第22話 欠片狩り
「……俺は、このままこの世界でしか生きられないのか?」
第22話 欠片狩り ― 森に潜む三つの影 ―
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影王との激突で空が裂け、王都全域が震えたその裏側で――
“森”は静かに、しかし確実に異変を孕んでいた。
闇の霧が木々の間を這い、獣たちは怯えて走り去る。
風は音を失い、空気そのものが固くなるような圧が漂っていた。
その中心へ、三つの影が歩みを進めていた。
黒衣の男、面を付けた女、そして無言の巨躯。
影王の直属配下、“欠片狩り(ピースハンター)”と呼ばれる存在である。
「……神熊の核とやら、ついに動き出したか」
黒衣の男が呟く。
その声には、人間のものとは違う“空洞”の響きがあった。
「影王様の復活には“欠片”があと二つ必要。
リクの核だけでは足りないわ」
面の女が笑う。
「我らが使命――
森に散った“神の欠片”をすべて回収すること」
巨躯は答えず、ただ大地を震わせながら歩く。
その足跡は黒く焦げ、草木が枯れていく。
三つの影が侵入したのは、誰も知らぬ“神々の墳墓”。
リクが幼い頃に遊び、セリアの魂がかつて宿っていた、あの森の深奥だった。
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◆
その頃――
リクは王都の外れにある古井戸の上に腰を下ろし、深く息を吐いていた。
影王との戦いは膠着していた。
共に決定打を欠いたまま、互いに傷を測り合うように距離を置いている。
だが、リクの胸には別の重荷があった。
「……俺は、このままこの世界でしか生きられないのか?」
小さな呟きは風に紛れて消えていく。
セリアがそっと隣に寄り添った。
淡い風の粒子となり、リクの肩にひらりと落ちる。
「帰りたいの……?
元の世界に」
リクはしばらく黙っていた。
「――わからない。
こっちの世界で生きるのは、もう当たり前になった。
村で追放されて、学院で戦って、みんなと出会って……セリアと……」
言うほどに胸が苦しくなる。
「でも時々思うんだ。
向こうの世界での俺は……まだ、生きているのか?
誰か探してたり、悲しんだりしてないか……って」
セリアは静かに目を細めた。
「あなたの“魂”が呼ばれて転生したのなら、
前の世界でのあなたは、もう……」
「死んでいる、か」
リクは苦笑した。
「そうだよな。
俺はこっちで新しく生きてる。それだけの話だ」
だが、心は簡単に割り切れない。
恋も友情も戦いも、全部この世界にある。
なのに――
ときおり浮かぶのだ。
“もう一つの生”の影が。
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◆
セリアはその葛藤を感じ取り、優しく囁いた。
「……どちらを選んでも、私はあなたの側に居るよ。
それが“風の加護の精霊”としての私の誓い」
「ありがとう、セリア」
リクが微笑んだその瞬間だった。
森の方角から、赤黒い魔力が噴き上がった。
「……ッ!? この気配……影王の部下か!?」
「違う! これは――欠片狩り!
リク、急がないと。森にある“神の欠片”が狙われてる!」
リクの胸が強く脈打った。
神熊の核とは別に、この世界には“神々の欠片”が散らばっている。
その一部が、リクの故郷の森に残されていることを彼は知っていた。
「行こう、セリア」
リクの全身に紅のオーラが巻きつく。
それはまるで、熊の背中に羽根が生えたような猛々しさだった。
「紅熊戦走!」
地面が弾け、リクは一直線に森へ駆け出した。
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◆
森の中心――
そこに、かつてリクが幼い頃に出会った“光る石”があった。
今はそれが淡い青色の光を放ち、脈動している。
面の女がそれに手を伸ばす。
「これが“風神の欠片”の一部……。セリアちゃんの生まれた場所ね」
その指先が触れた瞬間――
バキンッ!!
リクの拳が女の腕を弾き飛ばした。
「お前ら……それ以上、手を出すな」
森の入口に、紅い光が爆発する。
熊の咆哮のような重低音が響いた。
黒衣の男が唇を釣り上げた。
「来たか――“紅熊の核”。
ここからが本番だ」
三つの影が同時にリクへ向き直る。
リクは拳を握り、セリアは風の翼を広げた。
そして影王配下との、
“欠片を巡る本格的な戦い”が始まろうとしていた。
「帰りたいの……?…元の世界に…」




