第12話 王都襲撃
戦場で出会った、運命の女性セリア。
リクにとってそれは、熊の加護ではなく“人の心”を取り戻す瞬間でした。
だが彼女は、敵の側に立つ王族の騎士――。
二人が運命に抗うために、互いの加護を試される試練が始まります。
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第12話 王都襲撃 ― 神殺しの黎明 ―
夜明け前の王都は、まるで静止した絵画のように冷えていた。
霧が石畳を這い、遠くの鐘楼が不気味な音を響かせる。
そこに、黒い外套を纏った一団が忍び寄る。
――リクたち、森の焔の反乱軍である。
「王の加護が、今夜、完全に解放される……それが奴らの狙いだ」
リクの声は低く、だが確かな決意を宿していた。
肩に刻まれた熊の紋章が淡く光る。神熊〈クマル〉の加護が、戦の兆しを感じ取っているのだ。
仲間たちは息を潜めて頷いた。
王都の聖堂を占拠した“封印王”の後継者――王族の末裔アルドリア公。
彼は「加護を統べる者」として、すべての神的存在を従わせようとしていた。
リクたちは、王都北門から突入する。
だが、そこで――彼は出会ってしまう。
瓦礫の上、月光を浴びて立つひとりの女。
白銀の髪が風に舞い、瞳は青く、夜空を映していた。
その目が、ほんの一瞬だけリクを見た。
胸の奥が、灼けるように熱くなる。
戦場の冷たい空気が、一瞬にして溶けて消えた。
「……誰だ、あの人は」
「リク、危ない!」
仲間の叫びで我に返る。
彼女――王都騎士団の副団長セリア・フィンブレイ。
アルドリア公の護衛として立ちはだかる女だった。
刹那、刃と刃が交錯する。
火花の中で、彼女の瞳がリクを射抜く。
「あなた、ただの人間じゃないわね」
「……あんたも、ただの騎士じゃないだろ」
互いに加護を感じ取っていた。セリアの背には“風の女神”の紋章。
彼女の剣は風を裂き、リクの熊の拳がそれを受け止める。
神と神がぶつかるような衝突。
だが、その中心にあるのは、なぜか奇妙な共鳴だった。
――理解された。
リクはそう感じた。
誰にも理解されなかった神熊の加護、その孤独を、彼女の瞳がわずかに溶かした。
戦火が夜を赤く染める。
王都の尖塔が炎に包まれ、鐘が再び鳴る。
神熊の咆哮が空を裂き、リクの身体を包む。
「俺は……もう逃げない。あの人を、そしてこの世界を――守る!」
熊の紋章が燃えるように輝き、リクは聖堂へと駆けた。
セリアもまた、迷いの表情を浮かべながら、その背を追っていた。
そして、黎明が訪れる。
炎の中、神々の加護がぶつかり合い、世界の均衡が崩れ始めた。
その中心で、リクとセリアは――初めて、互いの“名前”を呼んだ。
【リク】
燃える王都の空に、鐘が鳴り響く。
聖堂の尖塔が崩れ、炎と煙が夜を呑み込んでいく。
その中心で、俺は彼女の姿を追っていた。
――セリア・フィンブレイ。
王家直属の風の騎士団副団長にして、“風の女神アーラ”の加護を受けた者。
敵だ。
だが、彼女を斬ることができなかった。
剣を振るう度に、彼女の眼差しが胸を刺した。
あの青い瞳は、誰かを守ろうとする意思に満ちていた。
俺と同じように。
炎の吹き荒れる回廊で、再び彼女と刃を交える。
金属の衝突音が響き、互いの呼吸が荒くなる。
だが――俺たちの目はもう、戦うためにだけ向いていなかった。
「なぜ……あなたは、敵であるはずの私を殺さない?」
セリアの声が震える。
彼女の頬には灰がつき、涙の跡がその上を滑り落ちていく。
「殺したくないからだ。お前は……あの時の“森の風”に似ている」
「森の……風?」
「俺を救った風があった。熊の怒りを鎮めてくれた。お前の剣が、あの風に似てたんだ」
セリアの瞳が揺れる。
剣を握る手が、わずかに震えた。
だが次の瞬間、背後で爆発が起こる。
王都防衛の魔導砲が作動し、城壁が崩れ落ちる。
瓦礫が飛び、セリアの身体が弾かれた。
「セリア!」
俺は反射的にその身を抱きかかえる。
熱い煙と土埃の中、腕の中で彼女が咳き込みながら顔を上げた。
目が合う。
距離は、息が触れるほど近かった。
――その一瞬、戦場の音が消えた。
熊の加護が胸で脈打ち、風の加護が彼女の髪を揺らす。
二つの加護が、同じ鼓動を刻んでいた。
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【セリア】
彼の瞳は、獣のように荒々しく――けれど、優しかった。
神熊の加護を宿す男。
王にとっては“異端の怪物”。
けれど、私にはただ、孤独に戦う一人の人間に見えた。
彼が抱きとめてくれた時、胸の奥が痛かった。
――ああ、私はもう、敵を見ていない。
女神アーラが授けた風が、彼の熊の息と交じり合う。
それは神々の拒絶を超えた、魂の共鳴。
「離して……私は、敵なのよ」
「敵でも、今は守りたい」
「……どうして」
「お前が泣いてたからだ」
その言葉で、心がほどけた。
戦う意味が、わからなくなった。
王族に仕えることも、神に従うことも――。
ただ、彼とこの炎の中にいたかった。
けれど現実は、無情だった。
上空で封印王アルドリアの魔法陣が発動する。
王族の血を引く彼が、神々を統べる“新たな封印王”として覚醒を始めたのだ。
「セリア、下がれ!」
リクの叫び。
だが、私は立ち向かった。
「あなたひとりを、死なせない。風の女神の加護は――熊の加護と並び立てる!」
風が奔り、熊の咆哮がそれを追う。
二つの力が融合し、王都の中心に白い閃光が走る。
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【リク】
光の中で、俺は見た。
神々の加護がぶつかり、セリアの身体が揺らいでいた。
限界を超えた力の共鳴。
彼女の加護が、風と共に散りかけていた。
「やめろ、これ以上使うな!」
「でも、あなたが――死ぬ!」
「俺は熊の加護だ。死んでも森に還る。だが、お前は違う!」
俺は彼女の手を掴み、自分の胸に押し当てた。
熊の紋章が輝き、風の女神の紋章を包み込む。
加護と加護が融合し、黒い光が消えていく。
――アルドリアの魔法陣が、ひび割れた。
その瞬間、彼女が俺に微笑んだ。
「あなたの熊、優しいのね」
「お前の風も……あったかい」
炎が鎮まり、王都の鐘が夜明けを告げる。
そして、俺の腕の中でセリアは静かに目を閉じた。
――眠るように。
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【セリア(夢の中)】
森の中で、私は彼を見た。
熊の加護を背負い、孤独に歩く男。
彼は振り返り、微笑んだ。
「また会おう。風が吹く森で」
その声は、優しくて、どこまでも遠かった。
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【リク】
夜が明ける。
炎の王都に光が差し込み、瓦礫の上に花が咲いていた。
彼女が守った風の道。
その先に、まだ見ぬ明日がある。
俺は彼女を抱き上げ、熊の咆哮を空に響かせた。
「神々よ――これが、人の心だ!」
リクとセリアの魂は、戦火の中で初めて“加護”を超えて触れ合いました。
神熊と風の女神、相容れぬ加護の共鳴。
それはやがて、“神殺し”と“神赦し”という二つの運命を生み出していく……。




