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死に向かう少女への祝福




「これより、ユリア・ディヴァント皇女殿下のアニマ契約の儀を行います」


 鷹のアニマを従えた戦乙女の銅像の前で恭しく高齢の大司教が頭を下げる。その前に立ち並ぶのは私とルガルで、檻から出てきたルガルの真っ白な毛並みの美しさと威厳に観客が沸くのも当然だ。

 実際はまだ子狼の歳にも関わらず、既にアニマの契約の恩恵でまるで伝説のフェンリルとも思える出で立ちなのだ。これから成長したらもっと神々しく、精悍な姿となるだろう。

 そんなルガルは空気を読んでか尻尾を振り回すこともなく大人しく大司教の口上を聞いている。横目に見ていた私に気付くと金色の瞳を細めて笑ったような気がして、どこか嬉しそうな様子にそっと目を伏せる。


 神殿での儀式は建前だとしてもこれほど多くの人の目に触れている。私のアニマがルガルだと知られている。この光景を絵に描く記者もいることから、明日には新聞に載って世間にも知らされることだろう。

 それほどまでにめでたく喜ばしいニュースなのに、真実を知る者はほんの一握りだ。皇女の命はこの獣に握られている。その事実がどれほど皇族を貶めるものとなるか、ルガルはそこまで深く考えていないだろう。

 そのおおらかさと心の強さに、苦笑する。原作では真相が明らかになっておらず、皇女が死んだことによって内戦が起きたのだから、今この時点で少なくとも私とルガルと皇帝が理解していればある程度は危険を回避できるだろう。


 問題は十年後。私が十八歳の時に起きる事件での死だ。主人公と関わらないようにしても私の前に現れ、アニマの契約を避けられない事件が起きたことから、どれほど気を付けていても原作の強制力は必ず訪れるだろう。

 私にできることはそれまでにアニマに頼らない医療の発展と、戦うすべを手にいれること。ルガルに守られていてもどうせルガルが傷付けば私が代わりになるだけなのだから、だったら私自ら戦った方がいっそ無傷で済むこともある。

 淑女とはかけ離れていくだろうが元々淑やかな性格でもないし、前世でバリバリに働いていた身としてはこの世界も能力重視で男女平等社会の実現を成したい。

 そのためにも教育機関や専門性の確立、幅広い職業への支援や環境整備を行っていかなければ。こういう時は自分が皇女という立場でよかったと思わずにはいられない。でなければ、この世界を憎み、アニマやそれを支持する人間全てを恨んでいただろう。

 ……まあ、できればただのモブとしてこの世界を楽しみたかったけれど。いまさらそんなことを考えたって仕方ない。


「では、契約者は聖剣に手を。祝福の血により、聖なる魂はアニマと繋がり、未来永劫契約者と共にあるでしょう」


 そう言って大司教は数歩下がったため、ルガルと並んで銅像を見上げる。戦乙女が手にした聖剣は本物で、手を添えただけでも指先に血の玉が浮かぶ。

 それをルガルに差し出せばなんの躊躇いもなくぺろりと舐めるルガルは本当は同じ人間で、いつかはきっと完全に人に戻る時が来るだろう。そうなったら、私達の関係はどうなるのだろうか。私は、どうするのだろう。

 何もわからないのに、ルガルはやっぱり嬉しそうに尻尾を振る。大丈夫だと、今この瞬間の幸せがずっと続くと信じている。


 恨む気持ちはない。だってルガルは悪くない。彼もまた十年後の事件の被害者だった。そしてその事件は、事故じゃないことだけは確かなのだ。

 ──裏で手を引いた者がいる。私を排除しようとする黒幕がいる。それを潰さないことには私の死は避けられないのだろう。

 けれど何度思い出そうとしても原作で皇女が死んだ事件の詳細は思い出せない。まるで、塗り潰されたように、いつだって《私》は《誰か》に殺されている。


「ルガル、私は死にたくないの。何があっても、生きていきたい。絶対に」

『うん、大丈夫。おれが守るよ。何があっても、必ず』


 私が死んでもルガルはきっと人間になれるだろう。そうなるようにこの世界は動いていく。私を置いて進んでいく。

 ズキズキと痛むのは血が滲んだ指先よりも胸の方で、誤魔化すように歓声に顔を向ける。彼らにとっては歴史的瞬間だ。拍手喝采に笑顔で返しながら、見知った顔ぶれに視線がいく。

 一見冷静そうだが神妙な顔をした皇帝、涙ぐんで見守っている騎士団長のファイナン卿、微笑ましそうに拍手している家庭教師のジュリオ、奥で暗い表情をして見ている未来の大司教アラン。そして、笑顔を浮かべてはいるが目が笑っていない弟のディルク。

 他にも、貴族の中には純粋に祝福している者ばかりとは思えない。取り入ろうとする者や、惑わそうとする者、命を脅かそうとする者だっているかもしれない。


 死なないために、強くなろう。自分の身は自分で守らなければ。ルガルだって私を裏切る可能性があることを、決して忘れてはいけないのだ。


「……どうか、私を守ってね、ルガル」


 信頼で、同情で、彼を縛り付ける私はなんて浅ましいのだろう。彼が私に向ける気持ちに熱が帯びてきていることを知りながら、それを使ってでも生きようとしている。


 ふと、原作にはヒロインがいたことを思い出した。殺されたアニマに似た主人公を追っ手から匿い、怪我をしていた主人公を献身的に治療し、怪我が治るまで付きっきりで世話をしたヒロインに主人公は心を許していた。

 人に限らずに言えば、獣の雌から求愛されるシーンは何度かあった。狼の姿でもモテモテな主人公にケモナーも大喜びだったことだろう。

 この先で出会う多くの魅力的な女性に見向きもしないように、ルガルの手綱はしっかり握っておかなくては。




 この時はそう決心はしたものの。私は甘く考えていたのだ。基本的に優しい性格のルガルなら簡単に制御できると信じていた。


「ル、ルガルっ、ちょっと待って……さっきも付き合ってあげたでしょう……!」

「あんなのじゃ、足りないよっ……ユリア、ユリアっ、もっと……」

「んっ、~~っ、ぁ、もうっ、押し付けないで……!」


 ──発情期という、厄介すぎるものが始まるまでは。




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