第23話 紅熊乱舞
「……リク、私では足手纏いか?」
第23話 紅熊乱舞 ― 三つの影との死闘 ―
風が止んだ。
森の奥で揺れていた枝葉さえ、まるで息を潜めるように沈黙する。
三つの影――〈欠片狩り〉と呼ばれる存在たちが、ついに姿を現した。
鋭い牙を覗かせる狼型の影獣〈ガルヴォルフ〉。
空間を歪め、背後に忍び寄る蜘蛛影〈アスピラ〉。
そして最後に現れた、大鎌を引きずる人影の“影”――呼び名すら不明の異形。
その全てが、リクとセリアを囲むようにじりじりと迫ってきた。
「……リク、私では足手纏いか?」
セリアの声が、戦いの気配を震わせるように響いた。
彼女の手は微かに震えている。だが、その瞳は決して逸らさない。
怯えている。
それでも守りたいという意思は消えていなかった。
リクは答えず、代わりに一歩だけ彼女に近づいた。
肩越しに彼女を守る位置へと。
「足手纏いなら、とっくに置いてきてるよ」
静かな声だった。
けれどその言葉は、セリアの胸に熱い風となって届いた。
その瞬間――森が赤く染まる。
「―――来るぞ!」
叫ぶより早く、リクの背後から〈影蜘蛛〉が飛びかかった。
黒い脚の棘が稲妻の速さで迫る。
ゴッ――!
受け止めたのは、赤い熊の腕だった。
リクの身体から噴き出す紅いオーラ。
大地が揺れ、彼の肉体が再び“熊”の姿へと変貌していく。
紅熊――覚醒。
「お前らの目的は……“欠片”だろうが、こいつには指一本触れさせない!」
低く、しかし響き渡る咆哮。
次の瞬間、彼の足が地面を砕き、影蜘蛛に拳を叩きつけた。
ドンッ!!
黒い体躯が宙を舞い、木々を巻き込みながら吹き飛ぶ。
だが――
「リクッ、右!」
セリアの叫び。
リクが振り返るよりも先に、狼影が喉笛に迫っていた。
その時――
「スパーキング・バード!」
セリアの白い翼が光をまとい、矢のように放たれた。
雷光の鳥が狼影の顔を撃ち抜く。
影が悲鳴のようなノイズを上げて後退する。
リクは息を呑んだ。
「おまえ……効いてるじゃねえか!」
「わ、私だって……守りたいんだ! リクのこと……!」
その告白めいた叫びに、リクの胸が熱くなる。
だが感傷に浸る暇はない。
大鎌の影が、二人の間を裂くように振り下ろされた。
リクは身を翻し、その刃を受け止める。
火花のように赤いオーラが散った。
「……こいつがボスか」
圧倒的な殺意。
影の顔はなく、ただ“欲望”だけが形を持った存在。
セリアが息を呑む。
「リク、あれは……」
「ああ。欠片そのものを喰って力を得てるタイプだ」
熊の腕に力がこもる。
大地が再び割れ、影の鎌を弾き返す。
同時に、リクの瞳が赤く輝いた。
「――行くぞ、セリア」
「うん!」
二人が同時に駆け出した。
リクは紅熊としての怪力で正面突破し、
セリアは翼の残光を残して影獣たちの死角へ飛び込む。
雷鳥の閃光が森を照らし、
熊の拳が影を砕き、
影たちは叫びとも悲鳴ともつかないノイズを撒き散らす。
だが、三つの影は倒れない。
欠片を狙う執念が、彼らを“死なせない”。
「セリア、下がれ!」
「リクこそ――!」
一瞬、視線が重なった。
そのわずかな時間すら、二人の世界には充分だった。
影たちが一斉に飛びかかってくる。
リクは吠える。
「ぜんぶ――まとめて来いッ!!」
紅熊乱舞。
赤い嵐が森に爆ぜる。
その拳は、怒りでも憎しみでもない。
――守りたいものがある者の拳だった。
影たちがついに一歩後退する。
セリアも雷鳥を再び放ち、狼影の片目を焼く。
しかし影たちは消滅していない。
むしろ、さらに深い殺意を湛えてこちらを見据え――
森の奥に、さらに“何か”の気配が生まれようとしていた。
リクは息を切らしながら、セリアにだけは優しい声を向けた。
「……おまえがいなかったら、マジで危なかった」
セリアは少し涙ぐんで笑う。
「足手纏いじゃ……なかった?」
「当たり前だろ。俺は――」
言いかけたその時、
影たちの背後の闇が“裂けた”。
新手だ。
しかも、今までの影たちよりも遥かに濃い――
“本物の影王”に近い気配が、森に溢れだす。
リクは無意識に、セリアの前に立った。
「ここからが、本当の死闘だ……」
森を覆う闇が、音もなく膨れ上がった。
「足手纏いなら、とっくに置いてきてるよ」




