥には、今まで以上の強い光が宿っていた。
「行くか、セリア」
――ええ、いっしょに。
次の瞬間――
風と紅が爆ぜた。
リクの身体を包む“赤い獣のオーラ”が揺らめき、同時にセリアの“蒼白の風の光”が重なっていく。
火と風の属性は本来相性が悪い。
だが二人の魂は反発するどころか、溶け合うように結びつき、ひとつの輝きを生み出した。
その輝きは――紅でも蒼でもなく、金色だった。
「なっ……!?
融合、だと……?
人間と精霊が……!」
影の使いが後ずさる。
金の風が吹き荒れ、紅熊のシルエットが揺らめく。
そしてリクの背後に、羽ばたく光の残響が現れた。
“スパーキング・バード”――
火と風が生み出す、黄金の幻鳥。
巨大な影犬が突進してくる。
その牙は黒い霧をまとい、触れれば魂すら裂けると恐れられる。
「セリア……!」
――任せて、リク!
二人の声はひとつになった。
リクが地面を蹴りつける。
金色の光が爆発し、その勢いのまま影犬の懐へ飛び込む。
「“風火連斬”!!」
腕が振り抜かれる。
刃ではない。
炎と風が合わさり、千の羽のように影を切り刻む。
影犬の巨体が、音もなく霧散した。
「……嘘だろ……
一撃、だと……?」
影の使いが震えた。
リクの、いや“二人の力”を見誤っていた。
リクは金色の光を引きながら、静かに影の使いへ歩み寄る。
「次はお前だ。覚悟はできてるか?」
「ひっ……!」
――リク、やりすぎはだめ。
怒りで壊すのは、あなたらしくないわ。
「……わかってるよ。
セリアが一緒なら、俺は道を踏み外さない」
風が笑った。
その一瞬の優しい空気に、影の使いは震えながら後退る。
リクのまわりに、金の羽がふわりと舞い落ちた。
「もう一度聞く。
影王はどこにいる?」
「……し、知らない! 少なくともこの森にはいない!
だが……“欠片”が揃えば、影王は必ず姿を現す!!」
叫ぶと同時に、影の使いは霧となって消えた。
金の光も、ゆっくりと収束していく。
風の気配が身体から抜けていくと、リクはそっと息を吐いた。
「セリア……まだ、そこにいるか?」
――ええ。
でも……わたし、少しだけ眠らなきゃ。
融合はあなたの負担が大きいから……
「無理すんなよ。
戻ってくるって、信じてる」
――ありがとう、リク。
……おやすみ。風の中で、また会いましょう。
風が静かに消えた。
リクは拳を握りしめる。
「……絶対に守る。
この世界も、セリアも、全部」
金色の羽が最後の一枚、地面に落ちた。
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