第15話 紅き獣と二つの魂
神界が崩れゆく中、リクは“レッドベアー”の力を完全に覚醒させた。
だがその炎は、同時に彼自身の理性をも焼き尽くしていく。
一方、王都では封印されていた王族の加護――“光の継承印”が再び動き出し、
リクを“災厄”として討つための軍が結集していた。
紅き獣と化したリク、そして彼の中に残る“人としての魂”。
二つの存在が、ついにぶつかり合う。
第15話 紅き獣と二つの魂
――空が裂けた。
神界の光の柱が崩れ、紅蓮の炎が渦を巻いて落下していく。
崩壊する神々の宮殿。その中心で、リクは両膝をつき、荒い息を吐いていた。
「……セリア……」
彼の耳に、風の囁きが微かに届く。
しかしその声は、もう遠い。
セリアの存在は、神界の崩壊とともに風の粒となり、消えかけていた。
『我は……まだ……お前の中にいる……』
「……レッドベアー……?」
『だが、時は短い。神と人の狭間に立つ者は……いずれ自らを裂く』
熊の声が途切れた瞬間、リクの体から黒煙が噴き上がる。
皮膚の下で何かが蠢き、焼けたような痛みが全身を駆け巡る。
右腕の紅印が光を放ち、やがて鏡のような亀裂が空間に走った。
「帰らなきゃ……セリアを……守るために」
リクが腕を突き出すと、裂け目の向こうに“王都”の街並みが映った。
崩れた塔、燃える屋根、逃げ惑う人々――
そこにいたのは、彼のかつての仲間たち。
そして、王族の長兄・ライオネルが聖剣を掲げていた。
「――紅き災厄、神殺しの器よ! この地に戻ることは許されぬ!」
リクは叫び返す。
「俺は……誰も殺す気なんて……!」
だがその瞬間、背後から別の声が響く。
『偽善を語るな、人間。お前が望んだのは力だ。すべてを壊す力を!』
それは、彼自身の声だった。
紅蓮の影がリクの背後に立ち、もう一人の“リク”が形を成した。
表情は冷たく、瞳には獣の炎が宿る。
「俺は“獣”じゃない……!」
『なら証明してみろ。人を救えるか? 愛せるか? この血を背負ったままで』
紅のリクが笑うと、彼の体が分裂した。
二つの魂がぶつかり、神界と現世の境界が共鳴する。
天地が揺れ、空が赤く染まる。
セリアの声が再び風に乗って響く。
「リク……自分を信じて……あなたはまだ“人間”よ……」
その瞬間、リクの瞳が再び人の色を取り戻した。
だが、紅のリクも同時に咆哮を上げる。
「お前の理性など、俺が焼き尽くす!」
二つの炎が衝突した。
王都の上空で、赤と白の光が絡み合い、夜を昼に変えるほどの閃光が走る。
人々が怯え、王族たちは祈りを捧げた。
――その夜、神界と現世を隔てる“扉”は完全に消滅した。
そして、ひとつの伝説が生まれる。
「紅き獣と風の娘が、人のために神を斬った夜」と――。
リクの中で“紅き獣”と“人の魂”が分裂し、
神界崩壊の余波で現世に戻った彼は、王族たちから完全に敵と見なされることとなった。
だが、セリアの声はまだ彼の中に生きている。




