第20話 再生の約束
さ??
第20話「再生の約束 ― 神の欠片を抱いて ―」
夜明け前の王都は、まだ煙の匂いを引きずっていた。
崩れかけた建物の隙間から、薄い朝霧が流れ込む。風は静かで、まるで世界全体が深く息を吸っているようだった。
その中心で、リクはゆっくりと目を開けた。
――あたたかい風の匂い。
頬に触れる柔らかな気配。
「……セリア?」
返事の代わりに、白い風がひとすじ、彼の胸へ溶け込んだ。
形はない。けれど、確かにそこにいる。
セリアの“魂の欠片”が、静かに彼を包んでいるのだった。
あたしはここ。あなたを離れないよ、リク。
声にならない声が、心の底から響く。
リクは、胸に手を当てた。
「……守れなかった。全部を、守り切れなかった」
指先が震える。
自分のせいで崩れた街、自分の力で傷ついた仲間たち。
その罪悪感に押し潰されかけた時、セリアの風がふわりと包む。
あなたがいたから、救われた人もいる。
あなたが戦ったから、生き残れた命がある。
ねぇ、それを忘れないで。
「……セリア……」
涙が零れそうになるのを、リクは手で覆った。
誰かを失う痛みには慣れない。
慣れたくもない。
だが、胸の奥でセリアの光がやさしく揺れる。
大丈夫。あたしはあなたの中で生きてる。
そして、あなたは“人”に戻れる。
そのときだった。
瓦礫の向こうから、複数の足音が近づく。
仲間たち――王都避難隊の面々が、警戒しながら姿を現した。
「リク殿……ご無事……なのですね」
最初に駆け寄って来たのは、騎士長ラウルだった。
彼は安堵と警戒の入り混じった複雑な表情で、リクを見据えた。
「紅の獣の暴走……あれを止めたのは、あなたなのですか?」
「……いや。止めてくれたのは、セリアだ」
リクは胸に手を置き、静かに答える。
ラウルも、救護班の魔法士たちも、沈痛な面持ちでうなずいた。
しかし――ひとりだけ。
「リク!」
叫び声を上げて走り寄る影があった。
アリア――学院で最初に心通わせた少女だ。
彼女は涙を浮かべながらリクの胸に飛びつき、震える声で言う。
「よかった……死んじゃったのかと思った……!」
「アリア……無事だったんだな」
アリアはぎゅっとリクの衣を掴む。
「リクまで消えたら、あたし……あたし……」
言葉を詰まらせたアリアの肩に、リクはそっと手を置いた。
その瞬間、胸のセリアが柔らかく囁く。
大切にしてあげて。あの子も、あなたに救われたひとりなんだから。
リクは静かにうなずいた。
ふと、遠くで警鐘が鳴った。
王都の残存兵たちが、新たな脅威の接近を告げている。
「封印王の軍勢……まだ終わっていないのか」
ラウルが険しい表情で呟く。
リクは立ち上がる。
足元はまだふらつくが、胸の中に宿る風が彼を支える。
「行くよ、セリア。
みんなを守らなきゃ……今度こそ、失わないために」
うん。あたしはあなたの風。
あなたが歩く限り、どこへでもついていく。
リクは深く息を吸い、朝焼けの空を見上げた。
――再生の約束。
彼は神の欠片を抱いて、再び戦場へ歩き出した。
その背に、柔らかな風が寄り添っていた。
彼を導くために。
そして、共に生きる未来のために――。
さとう




