第23.56話 影王の宴
カンカン
第24話 影王の宴 ― 闇が開く刻 ―
森を裂いた“闇の裂け目”は、まるで巨大な口だ。
そこから噴き出す邪気は、影獣三体とは比較にならない。
空気が震え、木々がざわめき、地面が冷えゆく。
影蜘蛛も、狼影も、鎌の影も――
三つの影獣でさえ、その気配に怯えるように動きを止めた。
そして、闇の底から低い声が響く。
「……退屈していたところだ。
さあ――パーティーの始まりだ」
闇が揺らぎ、人影がひとつ、静かに歩み出た。
真っ黒なマント。
顔の部分は影に飲まれ、表情がない。
しかし目だけが赤黒く光り、森の全てを見下ろすかのように妖しく輝く。
「拍手でおもてなししてやろうじゃないか……リク・アルベア」
影王だ。
リクの背筋に氷の指で触れられたような感覚が走る。
熊の本能が警告する。
――“勝てない”かもしれない、と。
しかしセリアが、震える声で囁く。
「リク……行こう。
私たちは、ここで退けない」
リクは息を吸い込み、影王を睨み据えた。
その瞳の奥で、熊の赤い光がさらに強まる。
「悪いが……パーティーは嫌いなんだよ」
影王は、愉快そうにくぐもった笑い声を上げた。
「ふふ……そうか。
ならば、おまえにだけ特別な“招待状”を用意してやろう」
その指が鳴った。
パァン――!
乾いた音が森に響き渡った瞬間、
三体の影獣が弾かれたようにリクへ突撃した。
「来いよ……総出で歓迎かよ!」
リクは拳を構え、紅熊の力を爆発させる。
だが――影王が軽く手を振ると、影獣たちの動きが、さらに倍速した。
「っ……早い!」
セリアが叫ぶ間もなく、リクは狼影の一撃を受け流し、蜘蛛影を蹴り飛ばし、鎌の影の刃を避ける。
しかし、影王はその様子を飽きたように眺めていた。
「もっとだ……もっとだ。
おまえの“欠片”が本気を出すところを見たい」
「俺の欠片……?」
リクが一瞬だけ迷ったその隙を、影王は見逃さない。
「リク、危ない!!」
鎌の影がリクの背中に迫る――その刃が触れる直前。
バチィッ!
白い光が鎌を弾いた。
セリアだった。
翼が雷光をまとい、彼女の身体が半透明の光に包まれる。
「リクを……私の大切な人を……好きにさせない!!」
影王の笑いが止まる。
「……ほう。
人間ごときが、神片に触れた魂を……?」
雷の翼が広がり、セリアの周囲に光の羽根が舞う。
リクはその姿を見て、胸が熱くなると同時に焦りを覚えた。
「セリア、無茶するな!
あいつは……!」
「わかってる!
でも私は……リクを守れる自分でいたいんだ!!」
その言葉には震えも迷いもない。
影王は軽く手を叩いた。
「素晴らしい……!
ならば“第二幕”の始まりだ」
闇が一気に膨れ上がり、森全体を覆う黒いドームが形成される。
そこは、光さえ呑み込まれる“影の舞台”。
影王が両手を広げる。
「踊れ、リク・アルベア。
心臓が止まるまでな」
「……上等だ。
そのつもりで来てんだよ!」
リクの身体に再び紅い炎が走る。
爪が伸び、毛が逆立ち、巨体が一段と強くなる。
紅熊 ― 第二段階覚醒。
セリアも翼をひるがえし、雷鳥の気を溜める。
二人が影王に対して並び立ったその瞬間――
影王は嬉しそうに、ゆっくりと両手を打ち鳴らした。
カン……カン……カン……
それはまるで、
残酷に始まる“影の祝宴”の開幕の音だった。
カンカン…カン




