第25話 スイッチが入る
まだまだ…これからだ
第25話 スイッチが入る ― まだまだ、これからだ ―
影王の作り出した“闇の舞台”は、音を吸い込むような静寂に包まれていた。
黒い霧が床となり、空となり、境界が曖昧なまま世界を満たしている。
リクは息を整え、赤く光る熊の眼で影王を見据えた。
隣ではセリアが雷をまとい、光の翼を小さく震わせている。
戦いは、すでに常軌を逸していた。
だが――まだ終わりではない。
影王が口元だけ笑うように声を発する。
「……だいぶ楽しませてもらってるぞ。
だが、おまえたちの“限界”は、こんなものではあるまい?」
挑発は、あまりにも自然で、底知れず、そして冷たかった。
リクが反射で噛みつくように言い返す。
「限界なんざ……俺が決める!」
その瞬間。
バンッ!!
影王の影が破裂するように膨れ、十数本の黒い腕が四方から伸びてきた。
「くっ――!」
リクは腕を叩き折り、噛み砕き、殴り飛ばす。
だが黒い腕は切っても再生し、森の根のようにリクの動きを拘束してきた。
セリアが叫ぶ。
「リク、動かないで!!」
バチィン!!
彼女の翼が雷光を放ち、黒腕をまとめて焼き払う。
闇が焦げ、空気が裂ける音が響いた。
だが――セリアの表情に違和感があった。
息が乱れている。
肩がわずかに震えている。
そして、リクから目をそらすように瞬きをしていた。
リクはすぐ気づいた。
「……セリア、無理してるのか?」
「……してないよ。
私は大丈夫。まだ……動ける」
強がる声。だが、震えていた。
影王はそれすら楽しむように目を細めた。
「風の娘よ。
その力は“愛”が燃やしている……だが同時に、おまえの命を削っている」
「黙れ!!」
セリアが怒りを爆発させた瞬間だった。
スイッチが入った。
セリアの両目が、雷光にも似た強い光を放ち始める。
翼が一気に三倍に広がり、羽根が竜巻のように舞い上がる。
「リクを……傷つけるな……!!
絶対に……わたしが守る!!」
声が震え、涙すら滲むほど必死だった。
リクは思わず心臓が跳ねる。
戦いの中だというのに、胸の奥を掴まれたような気持ちになる。
影王が低く笑う。
「ほう……面白い。
それほどまでに、この男が大事か」
「……大事……だよ。
リクは……私が初めて“守りたい”と思えた……特別な人だもん……!」
リクは息を飲んだ。
闇の舞台の中で、心臓の鼓動だけがはっきり聞こえる。
「セリア……」
影王が指を鳴らした。
「ならば、試してやろう。
風の娘よ――その想いが本物かどうかを」
床の闇が波打ち、巨大な影の柱が伸び上がる。
リクを直接狙った一撃。
セリアは本能でその前に飛び込んだ。
「ダメッ!!」
影の柱がセリアの胸を貫こうと迫る。
リクの内側で、何かが弾けた。
「セリアァァァァアアアア!!」
紅熊のオーラが一瞬で膨れ上がる。
熊の手が人の腕を破って伸び、影の柱を掴んで粉々に砕く。
影王が珍しく驚きの声を漏らした。
「……ほう?」
リクの声は、もう人のものではなかった。
「セリアを……傷つけるな……!!
次やったら……おまえを、殺す!!」
セリアはリクの背に手を当て、かすれた声で笑った。
「……リクが怒ってくれると……安心するね……」
「話すな! おまえ、力……!」
「大丈夫……だよ……リクが……そばにいる限り……」
その一言で――
紅熊の力が、さらに“変質”した。
影王は、楽しげに舌なめずりをした。
「ようやく“本気”になったな。
いいぞ……ここからが、本番だ」
リクはセリアを後ろに下がらせ、前に出る。
「影王……まだまだ、これからだ。
俺は――おまえを倒して、セリアを守る!」
影王が黒いマントを広げ、闇が荒れ狂う。
「そう来なくてはな。
さあ……二人とも見せてみろ。
おまえたちの絆が、死を超えるかどうかを!」
紅熊と雷鳥。
二つの加護が光を放ち、闇の舞台が破裂しそうなほど震え始める。
スイッチが入る




