第13.25話 神界の門
白銀の雲海を渡り、リクとセリアはついに“神界”へと辿り着いた。
その地は時の流れが止まり、神々の記憶が眠る世界。
リクの胸に宿る神熊――レッドベアーの鼓動は、いまや彼の心臓の音と混じり合い、世界を震わせようとしていた。
だが、この地で目覚める力は、ただの「加護」ではない。
それは神をも滅ぼす、古の紅き咆哮。
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第14話 神界の門 ― レッドベアー覚醒 ―
白金に輝く空。
空中に浮かぶ巨大な鏡の湖が、まるで天地の境を示すようにゆらめいていた。
リクはその湖の前で、膝をつきながら息を荒げる。
王都を焼いたあの夜以来、体の奥に巣くう炎が止まらなかった。
「……セリア……俺、また……誰かを……」
「違うわ、リク。あなたは壊していない。――まだ、ね」
セリアの声が風に溶けた。
彼女の姿はもう肉体ではなく、薄い緑の光の粒子となってリクの周囲を舞っている。
“風の加護の精霊”――セリアは、自らを犠牲にしてリクの魂に融合した。
そのとき、湖の奥から低い鼓動が響いた。
ドン……ドン……。
まるで大地そのものが心臓を持っているかのようだった。
『……目覚めよ、我が名を継ぐ者よ……』
空が赤く染まり、雲が裂けた。
そこから姿を現したのは、炎を纏う巨大な熊――レッドベアー。
毛皮は紅蓮に焼け、瞳は星のように光る。
しかしその姿には、どこか懐かしさがあった。
「……お前、俺の中に……」
『我は汝。汝は我。我が名は“レッドベアー・オルグ”。神を狩る紅き獣――』
熊が吠えると、周囲の鏡湖が一斉に割れ、天へと炎の柱が立ち上がった。
その熱量にリクの肌が焼かれる。
それでも、彼は目を逸らさなかった。
「俺は……お前を使う。もう二度と、守れないなんて言わない!」
リクが叫んだ瞬間、熊の炎が彼の体に吸い込まれ、右腕に紅い紋章が刻まれた。
それは“神殺しの印”。
神の血を持つ者だけが耐えうる、禁断の力。
「……リク、駄目、それは――!」
セリアの声が風とともに吹き抜けるが、止まらない。
リクの瞳が、炎色に染まった。
世界が反転した。
見渡す限り、古の神々が石像のように沈黙している。
彼らの中央に、黒衣の王が立っていた。
「ようこそ、神界の門へ。“神熊の器”よ」
「……お前は……誰だ?」
「我は黎の王。神々を統べる者。そして――お前を試す者だ」
黎の王が指を鳴らす。
周囲の神像たちが一斉に目を開き、黄金の光を放った。
リクは紅蓮の熊の力を纏い、叫びながら突き進む。
「レッドベアー――咆哮解放ッ!」
轟音が世界を裂いた。
炎の熊が咆哮とともに天を焦がし、神々の光を焼き尽くす。
神界の空が、赤と金に染まっていく。
だがその中心で、リクは確かに“何か”を見た。
――神々が恐れていたもの。
――人が神に届いてしまう力。
それが、レッドベアーの真の姿だった。
リクは神界の門を越え、レッドベアーの真名を継承した。
しかしその代償として、彼の魂の一部は神々の記憶に呑まれ始める。
次なる戦いは、人と神の境界そのもの――。
セリアの風が、彼の炎を静かに包みながら、囁いた。
「リク……あなたが壊すのは世界じゃない。
きっと、運命そのものよ。」




