第21話 影王の降臨
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第21話「影王の降臨 ― 欠片を狙う者たち ―」
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黒い雷が落ちた場所は、王都でも最も古い禁忌区域――“旧神殿跡”だった。
そこは千年前、神々の戦争で最初に崩れた地。
以来、王家の紋章で封印され、近づくことさえ禁じられていた。
しかし今、その封印は焼け焦げ、巨大な三日月状の裂け目が地面に口を開けている。
リクと仲間たちは、瓦礫を踏み越えながらその中心へと向かった。
「空気が……重い」
エルフのミリアが眉を寄せた。肌が粟立つほどの濃密な魔力が渦巻いている。
「気をつけろ。普通の魔物とは違う“何か”が起きてる」
アレンが剣に手を掛ける。
セリアは風の粒子のままリクの肩に寄り添いながら、震える声で告げた。
「……この気配、間違いない。“影王”が降りてきた」
「影王って……王族の加護の原型って言われる存在か?」
ラグが怯えた顔で問う。
「そう。王家の“白金の加護”は、本来、影王の力の欠片なの。
でも……彼は神々から力を奪い、世界を飲み込もうとした“裏切りの王”でもある」
リクの眉が動いた。
「そんな存在が、なぜ今……?」
「あなたを狙っているの。
――“紅熊神の核”を」
その言葉が落ちた瞬間、地の底から低いうなり声が響いた。
裂け目の奥、闇の中からゆっくりと、一対の黄金の瞳が浮かび上がる。
その圧だけで空気が震え、地面がひび割れていく。
「来るぞ――ッ!」
アレンが叫んだ。
闇を割って、影が立ち上がる。
人間の形をしているようでいて、輪郭は常に揺らぎ、黒霧となって周囲に流れ出す。
影王。
天と地の境界を踏み越えて現れた“異形の王”。
その声は鋭く、同時に底なしの冷たさを帯びていた。
『……紅の魂を宿す者よ。千年の封印から解かれた我が前に、立つか』
リクは一歩前に出た。
「俺を狙ってるんだろ。……理由を聞かせてもらおうか」
影王は静かに、しかし確実にリクだけを見据えた。
『お前の中に眠る“紅熊神の核”。
それは神々の最後の砦。
我が世界を取り戻すためには――その核を手に入れねばならぬ』
「取り戻す……?」
『我は本来、この世界の“創王”であった。
だが神々は恐れ、我を“影”に封じた。
その封印を破るため、神の核が必要なのだ』
ミリアが震える声で叫ぶ。
「そんな理由で世界を滅ぼす気!? 千年前の悲劇を繰り返すの!?」
影王は表情ひとつ変えない。
『世界は滅びではない。“再編”だ。
弱き者は影に飲まれ、強き者のみが新しい世界へ至る』
ラグが怒りに拳を握りしめた。
「そんな勝手な理屈があるか!! リクだって、そんな……!」
リクは静かにラグの肩に手を置いた。
「……わかった。
俺の中の核が、世界を壊す道具になるなら――」
セリアが悲鳴のように叫ぶ。
「リク、だめ!! あなたは私たちの――」
しかしリクは続けた。
「――だからこそ、渡すわけにはいかない。
俺はもう、誰も失いたくない」
影王の黄金の瞳が細められた。
『ならば力づくで奪うまで。
紅熊神の核を抱く者よ――お前こそが、次なる“器”なのだから』
闇が波のように押し寄せる。
仲間たちはすぐさま構えた。
「くるぞッ!!」
最初の一撃は、王都全体を揺るがすほどの衝撃だった。
大地が裂け、黒い触手が地面から無数に伸びる。
アレンが剣で斬り払うが、影はすぐ再生する。
「キリがないッ!」
ミリアの矢は貫通しても形を持たず、霧散する。
シアの氷魔法も、一瞬で影に飲まれた。
「何これ……魔法が効かない……!」
影王の声が、空間全体から響く。
『無駄だ。影は“形あるもの”を無力化する。
お前たちの武など、我の前では存在しえぬ』
仲間たちの視線が絶望に沈みかけたそのとき――
リクの背後で、風が強く渦を巻いた。
セリアの声が響く。
「リク! 神熊の核は“影”によって弱められない!
あなたの力だけは、影王の真逆にある!!」
リクは拳を握りしめた。
「……わかった」
影が再び襲いかかる。
その瞬間、リクの胸の奥で“紅い光”が脈打った。
轟、と大気が震え――赤黒いオーラが周囲を灼く。
影の触手が焼け、退く。
『……ほう。千年の眠りの後で、その力か』
「影王。
俺はもう、お前の器にも、道具にもならない」
紅い炎が熊の咆哮のようにリクを包む。
「俺は……俺として生きる。
仲間を守り、この世界を守るために!」
影王が静かに笑った。
『ならば――その意志を、我に示せ』
紅と黒がぶつかり、空が割れた。
王都の上空で、千年ぶりの“神王の戦い”が幕を開ける。
だがその背後ではもう一つの影が動いていた。
影王の配下――“欠片を狙う者たち”。
彼らはリク達の背後の森へ、静かに足を踏み入れていた。
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